教室の窓から

いえろ~

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第1章 春

5.家に帰って

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 岡は放課後の勉強を終え、帰宅した。

 ただいま、と靴を脱ぎ、2階の自室へ向かう。部屋のドアを開けると口を結んだゴミ袋を持った母が立っていた。机上を見ると、家用のスケッチブックや色鉛筆、絵の具など画材がごっそりなくなっていた。

「ちょっと、母さん。何をしてるの?」

「あなたの道具を捨ててるの」

「なんでさ!」

「だってあなた、全然勉強してないじゃない! 2年の時の評定平均知ってる? 2.8よ! 推薦使ってもどこの高校にも行けないじゃない!」

「これからちゃんと勉強するから」

「そう言って、あなたが勉強した試しはないです。明美あけみは明美で勝手にアメリカ行っちゃうし、あなたにはちゃんと勉強して、橋高に行って、国立大に行ってほしいの」

 明美は5つ上の姉で、奨学金は自分で全部返すから、と両親の反対を押し切って高校卒業後単身アメリカに留学してしまったのだ。姉は県内随一の進学校である橋本高校に行き、両親としてはそのまま国立大に入学してほしかったのだろうが――その役目を今度は弟の裕貴に果たせようとしているのだ。尤も、自分が橋高に行けるなんて微塵も思っていないし、そもそも勉強をしたくないのだ。

「大学になんて行きたくないよ」岡はやっと絞り出すように言った。

 しかし、母はお構いなしに言ってのけた。息子を哀しく見つめながら。

「大卒じゃないと、今時ロクな仕事就けないわよ。裕貴のことを思って言ってるの。今頑張れば、きっといい人生を送れるわ。絵なんてこれからも描けるじゃない。お願いだから、今だけは勉強に集中して」

「……わかったよ」

 母の請願を前に圧倒され、岡は肯定の言葉以外もはや何も言うことはできなかった。

   * * *

 帰ってきてから、やけに眠い。嵯峨本さがもとは帰宅するなりベッドに寝転んだ。右腕で両目を覆う。

 何もやりたくない人間なんて本当はいないんだよ――岡に言った言葉を反芻する。

 岡のやりたいことって本当に絵描きなのだろうか。アイツは、本当に勉強をやりたくなくて、絵を描いていたいのだろうか。それは、俺が求めていた解であって、そうでないことを言われ続ける限り、同じ質問を繰り返していたのではなかろうか。そうならば、俺は悪いことをしたな。

 そういえば、俺のやりたいことって何だろう。やっぱり、勉強なのかな。でも、義務的で作業的な勉強は嫌だな。

 そもそも、何で俺は勉強してるんだろう。中1の最初から部活に入らず、気がつくと放課後独り勉強する習慣がついていた。その時は何故か気持ちが楽になった。俺を押さえつけていた「何か」はわからないが、その時だけはあらゆるものから解放されている気がした。しかも、勉強すれば必ず相応の結果が表れる。唯一、「俺」を正しく理解してくれているものだとも思える。

 でも、それも現実逃避に過ぎないのか。そもそも、一体どんな現実から逃げているのか?

 あの時、無理にでも何かしら部活に入っていたら、少しは変わっていたのだろうか。あの時でなくても、担任に入部を勧められるのはしょっちゅうだったし、適当な文化部だってあった。

 あの時、何をしていたら、今の虚無から抜け出すことができたのか。

 夢現ゆめうつつの中、不毛な思考の繰り返しに苦笑した。
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