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第2章 ライフワーク
第16話 擦り合わせ
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「・・・死因は?」
クレイの口調が重くなる。
「・・・不明。外傷がないコトから、心臓発作と結論付けられた」
腐っても上級旗本の変死である。
あの場所なら奈良奉行辺りが出張って来ているだろう。
奈良奉行は中坊飛騨守秀政だったが、年だったからな。代替わりがあったかも知れない。
とすれば、長兵衛時佑あたりが奈良奉行の可能性もあるな。
いづれにせよ、辻七右衛門か勘助が同行しよう。検死に抜かりはあるまい。
しかし、中坊は柳生家の遠い親戚でもある。
斬り死にを忖度して病死扱いにした可能性もあるが、今更か。
何故死んだか、あるいは誰に斬られたか興味はあるが、クレイの記憶では誰と戦い、どう死んだかはハッキリしているのだ。
「端的に言うと、オレは柳生十兵衛として生まれた。シチローの推察は正鵠を射ていたわけだ」
一呼吸おき、クレイはニヤリと笑う。
「シチローが知っているオレと、同一かは知らんが、な」
黙ってクレイを見るシチロー。
「オレのいた世界では、徳川家光が将軍になり、オレの家はその幕僚だった」
クレイの言葉に、シチローは知識の擦り合わせと理解し、自分が知る十兵衛の略歴を口にする。
柳生十兵衛三巌は幼名を七郎と言い、慶長十二年に江戸で産まれた。
母は松下之綱の娘、おりん。
前年に亡くなった祖父宗厳の生まれ変わりだと囃されたものだった。
シチローの略歴に記憶を確認するクレイ。
胸中での確認なので、言葉にはしなかった。
父親は当時二代目となる将軍秀忠に付けられ、手直し役、つまり将軍家剣術指南役を仰せつかっていた。
剣術があまり好きではない秀忠は、宗矩を使い勝手の良い家人くらいにしか思っていなかったようで、道中奉行や槍奉行といった奉行職を兼務させていた。
剣術指南の家は他に一刀流の小野次郎右衛門忠明があり、柳生家は新陰流を流儀としていた。
碌高は三千石。その後累進して寄合旗本、最後は一万二千石の大名に列する。
十兵衛は十四歳で三代将軍である予定の家光、当時は幼名の竹千代の小姓として出仕し、父宗矩の相手をして家光に新陰流の技を見せ、次に家光の相手をして宗矩が手直しをするという方法で教授されていた。
「やり方が甘いと思わんか?一刀流では刃引きの真剣だぞ?」
これが十兵衛には我慢出来なかったらしい。
「いや、普通に我慢出来んだろ」
家光はいわゆる見巧者で、動きの洞察や理論的解釈は秀でていたが、自身の動作はそれに着いて行けなかったのだ。
『だいたい家光という人間は、動くのが嫌い、頑張るのが嫌い、喋るのが嫌いで、人が嫌がるコトが好きというロクデナシである。
おまけに気に入った少年を閨に呼ぶ衆道好きで、唯一の自慢が家康に似ているだけ。
二代将軍嫡子になる前は、弟の忠長が嫡子になると強迫観念に迫られ自殺未遂を起こす程度でしかなかった。
これが家康の耳に入るように仕向けた家光の計略なら、将来有望な知将であると嘯く家光派の大人もいるが、冗談ではない。
弟が選ばれそうだから駄々を捏ねて自殺に見せ掛けて他人の意識を集めるなど、そんな情けない話を将来有望な知将がするか。
あれは癇癪でしかなかった』
クレイの思考が暴走しかけ、表情に苦いものがまざる。
結果、十兵衛を相手にする家光は手加減を知らず、する余裕すらなく、加減をする十兵衛を強かに打つことがしばしばあった。
「アヤツ、気に入らんコトがあったらわざと打ってきたからな。打ち返すと親父に烈火の如く怒られ、打ち据えられるし、受け損なうと痛いってもんじゃないし、未熟者だと言われてやっぱり打ち据えられたもんだ」
「うっさいよ。ちゃんと聞けよ」
ついつい口に出た文句に、シチローがツッコんできた。
手にするものが袋竹刀という、現代の剣道で使用する竹刀の原形とはいえ、骨も砕けよと打ち込んで来られては堪らない。
『袋竹刀はひきはだと云われ、上泉信綱公が考案し、新陰流ではどこの傍流でも使われている。柳生家独自のものではない』
十兵衛は酒を覚え、酒乱の相を見せ始めた。
『それが原因ではないが、酒は好きだ。そして酒乱ではない。ちょっと楽しくなるくらいで普通だろう』
一説に依ると、酒乱が高じて謹慎となり、御前を辞して領国に籠ったとされる。
『そういうコトになっているのか、オレの前世はワガママ坊っちゃんかよ』
「実際は一刀流の指南に付き合わされて、打ち据えられた家光が一刀流と立ち会えなどと無茶振りしたから、無理って笑っただけだけどな」
「まぁ、そりゃ出来んわな」
「だろ?普通考えたら判るよな」
『あの時家光は非番のオレを控えさせ、一刀流の指南を聞かせた。
何かあると予想した通り、家光は小野次郎右衛門忠明殿に打ち合いによる指南を命じた。
忠明殿の指南は刃引きの真剣で素振りをさせるという方法だった』
クレイの口調が重くなる。
「・・・不明。外傷がないコトから、心臓発作と結論付けられた」
腐っても上級旗本の変死である。
あの場所なら奈良奉行辺りが出張って来ているだろう。
奈良奉行は中坊飛騨守秀政だったが、年だったからな。代替わりがあったかも知れない。
とすれば、長兵衛時佑あたりが奈良奉行の可能性もあるな。
いづれにせよ、辻七右衛門か勘助が同行しよう。検死に抜かりはあるまい。
しかし、中坊は柳生家の遠い親戚でもある。
斬り死にを忖度して病死扱いにした可能性もあるが、今更か。
何故死んだか、あるいは誰に斬られたか興味はあるが、クレイの記憶では誰と戦い、どう死んだかはハッキリしているのだ。
「端的に言うと、オレは柳生十兵衛として生まれた。シチローの推察は正鵠を射ていたわけだ」
一呼吸おき、クレイはニヤリと笑う。
「シチローが知っているオレと、同一かは知らんが、な」
黙ってクレイを見るシチロー。
「オレのいた世界では、徳川家光が将軍になり、オレの家はその幕僚だった」
クレイの言葉に、シチローは知識の擦り合わせと理解し、自分が知る十兵衛の略歴を口にする。
柳生十兵衛三巌は幼名を七郎と言い、慶長十二年に江戸で産まれた。
母は松下之綱の娘、おりん。
前年に亡くなった祖父宗厳の生まれ変わりだと囃されたものだった。
シチローの略歴に記憶を確認するクレイ。
胸中での確認なので、言葉にはしなかった。
父親は当時二代目となる将軍秀忠に付けられ、手直し役、つまり将軍家剣術指南役を仰せつかっていた。
剣術があまり好きではない秀忠は、宗矩を使い勝手の良い家人くらいにしか思っていなかったようで、道中奉行や槍奉行といった奉行職を兼務させていた。
剣術指南の家は他に一刀流の小野次郎右衛門忠明があり、柳生家は新陰流を流儀としていた。
碌高は三千石。その後累進して寄合旗本、最後は一万二千石の大名に列する。
十兵衛は十四歳で三代将軍である予定の家光、当時は幼名の竹千代の小姓として出仕し、父宗矩の相手をして家光に新陰流の技を見せ、次に家光の相手をして宗矩が手直しをするという方法で教授されていた。
「やり方が甘いと思わんか?一刀流では刃引きの真剣だぞ?」
これが十兵衛には我慢出来なかったらしい。
「いや、普通に我慢出来んだろ」
家光はいわゆる見巧者で、動きの洞察や理論的解釈は秀でていたが、自身の動作はそれに着いて行けなかったのだ。
『だいたい家光という人間は、動くのが嫌い、頑張るのが嫌い、喋るのが嫌いで、人が嫌がるコトが好きというロクデナシである。
おまけに気に入った少年を閨に呼ぶ衆道好きで、唯一の自慢が家康に似ているだけ。
二代将軍嫡子になる前は、弟の忠長が嫡子になると強迫観念に迫られ自殺未遂を起こす程度でしかなかった。
これが家康の耳に入るように仕向けた家光の計略なら、将来有望な知将であると嘯く家光派の大人もいるが、冗談ではない。
弟が選ばれそうだから駄々を捏ねて自殺に見せ掛けて他人の意識を集めるなど、そんな情けない話を将来有望な知将がするか。
あれは癇癪でしかなかった』
クレイの思考が暴走しかけ、表情に苦いものがまざる。
結果、十兵衛を相手にする家光は手加減を知らず、する余裕すらなく、加減をする十兵衛を強かに打つことがしばしばあった。
「アヤツ、気に入らんコトがあったらわざと打ってきたからな。打ち返すと親父に烈火の如く怒られ、打ち据えられるし、受け損なうと痛いってもんじゃないし、未熟者だと言われてやっぱり打ち据えられたもんだ」
「うっさいよ。ちゃんと聞けよ」
ついつい口に出た文句に、シチローがツッコんできた。
手にするものが袋竹刀という、現代の剣道で使用する竹刀の原形とはいえ、骨も砕けよと打ち込んで来られては堪らない。
『袋竹刀はひきはだと云われ、上泉信綱公が考案し、新陰流ではどこの傍流でも使われている。柳生家独自のものではない』
十兵衛は酒を覚え、酒乱の相を見せ始めた。
『それが原因ではないが、酒は好きだ。そして酒乱ではない。ちょっと楽しくなるくらいで普通だろう』
一説に依ると、酒乱が高じて謹慎となり、御前を辞して領国に籠ったとされる。
『そういうコトになっているのか、オレの前世はワガママ坊っちゃんかよ』
「実際は一刀流の指南に付き合わされて、打ち据えられた家光が一刀流と立ち会えなどと無茶振りしたから、無理って笑っただけだけどな」
「まぁ、そりゃ出来んわな」
「だろ?普通考えたら判るよな」
『あの時家光は非番のオレを控えさせ、一刀流の指南を聞かせた。
何かあると予想した通り、家光は小野次郎右衛門忠明殿に打ち合いによる指南を命じた。
忠明殿の指南は刃引きの真剣で素振りをさせるという方法だった』
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