教室の窓から

いえろ~

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第2章 夏

3.黒い眼

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「ごめん、日比谷。今日、200メートルリレーの練習したいんだけど、いいかな」

 翌日の昼休み始め、クラス一の俊足である和田がそう提案してきたが、日比谷は難色を示した。できるだけ大縄の経験を積んでおきたかったし、クラス全員でやることに意義があると思ったからだ。

「うーん……。でも、大縄の練習を優先してもらえるとありがたいな。ほら、リレーの練習は体育の授業でもできるでしょ。大縄はクラスの皆が集まらないとできないし」

「そうだけどさー。俺、正直大縄の練習嫌だな。いつになっても上達しないし。ちゃんと飛んでない奴もいるしさ」

 そう答えたのは、後からやってきた木口きぐちだ。かなりのお調子者で、いわゆる“陽キャ”であり、日比谷にとっては少し厄介者であった。

「そんな奴いるのか?誰だ?」

「女子の連中なんて、そんなの多いよ」

「あー、体力的にって意味ね。皆これから慣れていくと思うよ。時間も限られてるし、とりあえず、今日だけは大縄につきあってくれない? 明日からはまた天気崩れるらしいし」

 それを聞くと、木口はあからさまに嫌がってみせた。

「げっ、そうなの? じゃあ尚更走りたいなぁ。このまま本番迎えるとか、無理だよ」

 木口はこのまま意見を変えないだろう。これ以上時間を食わせても無駄になるだけだと思い、日比谷は匙を投げた。

「……わかった。じゃあ、木口達はリレー練やってくれ」

 するとそれを盗み聞きしていた別のクラスメイトが騒ぎ出す。

「えー、お前らリレーやるの? じゃあ、俺らも別の競技練してもよくね?」

「あたしもー、二人三脚の練習したいー」

 あれやりたい、これやりたい。時間が経たないうちに加速度的にクラスメイトの同様に求める声が増す。

「うーん……。わかった。じゃあ、今日の練習は各自出る競技の練習しよう」

 日比谷は、意に反してそう告げてしまった。こんな状態で無理にさせても、結果は目に見えるものだ。

「マジで? おーい、今日は大縄やんないってさ!」

 誰かがそう叫ぶと、クラスメイトは散り散りになっていく。所々歓声も聞こえた。結局、桜の木の下からはほとんどの生徒が消えてしまった。

「やっぱ皆、大縄嫌いなんかな……」

 そう呟く日比谷のもとに、中野が来た。来てしまった。

「何だ、今日は大縄の練習しないのか」

「はい。他の競技の練習をしたい生徒が多かったので、そうしました」

 日比谷は呻くように、しかし芯が通っている声で言った。

「それなら、もしもあいつらがこれからもそう求めてきたら、そうするのか?」

 それは……。日比谷はそこで詰まる。その間も中野はこちらを見つめてくる。何とか言葉を紡がなければ。

「今日は皆、気が乗らなかったってだけですよ。明日からは雨も降るらしいですから、トラック競技を優先させました。大縄なら体育館でもできますし」

 そんな確証はない。むしろ、皆願わくば大縄の練習なんてしたくないと思っているだろう。それを察しているかのように中野は言った。

「そうか。ならいいんだけどな」

 一拍置いて、中野は右手の人差し指を立てる。

「そうだ。大縄の練習を何でやるか、皆の前でスピーチしたらどうだ?」

 えっ。唐突な提案に、日比谷は思わず声を挙げた。

「皆、真っ当な理由があればちゃんと参加してくれると思うんだ。今日の帰りの会で。どうだ?」

 あくまで爽やかな顔をする中野。そんな表情をする中野に言ってやりたかった。そんなもので皆の士気が上がるわけないじゃないか。お前、一回でも練習風景を、クラスメイトの退屈そうな顔を見たことがあるのか。叶うならば、そんなことを言ってやりたい気分だった。

 しかし、日比谷が口を開いた時、中野の眼がやけに黒く見えた。あれ、こんなに黒目大きかったっけ。こんなに黒かったっけ。果てのない黒、その黒に、吸い込まれてしまい、自分が何を言いたいのかをすっかり忘れてしまった。

 どうだ? 中野の念押しの一回。これがトドメだった。

「わかりました」

 背中を汗が伝う。そこに生温い風が吹いて、微かな冷感だけが残った。
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