異世界・野獣暴れ旅 ~スローライフに憧れて~

送り狼

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第2章 ライフワーク

第11話 野盗

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 オーガを目撃したという狩人を訪ねたクレイは、見た場所まで案内出来るか交渉したが、狩人の怯え方は尋常ではなく、当時の状況を聞くのが精一杯だった。

 クレイは仕方なく、一人で森の中を探索するコトにした。

 ある程度の場所は聞いたので、その周辺で痕跡を探すのだ。

 森の中は険しくはない。

 木と木の間の間隔があり、スッキリした感じである。

 しかし、道の無い森はすぐに視界を遮り、方向感覚を狂わせてくる。

 人が入るのにも苦労する雑木林や原生林と違い、よけいに質が悪いと言える。

「懐かしくはある、か」

 落ち葉や枯れ枝を踏み締めながら、クレイは森の空気を楽しんでいた。

 前世の、十兵衛の時の感覚を思い出していた。

 御前を辞してちょうど半年、小田原で蟄居を命じられていた十兵衛は、米沢へ足を伸ばした。

 小田原蟄居とはいえ、ほぼ名目上のもので、実質江戸を離れる口実でしかなかった。

 小田原城番の近藤石見守秀用、高木主水正成の両氏からも、客分扱いである。

 小田原を拠点に在野の兵法の探索をしつつ、番士の鍛練を手伝い、あるいは兵法書の繙く毎日であった。

 そうした中、米沢に新陰流の徒がいると聞いた十兵衛は、さっそくその人物に会いに行ったのである。

 人物の名前は上泉秀綱。

 新陰流の祖、上泉信綱の曾孫だという。

 秀綱の父は上泉泰綱、祖父は上泉秀胤となる。

 上泉秀胤は通称を主水と言い、会津一刀流の開祖とされる。

 新陰流の開祖を父に持つ秀胤が、何故一刀流を流名にしたのかが囁かれるが、流儀は泰綱を経て秀綱に引き継がれたのである。

 十兵衛はこの秀綱に会いに行った。

 秀綱は祖父の上泉流軍法も受け継いでいるらしいが、こちらへの興味はなかった。

 あくまで兵法一筋である。

 一刀流を名乗るからには、一刀流の技と新陰流の技を掛け合わせているとは推測出来る。

 新陰流開祖の血筋が修める一刀流がどのようなものか、十兵衛は楽しみで仕方なかった。

 道中の山道、その感覚が今のクレイの心境とシンクロしていた。

 オーガの討伐を、楽しいものだと認識しているようだった。

 そういえば、こんな気分の時だったな。

 クレイは記憶を手繰り寄せる。

 ふと、十兵衛の意識に苦いものが混ざる。

 楽しい気分を台無しにされたためか、十兵衛の顔に不満が浮き上がる。

 危険の察知。

 足を止めると、前方から武装した一団が現れる。

 後方にもまた、同じような一団が、十兵衛の退路を塞ぐように現れる。

 
「褌だけは見逃してやらぁ」

 唐突に、前方の集団の真ん中にいた男が、ニヤニヤ笑いながら言った。

 馴れているというか、脅迫すら面倒くらいとでも思っているのだろう。

 金や装備品のみならず、着衣も差し出せと言っているのだ。

 数に物を言わせる怠惰な盗賊である。

 十兵衛はイラッとした。

 盗賊の出現はいい。中には相当の手練れが居ないコトもない。斟酌なしに斬り捨てられるのもいい。

 ただ、目の前の男は駄目だ。

 ダメダメだ。

 黄色く濁った眠そうな目がまずダメだ。

 同じコトを繰り返して常態化しているのだろう。やる気が見えない。

 しかし、欲は人一倍強いため、集団を直接率いているのだろう。

 要は仲間すら信じていないのだ。

 面倒くさいクセにやらなきゃならない。

 それが最初のセリフとなって口に出たのだ。

 こういう男が、十兵衛は大嫌いであった。

 しかし、額に青筋を立てながらも、十兵衛は静かに男たちの集団を見ていた。

 前方に八人、後方に五人。周辺に他の気配はない。

 武器は太刀に鉈に合口に槍。弓や鉄砲はなし。

 十兵衛はイライラが増したのを感じた。

 新陰流は元来対集団戦の流派だ。

 開祖の上泉信綱が無刀取りの構想を祖父柳生宗厳に伝え、完成させたコトから、柳生の新陰流は対人兵法と誤解されているが、基本は戦場兵法である。

 だからこそ、父宗矩は本陣に乱入して来た敵勢を斬り捨てるコトが出来た。

 祖父宗厳は無刀取りを中心に、対人戦を表に、集団戦を裏に構えながら、流派を体系化した。

 また、自身も名手と云われた新当流の技や、他流の使える技を取り入れもした。

 十兵衛に言わせれば、誤解を利用して『平和の剣』と認識させ、挙げ句の果てに『治世の剣』などと標榜する、父宗矩のやり方が気に食わなかった。

 その鬱憤の発露が蟄居になり、この惨状となったと考えれば、どこが治世の剣かと罵りたくもなる。




 十兵衛は足元に転がる盗賊たちを一瞥し、入念に血振りた後、懐紙で拭って鞘に納める。

 盗賊は一人残らず地に伏せ、死んでいるか死にかけている。

 ほとんどが手首や首、股の血管を裂かれている。

 盗賊たちにしてみれば、あっという間の出来事だったろう。

 目の前の獲物が動いた瞬間、かしらの首が裂け、その回りに立っていた仲間は頭の異変に気付かないまま、身体のどこかを斬られて踞る。

 後方の盗賊たちがハッとした時には、十兵衛が流れるように寄っていた。


 
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