天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第15章 大きな変わり目

2.地下牢での尋問

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「では治療を始めます。ネムリス神官長、申し訳ありませんが外に居る白魔道士達をここに呼び戻して下さい」



外に出していた白魔道士達がテントに戻ると、私はエアロスに作った解毒薬を鞄から取り出し、すぐそばに横たわる負傷者の枕元に膝をついて、ちぎった根っこを兵士に見せた。







「これが解毒薬です。飲み込んで下さい」


エアロスによれば飲み込んだ瞬間から不味さが来るので、私は患者が吐き出さないように口を塞いで押さえつけた。






「おぇっ!ま、マッズ!!!」


解毒薬を飲み込んだ兵士は力なく閉じていた目をカッと開くと、すごい力で私の手を振り払い、オエッとえずきながら立ち上がって、テントの外へと服を脱ぎながら駆け出して行った。






「負傷していた人が戻ってきたら、口直しにこの甘い飴を与え、傷口の治療と身体の調子を確認して下さい」



呆然と駆け出した兵士を見送っていた白魔道士達にそう指示を出すと、彼らは何か言いたそうな顔をしながらも頷いた。
私はピンク色のピピリアの飴が入った小瓶を鞄から取り出し、1番近くに居た白魔道士に渡した。






『マズイ!』『おえぇぇぇ!』という声を響かせながら全員に解毒薬を与え終わる頃、走り回った人がテントに戻り始めた。
白魔道士達が戻ってきた人達に治療を施していると、私をここに連れてきた白魔道士の女性が私に近付いてきた。






「あの、治療に使われたのは何の薬草なんですか?この毒はなんでしょうか?」



「これは特殊な毒なので、特殊な解毒薬が必要になるんです」



「特殊な毒…ですか。今まで従軍して多くの毒を視てきましたが、溶け出したような渦巻く毒のパターンは感じたことがありませんでした。こんな毒も治療出来るなんて流石『白い渡り鳥』様ですね。尊敬します。

あ!ジェーム様。御覧下さい。こちらのシェニカ様の治療でみんな回復したんですよ」



テントの中に入ってきた中年の白魔道士の人は、他の白魔道士よりも偉い人なのか神官長が着るような光沢のある白いローブを羽織っていた。







「本当に回復してる…」


元気に動いている兵士達を呆然と見たおじさんは、私を見ると急ぎ足で近付いてきて、耳打ちするような小声で話しかけて来た。
 
 








「私は白魔道士長のジェームと申します。すみませんが、重症の方が別の場所にもいらっしゃるので治療をお願いできますか?」


 
「分かりました。ここにはまだ来れない状況ですか?」



私が小声で尋ねると、彼はなんだか言いにくそうに声を更に潜めた。
 
 










「それが…その。負傷者はディスコーニ様なのです。軍部の混乱を避けるため、少し離れた場所にいらっしゃいます」




 
「ディスコーニ様…」
 








 
フードを被ってテントの外に出ると、ジェームさんの案内でテントの海の外れの方にある大きな黒色のテントに入った。

移動中、ルクトを見たけど、彼は目付きが怖いくらいに鋭く無表情で、喋りかけられる雰囲気じゃなかった。










「失礼します。『白い渡り鳥』様をお連れ致しました」


ネムリス神官長も連れて異臭の立ち込めるテントに入ると、ベッドの上に横たわる男性がいた。



おでこや金色の髪に土がついたままの男性は、目の下から上半身まですっぽりと覆う1枚の白い布をかけられていて、その横で甲冑を身に着けた大柄な銀髪の男性が大声をあげている。

部屋の隅にも甲冑姿に険しい表情をした人が5人いて、テントに入った私に痛いほどの視線の矢を飛ばしてきた。
 
 





「ディスコーニ、しっかりしろ!」
 

「バ、ルジアラ様…」
 

会話からこの叫んでいる銀髪の人がルクトの復讐したい相手、バルジアラ将軍だと私にも分かった。
ルクトの様子が気になるが、目の前で苦しむ人の治療を急いで行わなければ…。
 



 
「すみません、治療しますのでそこを代わって下さい。ディスコーニ様、傷を診せて下さい」


フードを外してベッドの方に歩き出し、大柄なバルジアラ将軍を一生懸命押し退け、横たわるディスコーニ将軍を見下ろした。
 







「シェ、ニカ…さ、ま?」

 
口元も痺れているのか、舌が回らないらしく喋りにくそうだ。


何故ここに居るのかと不思議そうにするディスコーニ将軍には何も言わず、彼にかけられていた白い布を取って息を呑んだ。




上半身にはネームタグ以外に何も身に付けておらず、かすり傷のある左頬から顎、首から左胸、肩口にまでドス黒い変色が広がっていた。
 

今まで治療した兵士達よりも毒薬の濃度が濃かったようで、変色の範囲が明らかに違う。それに、他の兵士に比べて魔力も随分と抜けていっている様子だ。
 
 







「ディスコーニ様。これが解毒薬です。激マズですが飲み込んで下さい」
 

ローブのポケットから取り出した解毒薬を一口分に千切り、ディスコーニ将軍の眼前に晒した。








 
「はい…」
 
 
私が解毒薬を口に入れてあげると、飲み込んだ瞬間から顔を歪めて苦悶の表情を浮かべたが、走り回るほどの元気はなく、大量の汗を噴き出しながら激しくむせるだけだった。
 
黒い変色がスッーと消えて行き、解毒薬の効果が表れたのを確認した私は、左頬に残った小さな傷跡に治療魔法をかけて安心させるようににっこり笑った。
 



 
「もう大丈夫です。これは口直しの甘い飴です。傷口も塞ぎましたが、痺れの余韻でしばらくは動けません。でもじきに戻ります」
 


 
 
「シェニカ様、ありがとうございます。魔力が抜けるとはこんなに気怠いものなのですね…」


ディスコーニ将軍は安心したように少しだけ微笑んで、目を閉じてピピリアの琥珀色の飴を味わい始めた。
私はディスコーニ将軍の顔や剥き出しの上半身にどんどん出てくる汗を近くにあった布で拭い続けながら、後ろで心配そうに見ていたバルジアラ将軍にチラリと視線を向けた。
 
 



 
「バルジアラ様、お願いがあります。今、この街の神殿にはトラントの神官長達が来ていると聞きました。その人達を拘束して欲しいのです」
 



 
「拘束?神官長をですか?」
 

バルジアラ将軍は私の言葉に不思議そうな顔をした。
 




 
「戦場に『白い渡り鳥』を介入させた罪に関わっている可能性があるからです。構いませんよね、ネムリス神官長?」
 
 


「ええ…。バルジアラ様、こちらをご確認下さい」

 
目を見開いて驚いたバルジアラ将軍は、ネムリス神官長から私が書いた書類を受け取ると、部屋の隅にいた副官らしき人に命令を出した。



命令を受けた人が外に出たのを横目で見ながら、ディスコーニ将軍に浄化の魔法をかけて身体を清めてあげた。
 
 
 



 
「これは一体何なんですか。魔力が抜けるなど聞いたこともない。『白い渡り鳥』様を介入させたということは、どう言うことです?『聖なる一滴』とは何ですか?」

 
ディスコーニ将軍の容態が落ち着いたのを見たバルジアラ将軍は、怖い顔をして私にそう尋ねてきた。
 
 





「ネムリス神官長、ご説明をお願いします」
 

私はディスコーニ将軍の汗を拭い続けながら、ネムリス神官長をチラリと見た。
 





 
「これは…。これは『白い渡り鳥』様だけが作ることができる特殊な毒薬『聖なる一滴』の効果です」
 
 



「特殊な毒薬?」
 



 
「『白い渡り鳥』様は己の身に危険が迫った時のため、この毒薬を作り所持しているのです」


ネムリス神官長がそう言うと、テントの中に居た人達のざわめきが起きた。





「症状から見て、ランクAの『白い渡り鳥』が作ったものです。私が診た限り、効果が高い状態の毒薬をディスコーニ様には原液で、他の人は毒薬を薄めて使われていました。

この毒薬は作ってすぐに効果がなくなり始め、保存が効きません。そのため、『白い渡り鳥』に戦場で作らせたもので間違いありません」
 

 
 

「…ということは、本当にトラントは『白い渡り鳥』様を戦場に介入させたと?」
 


 
「そういうことです」
 

私が頷くと、バルジアラ将軍はテント内に響くような大きな舌打ちをし、周囲にいた人からは息を飲む音がした。
 
 




 
「ディスコーニ様、もう身体を起こして大丈夫ですか?」
 

目を閉じて静かに話を聞いていたディスコーニ将軍は、ゆっくりと上半身を起こそうとし始めた。私が手を貸してあげると、弱々しく微笑んでベッドの背もたれに背中を預けた。
 
 
 




 
「えぇ。シェニカ様のおかげです。
ネムリス神官長、シェニカ様。ランクAの『白い渡り鳥』様が作った毒薬とのことですが、これはランクが上の方が作ると効果は違うのですか?」
 
 


「ランクS以上の者が作った毒薬は、さらに強力なものになります」
 

ディスコーニ将軍の問に、ネムリス神官長が硬い声で返事をした。








「どのような効果があるんですか?」

 

「記録によれば、ランクSの方が作る毒薬は、傷口の変色、全身の痺れと魔力の消費がランクAの方に比べると急速に進むと書いてありました。
シェニカ様の作る毒薬はそれ以上の効果がありまして…」


ネムリス神官長はそこで区切ると私をじっと見て来たけど、私はディスコーニ将軍の汗を拭く手を止めず、視線も合わせなかった。





「シェニカ様の作る『聖なる一滴』は、触れた瞬間に魔力が枯渇するだけでなく、全身が黒く変色して痙攣を始める。そして泡を吹いて全身の肉が焼けただれ、シワシワの皮だけになって3日間苦しんだ後、見兼ねた者により殺した…と。
そして、シェニカ様ならば『聖なる一滴』を効果をそのままに、何らかの方法で保存できると書いてありました」


その場に居た全員から視線が集中した私は、俯いたまま絶句して、汗を拭いていた手が止まった。


 
 




「解毒薬は?流通していないのか!?」
 

 
「……解毒薬に必要な薬草が絶滅しているので、事実上この毒薬に解毒薬は存在しません。ですので誰にも作れないはずですが、今回の解毒薬はシェニカ様がお作りになったそうです」
 

 
「トラントは解毒薬のことを知っているのか?」
 
 

「知らないと思います。ですが、シェニカ様の毒薬の効果は、神官長ならば記録を読めるので知っているかと思います」
 
 

 
私はあの日の光景を思い出してしまい、全身に寒気が走った。
今にも震え出しそうな手を布を握りしめることで耐え、気持ちを落ち着けようと目を閉じた。
 
 



 


テントに重い沈黙が下りた時、さっき外に出て行った副官らしき人が入ってきた。
 
 
 
 
「バルジアラ様、ご命令の通り神殿にいた神官長達を拘束し、軍の地下牢に収監しました」
 
 

「すぐに行く。シェニカ様とネムリス神官長も同席をお願いします」








フードを被ってその場から立ち去ろうとすると、ディスコーニ将軍がベッドから下りようと身体を動かし始めた。




「私も行きます」



「お前はここで休んでろ」


テントから出ようとしていたバルジアラ将軍が、ディスコーニ将軍に振り返って手で寝てろと合図を送った。





「動けるまで回復しましたから大丈夫です。ファズ、肩を貸して下さい」
 

私とルクト、ネムリス神官長と1人の護衛、ディスコーニ将軍と彼に肩を貸して歩く紫色の短髪のファズと呼ばれた甲冑姿の男性、バルジアラ将軍と緩くウェーブのかかった黒髪の甲冑姿の男性の8人で、街の中にある軍事施設内の地下牢へと向かった。
 
 




静かで不気味。地下に続く暗く長い階段の先には、頑丈な鉄格子で区切られた沢山の牢があった。その中でも1番手前の牢に、神官長ら3人が両手を後ろに拘束されて同じ場所に入れられていた。
 

 
「何故我々を拘束する!」
 

「ネムリス!お前は何を言ったのだ!」
 
 
ネムリス神官長を見た3人は、座ったままながらもすごい剣幕で怒鳴ってきた。
 


 
「ベルド神官長、ラドネ神官長、イバ神官長…。
此度の我が国とトラントとの戦で、トラント側により『聖なる一滴』が使用されました」
 
 
 


「なんだとっ!」


「そんなことあるわけない!」


「我が国を貶める策略ではないのか?!」






「その場で作った『聖なる一滴』で間違いないと、こちらのシェニカ様がご判断されました」



ネムリス神官長が事情を説明すると、私はフードを外した。3人は私の顔を見ると目を見開いて凝視してきて、口を情けなく開けたまま絶句した。









「『白い渡り鳥』様の戦場への介入は、世界共通の法律により禁止されています。御三方はトラントの神官長。その事情聴取のため拘束させて頂きました」
 


 バルジアラ将軍の言葉を聞いた3人は、跳ね上がるように立ち上がり、鉄格子に身体を押し付けながら迫って来た。







「ネムリス!お前、裏切ったのか!」
 
 

「裏切るだなんて…!私は神殿の現状の改善のために協力するとは言いましたが、『白い渡り鳥』様の戦場介入や『聖なる一滴』については何も知りません」
 

 
「お前は首都の神官長になりたいと言って、ウィニストラだけでなく、他国の大商人や貴族らと通じて『白い渡り鳥』様達の詳細な調査をさせていると聞いたぞ!
1人だけ善人面して、我々を貶めたいのか!」
 
 

「そんなことはありません!私ではなくお三方の方が、4強の首都の神官長らから随分と目をかけて貰っているではありませんか。
彼らが送った護衛が有利になる様に、あなた方が排除目的の護衛を紹介していると聞きました。
そんなのフェアではありません!お三方の方が世界中の神官長達を裏切ってますよ!」
 

 
「そんなことはない!お前はウィニストラが無理なら、国籍変更でもしてどこかの国の首都の神官長にでもなるつもりだろ!どこの国の王族に金を貢ぐつもりだ!?」


神官長達の間で口論が始まると、バルジアラ将軍が壁にドン!と拳を叩きつけて黙らせた。
 




 
「お前らさっきから聞いてりゃ、随分あちこちと通じてキナ臭い動きをしているんだな。何を企んでいるんだ?正直に言え」
 
 

ネムリス神官長はバルジアラ将軍に胸ぐらを掴まれると、背の高い将軍と同じ目線の位置まで片手で持ち上げられて豪快に壁に押し付けられた。

神官長の護衛がバルジアラ将軍に近寄ろうとすると、髪にウェーブのかかった男性が護衛を押し留めた。
 






「…神殿は白魔法を司る神聖な場所ですが、世の中は黒魔法を重要視するので神殿の存在は疎かにされがちです。

今は婚姻の祝福と『白い渡り鳥』様くらいしか神殿は感謝されることはなく、王族や貴族、民間人からの寄付も年々減っています。
神殿の権威が下がっていくのを見ているだけではいけないと、優秀な白魔道士を…『白い渡り鳥』様を多く輩出しようとしているのです」
 



 
「それのどこがキナ臭い原因になる?」
 


 
「皆様もご存知の通り、世の中から『白い渡り鳥』様の数はどんどん減少しています。
それを食い止めるために、次世代の『白い渡り鳥』様が生まれるようにと、世界中の神殿が過去の『白い渡り鳥』様達の戸籍を調べました。
すると、黒魔法の適性が高い者との間に出来た子供は、将軍になるほどの高い黒魔法の適性を持っていたり、『白い渡り鳥』様となり世襲出来ていることが多くありました。


でもいつの頃からか『白い渡り鳥』様自体の質が落ちてしまい、ランクSS、Sの方が減ってAの方ばかりになりました。

そしてその方々が護衛の傭兵との間で結婚することが多くなってくると、生まれた子供は期待したほど白魔法の適性が高くない上に、黒魔法の適性もさほど高くないという中途半端な能力をしているのです。
ですから、軍に優秀な人を紹介して欲しいと頼んで、『白い渡り鳥』様に愛人の1人として紹介しているのです」
 
 



「愛人だと?お前らはいつも護衛が欲しいからと言っていたが、なぜ本当の目的を言わなかった?!」




「本当の目的を伝えれば、神殿間の話では収まらず、国家間の問題になってしまいかねません。
事が大きくなって、他国の神殿から融通してもらっている金が入らなくなってしまうのは困るのです」





「はぁ?他国の神殿から金を融通してもらってる?どういう意味だ。目的もやり方も何もかも全部言え!」
 



「我々のおおまかな目的は、贈った護衛が『白い渡り鳥』様と良好な関係を築いて優秀な子供を作ること、引退後の身分の預かり先に選んで貰えるように計らうこと、寵愛を受けた護衛を擁する神殿が発言力を持てるようにすることです。

世界中の神殿が同じ目的を持っていますので、『白い渡り鳥』様が行く先々の神殿で愛人を紹介され、護衛兼愛人の数はどんどん増えていきます。
いくら『白い渡り鳥』様が何人でも愛人を持てるとは言っても、王族と違って旅をする方ですので大人数は好まれません。そのため、愛人たちの間で寵愛か実力で競い合い、同行する人数を絞るのです。


強い者が勝ち残り、『白い渡り鳥』様から強い信頼と寵愛を得られるように、護衛だけでなく護衛を送った神殿間でも駆け引きをしています。
そして旅の途中で愛人が得た『白い渡り鳥』様の情報を、世界中の神殿に知らせるのではなく、高い金額で買いたいと言ってきた神殿に売って、金の融通をしてもらっていました…」
 



 
 
「お前らの勝手な都合でこいつには元副官を寄越した上に、襲わせたのかよ」

 
ルクトが3人が入る牢の反対側の壁にもたれかかって、吐き捨てるように呟いた。
 
 
 



「ジェネルド様は既婚でいらっしゃいますが、本人の戸籍や奥方の情報は伏せられていて、どんな女性を好むのか分かりません。美女と呼べる愛人を贈っても見向きもしない、迫ってもまったく相手にされない。もう何年も粘っていますが、成果はまったく上がっていません。

情報がほとんどないシェニカ様には、他の『白い渡り鳥』様と同等レベルの愛人を贈ろうとしましたが、その者はシェニカ様の護衛を見た途端、無理だと言って近寄ろうともしないのです。
加えて、マードリアの元副官がその護衛に退けられたことで、更にシェニカ様に贈る愛人を用意するのが難しくなりました。


ですがシェニカ様には優秀な者との間に子を多く成して貰いたいので、やり方を変えることにしたのです…」
 



 

「そういうことを画策していようとは。呆れたな」
 
 
バルジア将軍はネムリス神官長を掴んでいた手を放すと、神官長はゲホゲホとむせながら床に倒れ込んだ。
 
 




 
 
「やり方を変えるとは、何を企んでいたのです?」
 
 
ディスコーニ将軍の言葉に、ネムリス神官長は身体を起こそうとした動きを止めて、俯いたまま固まった。
 
 
 
 

その問いかけにネムリス神官長はしばらく黙っていたが、全員の視線に耐え切れなくなったのかポツリと小さな声で呟いた。
 



 
「シェニカ様は街を訪れても神殿にお越しにならないので、修行を積まれた神殿以外は世界中のどの神殿もシェニカ様のことをよく知りません。情報を教えて頂きたくても、その神殿にはあのローズ様がいるので誰も強く言えませんでした。

そのため、シェニカ様がどこかの街を訪れた際には神官や巫女に行動を監視させ、今後に繋がる役立つ情報を集め、世界中の神官長らとそれを提供し合い、共有してきました。


情報はある程度集めることは出来ましたが、我々の目的を達成するには、シェニカ様の護衛を何とかしなければなりません。
今までは神殿同士、愛人同士が競ってきましたが、シェニカ様の場合に限っては協力し合うことにし、色んな国の軍から紹介された優秀な者を多数集めて護衛を暗殺するつもりでした」
 


ネムリス神官長はそこまで言うと手で顔を覆った。
 
 



 
「最っ低…」

 
私は思わず呟いて、ネムリス神官長を軽蔑の眼差しで見た。
 


 
 
 
「神聖だとか救いの手を担う場所とか言う割には、やってることは汚れてるな」
 
 

「これも世のためなんだ!」
 

ルクトの言葉に、牢屋の中にいる神官長の1人が突然叫んだ。
 
 
 



 

「ランクAの『白い渡り鳥』様達は、みんな我々の言うことを素直に聞いた!強く見た目も良い相手ならば喜んで連れて行ったのに、2人だけは上手くいかなかった!」
 
 
 
「それもこれもローズの入れ知恵だ!このまま放っておけば、ローズと同じ様に我々の言うことも聞かずに勝手に夫や伴侶を決めてしまうではないか!」



「折角前途のある娘を自分達だけで独占するのが悪いのだ!我々がやっているのは、世界のために必要なことなのに!」
 

 



「独占?どういう意味よ」
 

私はローズ様に夫や伴侶という人がいたのを初めて聞いたけど、それ以上に聞き捨てならないローズ様の悪口に腹が立って、牢屋の神官長に声をかけた。
 
 




「普通なら『白い渡り鳥』様になるほどの実力を持つ者がいれば、洗礼を受けたら時間をかけて自国、他国の王族や貴族、将軍ら、神殿関係者と引きあわせて縁を繋ぐ。なのに、あのローズは『そんなものは不要』と言ってその全ての接触を絶って独占した!

その結果、成人するとすぐに旅立たせ、かつてのローズと同じ様に有力者との接触を嫌がり、神殿にすら寄り付かなくなった!」
 
 
 
私の6年間の神殿の生活を振り返ると、親や友人まで接触を厳しく制限されたり、外出を禁じられたりしておかしな所はたくさんあった。
その時はこういうものかと何も思わなかったけど、今考えると、私の将来を憂いたローズ様がこういう人達から私を守るためにやったことだったんだろう。ローズ様の計らいには感謝しかない。










「それで?トラントは『白い渡り鳥』様を戦場に連れて行き、毒薬を作らせていることを認めるんだな?
正直に言わないと呪いでもかけてやろうか。呪いを解呪出来るのは、ここじゃあシェニカ様くらいだが解呪してくれるかは分からんがなぁ」
 
 
 


「解呪なんてしません。絶対に」

 
バルジアラ将軍の言葉に私は即答した。
 
 



 
「何も知らん!詳しいことは首都のベラルス神官長に聞け!」
 
 
「我々は『白い渡り鳥』様が来たら、必ず首都の神殿に寄るように伝えろと言われただけだ!『聖なる一滴』は我々の預かり知らぬことだ!
そもそも首都の神殿にいるベラルス神官長の方が立場が上なのだから、我々にそういう機密を話すことはない!」
 
 

「それに!お前はなぜ『聖なる一滴』の使用について喋ったのだ!こういう時は、どの『白い渡り鳥』様も口を閉ざすだけだと言うのに!お前は仲間を売るつもりか!」


牢屋の3人は呪いに怯えたのか、口々に自分達の主張を叫び始めた。
 
最後の人は私に食って掛かる勢いで怒鳴ってきたけど、私はごく一部の同業者以外と接触したことはないから、仲間だなんて思ったことはない。



エアロスが治療を求めた元『白い渡り鳥』の人は、怪我の状況を見て戦場に『白い渡り鳥』が連れて行かれたことに気付いたはずだ。それでも何も問題にならなかったのは、その人は口を噤んだんだろう。

その時に口を開いてくれていたら、こんなことにはならなかったのに…。









 
「トラントの敵国にいるのは、最初から侵攻予定と知っていたからじゃねぇのか?何か画策してた可能性もあるな」


バルジアラ将軍がそう言った途端、3人は慌てたような表情に変わった。






「知らん!我々は10日前にここに戸籍の整理に来ただけだ!そしたら突然緊張状態になったから帰れなくなってるんだ!」


 
「そうか。ならばここで呪いを受けておくと良い。それぞれが恐ろしいと思うものが追いかけてくる呪いにしてやろう」
 



バルジアラ将軍は牢の隅に立っていた兵士に鍵を開けさせて牢屋に入ると、3人の神官長に次々と呪いをかけた。
 
呪いをかけられた3人は叫ぶ間もなくすぐに虚ろな目になり、倒れ込むとガクガクと全身を震わせて何かブツブツと呟き始めた。
 
 
 


 
「全てが終わるまでここに閉じ込めておけ。ネムリス神官長、それでいいな?」

 
ネムリス神官長が頷いたのを見たバルジアラ将軍は、巨体をかがめて牢を出た。
 





 
「さて、ネムリス神官長。あんたはこの3人の神官長と開戦前から一緒にいるってことで、共謀していた疑いがあるが。どうしてやろうか」
 



 
「私の知っていることは全てお話しました。私は『白い渡り鳥』様の介入も、戦場での『聖なる一滴』の使用も知りません。本当です」

 
バルジアラ将軍に牢屋の壁に追い込まれる形になっているネムリス神官長だが、その目は真っ直ぐ将軍を見ていて嘘はついている様に見えない。
 
 
 



「バルジアラ様、彼は本当に何も知らないのでしょう。
彼は敵国であるウィニストラの神官長ですから、主導していると思われるベラルス神官長は話していないと考えるのが自然です。軍の施設での軟禁にしてはいかがですか?」
 

私と同じように見えたのか、ディスコーニ将軍がバルジアラ将軍の背中に声をかけた。
 
 



「ではそのようにしろ」
 
バルジアラ将軍は、牢屋の隅に控えた兵士にネムリス神官長を渡した。
 
 
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