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あなたが好きです1
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エリナはクリスを見つめた。
どうしようもない気持ちだった。
だってずっと帰りたかったのだ。ずっと、当たり前みたいに「ただいま」と言ってクリスを抱きしめてあげたかった。
エリスティナは命と引き換えにクリスを守ったけれど、それだって死なずに守れたらと思わなかったことはない。
エリスティナは帰りたかった。クリスのもとへ帰りたかった。
「ああ、あ、ぁあああ」
エリナの唇から嗚咽がもれる。それはだんだん大きくなって、まるで子供返りしたみたいな泣き声になる。
ひっく、ひっくとしゃくりあげるエリナを抱きしめて、クリスは静かに泣いていた。
ダーナの足音がする。きっと、涙をふくための布を持ってきてくれるのだろう。
それを知覚して、けれどエリナはそれになにも反応を返すことができないでいた。
胸がいっぱいで、どうすればいいのかわからなくて、ようやっと思いついたそれを形にするには想いが大きすぎた。
胸があたたかい。あの日貫かれた胸の鼓動が激しくなる。
私は、生きている――……。
「クー、クリス……」
「はい、エリー」
「あなたは、ずっと知っていたの?」
私が、エリスティナだって。
言外にそういう言葉を連ねて、エリナはクリスを見上げた。
クリスはふっと表情を陰らせて「はい」と小さく答えた。
まるで、黙っていたことが悪であるかのように。
「知っていました。あなたがエリーだと……僕を育ててくれたエリスティナ・ハーバルの生まれ変わりだと知っていました。そして、その中にエリーの記憶をもって生まれていたことも。なんとなくは、察していました」
「私に黙っていたことを悔いているの?」
「いいえ」
クリスははっきりと言った。
決めたのは僕です。エリーが番だからと言って、過去の……エリー、エリスティナと同一視してはいけないと思ったから、言いませんでした。そうしてしまえば、生まれ変わる番みんなが同じだと思いかねなかったから」
エリナはクリスの頬を撫でた。
苦しそうな顔をしているのが、気にかかって。
クリスは続けた。
「危険なことに関してもそうです。言わなければあなたの心は不安で押しつぶされる、ということにはならないでしょう」
「あなた、そんなに寡黙だったかしら」
「そういうわけでは」
「ふふ、わかっているわ。私のためだったのでしょう、クリス。あなたは昔から、考えて、考えすぎて、熱を出してしまう子だったんだもの」
クリスは目を細めた。
エリナの手のひらが触れるたび、心地よさげに目を閉じるそのさまは、まるであの頃に戻ったようだった。
「僕はエリナにも、エリスティナにも恋をしました。だから同一視していると思われたくなかった」
「ふふ、そうね、クリスは誠実でいい子だわ」
クリスがエリナの膝に手を差し入れる。横抱きにして、離宮の庭にあるベンチへと、そのまま腰を下ろした。
「クリス!?」
「いい子、ですか?僕のことをそういう目で見られない?僕がクリスだったから。あなたの養い子だったとわかったから」
「そ、そういうわけでは、そういうわけではないの」
エリナは、むっと口を引き結んだクリスに手を振って弁明した。
「私にとっては、いつだってあなたはクリスなんだもの。かわいいと思ってしまうのは仕方ないわ」
「それは……」
「でもね、クリス」
エリナは笑った。
ああ、と思った。ずっとくすぶるように、胸の内で焦げ付くような感情の答え――それが、今、やっと形を成した。
「私はクーとずっと一緒にいたんだもの。クーにときめいて、クーを、好きだなあって思って。それと同時に、私の中のエリスティナはクリスをかわいいって思い続けて……。いつのまにか、エリナもエリスティナも、まざってしまった。一つになって、それで、ええ、ええとね」
エリナはそこで口を閉ざした。
どきどきする。人に好意を告げるとき、こんなに緊張するものなのだろうか。
胸が苦しい。いますぐ胸を広げ、そのうちをさらけ出せてしまえればどれだけ楽だろうか。
けれどエリナにそんな魔法は使えないから、がんばって、がんばって、言葉で伝えるしかないのだ。
「きっと、エリスティナのほうが先だったんだわ」
どうしようもない気持ちだった。
だってずっと帰りたかったのだ。ずっと、当たり前みたいに「ただいま」と言ってクリスを抱きしめてあげたかった。
エリスティナは命と引き換えにクリスを守ったけれど、それだって死なずに守れたらと思わなかったことはない。
エリスティナは帰りたかった。クリスのもとへ帰りたかった。
「ああ、あ、ぁあああ」
エリナの唇から嗚咽がもれる。それはだんだん大きくなって、まるで子供返りしたみたいな泣き声になる。
ひっく、ひっくとしゃくりあげるエリナを抱きしめて、クリスは静かに泣いていた。
ダーナの足音がする。きっと、涙をふくための布を持ってきてくれるのだろう。
それを知覚して、けれどエリナはそれになにも反応を返すことができないでいた。
胸がいっぱいで、どうすればいいのかわからなくて、ようやっと思いついたそれを形にするには想いが大きすぎた。
胸があたたかい。あの日貫かれた胸の鼓動が激しくなる。
私は、生きている――……。
「クー、クリス……」
「はい、エリー」
「あなたは、ずっと知っていたの?」
私が、エリスティナだって。
言外にそういう言葉を連ねて、エリナはクリスを見上げた。
クリスはふっと表情を陰らせて「はい」と小さく答えた。
まるで、黙っていたことが悪であるかのように。
「知っていました。あなたがエリーだと……僕を育ててくれたエリスティナ・ハーバルの生まれ変わりだと知っていました。そして、その中にエリーの記憶をもって生まれていたことも。なんとなくは、察していました」
「私に黙っていたことを悔いているの?」
「いいえ」
クリスははっきりと言った。
決めたのは僕です。エリーが番だからと言って、過去の……エリー、エリスティナと同一視してはいけないと思ったから、言いませんでした。そうしてしまえば、生まれ変わる番みんなが同じだと思いかねなかったから」
エリナはクリスの頬を撫でた。
苦しそうな顔をしているのが、気にかかって。
クリスは続けた。
「危険なことに関してもそうです。言わなければあなたの心は不安で押しつぶされる、ということにはならないでしょう」
「あなた、そんなに寡黙だったかしら」
「そういうわけでは」
「ふふ、わかっているわ。私のためだったのでしょう、クリス。あなたは昔から、考えて、考えすぎて、熱を出してしまう子だったんだもの」
クリスは目を細めた。
エリナの手のひらが触れるたび、心地よさげに目を閉じるそのさまは、まるであの頃に戻ったようだった。
「僕はエリナにも、エリスティナにも恋をしました。だから同一視していると思われたくなかった」
「ふふ、そうね、クリスは誠実でいい子だわ」
クリスがエリナの膝に手を差し入れる。横抱きにして、離宮の庭にあるベンチへと、そのまま腰を下ろした。
「クリス!?」
「いい子、ですか?僕のことをそういう目で見られない?僕がクリスだったから。あなたの養い子だったとわかったから」
「そ、そういうわけでは、そういうわけではないの」
エリナは、むっと口を引き結んだクリスに手を振って弁明した。
「私にとっては、いつだってあなたはクリスなんだもの。かわいいと思ってしまうのは仕方ないわ」
「それは……」
「でもね、クリス」
エリナは笑った。
ああ、と思った。ずっとくすぶるように、胸の内で焦げ付くような感情の答え――それが、今、やっと形を成した。
「私はクーとずっと一緒にいたんだもの。クーにときめいて、クーを、好きだなあって思って。それと同時に、私の中のエリスティナはクリスをかわいいって思い続けて……。いつのまにか、エリナもエリスティナも、まざってしまった。一つになって、それで、ええ、ええとね」
エリナはそこで口を閉ざした。
どきどきする。人に好意を告げるとき、こんなに緊張するものなのだろうか。
胸が苦しい。いますぐ胸を広げ、そのうちをさらけ出せてしまえればどれだけ楽だろうか。
けれどエリナにそんな魔法は使えないから、がんばって、がんばって、言葉で伝えるしかないのだ。
「きっと、エリスティナのほうが先だったんだわ」
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