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第五話 三年後の未来と愛の結実①
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三年後。
あの後、国を三つほど超えた場所にある山間の辺境の村にたどり着き、家を建てて暮らし始めたミリエルとユアンは、平穏な日々を送っていた。
村の住民は優しく、駆け落ちしてきたのだね、と言ってミリエルたちを受け入れてくれた。
聞けば、ここはそういう家族に結婚を認められなかった恋人たちが逃げ伸びて集い、うまれた村なのだという。
聖女や竜の信仰からほど遠いこの村での暮らしは穏やかで、波や風と言えば、時折、旅の商人から「アトルリエ聖竜国」の話を聞くことがあるくらいだった。
アトルリエ聖竜国は聖女の失脚と同時に、彼女それまでの不正や素行の悪さが明るみになり、国の根幹をなしていた教会への信仰をほとんど失ってしまったらしい。
求心力を失った国の内部はぼろぼろで、頼みの聖女は赤ん坊状態。
その混乱を狙って、アトルリエ聖竜国は他国から領土を狙われている。
次の聖女は生まれない、というユアンの言葉は教会の人間だけとはいえ大勢が聞いており、かん口令を敷いても完全に抑えることはできなかったようだ。
信仰対象の消失。それも教会の権威の失墜につながったのだろう。
遠くの、もはや他人事のように遠くの出来事を、ミリエルは少しだけ憐れに思った。
その時、ふいに後ろからぎゅっと抱きしめられて、ミリエルは目を瞬いた。
「ミリー」
「ユアン! おかえりなさい。いつ帰っていたの?」
「今だよ。声をかけたのに、ミリーが何も言わないから」
「ええっ! ごめんなさい、全然気がつかなかったわ」
謝るミリエルに、ユアンが「いいよ」とほほ笑む。
「僕がもっと早く帰ってくればいいだけだからね。今日の獲物はうさぎだよ。おすそわけでニンジンとジャガイモをもらったから、ミルクで煮込んでシチューにしよう。僕が作るからミリーは座っていて」
一流の狩人として村の男たちのまとめ役となったユアンは、ここのところ帰りが早い。
ミリエルが仕事できない状況である、というのもあるのだろうけれど、それにしたって心配し過ぎである。
「私も料理くらいできるわ」
「だめだよ。今が大切な時だって、お医者さんも言ったじゃないか」
「それは、そうだけど……」
「ね、だからおとなしく、僕に甘やかされていて」
ちゅ、とこめかみに口付けられて、ミリエルはむう、と唇を尖らせるフリをした。
「かわいい唇だね」
ちゅ、と唇にもキスを落とされて、ミリエルの頬が赤くなる。ねだったみたいで恥ずかしい。
耳の後ろを熱くするミリエルに対して、ユアンは相変わらず嬉しそうだ。炎のようなあたたかい瞳が、ミリエルを映してゆるりと細まる。
「もう、ひとりの体じゃないんだから」
「ええ……」
まだ膨らんでいない腹を撫でて、ユアンが愛しげな声を落とす。これはきっと子煩悩になるわね、なんて想像して、ミリエルはふふ、と笑った。
まだ薄っぺらなおなかには、ユアンとの子が宿っている。宝物のような、小さな命。
「ミリエル、笑ってるの? かわいいね」
「今日も明日も明後日も、あなたが好きだわと思ったから、笑ってるのよ」
ミリエルがそう言うと、ユアンは一瞬、目を見開いた。人とは違う縦に長い瞳孔が丸くなるのがかわいらしい。そういうところも好きだ。
あの後、国を三つほど超えた場所にある山間の辺境の村にたどり着き、家を建てて暮らし始めたミリエルとユアンは、平穏な日々を送っていた。
村の住民は優しく、駆け落ちしてきたのだね、と言ってミリエルたちを受け入れてくれた。
聞けば、ここはそういう家族に結婚を認められなかった恋人たちが逃げ伸びて集い、うまれた村なのだという。
聖女や竜の信仰からほど遠いこの村での暮らしは穏やかで、波や風と言えば、時折、旅の商人から「アトルリエ聖竜国」の話を聞くことがあるくらいだった。
アトルリエ聖竜国は聖女の失脚と同時に、彼女それまでの不正や素行の悪さが明るみになり、国の根幹をなしていた教会への信仰をほとんど失ってしまったらしい。
求心力を失った国の内部はぼろぼろで、頼みの聖女は赤ん坊状態。
その混乱を狙って、アトルリエ聖竜国は他国から領土を狙われている。
次の聖女は生まれない、というユアンの言葉は教会の人間だけとはいえ大勢が聞いており、かん口令を敷いても完全に抑えることはできなかったようだ。
信仰対象の消失。それも教会の権威の失墜につながったのだろう。
遠くの、もはや他人事のように遠くの出来事を、ミリエルは少しだけ憐れに思った。
その時、ふいに後ろからぎゅっと抱きしめられて、ミリエルは目を瞬いた。
「ミリー」
「ユアン! おかえりなさい。いつ帰っていたの?」
「今だよ。声をかけたのに、ミリーが何も言わないから」
「ええっ! ごめんなさい、全然気がつかなかったわ」
謝るミリエルに、ユアンが「いいよ」とほほ笑む。
「僕がもっと早く帰ってくればいいだけだからね。今日の獲物はうさぎだよ。おすそわけでニンジンとジャガイモをもらったから、ミルクで煮込んでシチューにしよう。僕が作るからミリーは座っていて」
一流の狩人として村の男たちのまとめ役となったユアンは、ここのところ帰りが早い。
ミリエルが仕事できない状況である、というのもあるのだろうけれど、それにしたって心配し過ぎである。
「私も料理くらいできるわ」
「だめだよ。今が大切な時だって、お医者さんも言ったじゃないか」
「それは、そうだけど……」
「ね、だからおとなしく、僕に甘やかされていて」
ちゅ、とこめかみに口付けられて、ミリエルはむう、と唇を尖らせるフリをした。
「かわいい唇だね」
ちゅ、と唇にもキスを落とされて、ミリエルの頬が赤くなる。ねだったみたいで恥ずかしい。
耳の後ろを熱くするミリエルに対して、ユアンは相変わらず嬉しそうだ。炎のようなあたたかい瞳が、ミリエルを映してゆるりと細まる。
「もう、ひとりの体じゃないんだから」
「ええ……」
まだ膨らんでいない腹を撫でて、ユアンが愛しげな声を落とす。これはきっと子煩悩になるわね、なんて想像して、ミリエルはふふ、と笑った。
まだ薄っぺらなおなかには、ユアンとの子が宿っている。宝物のような、小さな命。
「ミリエル、笑ってるの? かわいいね」
「今日も明日も明後日も、あなたが好きだわと思ったから、笑ってるのよ」
ミリエルがそう言うと、ユアンは一瞬、目を見開いた。人とは違う縦に長い瞳孔が丸くなるのがかわいらしい。そういうところも好きだ。
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