天使な狼、悪魔な羊

駿馬

文字の大きさ
116 / 271
第14.5章 国が滅亡する時

1.イタズラ王子

しおりを挟む
金を含んだ山脈を多数持つマードリア。私はこの国の首都のごく普通の家に生まれた。



成人して軍に入った直後、金を求めて頻繁に侵攻してくる周辺国との防衛戦に見舞われて、下級兵士ながらもすぐに実績を上げることができた。
最初は地方都市に配属されていたが、首都から来ていた上級兵士に気に入ってもらえて、その人の推薦によって半年前に首都に異動になった。







夕食が終わって寝るまでの束の間の自由時間。
下級兵士5人で一部屋の寮で1人で本を読んで居ると、静かに扉が開いた。

談話室にチェスをしに行った同室の仲間達が帰って来たのかと、机の上の本から視線を外して扉を見れば、そこには仲間ではなく見知った人が慣れた様子で部屋に入ってきた。





「ジル!今回もなかなかの活躍だったんだって?」


声の主のナディアは、1つ下の幼馴染の恋人だ。
久しぶりに会う彼女はとても嬉しそうに笑って、冷たい石造りの床を足音1つ立てずにこちらに歩いてきた。





「よく知ってますね」


彼女はそう言うと、私の隣に立って読んでいた本を閉じ、私の額にキスをしてきた。





彼女は学校にいる時から白魔法に長けていて、『白い渡り鳥』様になれるのでは?と期待されたが、実際はそこまでの高い適性はなかった。


もともと男勝りな性格で活発なタイプだった彼女は、みんなの勝手な期待に反発するように黒魔法や剣の稽古を始めていたから、『白い渡り鳥』様になれないと言われた時は飛び上がって喜んでいた。


軍に入ったら後方支援をメインにした白魔道士になると思っていたのだが、中級程度の黒魔法と白魔法を扱える上に、猫のように柔軟で軽い身のこなしが出来ることを見込まれて、普通の部隊ではなく暗部に入った。

暗部での訓練や寮の場所などは、全て機密とされているから彼女が普段どこに居て何をしているのかは分からない。彼女にどこに部屋があるのか聞いても、『首都にあるけど、どこかは教えられない』の一言だった。
彼女にひと目だけでも会えないかと思い、下級兵士である自分が立ち入れる場所を歩き回って探してみたが、まったく分からなかった。



恋人なのに会いたくても会えないし、たまに会えたとしてもこうして彼女が自分から来てくれる時だけだ。






「そりゃあ暗部ですから色んな情報が入ってくるもの。誰にも言えないけど、恋人として鼻が高いわ!」



「そうですか。ナディアの期待に応えられるように頑張ります」



上も下も黒い独特の軍服を着た彼女はそう言って腰をかがめてキスをすると、彼女の長い紺色のポニーテールが肩からスルリと胸元に落ちて来た。







「私もジルに負けないくらい頑張らないとね!」



「生命を粗末にすることは無しにして下さいよ?」



「ジルは心配し過ぎよ。まだ実戦に行けるほどのレベルじゃないから安心しておいて。そろそろ戻らなきゃ。じゃあまたね」


ナディアはそう言ってもう一度キスをすると、部屋から出て行ってしまった。





「もう少し居てくれてもいいのに。でも、会いに来てくれるだけ良いと思わないといけませんね」


誰も居なくなった部屋に静寂が戻ると、なんだか無性に寂しさが襲って来る。
まだ寝る時間には早いから、仕方なく読みかけの本を読み出した。










面倒見の良い人格者の上官に目をかけて貰って順調に昇進を重ね、ナディアとの関係も良好なまま20歳になったある日。


上官のもっともっと上。雲の上の人で、滅多にお目にかかれない筆頭将軍ハーギル様に突然呼び出された。



身に覚えがないが何か失態をおかしてしまったのかと、全てが順調に行っていたけどここまでか…と戦々恐々とハーギル様の執務室に行くと、そこには副官達が勢揃いした物々しい空気が満ちていた。





「ジルヘイド、お前を今日から第1王子サジェルネ殿下の護衛に任じる」


「私が…ですか?」


まだ学校を卒業して2年しか経っておらず、順調に昇進しているとはいえ、軍での階級も中級兵士の下の方だというのに。王子の護衛という大役をどうして私に?







「サジェルネ殿下から年齢が近い護衛が欲しいと要望があった。
我々と国王陛下で話し合った結果、ジルヘイド。お前を適任と判断した。優秀なお前を見込んでの出世だ。心して職務に当たるように」



「はっ」






早速一般兵士の煉瓦色の軍服から上級兵士の証とも言える真紅の軍服に身を包むと、上官であるハーギル様の副官専用の執務室に入った。


今日から上官になった副官が、扉の側で控えた私に小さな木箱を持って近寄ってきた。



「分かっているとは思うが階級章は上級兵士の生命だ。お前の名前を刻んだ階級章は、昇進や降格の時を除いて誰にも渡してはならない。いいな」



「はい」


上官は木箱を開けると、切り立った山の前を飛ぶ鷲を模った銅の階級章を取り出し、真新しい軍服の胸元につけて下さった。


上級兵士の中でも王宮に出入りを許される階級になると、上官の副官から銅の階級章を授けられる。
副官になると上官の将軍から銀の階級章を。将軍になると国王陛下から金の階級章を。筆頭将軍になると、もう一度国王陛下から将軍の階級章とは別のデザインの金の階級章を授けられる。


自分の名前が刻まれた階級章は自分の武勲と信頼、そして今後の貢献を期待された証でもあり、軍人ならば生命と同じ価値がある。
だから例え親兄弟、妻や子供であっても一瞬たりとも渡してはならない大事な物だ。

階級が上がれば持っていた階級章を返納して新たな階級章を授かり、降格になれば階級章を返納することになる。






「ジルヘイド。これからは王宮兵士として心して任務に当たるように」


「はい」



憧れの王宮へと足を踏み入れ、早速護衛を務める第1王子のサジェルネ殿下の部屋に上官に連れられてご挨拶に伺った。





「本日から護衛を担当する者を連れて参りました」



「入れ」


扉をノックした上官に中へ入るように促されると、そこには初めて見るサジェルネ殿下が椅子に座ってこちらを見ていた。
殿下は今15歳だと聞いているが、童顔なのかもう少し幼く見える。椅子に座る殿下は耳にかかる緑色の髪を雑に掻き上げると、腕組みをして私を上から下まで何度も見てきた。





「サジェルネ殿下。本日から護衛を務めますジルヘイドと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」



「お前、年はいくつだ?」


挨拶をすると、殿下は椅子から立ち上がって私の目の前までやって来た。






「20でございます」



「へぇ。若いなぁ。ずっと30近くのオッサンばっかりだったからな」






殿下への挨拶を終えると部屋を辞し、他に殿下の護衛を務める上官達に挨拶を済ませると、今日から使うことになる私の部屋に案内された。
部屋に案内される途中、前を歩く同じ護衛の上官は視線を前方に固定したまま話しかけてきた。





「ジルヘイド。殿下には手を焼くかもしれんが何とか上手くあしらってくれ」



「え?それはどういうことでしょうか」



「我が国の王子は、程度の差はあっても悪戯好きなのだ」



上官の発言に何だか不安を抱きながらも、護衛の任に当たった。









「今から中庭の鍛錬場に行くから付いてこい」


護衛を始めて3日後。
殿下が自分の部屋で家庭教師からの授業を終えた後、ムッとした表情で私を含めた護衛4人を呼びつけそう指示を出した。





「ジルヘイドだけここに残り、他は下がってろ」


王宮の中庭の片隅にある小さな鍛錬場に到着すると、殿下は私を指差してそう命令してきた。


殿下の指示通りに3人の上官達は鍛錬場の隅に控え、鍛錬場の入り口には私と殿下だけが残された。私は殿下が何をするつもりなのかと心の中で首を傾げた。





「今日はお前の鍛錬のために特別メニューを考えた」



「特別メニューですか?」



鍛錬場の隣にある噴水を見ていた殿下は、後ろにいた私の方にクルリと振り返ってそんなことを言い出した。



この王宮の鍛錬場がある中庭には大きな噴水や薔薇園もあるので、中庭を見下ろすようにグルリとテラスがある。
そのテラスには薔薇園を見に来た貴族の令嬢達や、掃除をしているメイド達がいるのだが、殿下が護衛1人だけを相手に何をするのかと誰もが興味深そうに注目している。






「重斧を担いで鍛錬場を20周だ。そんなに広くないからすぐ終わるな。兵士なら楽勝だろ?」




「……」


開いた口が塞がらなかった。
重斧なんて切り出した岩くらいの重さがあって、体格の良い力自慢の兵士くらいしか扱えない武器だ。そんなものを担いで鍛錬場を20周なんて、この王子は私を殺す気なのか。





「それはありがとうございます。ではその特別鍛錬には殿下もお付き合い下さいね。そうですね…。殿下は長槍がよろしいですね」


理不尽でありがた迷惑なことを一度受け入れてしまうと、今後も同じことが繰り返されてその内エスカレートすることが目に見えた。

テラスの先に見えた人物を確認し、最初が肝心と思って非礼を承知でニッコリと言い返した。







「ジルヘイド!お前っ!俺は王子だぞ!なんで長槍を担がないといけないんだよっ!」


私がそう言うと殿下は大声で叫んだ。その声は中庭中に響き渡り、テラスからこちらを見ていた女性陣にもしっかりと届いただろう。





「殿下の鍛錬にもなるのです。あんな所に殿下の婚約者のシナトリア嬢がいらっしゃいますね。嫌だと駄々をこねているみっともない姿なんて見せられませんよ」





「ジルヘイドっ!お前…覚えてろよ!」


婚約者の手前、流石に弱々しい姿など見せられないと思ったのか、脇に置いてあった長槍を渡すと、顔を真っ赤にして私を睨み上げながら雑に受け取った。


テラスからこちらを見る令嬢達の中に、殿下の婚約者がいるという事実に気付いて良かった。彼女がここにいなければ、エスカレートする悪戯に頭を抱える未来が待っていただろう。






そして地獄の特別メニューをゼェハァと荒い息を上げて終えた時、殿下の姿を見ていた令嬢達は拍手を送っていた。



「お前、俺を嵌めたな!」


上官の護衛を鍛錬場に待たせ、殿下と2人ですぐ近くにあるシャワー室へと向かう廊下に出ると、他人の目を気にしないで良いからか、殿下は早速声を荒げて文句を言ってきた。







「殿下。それはこちらのセリフですよ」



「俺はお前のことを思ってだな…」



勢い良く声を上げていた殿下は、私がそう言うと途端に目を左右に泳がせて語気が弱くなった。
こういう姿を見ると、王子ではなく、悪戯心が抜けない15歳の少年そのものに見える。






「殿下、目が泳いでいます。嘘が下手ですね。こういう悪戯をしたら、私もやられっぱなしではありませんからね」



「それはやりがいがあるな!お前みたいな面白い護衛が欲しかったんだよ」


私がそう言うと、殿下は悔しそうながらも嬉しそうに笑った。






それからというもの、私は護衛でもあり殿下の遊び仲間のような立ち位置になった。


殿下は歳の近い私を気に入って下さったらしく、他にも護衛兵士はいると言うのに私だけを側に置き、他の護衛は離れた場所に控えさせるか部屋の外へ下がるように命じた。

そのおかげで、私1人が殿下の側に控えることが多くなり、今後1人で護衛出来るようにと、休憩時間や休日も関係なくハーギル様から直々にありがたい地獄のような鍛錬や演習を受けることになった。








殿下の護衛を始めて1ヶ月後。頭の痛い事が起きた。



「ジルヘイド。今日は宝物庫に行くぞ」


「宝物庫…ですか?」


「我が国にどんな宝があるか気になるではないか!」


高度な教育を受ける王族ならば少しは落ち着いても良い15歳であるのに、年齢よりも少々幼い所がある殿下は、こうして何度も私を連れて褒められない遊びに誘う。

しかも家庭教師から出された宿題をしないといけないのに、毎回すっぽかして遊び呆けている。

宿題をサボっていることを家庭教師に咎められると、『俺は王子だぞ!気に入らないと思えばクビにしても良いんだぞ!』と言っては家庭教師を困らせている。





私は殿下の護衛であるため、殿下を諌めながらも彼が行く先にはついて行くしかなかった。






警備の兵士が交代のために宝物庫から一瞬意識が逸れた瞬間、廊下の物陰に身を潜めていた殿下は、盗賊さながらの手際の良さで鉄格子を外して窓から中へと侵入した。

これでは警備がなっていないから、後で上官に話さなければ。



宝物庫の中は、規則的に配置された鉄格子の嵌った小窓から差し込む光で薄っすらと明るい。
廊下と繋がる窓の側を警備の兵士が歩くと、殿下は動きを止めて身を潜める。

この王子、王族でなければ盗賊になっていたに違いない。







奥へ奥へと進んで窓のない暗い空間に入ると、自ら小さな魔力の光を作った殿下の動きは大胆になった。


頑丈な棚に綺麗に整理された宝物は、見て分かる程の質の良い木箱に収納され、その外側には贈られた国と場面などのメモが張られていて、年代順に並べられていた。




その棚を興味深そうに見ていた殿下はその場に座り込み、低い位置にある木箱を引っ張り出して中を確認し始めた。
取り扱いには十分に気をつけなければならない宝物であるにも関わらず、殿下は雑に木箱から宝物を取り出すと、魔力で生み出した光を掲げて色んな角度から眺めで吟味し始めた。




「殿下、もういいでしょう?帰りましょう。宿題をしないと先生に怒られますよ」



「随分と溜め込んでいるんだな。これなら、ちょっとくらいくすねても…」



「殿下、ダメですよ。王族は民の手本とならねばなりません。そのようなことは…」


殿下を諌めると、木箱を漁る手を止めて座ったまま私をキッと睨み上げてきた。






「ジルヘイド!お前は堅い!堅すぎる!父上も宰相も頭が堅すぎていかんな。もう少し遊び心が必要だ!」



「殿下は将来国を背負う立場でいらっしゃるのですから、もう少し自覚を…」



「成人したら自由にできないだろう?今楽しんで何が悪い」



「はぁ。もう、知りませんよ?」




もう何を言っても無駄と諦めた私は、仕方なく殿下の後ろに控えて複雑な心境で見守った。

私が諌めることを止めたからか、殿下は上機嫌な鼻歌を歌いながら高い位置の木箱を取り出しては、中を確認する。確認し終えた木箱は元の場所に戻すことをしないので、殿下の周囲には木箱がドンドンと無造作に積み重なっていった。






「へぇ~。セゼルからは琥珀のランプか。結構綺麗だな」



「殿下、見るだけです。触ってはいけません」


殿下は琥珀のランプの中に小さな光を入れ、キラキラと光を反射する幻想的なランプを満足そうに見ていたが、見ている私はいつ手を滑らせて落としてしまうのではないかと気が気じゃない。






「何を言っているんだ。別に触るくらい良いだろ。俺、王子だし」



「ここにあるものは国宝ばかりですよ。もし壊したら流石の王子でも…」



「大丈夫だろ。父上だって俺くらいの歳には暴れまわっていたそうだ。悪戯好きなのは血筋だからと言っていたから、許されるだろう。諦めろ」



悪戯好きと言っても、許されるのはせいぜい護衛や側使えの者を困らせるようなものだろう。いくらなんでも宝物庫に忍び込んで、国宝を壊すような悪戯など王子であっても許されない。








「許されることと許されないことがあるんですよ?」




「ジルヘイド、そんな小言ばかりだからお前は良い歳して恋人もいないんだぞ」


ナディアから、『暗部が恋人だと知れると、色々と面倒だからといない設定にして欲しい』と言われた。
だから目上の殿下や陛下であっても居ないことにしている。嘘はいけないことだが、これくらい別に構わないだろう。






「あ、あそこの木箱が気になるな…。よっ!」


殿下は周囲に散らばった大小様々な木箱を雑に積み上げて、それを足場にして背伸びをしながら棚の奥に仕舞われていた木箱を引っ張り出そうとした。木箱は小さいのに重いのか、背伸びをしている時間が長いことで、足元の木箱が次第にバランスを崩してグラグラと揺れ始めた。





「殿下危ない!」


「俺は身軽だ!ほれ見ろっ!」




ガシャガシャガシャーン!!!


積み上げられた木箱の上でバランスを崩しかけた殿下は、ようやく引っ張り出すことが出来た木箱を胸に抱えて華麗に着地したものの、足場にされていた木箱達は無残な音を立てながら崩れた。







「あ、やばっ!」


「侵入者だーー!!!!!」


殿下の言葉と連動するように、宝物庫の扉が開け放たれた音が響いた。

















「ジルヘイド!お前は何をやっている!宝物庫に入り込むだけでなく、中を荒らすなど王宮兵士の風上にもおけぬぞ!」




「申し訳ありません…」



あの場にいたサジェルネ殿下は国王陛下の執務室に呼び出され、私はハーギル様の執務室に呼び出された。
一瞬見えたハーギル様の赤茶色の髪は、怒りで真っ赤に染まっているかのように見え、部屋に入った瞬間から恐ろしくて視線を合わせることが出来ない。

ひたすら腰を折って謝罪の言葉を口にするしかなかった。






「お前が破損させた宝物はお前が払える額を優に超えているんだぞ!これからずっと支払いを終えるまで給料から3割弁償に当てるからな!」




「はい…。申し訳ありませんでした」




「今回はサジェルネ殿下がお前を寛大な処分にと言っているから注意で済ませるが、2度目はないからな!」



私は何十分にも渡り、ハーギル様から盛大な雷を頂戴した。
きっと殿下も陛下から雷を頂戴しただろう。これに凝りて、殿下の悪戯が大人しくなってくれれば良いのだが。




ハーギル様のお叱りを受けた後は、殿下の部屋に下がらされた。
殿下の部屋の前には護衛の上官達がいたが、ガックリと肩を落とす私を見ると苦笑いをして、すれ違う時に私の肩をポンポンと叩いて無言ながらも励ましてくれた。





「ジルヘイドです。失礼します…」


殿下の部屋に入ると、窓際に置いた椅子に座って優雅に本を読んでいた。
こちらを向いた殿下は自分のようにガックリと肩を落としている訳でもなく、何もなかったような変わらない普通の表情をしていた。






「ジルヘイド。俺の代わりに怒られてすまなかったな」


私の落ち込み様を見たからなのか、殿下は椅子から立ち上がって私の肩をバンバンと力強く叩いた。




「もうイタズラはやめて下さい…。ハーギル様のお叱りは寿命が縮む上に、弁償が終わるまで給料3割カットなんですから。殿下は陛下から怒られなかったのですか?」



「父上も昔同じことをやったらしいから、俺は無言にため息で終わりだ。3割減らされた給料の内、1割は俺が小遣いからお前に払ってやる」



「どうせなら全部払って下さい…」


臣下だけでなく民衆にも慕われる陛下も、殿下ぐらいの歳にはこんなにも悪戯が酷かったのだろうか。
もしそうだとすると、今はまったく想像できないが、この殿下も陛下のような立派な国王になるのだろうか。






「小遣いが足りんからそれは無理だ。俺が国王になったら残りの2割一括で払ってやる」



「約束ですよ?殿下の護衛とはいえ、上級兵士の下っ端で薄給なんですから…」





それから数日後。
殿下の頭の中に『反省』という言葉がないことを、身を以て思い知らされた。





「ジルヘイド!貴様は何をやっている!今度は鍛錬場の武具倉庫を荒らしおって!兵士の風上にもおけぬ愚行だが、サジェルネ殿下のとりなしがあるから厳重注意で留めていることを忘れるな!」




「申し訳ありません…」


イタズラが発覚すれば、当然私が怒られる。心の中では『どんなに殿下を諌めても止められません。止められる方に護衛を変わって下さい』と呟いたが、殿下のとりなしのおかげで護衛を変更させられることはなかった。








そんな日々が続いたある日の晩。



殿下の護衛となったことで1人部屋を与えられたのだが、施錠していたはずの窓が音もなく静かに開いた。僅かな空気の流れに気付かなければ、異変には気付かなかっただろう。


椅子から立ち上がって腰に挿した剣に手を置いて振り向けば、そこには真っ黒のボディスーツのようなピッタリとする軍服を着た、紺色のショートカットの女性が窓の枠に座っていた。ポニーテールにするほど長かった髪は、バッサリと短く切ったらしい。




「ナディア。夜中にこんな訪問の仕方はあまりにも女性らしくありませんよ」


「ふふっ。いいじゃない。私とジルの間柄なんだし。ね?」



彼女は私の隣に来ると、頬を両手で挟んでキスをしてきた。
そのキスがとても気持ちが良くて、彼女の頭の後ろに手を回して深いキスに変えた。


しばらくキスをして身体を離せば自然と微笑み合い、剣を腰から外してベッドに腰掛けると、ナディアも自分の隣りに座って肩に頭を預けてきた。
持っていた剣を枕元に置くと、腕を彼女の細い肩に回して抱き寄せた。




「まぁ、気負う必要のない関係ですけどね…。それでも、一応ナディアは成人した女性なんですから、相応の振る舞い方というものをですね…」



「まったくジルは相変わらずお堅いんだから!しばらく任務で離れているうちに、小言も多くなっちゃって。
それよりも!聞いたわよ。ジルが第1王子の護衛になるなんてすごい栄転じゃない!」



「まぁ、そうですね…」


そんなに自分は堅い上に小言も多いのだろうか。もしそうだとすれば、絶対サジェルネ殿下のせいだと思う。
これが原因でナディアにフラレたら、私は殿下の護衛を辞めてしまおう。






「で?第1王子はどうだった?噂だと結構な悪ガキって聞くけど」



「悪ガキだなんて王族の方に失礼ですよ。それにしても、ナディアは以前よりも随分口調が男っぽくなりましたね。それに気配を掴むのが難しくなりました」



「そりゃあ暗部に所属してるからねぇ」




「白魔道士になると思っていただけに、ナディアが暗部に行きたいと言った時は驚きましたけど、もう随分暗部に馴染んだんですね」



「だって。白魔道士になったら、基本的には治療ばっかりで前線には立てないじゃない。私、じっとしてるの嫌だし」




「ナディアは相変わらず男勝りですね」


ナディアはベッドから立ち上がると、座ったままだった私の膝の上に跨って首の後に腕を回してきた。
彼女は私を面白そうに目を細めて笑いがながら、自分の腰に差してあった短剣を抜き取ってベッドサイドのテーブルにコトリと置いた。




「黒魔法や剣はどうしてもジルには勝てないけど、身軽さを生かした白魔法も使える暗部ってカッコよくない!?」



「ええ。カッコいいですね」




「いつかジルが将軍になったら、私をお抱えの暗部に入れてね」



「その時になったら考えます」



「絶対よ?はい、指切り」


ナディアと久しぶりの指切りをすると、彼女は昔と変わらない無邪気な笑顔を見せた。昔とちっとも変わらないその姿に、愛おしさが込み上がってくる。






「今日は夜明けまでなら一緒にいれるの」



「そうですか。随分久しぶりですから、嬉しいですよ」



「明日は寝不足にしてあげるわ」



「ほどほどにお願いします」


跨ったままのナディアに肩を押されてベッドに倒れ込めば、彼女は私を嬉しそうに見下ろしながら笑った。










「あぁ。もう夜明けですか…」


すぐそばに感じていた温もりがなくなったことで目が覚めたのに、身体を起こせばもう身支度を整えた恋人が立っていた。






「良い時間はあっという間ね。また来るわ。いつも会えないからって、浮気しないで待っててよ?」



「当たり前ですよ。私の恋人はナディアだけですから」



「うふふっ!私も貴方だけよ。じゃあ、またね」


ナディアはキスをすると、片手を上げてまた窓から出て行った。




1人取り残されたベッドは妙に広くて寒々しい。
愛した人との甘い時間の後は、決まってこういう寂しさが来る。

いつか自分がもっと出世したら、ナディアには危険な仕事をさせたくないから退役してもらって、ささやかな家庭を持てるようになりたい。






「その前に出世して早く弁償を終えなければ…。はぁ」


私はいつ終わるか分からない弁償を思い出して、憂鬱になってしまった。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...