異世界・野獣暴れ旅 ~スローライフに憧れて~

送り狼

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第1章 推参!

第6話 柳生十兵衛三厳

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 「シチローが知っているオレと、同一かは知らんが、な」

 当然だろうな、と、僕も思う。

 異世界がある以上、世界がここと僕がいた世界だけとは限らないはずだ。

 むしろ多位相だと考えないと不自然ですらある。

「オレのいた世界では、徳川家光が将軍になり、オレの家はその幕僚だった」

 元主君を呼び捨てかよ。

 転生したからには関係ないんだろうな。当人が目の前に居るわけもないし。僕自身、元の世界に未練はあっても帰りたい訳じゃない。

 ホームシックがあるか判らないけど、元の世界に対する思いは希薄だった。

「シチローの前世では、柳生十兵衛という男はどのように伝わっている?」

 自身の歴史と比べてみたいのか、クレイは僕に、柳生十兵衛三巌という人物を語らせる。

 柳生十兵衛三巌は幼名を七郎と言い、慶長十二年に江戸で産まれた。

 父親は当時二代目となる将軍秀忠に付けられ、手直し役、つまり将軍家剣術指南役を仰せつかっていた柳生又右衛門宗矩。

 母は松下石見守綱之の娘で、十兵衛の弟又十郎を産んだ後、すぐに他界した。

 剣術指南の家は他に一刀流の小野次郎右衛門忠明があり、柳生家は新陰流を流儀としていた。

 碌高は三千石。その後累進して寄合旗本、最後は一万二千石の大名に列する。

 十兵衛は十四歳で三代将軍である予定の家光、当時は幼名の竹千代の小姓として出仕し、父宗矩の助手として家光に新陰流を教授していた。

 宗矩は先に十兵衛を相手に技を見せ、次に家光の相手をさせながら、宗矩が手直しをするという方法で教授されていた。

「やり方が甘いと思わんか?一刀流では刃引きの真剣だぞ?」

 そう。一刀流は通常木刀を振らせて膂力を鍛え、刃引きの真剣で型を覚えさせ・・・ってそれはどうでもイイ!

 とにかく、十兵衛にはそれが我慢出来なかったらしい。

「いや、普通に我慢出来んだろ?」

 気持ちは判るが黙って聞けよ。

 家光はいわゆる見巧者で、動きの洞察や理論的解釈は秀でていたが、自身の動作はそれに着いて行けなかった。

 結果、十兵衛を相手にする家光は手加減を知らず、する余裕すらなく、加減をする十兵衛を強かに打つことがしばしばあった。

「アヤツ、気に入らんコトがあったらわざと打ってきたからな。打ち返すと親父に烈火の如く怒られて打ち据えられるし、受け損なうと痛いってもんじゃないし、未熟者だと言われてやっぱり打ち据えられたもんだ」

「うっさいよ。ちゃんと聞けよ」

 手にするものが袋竹刀という、現代の剣道で使用する竹刀の原形とはいえ、骨も砕けよと打ち込んで来られては堪らない。

 十兵衛は酒を覚え、酒乱の相を見せ始めた。

 一説に依ると、酒乱が高じて謹慎となり、御前を辞して領国に籠ったとされる。

「実際は一刀流の指南に付き合わされて、打ち据えられた家光が一刀流と立ち会えなどと無茶振りしたから、無理って笑っただけだけどな」

「まぁ、そりゃ出来んわな」

「だろ?普通考えたら判るよな」

「て言うか、黙って聞く気あるのか?」

「あるある。さ、続けられよ」

 その後赦され、書院番として再出仕し、父宗矩の死後は家督を継ぐも、遺言により領地は幕府に返上され、家光から改めて兄弟で分配して与えられて旗本に戻った。

「ほぅ?」

 慶安三年、領地である大和国柳生庄近くの大河原村の弓淵という場所で、十兵衛は鷹狩りの最中に心臓発作で死去した。

 享年四十四歳。

「・・・て言うか、詳しいな」

「好きだったからな・・・っ!?」

 絶妙な間合いの呟きに思わず言葉を返し、瞬間僕は言葉の不適切さに背筋を悪寒が走る。



 十兵衛が好き・・・BL好きなら堪らない告白だろうが、好きの意味が違う。

 これはアレだ。仮面ライダーが好きとか、コーヒーが好きとか、そういう好きだから!

 ワタワタと心中で言い訳しながら、僕は平静を装って湯飲みを手にした。

 チラッとクレイを見るとはなしに見ると、クレイは「良いことを聞いた」と云わんばかりに笑っている。

 メイド姉さんの視線も痛い。

 この人、視線で人を殺せるんじゃないか?

 安心して下さい。僕は女性が好きですし、男を抱く趣味も抱かれる趣味もありません。例え僕が貧乳好きだとしても、それは胸が小さい女性が好きなのであって、イコール男好きではないのです。

 つまり何が言いたいかと言うと、貴女のクレイを奪うことは永久にありません。

 だから睨まないで。

「そーかー。シチローはオレが大好きだったのかー」

 棒読みになってるぞ、クレイ。

 メイド姉さんに聞かせるのが目的だとバレバレである。が、メイド姉さんにはそういった冗談は通用しない。多分。

 そして、嫉妬されるのは僕だ。

「僕が大好きだったのは柳生十兵衛であって、クレイじゃない」

 嫉妬を払拭出来ないにしても、予防線は張らなければ、後々どんな誤解を招くか判らない。

「オレが柳生十兵衛だったからな。必然的にシチローはオレが大好きってことになるな」

 あくまで僕に修羅道を走らせたいのか、このヤロー。

「柳生十兵衛は人族だから、エルフであるクレイとは共通点がないな。だったらそれは別人ってコトで、クレイが大好きには繋がらないね」

「いやいや、人種は違えど記憶は同じだからな。別人ってコトにはならないだろう」

 自分に好意を持つ人の感情まで利用して娯楽を優先するのか、この男。

「記憶というのはあやふやなものだからな。実は友矩ってオチがあるかもな。没年が寛永だし!」

 そして友矩はイケメンだった。

 クレイもイケメンである。推して知るべし。

「何で認めないんだ?」

 異母弟の名前が出て気分を害したのか、クレイが拗ねたように睨む。

「メイド姉・・・ナターシアさんに恨まれたくないんだよ!!」

 僕はハッキリと口にしてクレイを睨み返す。

 この家の主人はクレイだが、権力者はナターシアさんだ。

 食事のおかずが一品減る程度なら問題ないが、同居自体を反対される可能性すら否定出来ない。

 味方にするべきは、ナターシアさんだ。
 


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