異世界・野獣暴れ旅 ~スローライフに憧れて~

送り狼

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第2章 ライフワーク

第18話 一刀流

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「御免被る」

 一言、十兵衛は口にした。

 次郎右衛門はふと口元を緩め、家光は表情に色を無くす。

「一刀流に打ち落としの秘伝があると聞き及びますが、いかが?」

 家光を無視し、十兵衛は次郎右衛門を見詰めた。

 先ほどの手がそれであるのかとの確認である。

「『上段の打ち落とし』と申してな。上段より斬り合う刹那に相手の太刀を打ち我が太刀を当てる」

「新陰流に『合し打ち』と申す手がござる」

「ほぅ」

 十兵衛の言葉に、次郎右衛門は虚を突かれたように驚いたが、すぐに嬉しそうに笑った。

 名こそ違えど、同じ手であろうと、二人は頷き合った。

「先ほどの手はちと違うてな」

 砕けた口調になって、次郎右衛門が喉を指差す。

 ちらと家光の喉が赤くなっているのを見て、

「なるほど、上から下ではなく、下から上でござるか。手が早うござるな」

 莞爾と笑う。

 一目で得心した十兵衛に、次郎右衛門はさらに楽しそうな笑顔を見せる。

「正眼崩しとでも名付けますかの・・・」

「じゅ、十兵衛!!」

 完全に蚊帳の外にあった家光が、癇癪を起こして立ち上がる。

 喉の痛みも幾分和らいだのだろう。

「チッ。大事に至らず重畳にござりまするな」

「な、な、何をねね、寝ぼけお、おおるかっ!じじ、次郎う、右衛門を打ち、打ち取れ!!」

「御容赦御容赦」

 嗤いながら、十兵衛は道場を後にした。

 この日、直ちに宗矩が御前に呼ばれ、十兵衛に小姓役の御役御免と謹慎が言い渡された。





「て言うか、黙って聞く気あるのか?」

 クレイが過去に飛んでいたのを、シチローは訝しげに見ていたが、クレイは笑って先を促すゼスチャーをする。

「あるある。さ、続けられよ。ちなみに、これ以降の話は初耳になるな」

 焦っていたのか、口調が戻っていなかった。

 その後赦され、書院番として再出仕し、父宗矩の死後は家督を継ぐも、遺言により領地は返上され、改めて兄弟で分配して与えられ、旗本に戻った。

 慶安三年、領地である大和国柳生庄近くの大河原村の弓淵という場所で、十兵衛は鷹狩りの最中に心臓発作で死去した。

 享年四十四歳。

「・・・て言うか、詳しいな」

 クレイとしては、自身の歴史を何故そこまで詳しく知っているのか、不思議な気持ちで呟いていた。

「好きだったからな・・・っ!?」

 何気ない口調に釣られたのか、シチローの口が滑ったようだ。

 なるほど。好きだからこそ詳しくなる、か。


 が、それはそれ。

 澄ました顔で茶を飲むシチローの言質は取ったと理解しよう。

 隣を見ると、ナターシアが目を細めてシチローを見詰めている。

 何が気に入らなかったのか、あれはシチローを射殺そうとする視線だ。

 ナターシアの表情に気付いたのか、シチローがチラチラとオレとナターシアに視線を飛ばしてくる。

 オレは自分の口角が上がるのを意識した。

「そーかー。シチローはオレが大好きだったのかー」

 ナターシアをチラ見しながら、オレはシチローに笑顔を向ける。

 少々態とらしかったかと思いつつも、シチローの口が忌々しそうに歪んでいるから成功だろう。

 ナターシアは真面目過ぎるほど真面目だから、主が男に懸想されるなど許容出来るハズがない。

 オレ自身、衆道に興味はないからな。

「僕が大好きだったのは柳生十兵衛であって、クレイじゃない」

 シチローがオレの言葉を否定して軌道修正を図る。勿論、オレへの言葉ではなく、ナターシアに向けたものだ。

 が、それは悪手だ、シチロー。

 わざわざナターシアの主に対して好きじゃない宣言は、好きだと認めるより心証が悪い。

 見てみろ。ナターシアの表情がなくなった。

「オレが柳生十兵衛だったからな。必然的にシチローはオレが大好きってことになるな」

 オレはシチローに助け船を出してやる。

 シチローの表情が引きつり、額に青筋が浮く。

「柳生十兵衛は人族だから、エルフであるクレイとは共通点がないな。だったらそれは別人ってコトで、クレイが大好きには繋がらないね」

「いやいや、人種は違えど記憶は同じだからな。別人ってコトにはならないだろう」

 シチローがオレを好きだと認めれば、すべて上手くいくだろうに、何をムキになっているのか。

「記憶というのはあやふやなものだからな。実は友矩ってオチがあるかもな。没年が寛永だし!」

 思いもよらず、シチローから左門の名が出てくる。

 そろそろ遊びを止めようかとしていた矢先だった。

 左門友矩は異母弟だが、仲が悪い訳ではない。剣も同年と比べれば使える方だ。

 母親に似て美形であり、本人もそれを理解している。

 ただし、左門は剣ではなく、容姿で世に出る方法を選んだ。

 相手に取り入る為なら方法を選ばない宗矩に似ている左門の考え方だが、これはクレイの、いや、十兵衛の神経を逆撫でにした。

 宗矩でさえ、剣を基本において手段を選ばない程度の矜持はあったのだ。

「何で認めないんだ?」

 本心ではあるまいが、色にまみれた愚弟がオレの前世だと思われるのは癪に障る。

 オレは知らず知らずにシチローを睨んでいた。

「ナターシアさんに恨まれたくないんだよ!!」

 それはそれであんまりだろう、シチローよ。
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