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ガーデンパーティー編
君の笑顔を奪ったのは
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リズ、リズ、リズーーリズ。
運ばれてきたケーキを頬張る、表情のないリーゼロッテを見つめる。
聞かれてしまった言葉を思う。
愛しているとおおっぴらに言いたくて、けれど、そうすることでリーゼロッテが「あのこと」を思い出してしまうのが怖かった。
怯えた目、傷ついた表情、悲鳴じみた嗚咽はクロヴィスを拒絶した。小さな背で、ごめんなさいと泣きじゃくるリーゼロッテを、クロヴィスは忘れてはならなかった。
ーーごめん、リズ、リズ。
ーーそれでもーーそれでも、ごめんね。
救うことを拒まれたって、クロヴィスはリーゼロッテを救うことをやめないだろう。
自己満足、憐れみ、感謝、愛。どれも違って、どれも近い。それでも、同じでありはしなかった。
そんなに綺麗なものではない。もっとどろどろした汚らしいもの。
ああ、そう、例えるなら、そう。こんな、悪辣な語り口だ。
ーーだって、クロヴィスはリーゼロッテに恋をしたのだから。
アルブレヒトに救われて、牢を出たクロヴィスは、その日の夜遅く、目を覚まして真っ先にリーゼロッテの部屋に向かった。
歩けないと思われていたのか、クロヴィスを引き戻す見張りはいない。疲れも痛みも感じない。リーゼロッテを陥れた者への怒りも今は薄く、リーゼロッテに会える、リーゼロッテを守れた、と言う高揚感でいっぱいだった。
今思うと、クロヴィスは高熱で興奮していたのだろう。今でも、あの時のことを後悔する。
ボロボロの体に包帯を巻きつけ、薬と血の臭いをまとって、クロヴィスはリーゼロッテの部屋をノックした。
「だあれ?」
「リズ、僕だよ」
「ヴィー!」
ちたたた、と小さな足音が聞こえて、扉がうちから開かれる。
ふんわりと下された蜂蜜色の髪が広がって、クロヴィスの前にろうそくの灯火みたいな瞳が現れた。
泣いていたのか、少し白目が赤かった。
「ヴィー、大丈夫なの?」
「うん。ねえリズ、中に入ってもいい?」
「もちろんよ」
リーゼロッテはお姉さんぶって、気取った言葉で頷く。
いつものリーゼロッテが嬉しくて、クロヴィスは部屋の中に体を滑り込ませた。
部屋の中央、ベッドの上に2人で座る。天蓋のレースを超えて、沈み込みそうなふかふかのマットレスに2人で腰を下ろした。
「ヴィー、怪我は大丈夫?」
「うん、リズも……リズ、肩は……」
「少し熱が出たけど、もう平気」
リーゼロッテは怪我をした方の肩を少し押さえて、なんでもないと言うように笑った。くるくる変わる表情がリーゼロッテらしくて、クロヴィスもつられて笑ってしまう。
「そう……ごめんね。守れなくて」
「どうしてヴィーが謝るの?あんなの誰にも防げないわ。……ああ、いいえ、違うわね……防げたかも、しれなかったわ」
何かを思い出したように、リーゼロッテの声が沈む。それは後悔するような声色で、だからクロヴィスは安心させたくて笑ってみせた。
リーゼロッテはホッとしたようにクロヴィスを見て、表情を和らげる。
「王太子殿下の愛犬も死んだって聞いたわ。ヴィーが疑われたって」
「うん。でもリズがあんな目に合わなくてよかったよ」
「あんな目って……!ヴィーは悪くないじゃない!どうしてヴィーが閉じ込められて罰を受けなきゃいけなかったの!」
リーゼロッテはクロヴィスに抱きついて憤慨したように声を上げる。
「あいつら、相手は誰でもよかったんだよ」
「私が代わりになれたらよかったのに、ヴィーは侯爵家の息子さんなのよ」
リーゼロッテがクロヴィスの背をいたわるように撫でてくれるのが嬉しい。痛み止めが効いているのか、リーゼロッテの手が触れたところはすこしピリピリするだけだった。
きっと、ひさびさのリーゼロッテに触れられて浮かれていたのだ。
だから、クロヴィスは、その言葉がどんな意味を持つのか、深く考えずに発してしまった。
「リズも僕と同じことを言うんだね」
ーーと。
微笑んで、お揃いだね、と言うように言ってしまった。
その、次の瞬間、ぴたり、とリーゼロッテの顔が凍りつく。
「同じ、こと?」
「うん、僕も、代わりに罰を受けたいって、思って……」
「ヴィー、まさか、あなた、私の代わりに罰せられたなんて言わないわよね?私が疑われていたから、代わりに、なんて、言わないわよね?」
懇願するような声だった。
愕然としたリーゼロッテの目が、クロヴィスを射抜く。
そこでようやく、クロヴィスは自分が失言をしたのだと気づいた。
「あ……」
「代わって、なんて、私頼んでないわ」
「違う、リズ、これは」
「私が、ヴィーが私の代わりに傷ついて、どう思うか、わからなかったの……。ありがとうなんて言えない。だって、だって……」
リーゼロッテの赤い目から、つう、と涙が頰に伝う。
「私のせいで、あなたが怪我をしたこと、どうして感謝できるの……私は誰に感謝をするの、あなたに、ヴィー、あなたに、ありがとうなんていえない」
リーゼロッテは、クロヴィスの胸にすがりついた。
とん、と弱々しく、クロヴィスの胸が小さな拳に打たれる。
「ごめんなさい、私のせいね、ごめんなさい……。ヴィー、わたしが、あなたにそう思わせてしまったのね」
リーゼロッテが、クロヴィスの死を怖がっていることを知っていた。どうしてクロヴィスが死ぬと思っているのだと不思議だった。
両親を喪っているからかもしれないと思ったけれど、それとは違う、もっと根の深いものを今、感じた。
「リズ、僕は、君を守りたかった。後悔してない」
「頼んでない!」
リーゼロッテの手を掴む。その表紙に、リーゼロッテの爪が、空いた胸元からのぞいたクロヴィスの包帯を引っ掛けた。
ぶち、と切れて、はらりと落ちる。その隙間からは膿んだ傷口がのぞいていてーー。
はっと気づいて隠そうとした時には、もう遅かった。
リーゼロッテは、クロヴィスの胸に広がる傷を見て、はっとした顔で、クロヴィスの腕を掴んだ。目立たないだけで、傷は全身にある。暗いから見えていなかった傷が、月明かりに目を凝らすことで
はっきりとその眼に映る。ついで、リーゼロッテらクロヴィスのシャツをぐいと引っ張った。その中身を見て、リーゼロッテは目を見開く。
クロヴィスの指に爪はなく、おびただしいミミズ腫れが全身に広がっている。
自分ではなんとも思わなかった。けれど、それがリーゼロッテをどれだけ打ちのめすか、理解していた。
「あ、あ、ああ」
「リズ、君のせいじゃない」
「いや、いやよ、ごめんなさい、ヴィー。守ってあげるなんて、そんなこと言えなかった」
「リズ」
リーゼロッテは自分の腕に爪を立てて涙を流した。
その手を引き剥がそうと、無理に掴もうとした。しかし、その手は混乱したリーゼロッテに振り払われてーー。
とん、と天蓋の柱に頭をぶつけたクロヴィスの、頭の傷口が開いたのかもしれない。
つう、と額を伝う、鉄錆のにおいのするもの。
リーゼロッテは、その光景を、ずっと見ていた。
悲鳴をあげて、あげていることに気づかず。
クロヴィスの血が流れる様を、クロヴィスの腕の中で、自分を傷つけながら。
運ばれてきたケーキを頬張る、表情のないリーゼロッテを見つめる。
聞かれてしまった言葉を思う。
愛しているとおおっぴらに言いたくて、けれど、そうすることでリーゼロッテが「あのこと」を思い出してしまうのが怖かった。
怯えた目、傷ついた表情、悲鳴じみた嗚咽はクロヴィスを拒絶した。小さな背で、ごめんなさいと泣きじゃくるリーゼロッテを、クロヴィスは忘れてはならなかった。
ーーごめん、リズ、リズ。
ーーそれでもーーそれでも、ごめんね。
救うことを拒まれたって、クロヴィスはリーゼロッテを救うことをやめないだろう。
自己満足、憐れみ、感謝、愛。どれも違って、どれも近い。それでも、同じでありはしなかった。
そんなに綺麗なものではない。もっとどろどろした汚らしいもの。
ああ、そう、例えるなら、そう。こんな、悪辣な語り口だ。
ーーだって、クロヴィスはリーゼロッテに恋をしたのだから。
アルブレヒトに救われて、牢を出たクロヴィスは、その日の夜遅く、目を覚まして真っ先にリーゼロッテの部屋に向かった。
歩けないと思われていたのか、クロヴィスを引き戻す見張りはいない。疲れも痛みも感じない。リーゼロッテを陥れた者への怒りも今は薄く、リーゼロッテに会える、リーゼロッテを守れた、と言う高揚感でいっぱいだった。
今思うと、クロヴィスは高熱で興奮していたのだろう。今でも、あの時のことを後悔する。
ボロボロの体に包帯を巻きつけ、薬と血の臭いをまとって、クロヴィスはリーゼロッテの部屋をノックした。
「だあれ?」
「リズ、僕だよ」
「ヴィー!」
ちたたた、と小さな足音が聞こえて、扉がうちから開かれる。
ふんわりと下された蜂蜜色の髪が広がって、クロヴィスの前にろうそくの灯火みたいな瞳が現れた。
泣いていたのか、少し白目が赤かった。
「ヴィー、大丈夫なの?」
「うん。ねえリズ、中に入ってもいい?」
「もちろんよ」
リーゼロッテはお姉さんぶって、気取った言葉で頷く。
いつものリーゼロッテが嬉しくて、クロヴィスは部屋の中に体を滑り込ませた。
部屋の中央、ベッドの上に2人で座る。天蓋のレースを超えて、沈み込みそうなふかふかのマットレスに2人で腰を下ろした。
「ヴィー、怪我は大丈夫?」
「うん、リズも……リズ、肩は……」
「少し熱が出たけど、もう平気」
リーゼロッテは怪我をした方の肩を少し押さえて、なんでもないと言うように笑った。くるくる変わる表情がリーゼロッテらしくて、クロヴィスもつられて笑ってしまう。
「そう……ごめんね。守れなくて」
「どうしてヴィーが謝るの?あんなの誰にも防げないわ。……ああ、いいえ、違うわね……防げたかも、しれなかったわ」
何かを思い出したように、リーゼロッテの声が沈む。それは後悔するような声色で、だからクロヴィスは安心させたくて笑ってみせた。
リーゼロッテはホッとしたようにクロヴィスを見て、表情を和らげる。
「王太子殿下の愛犬も死んだって聞いたわ。ヴィーが疑われたって」
「うん。でもリズがあんな目に合わなくてよかったよ」
「あんな目って……!ヴィーは悪くないじゃない!どうしてヴィーが閉じ込められて罰を受けなきゃいけなかったの!」
リーゼロッテはクロヴィスに抱きついて憤慨したように声を上げる。
「あいつら、相手は誰でもよかったんだよ」
「私が代わりになれたらよかったのに、ヴィーは侯爵家の息子さんなのよ」
リーゼロッテがクロヴィスの背をいたわるように撫でてくれるのが嬉しい。痛み止めが効いているのか、リーゼロッテの手が触れたところはすこしピリピリするだけだった。
きっと、ひさびさのリーゼロッテに触れられて浮かれていたのだ。
だから、クロヴィスは、その言葉がどんな意味を持つのか、深く考えずに発してしまった。
「リズも僕と同じことを言うんだね」
ーーと。
微笑んで、お揃いだね、と言うように言ってしまった。
その、次の瞬間、ぴたり、とリーゼロッテの顔が凍りつく。
「同じ、こと?」
「うん、僕も、代わりに罰を受けたいって、思って……」
「ヴィー、まさか、あなた、私の代わりに罰せられたなんて言わないわよね?私が疑われていたから、代わりに、なんて、言わないわよね?」
懇願するような声だった。
愕然としたリーゼロッテの目が、クロヴィスを射抜く。
そこでようやく、クロヴィスは自分が失言をしたのだと気づいた。
「あ……」
「代わって、なんて、私頼んでないわ」
「違う、リズ、これは」
「私が、ヴィーが私の代わりに傷ついて、どう思うか、わからなかったの……。ありがとうなんて言えない。だって、だって……」
リーゼロッテの赤い目から、つう、と涙が頰に伝う。
「私のせいで、あなたが怪我をしたこと、どうして感謝できるの……私は誰に感謝をするの、あなたに、ヴィー、あなたに、ありがとうなんていえない」
リーゼロッテは、クロヴィスの胸にすがりついた。
とん、と弱々しく、クロヴィスの胸が小さな拳に打たれる。
「ごめんなさい、私のせいね、ごめんなさい……。ヴィー、わたしが、あなたにそう思わせてしまったのね」
リーゼロッテが、クロヴィスの死を怖がっていることを知っていた。どうしてクロヴィスが死ぬと思っているのだと不思議だった。
両親を喪っているからかもしれないと思ったけれど、それとは違う、もっと根の深いものを今、感じた。
「リズ、僕は、君を守りたかった。後悔してない」
「頼んでない!」
リーゼロッテの手を掴む。その表紙に、リーゼロッテの爪が、空いた胸元からのぞいたクロヴィスの包帯を引っ掛けた。
ぶち、と切れて、はらりと落ちる。その隙間からは膿んだ傷口がのぞいていてーー。
はっと気づいて隠そうとした時には、もう遅かった。
リーゼロッテは、クロヴィスの胸に広がる傷を見て、はっとした顔で、クロヴィスの腕を掴んだ。目立たないだけで、傷は全身にある。暗いから見えていなかった傷が、月明かりに目を凝らすことで
はっきりとその眼に映る。ついで、リーゼロッテらクロヴィスのシャツをぐいと引っ張った。その中身を見て、リーゼロッテは目を見開く。
クロヴィスの指に爪はなく、おびただしいミミズ腫れが全身に広がっている。
自分ではなんとも思わなかった。けれど、それがリーゼロッテをどれだけ打ちのめすか、理解していた。
「あ、あ、ああ」
「リズ、君のせいじゃない」
「いや、いやよ、ごめんなさい、ヴィー。守ってあげるなんて、そんなこと言えなかった」
「リズ」
リーゼロッテは自分の腕に爪を立てて涙を流した。
その手を引き剥がそうと、無理に掴もうとした。しかし、その手は混乱したリーゼロッテに振り払われてーー。
とん、と天蓋の柱に頭をぶつけたクロヴィスの、頭の傷口が開いたのかもしれない。
つう、と額を伝う、鉄錆のにおいのするもの。
リーゼロッテは、その光景を、ずっと見ていた。
悲鳴をあげて、あげていることに気づかず。
クロヴィスの血が流れる様を、クロヴィスの腕の中で、自分を傷つけながら。
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