9 / 25
1章.少女と付喪神
付喪神だという不審者②
しおりを挟む
「待って、行くってどこに行くつもりですか?」
「ここから出る。隷属の鎖を掛けられ章政が動けぬ以上、ここに祀られている必要も無い。幸魂」に呪いを込めた者の鎖により、俺はお前の側にいなければならぬ。共に来い」
駄目だと、怪しすぎる相手だと頭では分かっていても彼の言葉に逆らえず、鈴は差し伸べられた手を取ってしまった。
男の手を取ると、軽い眩暈に襲われ目を瞬かせた鈴は次の瞬間、ハッと息を飲む。
瞬く間に、刀が祀られていた小部屋から棚の上に収蔵品が並ぶ蔵の中へ、どういう仕組みなのか戻っていたのだ。
鈴の手を握っている男が一歩踏み出した時、棚の上の収蔵品から次々に淡い光が放たれていき、暗かった蔵内部が明るくなる。
「どうなっているの?」
蝋燭の光ともガス灯の光とも違う、白緑色と藍白色の光。
例えるのならば、蛍の放つ光の色に近かった。
「この蔵に居る者達が俺の氣にあてられて出て来ただけだ。長い年月を経た物には魂が宿る。こ奴らは年月を経て妖となった者達だ。高梨の下で存在している妖は、鈴を害することはしない。鈴を怯えさせないよう気を配り、俺の場所に導いたのもこ奴等だ」
「そうなんだ」
もしかしたら、真っ暗で怯えていた時に少しだけ周囲が明るくなったのも、物音も奥の衣紋掛けの前まで導いた風も、妖とやらの力だったのか。
悪意も害意もないから先ほどの赤黒い霧に比べたら、収蔵品から発せられているやわらかな光には、恐怖心は湧きおこってこない。
「さて、行くぞ」
扉へ向かって一直線に歩く男に手を引かれ、呆けていた鈴は慌てて歩き出す。
「あ、刀さん。扉は外から鍵をかけられていて、開けられな」
ギィィイー!
外から鍵が掛けられていたはずの扉は、男が触れると軋み音を立てて簡単に開いていく。
「……開いた」
唖然となった鈴の呟きは、扉の開閉音によって掻き消される。
「何だ? 鍵が勝手に開いた、うわぁ!」
「ひぃい!」
蔵の外で様子を窺っていた従兄弟達と使用人は、鍵をかけたはずの扉が開いたことに驚きの声を上げた。
「なんだお前、うぎゃっ」
「お、お兄様、はぅう」
従兄弟達と使用人達は、四肢に絡まりつく赤黒い霧によって自由を奪われ、勝手に鍵が開いた蔵の扉から出て来た鈴の姿に目を白黒させていた。
「この者達が鈴を閉じ込めたのか?」
「うん。でも、こっちの人達は二人に命じられただけだよ」
鈴が指差した従兄弟達を一瞥して、男はフンッと鼻を鳴らす。
「同じ高梨の血でも鈴とは違う、随分と淀んでいるな。あの小僧の子どもらか。まあいい」
ざわざわと霧が蠢き、拘束している従兄弟達と使用人達の全身を包み込んだ。
体を覆いつくす霧によって声すら発せられず、彼等は無数の光が飛び交う蔵の中へと放り込まれた。
「俺が手を下さぬとも、蔵の中に居る者達が仕置きをするだろう」
キィィイー、バタンッ!
男が言い終わると同時に、蔵の扉は音を立てて閉まった。
閉まる直前、扉の隙間から漏れ聞こえたのは複数の悲鳴と固くて重い物が動く音。
「中に居る者達は気の良い者達だ。やりすぎはしないだろう。鈴が気にすることはない」
「……うん」
無言のまま男に手を引かれて歩いていた鈴は、木々の間から離れの建物が見えて来てようやく、外へ出られたのだと実感が湧いてきた。
「刀さん」
「何だ? お前を閉じ込めた奴等を助けろとでも言いたいのか?」
振り向いた男からの問いに、鈴は首を横に振る。
「いいえ、使用人も一緒ならあの二人は大丈夫でしょう。お坊ちゃんはすぐ殴るし、お嬢様は我儘だし、すっきりしました。ありがとうございます」
緊張で表情を強張らせていた鈴から、感謝の感情と少々引き攣っている微笑みを向けられ、男は僅かに目を開いた。
ガラリ!
離れの出入り口の戸に指をかける前に勢いよく戸は開き、戸を開けようと手を伸ばした状態のまま鈴は停止した。
【お嬢―! 無事だったかー!】
【ヒヒイロ様が目覚めてくれたから、動けるようになったよ~!】
部屋の奥から大きな足音を立ててやって来たソレは、唖然とする鈴目掛けて土間へと飛び降りた。
【お嬢―! あいつらに嫌なことされなかったかー?】
「ひっ」
千切れんばかりに尻尾を振って、青銅色の犬のような形をしたソレは鈴の足元に顔を擦り付けた甘える。
犬もどきに遅れて、部屋の奥からドタンドタンという騒々しい音を立てて土間へとやって来たモノを目にして、鈴の目は更に大きく見開かれた。
【あれ? ヒヒイロ様も一緒だよー?】
【あのガキ達が言っていたのはやっぱり例の蔵だったのね。お嬢? どうしました?】
浮遊する掛け軸に描かれた天女が浮き上がり、青白い顔で唇を震わせる鈴の頬を撫でた。
「ひぃいっ! 茶釜と掛け軸と壺が動いて喋ってるぅ⁉ ぎゃああっ!」
掛け軸の天女の手から逃れようと、背後へ飛び上がった鈴の足は縺れて後ろ向きに倒れていく。
「この程度で失神するとは。高梨の血を持つ者とは思えん」
呆れた口調で言う男の腕が伸び、後ろへ傾いでいく鈴の体を抱き留める。
反論しようにも、奇想天外な出来事が続いたため疲弊した鈴の心は限界を訴えていた。
「ここから出る。隷属の鎖を掛けられ章政が動けぬ以上、ここに祀られている必要も無い。幸魂」に呪いを込めた者の鎖により、俺はお前の側にいなければならぬ。共に来い」
駄目だと、怪しすぎる相手だと頭では分かっていても彼の言葉に逆らえず、鈴は差し伸べられた手を取ってしまった。
男の手を取ると、軽い眩暈に襲われ目を瞬かせた鈴は次の瞬間、ハッと息を飲む。
瞬く間に、刀が祀られていた小部屋から棚の上に収蔵品が並ぶ蔵の中へ、どういう仕組みなのか戻っていたのだ。
鈴の手を握っている男が一歩踏み出した時、棚の上の収蔵品から次々に淡い光が放たれていき、暗かった蔵内部が明るくなる。
「どうなっているの?」
蝋燭の光ともガス灯の光とも違う、白緑色と藍白色の光。
例えるのならば、蛍の放つ光の色に近かった。
「この蔵に居る者達が俺の氣にあてられて出て来ただけだ。長い年月を経た物には魂が宿る。こ奴らは年月を経て妖となった者達だ。高梨の下で存在している妖は、鈴を害することはしない。鈴を怯えさせないよう気を配り、俺の場所に導いたのもこ奴等だ」
「そうなんだ」
もしかしたら、真っ暗で怯えていた時に少しだけ周囲が明るくなったのも、物音も奥の衣紋掛けの前まで導いた風も、妖とやらの力だったのか。
悪意も害意もないから先ほどの赤黒い霧に比べたら、収蔵品から発せられているやわらかな光には、恐怖心は湧きおこってこない。
「さて、行くぞ」
扉へ向かって一直線に歩く男に手を引かれ、呆けていた鈴は慌てて歩き出す。
「あ、刀さん。扉は外から鍵をかけられていて、開けられな」
ギィィイー!
外から鍵が掛けられていたはずの扉は、男が触れると軋み音を立てて簡単に開いていく。
「……開いた」
唖然となった鈴の呟きは、扉の開閉音によって掻き消される。
「何だ? 鍵が勝手に開いた、うわぁ!」
「ひぃい!」
蔵の外で様子を窺っていた従兄弟達と使用人は、鍵をかけたはずの扉が開いたことに驚きの声を上げた。
「なんだお前、うぎゃっ」
「お、お兄様、はぅう」
従兄弟達と使用人達は、四肢に絡まりつく赤黒い霧によって自由を奪われ、勝手に鍵が開いた蔵の扉から出て来た鈴の姿に目を白黒させていた。
「この者達が鈴を閉じ込めたのか?」
「うん。でも、こっちの人達は二人に命じられただけだよ」
鈴が指差した従兄弟達を一瞥して、男はフンッと鼻を鳴らす。
「同じ高梨の血でも鈴とは違う、随分と淀んでいるな。あの小僧の子どもらか。まあいい」
ざわざわと霧が蠢き、拘束している従兄弟達と使用人達の全身を包み込んだ。
体を覆いつくす霧によって声すら発せられず、彼等は無数の光が飛び交う蔵の中へと放り込まれた。
「俺が手を下さぬとも、蔵の中に居る者達が仕置きをするだろう」
キィィイー、バタンッ!
男が言い終わると同時に、蔵の扉は音を立てて閉まった。
閉まる直前、扉の隙間から漏れ聞こえたのは複数の悲鳴と固くて重い物が動く音。
「中に居る者達は気の良い者達だ。やりすぎはしないだろう。鈴が気にすることはない」
「……うん」
無言のまま男に手を引かれて歩いていた鈴は、木々の間から離れの建物が見えて来てようやく、外へ出られたのだと実感が湧いてきた。
「刀さん」
「何だ? お前を閉じ込めた奴等を助けろとでも言いたいのか?」
振り向いた男からの問いに、鈴は首を横に振る。
「いいえ、使用人も一緒ならあの二人は大丈夫でしょう。お坊ちゃんはすぐ殴るし、お嬢様は我儘だし、すっきりしました。ありがとうございます」
緊張で表情を強張らせていた鈴から、感謝の感情と少々引き攣っている微笑みを向けられ、男は僅かに目を開いた。
ガラリ!
離れの出入り口の戸に指をかける前に勢いよく戸は開き、戸を開けようと手を伸ばした状態のまま鈴は停止した。
【お嬢―! 無事だったかー!】
【ヒヒイロ様が目覚めてくれたから、動けるようになったよ~!】
部屋の奥から大きな足音を立ててやって来たソレは、唖然とする鈴目掛けて土間へと飛び降りた。
【お嬢―! あいつらに嫌なことされなかったかー?】
「ひっ」
千切れんばかりに尻尾を振って、青銅色の犬のような形をしたソレは鈴の足元に顔を擦り付けた甘える。
犬もどきに遅れて、部屋の奥からドタンドタンという騒々しい音を立てて土間へとやって来たモノを目にして、鈴の目は更に大きく見開かれた。
【あれ? ヒヒイロ様も一緒だよー?】
【あのガキ達が言っていたのはやっぱり例の蔵だったのね。お嬢? どうしました?】
浮遊する掛け軸に描かれた天女が浮き上がり、青白い顔で唇を震わせる鈴の頬を撫でた。
「ひぃいっ! 茶釜と掛け軸と壺が動いて喋ってるぅ⁉ ぎゃああっ!」
掛け軸の天女の手から逃れようと、背後へ飛び上がった鈴の足は縺れて後ろ向きに倒れていく。
「この程度で失神するとは。高梨の血を持つ者とは思えん」
呆れた口調で言う男の腕が伸び、後ろへ傾いでいく鈴の体を抱き留める。
反論しようにも、奇想天外な出来事が続いたため疲弊した鈴の心は限界を訴えていた。
10
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる