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第14章 会いたい人
8.ピンクな時間
しおりを挟む翌朝、目を開ければ薔薇だらけの景色にウンザリしながら身支度を整え、テントの外に出ると昨日の夕食と同じようにテーブルセットが準備されていた。
テーブルの上には、パンや具沢山のスープ、山盛りの果物など、高級宿のような優雅な朝食が並んでいる。
オッサンは既に席について優雅に薔薇の紅茶を飲み、新聞を読んでいる。挨拶するのも視界に入れるのも嫌で、俺は無言で席につくと執事がララバのジュースをカップに注いだ。
無言の空気の中、オッサンの後ろに移動した執事が恭しく林檎を剥くと、新聞を読んだままオッサンは手を伸ばして早速食べ始めた。
「ねぇ、ちょ、ちょっと待って。順番、順番に行こう?」
しばらくすると、シェニカのテントでそんな声が聞こえてテントがグラグラと揺れだした。
「失礼します」
俺がテントに近寄る前に執事がテントの出入り口の布の幕を捲ると、身支度を整えたシェニカが入り口直前で困った顔をしながらユラユラ揺れていた。
どうやらシェニカを取り囲んだ5匹の猛獣が、シェニカの足に身体をなすりつけているからテントが揺れていたらしい。
「んもぅ、この子達ったら。シェニカに構って欲しいし、自分の匂いをつけようと必死ねぇ。ほらほらご飯にするからちょっと離れなさい」
新聞をテーブルに置いたオッサンが呆れたように言うと、1番身体のデカイ鬼熊が仕方なさそうに離れたが、その空いたスペースに今度はスザクワシを背中に乗せた赤虎が入ってきて相変わらず身動きが取れなくなっている。
「私、お腹空いたからご飯食べたいよ~。後でいっぱい足にくっついて良いから、とりあえずご飯を食べさせて?」
シェニカが困ったようにそう言うと、猛獣達は仕方なさそうに離れてシェニカの後ろをゾロゾロと付いてきた。
「メーコ、ルクトおはよう!ターニーさんもおはようございます。ん~!いい匂い!美味しそ~!」
「おはようございます」
シェニカが食事に目を輝かせながら挨拶すると、執事はシェニカのカップにララバのジュースを注いでいた手を止めて恭しく礼を取って返事をした。
この執事、俺が挨拶しなかったせいもあるが、俺にはこんな風な礼を尽くした態度をしなかった。
「しっかり休めたぁ?」
「もちろん!寝袋や毛布からも薔薇の良い香りがしてグッスリ!みんながくっついてるから、あったかくて幸せいっぱいだったよ。ね、みんな!」
シェニカの椅子の近くにある木の枝にスザクワシが止まり、他の4匹はシェニカの足元にピッタリとくっついて、寛いだ態勢になっている。
こいつら、朝メシはいらないらしい。まぁ、野生の猛獣は腹が減った時しか狩りをしないからな。
「じゃあ、このあと幹部達の集まってる部屋に案内するわね。シェニカが来てること、みんなにはまだ内緒にしてるのよ。久しぶりに会うから、きっとみんな大興奮よぉ~!」
ーー幹部達?久しぶりに会う?貴族のくせに傭兵団でもやってるのか?
朝食を終えると、オッサンは家の隣にある大きな建物に繋がる渡り廊下を歩き、二階の一番奥の部屋の前で立ち止まった。
廊下の窓から外を見ると、すぐ近くに王宮の温室がある。ということは、ここはこの屋敷に入る前に見た、ピンク色のリースが飾られていた扉から入る建物のようだ。
「ちょっと部屋が狭いけど我慢してちょうだいねぇ」
オッサンが部屋の扉を開けると、ムッとした熱気と、どこかで嗅いだことのある匂いが扉の隙間から顔面に直撃した。
「「「きゃあああああ!そうすーい!!!」」」
俺は自分が使える最大級の炎の魔法を繰り出しかけたが、あまりの光景とモワリと吐き気を催しそうな空気に呪を紡ぐことが出来なかった。そのかわり、見開いた目は瞬きを忘れ、開いた口が塞がらず、こめかみがピクピクと痙攣している。
「みんなぁ!聞いてちょうだい?久しぶりに会う子もいると思うけどぉ、この子は私が可愛がってる恩人の仔猫ちゃんシェニカよぉ!
この子は『白い渡り鳥』だからぁ、各地を旅してるのぉ。この子が訪ねてきたら、力になって欲しいんだけどぉ。お願いできるかしらぁ?」
「「「もちろんですぅ~!」」」
オッサンが高らかに声をあげると、黄色…ではなくピンク色の声が部屋から大砲のように飛んで来た。だがそれは地獄の幕開けだった。
「きゃあっ!仔猫ちゃん可愛い~!はじめましてぇ!」
「いやぁん!ちっさくてかわいい~ん♪ムギュッとしたいわぁ!」
「仔猫ちゃん、お久しぶりねぇ!」
「ほら、こっちに来てぇ!ワッショイしてあげるぅ!前から好きだったものねぇ~♪」
「そっちの目付きの悪い男も、構い甲斐がありそうだわっ!あ、でもぉ。そーすいが可愛がるみたいだから、遠慮しなきゃぁ~。ざんねんっ!」
部屋中にひしめいたゴツい身体付きでゴテゴテ化粧のオネエ達が目を輝かせて、怒涛の勢いで俺達に押し寄せてきた。
なんだこれは……。ここは地獄なのか?間違いないオネエ地獄だ…。
「あははは!わーい!久しぶりのワッショイだっ!わぁ~っしょいっ!」
シェニカは嬉しそうに笑いながら先頭にいたゴツいオネエに肩車され、ワッショイ!ワッショイ!と楽しそうな掛け声と共に部屋の中央に連れて行かれた。
「シェニカ!」
護衛として、オネエに連れ去られたシェニカを助け出さなければ…とオネエの塊の方へ一歩踏み出そうとしたのだが、俺はオッサンに後ろから羽交い締めにされて凄い力で部屋の隅に連れて行かれそうになった。
「俺に触るな!」
俺が必死にその太い腕を外そうともがくと、今度は俺の首に腕を回して軽々と俺の足を宙に浮かせて問答無用で連行した。
「ぐ…。し、死ぬ…。俺はオネエに殺される、のか…」
喉に太い腕が押し付けられ息が出来ない。もがいても体格差があるからなのか、まったく歯が立たない。普通の奴ならこの体勢になっても外せるものだが、それがダメだということは…。このオッサン、暗殺術でもやってんのか?
「ぐぅ…シェ、ニ…カ」
もう目の前が暗くなってきた…。散々戦場で暴れまわった俺の最期は、オネエなゴツいオッサンの首絞めだったのか…。嫌だ。こんな最期はいやだ…。
シェニカは…。シェニカは無事だろうか。オネエに犯されていないだろうか。危険なオネエから助けたいのに…。
「ああ?何言ってんだよ。こんくらいで『赤い悪魔』が死ぬのかよ。お前それでもランクSSの傭兵か?」
目的の場所まで連れてきたからなのか、腕を外したオッサンは俺をポイ捨てするように床に落とした。
「ゲホゲホッ!!!あ、あいつは無事かっ!」
「無事に決まってるだろうが。あれを見ろ。どう見ても可愛がられているだけだろうが」
むせながら立ちあがってシェニカを探すと、今だにワッショイされたシェニカになっていて、それはそれは楽しそうに笑い声を上げている。それどころか、ゴツくて気持ち悪いオネエに代わる代わるワッショイされては、一緒にワッショイと言っている。
よくあの地獄絵図で楽しそうに笑っていられるな…。あいつすげぇよ。
そう思いながら呆然とシェニカを見ていると、オッサンは俺の肩に腕を回して、そのゴツい顔を俺の顔に密着させて来やがった。
「お前には、もう一度挨拶しておいてやる。俺はゴメスだ。以前シェニカの護衛をしていた」
嫌な予感はしたが、やっぱりそうだったか…。前に聞いた心酔したオネエがこいつか。どーりでシェニカのあの懐きようだ。
「そんで?お前はシェニカに本気なんだろうな?」
「当たり前だ。本気じゃなけりゃ、こんなところまで来ねぇし戦場に戻ってるよ。それより俺から離れろ!」
「本気ならとりあえずは許してやろう。遊びだって言うんなら、今ここで俺がお前を再起不能にしてやるところだ。
言っとくが、ここにいる幹部達は、俺が目をつけて引き込んだ各国の元副官かランクSSの傭兵上がりだ。お前くらい簡単に殺してやれるのは分かるよなぁ?敵に回したくなけりゃ、考えて行動しろよ」
そう言い切ると、俺から顔を離したのまでは良かったが、最後の最後で俺の耳元で『ふぅ~』と薔薇の香りを漂わせた吐息を吹きかけてきた。おぇぇぇ~!
俺が例え一国の将軍だったとしても、あんなにケバくて気持ち悪いポーズを繰り返すオネエの集団を引き連れたオッサンにとても立ち向かえない。
戦場での光景を想像してみるがとても無理だ。戦場でこんな集団がいたら絶対に勝てねぇ。最強集団だ…。
オッサンが俺に再起不能予告をした直後、俺の後ろから小鳥の鳴くような高い声で歌を歌っている奴が近寄って来た。
その声に思わず振り返ると、目がクラクラしてきた。
「そうすーい!私の仔犬ちゃんがぁ、この素敵な彼と知り合いだって言うのぉ。運命感じちゃいますわぁ」
どっかで見たことのある特徴のある顔と声に、何だか嫌な予感を感じた。
その高い声のオネエに連れてこられた、肌色の広大な大地に黒髪をポツポツと田植えにしたような、髪が抜け落ちる寸前の男を見た。
顔や手の肌はツヤツヤ。少ない髪の隙間から覗く頭の地肌は光を反射するほどツルツルなのに、目が死んでいる。その首には首輪を模したような黒革のチョーカーを身につけていた。
「お前…どっかで…」
頭部に見覚えはないが、この顔はどこかで見たことがあるような気がしてならない。
「ふふふ…。忘れたとは言わせないぞ。バンサスの街で、お前に飴と一緒に見捨てられたクロードだよ!」
「お前あの時の!!何でこんなところにいるんだっ!」
男は含み笑いをしながら、部屋の上に掲げられた垂れ幕を指差した。そこには
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『ザ・新世界』 今後の世界展開に向けての決起大会
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
と流れるような達筆の堂々としたでかい字で書いてあった。
「……」
俺は絶句した。俺の耳には周囲のざわつきなんて音は消えて、遠いところで『ドーーーン!!!』と絶望の爆発音が鳴り響いた気がした。
「あらぁ、知らなかったのぉ?ルクトちゃんったら情報が遅いわねぇ。そんなんでシェニカを本当に守れるのかしらぁ?」
再びオネエに戻ったオッサンは俺の両肩を強い力で掴んで、耳元であの高い声で囁いた。
「わたし、この店全てを束ねるオーナーなのぉ。ちなみにここが総本店よ♪折角だから私のマッサージ、受・け・て?」
俺はオッサンに再び羽交い締めにされ、垂れ幕の真下のステージに引きずられた。俺の必死の抵抗なんて全く効果がない、すごい力技だ…。
「わぁ!そーすい自らのマッサージよぉっ!」
「きゃぁ!ここでするのぉ?滅多にないわっ!あの人幸せ者ねぇっ!」
「んまぁ!どこまでするのかしらぁ?これは見逃せないチャンスねぇっ♪」
俺はステージの上にあるマッサージ台の上に持ち上げられ、オッサンによる絶望のショータイムが始まった。
「ん~。筋肉はまぁまぁって感じね。もうちょっと筋肉が欲しいところだけど、この感じだとずっと我流でやってきたのねぇ。伸びしろはぁ、そこそこって感じかしらぁ」
服の上はもちろん、裾から入れた手で遠慮なく直接あちこち触られる。
俺は逃げようと必死にもがいたが、このオッサンは体術に長けているのか、俺の口をデカイ手で塞ぎ、身体を押さえ込んだまま器用にマッサージらしき行為をしていった。
た、確かにマッサージは上手い。気持ちがいい時もある。
だがもう触らないでほしい。
頼むから微妙に反応し始めた男の部分を握らないでくれ!!!
「あらぁ。感じちゃった?感度はなかなかいい感じねぇ」
やめろぉぉ!!触るな握るな!!
おいシェニカっ!そんなに可愛い笑顔をオネエに向けるな!そしてこっちを面白そうに見ないでくれっ!
俺の身に何が起きてるか分かってねぇだろ!!やめろ…!上着のボタンやベルトを外すなぁ!!!
「ルクト~!メーコのマッサージ気持ち良い?」
「もう仔猫ちゃんったらぁ、そーすいのマッサージは天にも昇る気持ち良さなのよぉ?」
「そおよ、そおよぉ。今まで感じたことのない世界が見えるくらい!」
「え~!どんな世界なの?」
「んふふっ!それはヒ・ミ・ツ♪」
「え~!ずるーい!私も後でメーコに新しい世界を見せてって言ってみよ」
「んまぁ、仔猫ちゃんったら悪い子ねぇ!」
ーー服を脱がせるな!ズボンを剥ぎ取るなぁぁぁ!!どこ触ってるんだ…っ!ケツを撫でるな!
「メーコ、相変わらず寝技が得意ね!メーコに覆われてルクトが見えないけどどうなってるのかなぁ?」
「んもぉ、仔猫ちゃんったら見ちゃダメよぉ?何が起こってるかはヒ・ミ・ツ♪」
「そうなの?ルクト大丈夫かなぁ?」
「だぁいじょうぶっ!そーすいの寝技と手技は天下一品よっ!あの技にもうみんな夢中になっちゃうんだからっ!」
「そうなの~?私も教えて貰いたいな。やっぱり身体がしっかりしてないとダメなのかなぁ」
「そぉねぇ。仔猫ちゃんにはちょっと難しいかもねぇ」
ーーやめろって言ってんだろ!あぁ!もう俺を包むものがない!誰か助けてくれ…っ!!!!
「私も一回くらいメーコのマッサージ受けたいな~。前は子供はダメ♪って言われたけど、まだダメかなぁ?」
「んまぁっ!仔猫ちゃんったら、やっぱり悪い子ちゃんねぇっ!そーすいのマッサージを受けたら、もうお仕事なんて放り出したくなっちゃうからダメよぉ?」
ーーやめろっ…!口を塞ぐ手も、握る手も外せ!とにかく俺に触れるなぁぁ!!!
「じゃあ、みんなはお仕事放り出しちゃったの?」
「もちろんよぉっ!戦場で蕩けさせて貰ったら、すっかりそーすいの虜になっちゃって傭兵なんかやめちゃったわぁ!」
「そおよぉ。ワタシ、副官だったけど、そんなのどうでも良くなってやめちゃったわぁ」
「えー!そうなの?元副官ならここに来るまで越境手続きとか大変だったんじゃないの?」
「大丈夫よぉ。軍の人達は私達の顔を見ると、どうぞって言ってくれるの」
「そっかぁ。メーコは越境で大変な思いをしてたけど変わったのかなぁ?」
「ん~ん。そーすいは相変わらず越境が簡単には出来ないのぉ。だから、私たちがこうしてこのお屋敷にお呼ばれしてるのよ♪」
「そうよぉ。そーすいったら、犯罪者でもないし、もう引退してるっていうのに相変わらずブラックリストの一番上に載ってるんだもの。流石だわぁ。いやぁん、しびれちゃう!」
……やめっ!や……◎△$♪×¥●&%#?!
「俺のマッサージ。気持ちがいいだろ?お前は弱いし俺のタイプじゃないけど、下働きくらいになら使えるかと思ったが。シェニカの選んだ男じゃ諦めるしかないなぁ。感謝しろよ?」
俺は楽しげにオネエと喋るシェニカとオネエ達の会話を何となく聞いていたと思う。この状況に何の違和感も疑問も感じないシェニカを、俺は本当にすごいと思った。
「イケそうでイケないのってもどかしいわよねぇ。ねぇ、イキたい?」
「そんなわけっ!ねぇだろっ!…っ!」
「ん~。忍耐力はそこそこなのねぇ。私ぃ、部下になる子しかイカせてあげないの。私のシェニカを奪う奴はそう簡単には許してあげないわ。貴方可愛くないし。だからずっとこのままね♪」
オッサンの巧みな手練に俺は悲しくも翻弄されながら、最後の『男としてのプライド』に必死にしがみついた。息が乱れ、視界が歪んで頭の中が真っ白になりつつある時、オッサンは俺を真顔で見下ろしてきた。
「お前、戦場じゃ随分と驕り高ぶってたみたいだけど、シェニカを泣かせたりしたら許さねぇからな?ココ、いつでも使い物にならなく出来るってこと忘れんなよ?」
オッサンは低い声でそう言うと、俺の男の部分を強く握った。その痛さに一瞬意識が飛んだと思うが、すぐに目を開けさせられて拷問が続いた。
「いやぁぁん!良い身体だわぁ!私もおさわりしてみたぁぁい♪」
「そーすいったら、握ったまま離さないのよ?とっても握り甲斐があるのねぇ。大きさも良い感じねぇ。うふふ♪」
「わたしぃ、あの胸を触りたぁい!むしゃぶりつきたいわぁ」
「わたしはあの割れた腹筋がいいわぁ!頭でグリグリしたぁぁい♪」
俺の全裸を眺めるオネエの視線とかけられる言葉が痛い。俺は見せしめにされているのか?!一体誰への見せしめなんだよっ!!
肝心のシェニカはどこに居るか、無事なのか、助けてくれと涙で潤む目で必死に探すと、相変わらずゴツいオネエにワッショイされていて、俺に背を向けてお喋りしているらしい。どうやら周囲のオネエがシェニカに俺を見せないようにしているのだろう。
全裸の俺が良いように嬲られる姿を見られなくて良かった…。見られたら俺はずっとシェニカにこれをネタにされてしまいそうだし、あいつを抱く時に何か言われて萎えるかもしれない。そうなると一生抱けない。それは絶対嫌だ!でもこの状況もどうにかしてくれ!
もう気絶した方が楽だと何度も思ったのに、こんな時にも鍛えた精神力が発揮されて気絶出来なかったことを、これほど恨んだことはなかった。
結局、その地獄の時間は夕方まで続いた。
オッサンはもがく全裸の俺を片足で固定し、片手で俺の口を塞いで、もう片方の手で器用にマッサージしたり身体中を嬲り続けながら、決起大会の音頭を取り長い話をしていた。
大量の幹部オネエに見守られながら絶望のマッサージを受けさせられるなんて、俺は普通の拷問の方がマシだと心から思った。
俺はもうこのオッサンに絶対近付かない、この屋敷には絶対来ない、あのマッサージ店には2度と近付かないと心に決めた。
「私の可愛いシェニカの男だから、お尻には手を出さなかったのよ?感謝しなさいね♪」
オッサンにこう言われ、シェニカのおかげで辛うじて貞操の危機は回避されたが、シェニカに感謝したらいいのか、そもそもここに来た原因はシェニカだから恨むべきなのか非常に悩んだ。
散々な目にあってボロボロの俺は、オッサンの先導でボンヤリする頭で長い廊下を歩いた。すると、どこかの部屋に入った時、前を歩くシェニカが立ち止まった。
「あれ。この絵の人、額飾りつけてる」
「この人は私のお祖母様よ。シェニカと同じ『白い渡り鳥』だったの」
シェニカとオッサンの視線の先には、応接間にあった物とは違う年季の入った大きな肖像画があった。
2人がけの椅子に座る緑色の髪の女の額には、5色の宝玉が嵌った金色の王冠のような額飾りがついている。その女の隣にはガタイの良い紺色の髪の男が座り、その後ろにはヒョロヒョロの3人の男が描かれている。
「へぇ~!そうなんだ!この周りにいる人は?」
「お祖母様の隣に居る人が夫。後ろに居るのは伴侶ね」
「伴侶?」
「伴侶っていうのは、王族でいうところの側室ね」
「愛人ってこと?」
「違うわよぉ。今と違ってこの時代は愛人って居なかったらしいの。複数の相手を持てるのは今と変わらないけど、お祖母様の頃までは結婚の手続きをした相手を配偶者、配偶者ではないけど生涯を共にする相手を伴侶と呼んだそうよ。
恋人は未婚の状態で交際する相手、結婚や婚約後に一時的に交際する相手を愛人として区別していたんだって」
「へぇ、そうなんだ」
「お祖父様はお祖母様の夫だったけど、私、この3人の記憶があるわよ。こっちの人は農学者、こっちの人はベビーシッター、こっちの人は靴職人だったの。お祖母様の伴侶ってことで、3人はそれぞれ仕事で厚遇されたり保護されたそうよ。昨日話した活躍の場と守るっていうことの実例ね。
お祖母様の護衛はお祖父様が1人でしていたから3人はそれぞれの街で仕事してたらしいけど、どの人もお祖母様が大好きだから、離れていても他の女性に目移りすることがなかったんだって。
お祖母様が引退したらここに移住して5人で生活してたけど、腰が曲がる年になってるのに仲が良かったし、血の繋がりのない私達にも孫としていっぱい愛情をくれたわ。
お祖父様も伴侶との間に生まれた子には、同じように我が子のように可愛がっていたそうよ」
「そうなんだ。なんだかいいお話ね」
「今は伴侶っていうのが廃れて愛人になってしまったけど、昨日言った通り、身分の高い者の恋人や愛人は名誉なことなんだから、シェニカもいっぱい恋愛するのよ?」
「うーん。私、そんなに器用じゃないよ」
「シェニカはまだまだ恋愛初心者だからね。今度私が極意をみっちり教えてあげるわ!」
「メーコの恋バナ、もっと聞かせてくれる?」
「んもぉ、シェニカったらすっかりおませちゃんね!恋愛のイロハは私が教えてあ・げ・るっ♪」
色々とツッコむところはあるが、もう俺の頭は思考が止まっていて、ぼんやり聞いているだけで何も考えられなかった。
ボーっとしたまま温室に戻って食事と風呂を済ませ、気力だけでシェニカがテントに入るのを見届けた。
「ずっとボーっとしてるけど大丈夫?マッサージってそんなに気持ち良かったんだね。私もメーコに頼もうかな」
「ダメだ。ほら、そいつらが待ってるから早く寝ろ。明日にはここを出よう」
テントに先に入っている5匹の猛獣達は、入り口で立ち止まっているシェニカに『早く寝ようよ~』と言っているように見える。
「え~?あと1週間くらい居ちゃダメ?メーコの恋バナ聞きたいんだけど」
「ダメだ。あんまり長く居ると迷惑になるだろうが」
ーーオッサンの迷惑じゃなくて、俺の迷惑になるんだよ!オッサンの恋バナなんて頭と耳がおかしくなる!
「まぁ、確かに長居をするとメーコに迷惑かけちゃうもんね…。もう少しここに居たかったけど、確かにそろそろ旅に戻らないといけないかなぁ。分かった、じゃあ明日ここを出ようね。おやすみ」
シェニカは俺の頬にキスをしてテントの入り口の布を下ろした。
「俺ももう寝よう…。寝て嫌なことを忘れたい…」
俺は今日の出来事から逃げるように寝袋と布団を頭まで被って眠った。
目を閉じれば怒濤の1日が思い出され、俺は少しだけ泣いた。
翌朝。草原でオッサンも交えて朝食を取った後、シェニカはここを出ると伝えた。
「え~?もう行っちゃうの?ゆっくりしていけばいいのに。みんなも寂しがるわぁ」
「私ももっとここにいたいけど、そろそろ行かないとお仕事のこと忘れちゃいそう!」
「ん~。まぁ、シェニカはお仕事があるから仕方ないけど。出る前にもう一回みんなに会って行ってね」
「うん!もちろん!みんな、また必ずここに来るから、その時まで待っててね」
シェニカが名残惜しそうに猛獣達に抱きつきながらそう言うと、5匹はしょんぼりした様子になってシェニカに甘えるように身体を擦りつけ始めた。
「みんな、私の事忘れちゃ嫌だよ。メーコの言うことを良く聞くんだよ。危ないことしちゃダメだからね?変な人にはついていっちゃダメだよ?
いっぱいご飯食べて元気いっぱいになってないとダメだからね?もし病気や怪我したらメーコに呼んで貰ってね?飛んで来るからね!」
シェニカが猛獣達との別れの時間を済ませると、オッサンに連れられて幹部オネエ達の集まる部屋に行った。案の定、その部屋のドアを開けるとオネエが着ても全く悩ましくない、面積の少ない服を着た連中が俺達を迎えた。
「おはようございまーす!!」
「あらぁ仔猫ちゃんっ!おはよぉ!」
オネエ達と親しげに話すシェニカを俺は尊敬の眼差しで見た。よく分からないけどシェニカにこれ以上変な影響が出ないように注意しないと…。
行く先々でオネエのマッサージ店なんて寄られたら、俺が逃げ出してしまいそうだ。
「いやぁだ、仔猫ちゃんったらもう行っちゃうのぉ?もうちょっとお話したかったのにぃ」
「もっとここに居たいけど、私もお仕事があるからさ。また会おうね!」
「シェニカはあの子達とも再会出来たし、まぁ今回はこれで満足ということにしておいてあげるわ。
いつだって各地の店を頼ってね。下手な護衛よりよっぽど強いからぁ♪」
ーーだろうな。誰もオネエのひしめく店にシェニカ目当てに行こうとは思わないだろうよ。攫いに行こうとしても、強くて恐ろしいオネエの集団に取り囲まれたら手も足もでねぇ。
待てよ。これってオネエの集団に護衛されたら、俺の出る幕ないんじゃ…!?
ダメだ。シェニカは俺のなんだから、俺がこのオネエに勝てるように強くならないといけないのに、気持ち悪いしやたら強いし勝てる気がしねぇ。触らぬ神に祟りなしだ。こういう相手には近付かないのが1番だな。
俺は目の前のオッサンに向かって『俺はもう2度とお前を含めたオネエに会わねぇし、こいつにも会わせねぇよ!』と硬い決意を胸に刻んだ。
屋敷の出入り口までオッサンとケバケバしいオネエの集団、5匹の猛獣が見送りに来た。
猛獣達はとにかくシェニカと別れたくないのか、シェニカを取り囲んで動けないようにしていたが、見兼ねたオッサンによって下がらせられていた。
「じゃあまたね、メーコ!みんな!」
「また来てねぇ!別れたり酷い事されたら連絡してね!ルクトちゃんをとっちめてやるからぁ♪
いつでもフィラを飛ばしてきてねぇ~!」
シェニカ…。お前、オッサンとカケラ交換してたんだっけか…。俺の愚痴なんて書いた手紙なんて送られたら、俺は世界のどこにいても確実に地獄を見るだろう。
その様子を想像すると、ゾクッと背筋が凍った。
「いゃだぁ、そーすいったら!!!『桃色宣教師』が降臨しちゃうのぉ?」
ーー『桃色宣教師』?俺がいつか殺り合ってみたいと思っていたのに戦場や街でも全然会えなくて、いつの間にか引退していた、戦場を恐怖のドン底に陥れたランクSSの伝説の傭兵だぞ。
将軍とやり合える位強いのに、こいつに目をつけられると敵味方関係なく新たな世界に引き込まれて戦場を離脱するはめになると噂され、大国の将軍達ですら要注意人物として距離を取っていたと聞いた。
もしかして、オッサンに目をつけられた傭兵や軍人がオネエになって、この恐ろしいマッサージ店で働くようになったのでは…。
あり得る。ここに居る奴らの感じからすれば、十分納得できる。
戦場で会ったらコイツを潰して、将軍共の鼻を明かしてやりたいと思っていたのだが。
こういう意味でヤバイ奴だったのかよ!
「やだわぁ。ルクトちゃんはト・ク・ベ・ツ!勧誘じゃなくて、息の根を止めてあげるのぉ~♪」
「そーすいがゴメス様になっちゃうのぉ?その時はわたしも、お供いたしますわぁ!」
「「わたしも、わたしもぉ~♪」」
そこら中のオネエ達がヤバイ目をして手をバキバキと鳴らしながら楽しそうに言い始めたが、シェニカは近くに居たオネエと喋っていて何にも聞こえてないらしい。
「そういうことだから。なんかあったら覚悟しとけよ。例えシェニカが許すことでも、俺も許すとは限らねぇからな」
急にオネエからゴメスに戻ったオッサンは、俺の耳元で地を這うような低い声で宣告した。
俺たちはオネエの集団と5匹の猛獣に見送られ、怒涛のアビテードの首都を出た。
こんなヤバイ国なんてもう2度と来ねぇ!
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数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
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