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第2章 ライフワーク
第12話 オーガ
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一刀一足の間に入るや太刀が閃き、この度に盗賊が踞る。
逃げる暇を考えるより、状況を理解出来ずに倒れるといった感じだろう。
全員が倒れるまで、それほどの時間も手間もかからなかった。
冷静に止血をすれば助かる者もいるだろうが、パニックになればその限りではない。
先に致命傷を与えた頭以外も、何人かは絶命している。
出血によるショック死だろう。
十兵衛に返り血はなかったが、おそらく臭いは付いている。
くんかくんかと匂いを嗅ぐが、十兵衛には分からなかった。
しかし、すれ違う旅人や里人には分かってしまう。
沢があれば水でも浴びるかと、十兵衛は嘆息まじりに考える。
小田原より厚木街道を進み、甲州街道から日光脇往還へ入り、会津西街道を経て米沢に至る道中である。
次の宿場に着くまでに太刀の手入れもしたかった。
人を斬った太刀は柄にまで血糊が入り込み、腐り易くなる。のみならず、刀身の脂は懐紙だけでは拭い切れず、切れ味が鈍るのだ。
懐紙で拭うのは、あくまで鞘に納めるための簡易な対処である。
これをしないと、鞘の中に血が溜まる。
柄を外して茎と刀身を洗い、砥石で刃を立てて油を引き、打ち粉を打って整える。
太刀の手入れにはそうした過程が必要だった。
クレイはふと、自分の腰に視線を落とした。
そろそろ研ぎに出す頃合いだな。
この世界に太刀はなかった。
ほとんどの剣は鋳造の鉄剣で、刃肉が厚い直刀の両刃である。
フルプレートアーマーと言われる全身甲冑を、斬るというよりぶん殴るための剣だ。
中にはレイピアと称される細くて軟らかい剣もあるが、これは刺突に特化した剣で、片手剣の一種となる。
一時期はクレイも腰に差していたが、到底馴染むものではなかった。
クレイが自身で鎚を振るって太刀を打ったのは、当然の既決であったと言える。
クレイはドワーフの鍛冶で鍛造に拘るドワーフの鍛冶師を向こう鎚に、試行錯誤しながら作ったものだ。
打ち上がった太刀は取り敢えず納得がいくものとなった。
鍛造の技術はそのドワーフを中心に広がり、今では町に何軒かの鍛造鍛冶師を擁するようになった。
太刀の需要は多くはないが、打ち上がった太刀はクレイの目利きで等級が与えられ、一部美術品として贈答されるまでに成長した。
今クレイの腰にある太刀は、件のドワーフが打った、渾身の作品である。
あくまで実用性を重視した、元の世界の太刀と比べても見劣りしない出来だった。
それはドワーフが太刀の性能や特性を理解し、鍛造の技術を自分のものにした証左でもあった。
目の前に置かれた太刀に、クレイは奮えた。
置いたドワーフもまた、満面の笑みをクレイに見せて泣いていた。
クレイの太刀は、そういう太刀であった。
以来、クレイはドワーフが打った太刀以外の剣を使わなくなった。
何とはなしに過去に思いを馳せながら、クレイは宛もなく森をさ迷う。
オーガの痕跡以前に、オークやゴブリンといった魔物とすら出会わない。
森に棲息する動物ですら、だ。
鳥すら鳴かない森は静か過ぎ、時間を切り取られた空間に紛れ込んだ感じすらしていた。
キナ臭い感覚である。
それでもなお、気配を消して歩き続けるクレイの耳に、ようやく目当ての獲物が立てているだろう音を拾う。
荒い息遣いと、イラついたように時折上がる唸り声である。
クレイは音の主を見極めるため、歩みを速めた。
いた。
クレイの前方の木々の間を、茶色い肌のオーガが一体、キョロキョロと周囲を気にしながら歩いている。
何かを探しているのか?
クレイにはそう見えた。
オーガの行動に不審を覚えたクレイは、間合いを測ってオーガを監視し始める。
ハグレが仲間を探しているようにも見えるが、目的がハッキリしない以上、しばらく付き合うしかないか。
舌打ちするのも我慢して、クレイはオーガを望洋と視界に入れたまま、周辺に気を配る。
追跡対象を尾行する場合、対象を直接観ながら動いてはならない。
視線は程度の差こそあれ、相手に気付かれるのだ。
相手がよほど鈍くない限り、間違いなく察知されるだろう。
追跡を始めてからこっち、オーガは夜通し動き回り、多少の休息を取るコトすらなかった。
当然クレイも同じく、食事や水を飲むコトなくオーガを追っていた。
このことだけでも、このオーガは異常だった。
オーガも生物である以上、水を飲まないと生きられない。ましてやエサを必要としないなどあり得ない。
しかし、目の前のオーガにはその素振りすらなく、ひたすら歩き回り、何かを探しているようだった。
どういうコトだ?
日が中天に差し掛かった頃、ようやくオーガに新たな動きが加わった。
何かに気付いたように、中空に鼻を向けて臭いを嗅ぎ始めたのだ。
クレイは思わず自分の臭いを確認した。
距離があるとはいえ、血の臭いである。
オーガはしばらく臭いを確認していたようだが、急に雄叫びを上げながら走り出す。
「ちっ!」
クレイは遅れた反応に舌打ちし、オーガを追って駆け出した。
逃げる暇を考えるより、状況を理解出来ずに倒れるといった感じだろう。
全員が倒れるまで、それほどの時間も手間もかからなかった。
冷静に止血をすれば助かる者もいるだろうが、パニックになればその限りではない。
先に致命傷を与えた頭以外も、何人かは絶命している。
出血によるショック死だろう。
十兵衛に返り血はなかったが、おそらく臭いは付いている。
くんかくんかと匂いを嗅ぐが、十兵衛には分からなかった。
しかし、すれ違う旅人や里人には分かってしまう。
沢があれば水でも浴びるかと、十兵衛は嘆息まじりに考える。
小田原より厚木街道を進み、甲州街道から日光脇往還へ入り、会津西街道を経て米沢に至る道中である。
次の宿場に着くまでに太刀の手入れもしたかった。
人を斬った太刀は柄にまで血糊が入り込み、腐り易くなる。のみならず、刀身の脂は懐紙だけでは拭い切れず、切れ味が鈍るのだ。
懐紙で拭うのは、あくまで鞘に納めるための簡易な対処である。
これをしないと、鞘の中に血が溜まる。
柄を外して茎と刀身を洗い、砥石で刃を立てて油を引き、打ち粉を打って整える。
太刀の手入れにはそうした過程が必要だった。
クレイはふと、自分の腰に視線を落とした。
そろそろ研ぎに出す頃合いだな。
この世界に太刀はなかった。
ほとんどの剣は鋳造の鉄剣で、刃肉が厚い直刀の両刃である。
フルプレートアーマーと言われる全身甲冑を、斬るというよりぶん殴るための剣だ。
中にはレイピアと称される細くて軟らかい剣もあるが、これは刺突に特化した剣で、片手剣の一種となる。
一時期はクレイも腰に差していたが、到底馴染むものではなかった。
クレイが自身で鎚を振るって太刀を打ったのは、当然の既決であったと言える。
クレイはドワーフの鍛冶で鍛造に拘るドワーフの鍛冶師を向こう鎚に、試行錯誤しながら作ったものだ。
打ち上がった太刀は取り敢えず納得がいくものとなった。
鍛造の技術はそのドワーフを中心に広がり、今では町に何軒かの鍛造鍛冶師を擁するようになった。
太刀の需要は多くはないが、打ち上がった太刀はクレイの目利きで等級が与えられ、一部美術品として贈答されるまでに成長した。
今クレイの腰にある太刀は、件のドワーフが打った、渾身の作品である。
あくまで実用性を重視した、元の世界の太刀と比べても見劣りしない出来だった。
それはドワーフが太刀の性能や特性を理解し、鍛造の技術を自分のものにした証左でもあった。
目の前に置かれた太刀に、クレイは奮えた。
置いたドワーフもまた、満面の笑みをクレイに見せて泣いていた。
クレイの太刀は、そういう太刀であった。
以来、クレイはドワーフが打った太刀以外の剣を使わなくなった。
何とはなしに過去に思いを馳せながら、クレイは宛もなく森をさ迷う。
オーガの痕跡以前に、オークやゴブリンといった魔物とすら出会わない。
森に棲息する動物ですら、だ。
鳥すら鳴かない森は静か過ぎ、時間を切り取られた空間に紛れ込んだ感じすらしていた。
キナ臭い感覚である。
それでもなお、気配を消して歩き続けるクレイの耳に、ようやく目当ての獲物が立てているだろう音を拾う。
荒い息遣いと、イラついたように時折上がる唸り声である。
クレイは音の主を見極めるため、歩みを速めた。
いた。
クレイの前方の木々の間を、茶色い肌のオーガが一体、キョロキョロと周囲を気にしながら歩いている。
何かを探しているのか?
クレイにはそう見えた。
オーガの行動に不審を覚えたクレイは、間合いを測ってオーガを監視し始める。
ハグレが仲間を探しているようにも見えるが、目的がハッキリしない以上、しばらく付き合うしかないか。
舌打ちするのも我慢して、クレイはオーガを望洋と視界に入れたまま、周辺に気を配る。
追跡対象を尾行する場合、対象を直接観ながら動いてはならない。
視線は程度の差こそあれ、相手に気付かれるのだ。
相手がよほど鈍くない限り、間違いなく察知されるだろう。
追跡を始めてからこっち、オーガは夜通し動き回り、多少の休息を取るコトすらなかった。
当然クレイも同じく、食事や水を飲むコトなくオーガを追っていた。
このことだけでも、このオーガは異常だった。
オーガも生物である以上、水を飲まないと生きられない。ましてやエサを必要としないなどあり得ない。
しかし、目の前のオーガにはその素振りすらなく、ひたすら歩き回り、何かを探しているようだった。
どういうコトだ?
日が中天に差し掛かった頃、ようやくオーガに新たな動きが加わった。
何かに気付いたように、中空に鼻を向けて臭いを嗅ぎ始めたのだ。
クレイは思わず自分の臭いを確認した。
距離があるとはいえ、血の臭いである。
オーガはしばらく臭いを確認していたようだが、急に雄叫びを上げながら走り出す。
「ちっ!」
クレイは遅れた反応に舌打ちし、オーガを追って駆け出した。
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