34 / 40
ガーデンパーティー編
笑うってこういうことだったね
しおりを挟むクロヴィスが、リーゼロッテとつないだ手を引いて、リーゼロッテを起こす。コートを巻き付けるようにしてリーゼロッテの体を隠したクロヴィスを見とがめ、老婆が眉を吊り上げた。
「クロヴィス・ティーゼ!私のお姫様をどこにつれていくのですか!」
老婆がこちらに手を伸ばすのを、クロヴィスがひょいとかわして扉へ向かう。
あわてたのか、自身のスカートの裾を踏んでつんのめった老婆が転び、驚愕の表情を浮かべた。
「あなた……なにを……」
「毒には毒を。師匠、何年あなたの弟子をやっていたと思うんですか。知識は進歩するものです」
そう言って、クロヴィスはふわりと白いなにかを投げ捨てる。それは、百合の描かれたハンカチだ。
「あ……あ……」
「解毒薬なんてそらで作れます。同時に――それを進化させた薬も。師匠。あなたの腹心たちが、どうなっているか、お気づきですか」
「な……っ!お前たち!お前たち、来なさい!」
老婆が叫ぶ。しかし、それにこたえる姿はなく。ベッドの横、首に針を刺された状態の双子がすうすうと寝息を立てているのが、クロヴィスの肩口から見える。
クロヴィスがやったのだろう。きっと、老婆の気をそらしながら、周到に。
「ヴィー、すごい、のね」
「リズ、大丈夫?まだ薬が残っているでしょう」
「しゃ、べれる、くらいには、大丈夫」
ろれつが回らない。けれど、少しずつ体の感覚が戻ってきた。リーゼロッテはクロヴィスの手を握る。
老婆が、クロヴィスを睨みつけている。
「リズ、絶対に、手を離さないで」
「うん――うん!」
瞬間、クロヴィスは走り出した。
リーゼロッテが振り返って、気付く。老婆の手に、なにかが握られている。
「あの女がこんなことで君をあきらめるはずない」
クロヴィスが小さく言う。リーゼロッテは、ぎゅう、と音が出るほどにつないだ手を握り締めた。
絶対に離さない。あの日、伸ばせなかった手――伸ばして、繋げなかった手がある。差し出した手に触れてもらえず、差し伸べられている手を無視して心を凍らせた。
かちり、かちりと、壊れた陶器のような心が組みあがっていく。
ここには固くつないだ手があった。だから、もう、リーゼロッテは無敵なのだ。
「ヴィー、離さないわ。絶対離さない。一緒に帰ろう」
あの日、森の中、共に過ごした湖畔の家へ。
リーゼロッテが見上げると、クロヴィスははっとしたように目を見開いて――そうして、にっこりと笑った。
「――もちろん」
声とともに、クロヴィスが窓枠を乗り越え、跳躍する。およそ三階。気付いた高さは、けして低いものではなかった。けれど、リーゼロッテはクロヴィスの手を握ったまま、けして離さない。
――信じているから。
クロヴィスを、ではない。もちろん、リーゼロッテを、でもない。
ここは、乙女ゲームの世界だ。けれど、リーゼロッテたちが今生きている世界なのだ。
知識と体験が違うように、ここは夢でもなんでもない。だって、リーゼロッテは、もう、ゲームのヒロインのリーゼロッテではない。
「私」は、ヴィーのことを愛している、リズなのだ。
だから、決まりきった結末へ至る、そのシナリオを変えて見せようという、自分たちの意志こそを信じていた。
クロヴィスが木の枝へたん!と音を立てて足をつける。揺れがひどく、突き刺さる枝で血が流れる。クロヴィスの頬はさっくりと切れていた。
クロヴィスは、肉体派ではない。それでも、リーゼロッテを救うべく無茶をしている。
「ヴィー、大丈夫よ、私たち、絶対、帰るんだから!」
クロヴィスの足に、枝が刺さっている。汗の吹き出したクロヴィスの腕から飛び出し、リーゼロッテは今もしびれる足で太い枝を蹴った。
「う、あ……っ!」
「リズ!」
リーゼロッテの腕を枝がこすって赤い線ができる。けれど、そのまま落下するようにして木から飛び降りた。
落ちて、骨折で済めばいい、そう、目を閉じたリーゼロッテは、繋いだ手を引いて、落下時に抱きしめるようにしてリーゼロッテをかばって転がったクロヴィスの腕の中にもう一度閉じ込められた。
「っ痛……」
「ヴィー!大丈夫?」
「大丈夫。リズ。……手、離さないでくれてありがとう」
「――当然でしょ、ヴィー」
そのとき。
ぽたり、と、手に落ちたのは何だったのだろう。
熱い雫がいくつもつないだ手を濡らしている。
「リズ」
クロヴィスが、驚いたように目をしばたたく。つないでいない手が、リーゼロッテの目元へ寄せられて、そこで、ようやくリーゼロッテは自分が泣いていることに気づいた。
「私、泣いて……」
「リズ、表情が、」
「え?」
クロヴィスが、泣きそうな顔でリーゼロッテを見ている。けれど、その表情はやわらかくて。
――ああ、そっかあ。
リーゼロッテは涙を流したまま、口の端を上げた。目が細まって、口からあふれた息が音を出す。
「ふふ……ヴィー、変な顔」
笑うって、こういうことだった。
リーゼロッテは「笑った」。何年も使っていなかった表情筋がぴりぴりする。それは、きっと流した血のせいだけじゃない。
「リズ、リズ……」
はっとしたように、クロヴィスが、リーゼロッテを抱きしめる。うずくまったまま、ぎゅうっと。
だからリーゼロッテは困ったように微笑んだ。
「ヴィー、苦しいわ」
「リズ」
クロヴィスが、囁く。
今までで、一番優しくて、残酷な声がした。
――ごめんね、愛しているよ。
その言葉が、リーゼロッテの脳に透過すると同時に。
パン!と、乾いた音。
そうして、しかと握り締められた手から、力が抜けていく。
薄い金髪の毛先が赤く染まり、リーゼロッテの思考を奪った。
「……ヴィー?」
頭上を見上げると、憤怒の形相で、なにか筒状のものを構えている老婆。
後ろから取り押さえられたのか、その体を窓のヘリにたたきつけられているのが見える。
あれは、王太子殿下と、その友人?
ざわめきが近づいてきて、やがて、クロヴィスに気づいたらしい、血まみれのリーゼロッテたちを悲鳴が取り囲む。
そう、取り囲んだ。
――その悲鳴を上げているのが自分だなんて、このときのリーゼロッテには気づくことができなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる