天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第20章 渦紋を描く

14.ガイドブック

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■■■前書き■■■
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更新を大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。m(__)m
今回はディスコーニ視点のお話です。

※文中に出てくるバストラ大使とは、フェアニーブで働くウィニストラの大使の名前です。
■■■■■■■■■

会議が始まると、まず陛下と宰相様から届いた手紙の読み上げが行われ、尋問についての詳細な打ち合わせが始まった。

「フェアニーブに送った報告書は、本日中に各国に配布される。我々の正当性を証明すべく、各国からの質問はすべて受け付けるとした以上、相当数の質問が寄せられるだろう。午後の部の終了後に次の質問を提出し、フェアニーブ駐在の各国文官らが取りまとめて次の尋問に回す、というのを繰り返す。
茶会も同時進行で行うため、シェニカ様が尋問に出席するのは初日の午前の部だけとし、その後はシェニカ様に返答してもらう質問があれば、書面で回答してもらう形にする。茶会は午前の部の開始時刻から夕方までとするが、その間ディスコーニは尋問出席のため、トゥーベリアスを責任者とし、自身の副官らで護衛と警備を務めろ。シェニカ様の側にはディスコーニの副官3人をつけるから、日によって交代しながら茶会の進行、シェニカ様の身の回りのお世話と護衛を務めろ」

「バルジアラ様、質問をよろしいでしょうか」

「なんだ」

「私と私の副官達はシェニカ様の護衛と警備のみで、それ以外には関わってはならない、ということでしょうか」

「シェニカ様はファズ達とも友好的な関係を築いているし、身の回りの手配を続けてきた実績と信頼がある。護衛とお世話はもちろん、シェニカ様の表情や空気を察しながらの進行は、ディスコーニを除けばファズ達以外の適任者はいない。
それに、シェニカ様を襲う者や所持品を盗む者などが出てくる可能性がある。もしそういう奴が現れた場合、互いのためにもシェニカ様に気付かれない形で済ませたい。そのためには、お前が率先して動く必要があるから、お前の副官達も一番近い場所にいるのは不向きだ。心得てくれるな?」

「…はい」

トゥーベリアスにしてみれば、邪魔な自分がいない茶会はシェニカに近付ける大きなチャンスだが、バルジアラ様の言うように、シェニカ自身を襲おうとする者や、彼女が所持している『聖なる一滴』を盗もうとする者が出てくる可能性がある。
もしその行為がシェニカの知るところになった場合、その国は当然シェニカとの縁は絶たれるし、ウィニストラの汚点にもなるが、そうなる前に処理できれば、ウィニストラはその国に恩を売ることにもなる。そのためにも、議場の当事者席に座らない唯一の将軍であるトゥーベリアスが、シェニカに一番近い世話係兼護衛ではなく、少し離れた護衛兼警備にならなければならない。それは彼も十分理解したようで、すんなり諦めたようだ。


「では連絡事項の続きだ。今回の議長はオルブレスト国のユスワド大使だ。オルブレストは国の歴史こそ浅いが、ユスワド大使は長年大使を務めた人物で、理性的で中立の立場をしっかりと果たしてくれるだろうと、バストラ大使は評価している。
バストラ大使から、シェニカ様と『赤い悪魔』は議場で当事者席に座るのは当然だが、大罪に関係していない『青い悪魔』はどこに着席させるのか確認して欲しいこと、議場の見学が可能だがシェニカ様がご希望になるか聞いて欲しいとのことだ。ディスコーニがシェニカ様に確認して返事をするように。
それから4人の『白い渡り鳥』様の処遇についてだがーーー」


連絡事項と懸念事項の報告などがあり、ようやく会議の終わりが見えてきた頃。書類で顔を隠しながら何度も大きな欠伸をするファーナストラ殿下に、バルジアラ様が「ライオットが記録していますよ」と目で注意をしながら、最後の連絡事項を読み上げた。

「明後日くらいにフェアニーブに入ることが出来そうだが、まだ代表一行が到着していない国の大使から、もう少し到着を遅らせて欲しいという要望が届いている。友好国ではないし、付き合って利益がありそうな国でもないが、次の街に到着したらその日の移動を終了することにした。明日の出発は2時間程度遅くするから、ゆっくり休め。以上解散とする」

思ったよりも会議に時間がかかってしまったが、シェニカはまだ起きているだろうか。1秒でも早く彼女の元に行きたいと椅子から立ち上がると、殿下が大きな声を出した。


「バル!今日は飲もうぜ!」

「殿下は大事な会議の席で31回も欠伸をしたのに、悪びれもせずバルジアラ様に酒盛りを提案した。記録致しました」

「俺は欠伸なんかしてない。嘘はよくないぞ」

「殿下は欠伸の事実は認めないどころか、私が嘘をついたと述べた。記録致しました」

「欠伸に見えたかもしれないが、深呼吸なんだよ」

「大きく口を開けてしっかり欠伸し、涙を溜めた目をゴシゴシとこすっていらっしゃいました。どこをどう見ても、欠伸以外のなにものでもありません」

「深呼吸は口を大きく開けるから、空気を吸った時に自然と欠伸っぽくなるんだよ。ほら、こんな感じになるだろ?だからこれは欠伸じゃない。
バル!早く部屋に行って飲もうぜ!」

「殿下の屁理屈のレベルが上がった。記録致しました」

巻き込まれたくなさそうな顔をするバルジアラ様の腕を掴んで逃げた殿下に続き、ファズから目的の物を受け取ると自分も部屋を出た。

ーー彼女が眠る時間には早いから、まだ起きているとは思うが、『赤い悪魔』と『青い悪魔』と過ごしていたりするだろうか。

シェニカの気配が感じ取れる距離まで来ると、彼女は部屋のソファで1人くつろいでいるのが分かった。安心して部屋の扉をノックすると、彼女が扉の前まで歩いてきた。


「シェニカ、私です。渡したいものがあるのですが、部屋にお邪魔してもいいですか?」
「うん、どうぞ」

扉を開いた彼女は旅装束ではなく、宿に備え付けのクリーム色のワンピースパジャマを身につけていた。彼女と隣り合うようにソファに座ると、石鹸の良い香りがふわふわと漂ってくる。それだけでもドキドキするのに、彼女が前屈みになった時に胸の谷間と下着が見えてしまった。
動揺する気持ちを落ち着かせようと静かに深呼吸したものの、今度は石鹸の匂いを思いっきり吸ってしまい、バスタオルを巻きつけた彼女と一緒に、湯気が立ち込める温泉に足を踏み入れた情景が目の前に広がった。


『背中、洗おうか?』
ーーじゃあ私も…。シェニカの背中を洗ってもいいですか?

『身体も洗ったし、お湯に浸かろうか。バスタオル外すから先に入るね。いいよって言うまで、後ろを向いててね』
ーーあぁ、お湯に浸かる前からのぼせ上がってしまいそうです。それにしてもシェニカの背中は白くて、滑らかで。指先から伝わる感触だけでもう…。

『お湯に浸かったから、こっち向いていいよ。ディズは隣に来て』
ーー目を閉じていてとは言われなかったものの、恥ずかしさのあまり、目を閉じたまま隣に座ってしまった。彼女の方に視線を向けたいのに、どのタイミングで目を開けていいのか分からない。許可を貰えばいいのだろうか。

『どうして目を瞑ったままなの?目を開けて?』
ーーいいのですか…?
目を開けて彼女の方にゆっくり視線をずらすと、華奢な白い肩が……。


「ディズ? 急に顔が赤くなったけど具合悪い?」

「あ…。い、いえ。パジャマ姿がとても素敵で。もう寝るところでしたか?」

想像が膨らみすぎて、現実のシェニカがいるというのに、幻を生み出してしまいそうになっていた。想像が現実になるように、一緒に温泉に行けるよう計画を立てなければ。でもウィニストラには温泉はないし…。あぁ、ウィニストラに温泉が湧かないだろうか。景色の良い誰も来ない山に深い穴を掘れば、温かい湯が出てこないだろうか。一度宰相様に相談した方が良さそうだ。


「お風呂には入ったけど、まだ寝ないよ。このパジャマ、タオル地で出来てて着心地が良いんだ。それで渡したいものって何?」

「これです。重いので注意して下さい」

「辞書?」

早鐘を打つ心臓を感じながらシェニカに渡したのは、手に持ちやすいサイズだが、辞書と見間違うような分厚い紙の束を紐で閉じたものだ。


「各国が自国の紹介を書いたものなので、いわゆるガイドブックですね。1国につき見開き1ページと決めたそうですが、国の数が多いのでかなりの量ですね」

「へぇ~!面白そう。お茶会前に読んだ方が良さそうね。どれどれ…」

早速読み始めたシェニカは、だんだんとワクワクしたような明るい表情に変わっていく。どうやら興味深い内容があったらしい。


「聞いたことのない国もあるけど、どれも周辺国の地図と国内の地図を描いて場所を示してあるから、分かりやすいね!」

「シェニカとのお茶会が上手くいくように、それぞれの国が趣向を凝らしたようですよ」

「そうなんだ!えっとウィニストラは…。『ウィニストラは農作物が豊かで、たくさんの野生動物も住んでるよー!でも天敵(鬼熊や赤虎、獅子狼など)が居なくなった影響で、オオガラスやイノシシ、狐、鹿、野犬、イタチなどが爆発的に増えて農作物や住人、旅人たちに被害が出てるんだ。狩りをしてちょっとでも減らそうって思ってるのに、陛下は狩猟を許してくれないんだよ!これっておかしいと思わない?!』って書いてる!おもしろいね。あ、こっちの地図には釣りや狩猟スポットが書き込んである!これを書いたのは王太子殿下ってすぐ分かるね。ふふっ!」

「シェニカがそう言ってくれて、殿下も喜んでいると思います」

この内容を見たライオットは、殿下はシェニカと砕けた口調で話す関係だから、これはこれで我が国の良さが伝わって良いのではないかという考えと、『王太子だと言うのに、こんなふざけた内容しか書けないのですか。再教育が必要ですね』と冷たく言い放つ宰相様の様子が浮かび、しばらく悩み続けていたらしい。
そのままにするか、書き直させるか判断に困った結果、自分に意見を求められたから、『シェニカ様は動物好きなので、こういう気楽な内容の方が親しさも深まり、羽を伸ばすような気軽さで足を運んで貰えるのではないか』と伝えたところ、そのまま提出することになった。
ライオットは殿下のお目付け役ではあるが、彼の敵ではない。ちゃんと良いところも宰相様へ報告しているだろう。


ガイドブックを読み始めた彼女は、時折「ぶどう狩りかぁ。いいなぁ」とか「湖の上に家があるんだ!」など呟いて、ページの端を折った。「この絵が可愛い」「これ食べたことある?」などと話しながら全てのページにざっと目を通すと、彼女は端を折ったページを再度読み始めた。

「何か気になる特産品がありましたか?」

「うん、欲しいものがあって」

「そこに書いているということは、シェニカが望めば融通するということを示していますから、お茶会で取引を持ちかけてみて良いと思いますよ」

「どんな対価を求められるんだろう。『聖なる一滴』とかだったら…」

シェニカはそう言うと不安そうな顔になった。
そんな憂いがないように、彼女の欲しいものは全て自分が準備したいが、簡単には手に入らない貴重なものもあるから、現実的には難しい。


「関係が浅いうちは、カケラの交換や国への訪問を求める場合がほとんどだと思います。渡したくないものを要求されたら、その時は断れば良いだけですよ。ちなみに一番欲しいと思ったのは何ですか?」

「んと、リジェット鉱だね」

「シェニカが使うのですか?」

「ううん。レオンが欲しいって話してたんだ。お世話になってるから、もし手に入るのならお礼にあげたいなって」

「なるほど…」

リジェット鉱なんて稀少なものは、ウィニストラでは手に入らない。ウィニストラにもリジェット鉱で作った剣はあるが、それはバルジアラ様と陛下しか持っていない。自分も欲しいものではあるが、安定的に手に入るのはサザベルだけで、個人的に手に入れるのは当然無理だし、非友好国のウィニストラが手に入れるのも不可能に近い状態だ。
サザベルは今回リジェット鉱を求めた国に対し、かなりの額を提示していると聞いている。簡単に渡すつもりがない様子だが、彼女が望めば取引に応じるだろう。しかし、その対価としてシェニカに何を求めるのだろうか。

トラントで感じた違和感が消えないから、シェニカにはサザベルと関わってほしくないが、それは自分の個人的な感情だから言うわけにもいかない。
他国と同様に、彼女との接点を求めて動く彼らを止めることも邪魔することも出来ないが、何か仕掛けてくるとすれば自分が彼女の側を離れた時だろう。彼らがシェニカに危害を加えることはないだろうが、彼らの動向が気がかりで仕方がない。
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