異世界・野獣暴れ旅 ~スローライフに憧れて~

送り狼

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第2章 ライフワーク

第10話 ライフワーク

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 すっと立つ。

 朝のきりりとした空気の中、きゅっと床が鳴る。

 右足が滑るように前に出、床を踏み締める。

 身体は半身のまま、右腕が振られ、止まる。

 太刀は鞘走り、軽い鍔鳴りを残して煌めく。

 静から動へ、そしてまた静へ。

 左手は鞘を抑え、無駄な動きを封じている。

 すべてが一挙動の内にあった。

 右手を反すと、太刀が転がるように回り、正面に開いた腰の鞘に滑りこむ。

 クレイの口から息が漏れ、姿勢を正して佇むと、静かに瞑目する。

 再び右足が滑るように前に出る。

 同じ動作を何度か繰り返し、クレイはようやく気を解く。

 手にした太刀は、クレイ自らが打った逸品で、鍛造製法は向こう槌を握った鍛冶屋のドワーフに伝えた。

 今では銘を打てるまでに成長している。

 クレイは続けて幾通りかの動作を繰り返し、鍛練を終えた。

 修めたのは、いわゆる居合。

 その後、三学円之太刀。

 新陰流では最も大事な『身の構え』、『太刀筋』、『手足』を初級の教えとし、基本となる勢法五本である『一刀両断』、『斬釘截鉄』、『半開半向』、『右旋左転』、『長短一味』を修める。 




 道場を出ると、ナターシアが扉の外に控えていた。

「ギルドから討伐依頼がまいっております」

 クレイは小さく笑うと、ナターシアから手拭いを受け取り、風呂場へと向かう。

「久しぶりだな。獲物は何か言っていたか?」

「はい。オーガだそうです」

「オーガ、な。汗を流した後、出掛ける」

 ナターシアは頷き、そそとその場を離れる。

 言葉少なく、表情に乏しい女ではあるが、心遣いは細やかで所作は美しく、体幹にブレもなく、存在自体が華やかだ。

 クレイは知らないコトだが、ナターシアは元は近代アメリカ人で、一芸を極めた後に後身を育て上げ、寿命を全うした。

 日本人の弟子もおり、度々日本を訪れていたらしい。

 そんな彼女が死ぬ間際に強く想ったコトは、女性らしい感傷だったのかも知れない。

 彼女は、余りにも女性としての幸せに無縁だった。

 一応の恋愛や結婚はあっても、それは流れであり、妥協であった。

 想いの影響があるとすれば、その一点に尽きるだろう。

 ましてや彼女は借金奴隷として売られていた。

 この世界の実家が農家で、干魃被害を受けて税金が滞り、やむ無く借金奴隷となったのだ。

 女性の幸せを得るために転生しながら、女性の幸せから程遠い人生を歩み始めた彼女は、そこでようやく、クレイと出会うコトとなる。

 人生何がどう転ぶか判らないものだ。




「クレイさん!?」

 ギルドの扉が開いた瞬間に、ミーシャが目敏くクレイの姿を見つけ、思わず声に出す。

 慌てて口を塞ぐが遅く、周囲がざわつく。

 クレイは苦笑しつつ、上級者専用のカウンターへと向かった。

 落ち着いた雰囲気の女性職員が対応する。

「お待ちしておりました。どうぞ、上へお通りください。詳細はギルマスの方から話します」

 折り目正しく腰を曲げる彼女に礼を言い、クレイはカウンター内の階段から二階を目指す。

『例のヤツか?』

『クレイさんに指名依頼か』

『パーティーに入れてもらうチャンスだな』

 クレイの背中にギルド内の冒険者たちが好き勝手を口にする。

 残念ながら、クレイに誰かとパーティーを組む気はない。

 組む必要がある時は、門人の経験を積む時か、クレイ一人では対処が難しい時だけだ。

 今は門人も初級を二人教える程度で、目録を得る門人はこの町を離れている。

 ましてや、クレイが一人で厳しい依頼でもない。

 最終的な判断はギルマスの話しを聞いてからだが、クレイは一人で討伐に向かうつもりであった。




「場所は町の南西部にあるエルドの森。オーガは一体ですが、発見した狩人の話しでは、ランクが上がっているそうです」

 ギルマスのサリウスは渋い顔を見せた。

「ハグレか・・・巣は?」

 通常群れをなすオーガが単独でいる場合は、群れから孤立した『ハグレ』か、『巣分け』で群れを離れた可能性が考えられる。

 ハグレの場合は個体を討伐するだけで簡単だが、巣分けの場合は何体か群れているコトがあるため、森の調査が必要となる。

「頼めますか?」

「頼みたいから呼んだんだろう?」

 ギルマスの遠慮がちな物言いに、クレイは苦笑を返した。

 ギルマス、サリウス・エルテンテは#虎の獣人_ワータイガー_#である。

 クレイが見出だし、育てた冒険者の一人であるためか、クレイには丁寧に対応する。

 元々気性が荒く、身体能力に優れているが、未だにクレイには敵わない。

「宜しくお願いします。あ、しかし、一人で討伐するとか無茶は控えてください」

「無茶をさせてもらえる相手ではないな」

 あくまで下手に出ながら、釘だけは刺してくるギルマスに軽口で返し、クレイは部屋を後にした。




「さて、とは言うものの、どうしたものか」

 町を歩きながら、クレイは独り言ちた。

 
 
 
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