天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第20章 渦紋を描く

11.特別区 それぞれの一幕 1

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■■■前書き■■■
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お盆の渋滞や待ち時間などの時間潰しになればと、昨日に続いての更新です。
今回は前半がキルレのソルディナンド視点、後半がドーレアという国の王太子と文官の会話となります。

※現在帰省中なのですが、持ってきたPCでは地図の編集に対応出来ないため、後日改めて地図を更新します。それまではご不便をおかけいたします。m(_ _)m

■■■■■■■■■

◆キルレ・ソルディナンド視点◆

シェニカ様に引き合わされるエウロがデュレイ様らと作戦を立てている一方、橋渡しの役目しかない自分は、今日もホールの2階から階下の市を眺めて時間を潰している。こうして観察していると、国の事情や興味深い噂話などが見聞きできるから、情報収集として役立っているのは確かなのだが、同時に蚊帳の外であると痛感する。
心の中で己の不運を嘆いていると、隣で階下を見ていたミルトが、感嘆のため息を吐いた。


「バレリア国王、絵から出てきたようなお顔立ちですね。30歳が目前というお歳なのに、未成年に見えるほどお若い」

「昨年行われた戴冠式では、あの美貌に当てられた賓客が性別を問わず多数卒倒したらしい。すでに側室が30人もいるそうだ」

「それは…。すごいですね」

こうして観察していると、シェニカ様と長く縁を繋ぐために、若い世代の国王や王太子などが集まっているのが分かるが、シェニカ様とは親子以上の年齢差がある国もちらほら見かける。その場合は若い次期王太子を伴っているから、年輩者は訪問を直談判する目的で来ているようだか、中には自身がシェニカ様への『贈り者』になるつもりの国もあるようだ。容姿や実力に自信のある男ばかり集まっている中で、王や王太子という華々しい身分以外は冴えない中年男なのに、なぜ自分が選ばれると思っているのだろうか。

市を楽しむ王族らの口元、メモを取っている文官の手元などを観察していると、真下で大きな声がした。その場所に視線を移せば、サンダラエスとヴァンナの王太子が、アルトリューズ女王にちょっかいをかけているようだった。


「おや、アルトリューズの女王陛下ではございませんか。畑仕事は休んで良かったのですか?」
「泥のついた作業着の方がお似合いですよ」

サンダラエスとヴァンナの王太子は、どちらも腹にでっぷりとした脂肪を蓄えた中年男である一方、2人と大して変わらない年齢であるアルトリューズ女王は、健康的に日に焼け、余計な肉などついていない姿で、30代と見間違えるような若々しさがある。
無反応で去る女王の背中に、2人の王太子は「返す言葉もないようだ」と言って嘲笑しているが、自分を含めた周囲の者たちは、「相手にされない中年男は哀れだ」と見ていることに気付いていないようだ。

サザベルの南東にある国境線でもあるデスコ川から、セゼル方面から流れてくるモーニック川が流れ込む湖までの地域を、大昔にあった国の名にちなんで『ヴォルベット地方』と呼ぶ。この地域は、昔から地図では省略されるような小国が密集しているせいで、どの国を地図に表記するか、と世界地図の編纂者を悩ませる場所の1つとして有名だ。昔は表記でかなり揉めたらしいが、今はヴォルベット地方を3つに分け、編纂時に各区画で一番大きい国を代表して記載することになっている。
アルトリューズはそんなヴォルベット地方国の1つで、ハルス、ロズニアック、サンダラエス、ヴァンナ、ジャンドルという小国と国境を接している。
どの国も領土を広げようと血気盛んで、アルトリューズは今のところ領土を死守しているものの、戦争を休みなく起こされるせいで、死者や怪我人が多く出て、前線に向かう兵士は減る一方だ。そのため、すでに学校を卒業した民間人の大人であろうと、全員士官学校へ入学させて実践的な鍛錬を積んでいる。
そのおかげで、民間人が徴兵されても比較的はやく使えるようになるのだが、その者達がやっていた仕事は人手不足になる。そのせいで未就学の幼い子供から一線を退いた老人まで、農業や林業、鍛冶や縫製などの産業に従事し、貴族の令嬢から女王までもが、茶摘みや野菜、小麦づくりといった畑仕事をしている。
ヴォルベット地方は国の入れ替わりが激しいが、アルトリューズは滅亡までどれくらい保つのか見物だ。


「リジェット鉱はダメだったが、ドルトネアから良質の鉄を輸入することになった。すぐに輸送が始まるから、この期間中に兵士たちの装備を整えろ」

ホールを見下ろす自分の後ろをハールズの王太子が通った時、文官にそんな指示をしているのが耳に入った。大陸の南で勢力を伸ばしているハールズは、侵攻のペースが早くて強い武器の製造、拠点の整備などが追いついていない。この場で色々な商談をまとめているようだから、戦争禁止が解かれた後はまた勢力を伸ばすだろう。
ただ、ハールズは勢いがあるし、人心を掴むのも上手いが、残念ながら経済力は大国どころかポルペアにも劣る。アビテードのように領土は大国並みに広くても、人口や経済力などの国力も備わっていなければ大国と認識されない。大陸の南西端、ハルディアルドの川を挟んで向かいにある砂金を含む砂漠を取れなければ、大国にはなり得ないだろう。


階下を見渡していると、全身ピンクのスーツというド派手な服を着た人物が目についた。疫病神を彷彿とさせる服を着ているのは誰なのかと確認してみると、大陸の南、オズファバニ湾に浮かぶドーナツ形のテッツァ島にある小国の1つ、ビルエステルの王太子だった。よく見ると、蛍光緑に染めた前髪以外は光を反射する坊主頭、という趣味の悪さを前面に出した奇抜な姿だから、思わずこの王太子に注目してしまった。

「解禁後、すぐに次の侵攻に出れそうか?」
「早くとも半年後です」
「なぜそんなに時間がかかる?ドルトネアの」
「殿下。この話は別の場所で」

無意識に口の動きを読んでいると、王太子は大勢のいる前では言ってはいけない内容を口走ったようで、隣にいた筆頭将軍に言葉を遮られた。しかし、王太子は「なぜだ?」という顔をしているから、発言の重大さが分かっていないらしい。この調子ではクーデターが起きるか、穏便に失脚させられるだろう。

それにしても。ハールズやビルエステルと言い、ドルトネアは大陸の南側にも手を伸ばし始めたらしいが、遠く離れた地で何をする気なのか。注意深く観察しておかねば。


◆ドーレア◆

タルメスの特別区にあるドーレアの公邸。報告書を読み上げた文官がソファに座る若い国王に視線を向けると、先ほどまで優雅に紅茶を飲んでいた王の顔が、険しい顔つきになっているのを見た。

「ベアンツが国境近くに拠点を作り、演習を始めたということは。解禁後はすぐに侵略戦を仕掛けてくるつもりか」

筆頭将軍ルドルス様は、こちらも同様に拠点を作り、演習を行うようご命令になったそうです」

「黒彩持ち対策にリジェット鉱が欲しいが、サザベルは足元を見てふっかけてくるし。ウィニストラは何と言っている?」

「明確な回答はありませんが、話に聞く状況から十分ありえるかと」

王は目を閉じて深いため息を吐くと、座っていたソファの背もたれに寝そべるような体勢を取った。


「ウィニストラが帰国する前に話をまとめたい。エリスを側室に贈るという話は、本当に諦めるしかないのか?」

「王太子が側室を迎えないのは、平民出身の妃が側室を迎えることに強い嫌悪感を抱いているからではないか、と言われています。王太子妃に根回し出来ていない現状では諦めた方がよいかと」

「では王太子妃にラメルズを贈ってはどうだろうか。王太子は当然愛人にも寛容だし、ラメルズも上手く立ち回り、使命を果たしてくれるはずだ。良い案と思わんか?」

ソファから立ち上がる勢いで身を起こした王は、思いついた妙案に期待した明るい顔だったが、文官は対照的な顔になった。


「提案してみる価値はありそうですが、ラメルズ様には想う相手がいらっしゃるようですので、ウィニストラに提案する前に、ご本人に相談なさった方が良いかと思います」

「あぁ、あの爵位が欲しくて仕方がない成金の娘だろ? 一時の戯れだとしても、あんな礼儀も常識もない家と関わるなんて、品位が下がるだけだ。事後報告で構わん」

「ですが」
「戦争が止まっている間は平穏が保証されているが、この時間は次の侵攻への準備期間でもあるんだ。今の我が国は、黒彩持ちの国に挟まれて戦力面に不安を抱えているからこそ、対抗手段としてリジェット鉱や『聖なる一滴』の確保が急務だ。
だが、たった1本の剣を作る量のリジェット鉱で、予算の大半を食い尽くすほどの額を要求された。シェニカ様がどういう基準で与えてくれるのか分からないが、少なくとも茶会で話した程度、カケラを交換した程度では無理だろう。時間に余裕のない我が国は、あるところから奪うか、盗むか、取引を行って手に入れるしかない。
ラメルズは国政に関わっていなくても、状況を正しく理解し、何を優先すべきか分かっている。問題ない」

王の強い視線と口調に圧倒された文官は、押し黙って頷いた。
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