ネバーランド・アパートメント

ぴよ太郎

文字の大きさ
11 / 15
一年目 ~移民の歌~

10

しおりを挟む
 「茨城にあるんだが、どうだ興味あるだろう。行きたいだろう。行きたいって言え」

 見たことがないくらい胡散臭い笑みを浮かべている。

 「茨城の肛門科だ。とにかくすげえぞ。その医者の前じゃ、どんな痔もひれ伏しちまうんだ」
 「水戸、肛門科とか言うんじゃないでしょうね」

 僕が恐ろしくくだらないギャグを恐る恐る口にすると、竹村さんはふふんと鼻息を鳴らし、「理解の遅えやろうだぜ」と言った。

 「ま、お前のケツはともかく、タマちゃんは見てねえな。お前のケツも見てねえけど」
 「見せませんよ」

 そもそも、僕は賀真田さんに聞きたかったのだけれど。いや、その前に賀真田さんに聞けと言ったのは竹村さんではなかったか。竹村さんが突然くだらないギャグをぶち込んできたおかげで、賀真田さんはすでに興味を失っているらしく、他の人たちと一緒に「仁義なき戦い」に夢中になっている。

 「まあ見たら分かると思うぜ。痔じゃなくてタマちゃんの方な。ふわふわじゃねえから顔うずめても気持ちよくなさそうなのがアレだけどな」
 「そんな趣味があるんですか」
 「ガキの頃、飼ってた猫でよくやったもんさ。猫は嫌らしいんだけどな。結構ひっかかれちまうんだよ、ほれ」

 そう言って左目の横の傷跡を指差した。

 「それって猫にひっかかれた傷だったんですか」
 「そうだよ。ヤンチャなヤツでよお。可愛かったなあ」

 竹村さんは懐かしむように遠い目をしたが、そこにノスタルジックな雰囲気はなく、ただにやつく中年男性の笑顔があるだけだった。

 「なんじゃい。わしはてっきり出入りの時にドスでやられたもんじゃあ思うちょったぞ」

 突然ひとりの老人が元気いっぱいに言うと、ロビーにいた老人たちから一斉にブーイングが飛び出した。「こんなも、どんな性根でその凶悪ヅラ下げとるんじゃ」「おいどんはガッカリしもっそ」「まったくじゃ。いつも出しよるコーヒーは冷たいしのお」「そりゃアイスコーヒーじゃ」「患者のわしらを騙しとったんか。許せんのお」「おう竹村、どげんするんな」「ここは診療代は今後一切タダっちゅうことで手打ちにしてやってもええぞ」「ほうじゃのお、それがええのお」
 静かだったロビーは突如似非広島弁で埋め尽くされた。

 「やっぱり仁義なき戦いがダメなんですって」
 「名作じゃねえかよ」
 「名作ですけど、病院で流す映画じゃないですもん」

 ブーイングしている老人たちは、妙に凶悪な顔になっている。極道映画の効果に違いない。

 「でもこれ流さねえと、ジジババどもが満足しねえんだよ」
 「診療で満足させてあげてくださいよ」
 「若い衆が生意気言うじゃないの」

 竹村さんも若干仁義なき戦い口調になっている。

 「二作目もいいんだよねえ。千葉真一」

 小山さんがのんびりした口調で横から言った。

 「しょうがねえんだよ。怒って血圧上げられたら困るのは俺だ。それによ、怪我だって原因自体は同じじゃねえか。切り傷だよ。人間にやられたか猫にやられたかってだけだろうよ」

 全然違うと思う。

 「でも、結構な深さですね、その傷」

 僕の実家も猫を飼っていて、じゃれ合っている時にひっかかれたりしたことはあったけれど、爪を全開に出して本気でひっかかれたことは一度もない。竹村さんが飼っていた猫は随分と武闘派のようだ。

 「どっちにせよ、タマちゃんを見たら連絡してやるよ。小山と後藤田、どっちに連絡すりゃいいんだ?」
 「どちらでも大丈夫です」
 「狼煙でいいか」
 「電話でお願いします」

 ここではこれ以上何も得られそうにない、というよりそもそも何も得ていないのだけれど、僕と小山さんは竹村さんにお礼を言って医院を辞去しようとした時、うしろから賀真田さんの声が追いかけてきた。

 「あすこらへんはな、気を、つけんと、あー・・・、いかん、のだよ」

 追いかけてきたはいいが、このスピードなので僕は追いつくのを待たなければならない。

 「何かあるんでしょうか」
 「あすこにはね、盗賊がね、出る・・・のだよ」

 出ないと思う。

 僕は竹村さんに助けを求めるように視線を送ったが、竹村さんはにやにやしながら僕を見返すだけだ。僕の横にいる小山さんも同じような反応だが、こちらはただにこにこしているだけだろう。仕方ない。

 「盗賊、ですか」

 そうだ、と賀真田さんは力強く頷いた。鼻息も荒い。

 「しかもだよ、あとふじた君。盗賊どもは、背後から、襲ってくる訳では、ないからね。あー・・・気を付けようが、ないものなのだよ」
 「そうなんですね。あと、ごとうだですけど、 でも何でもいいです」
 「どうだ。怖いだろう?そうだとも。怖いんだよ・・・。あたしはね、怖いんだ・・・。もちろん君も・・・、怖い」

 申し訳ないが、あまり怖くない。でも、その盗賊どもはどこから襲ってくるというのだろう。後ろからではないなら前から堂々と襲ってくるのだろうか。僕はホラー映画に出てくるゾンビを思い浮かべた。ホラー映画が苦手な僕でも怖くないのがゾンビなのだ。
 賀真田さんはぶるんぶるんと首を振る。

 「彼らはね、盗賊どもはね、木の上から、突然。あー・・・、落ちてくるのだよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...