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一年目 ~移民の歌~
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「茨城にあるんだが、どうだ興味あるだろう。行きたいだろう。行きたいって言え」
見たことがないくらい胡散臭い笑みを浮かべている。
「茨城の肛門科だ。とにかくすげえぞ。その医者の前じゃ、どんな痔もひれ伏しちまうんだ」
「水戸、肛門科とか言うんじゃないでしょうね」
僕が恐ろしくくだらないギャグを恐る恐る口にすると、竹村さんはふふんと鼻息を鳴らし、「理解の遅えやろうだぜ」と言った。
「ま、お前のケツはともかく、タマちゃんは見てねえな。お前のケツも見てねえけど」
「見せませんよ」
そもそも、僕は賀真田さんに聞きたかったのだけれど。いや、その前に賀真田さんに聞けと言ったのは竹村さんではなかったか。竹村さんが突然くだらないギャグをぶち込んできたおかげで、賀真田さんはすでに興味を失っているらしく、他の人たちと一緒に「仁義なき戦い」に夢中になっている。
「まあ見たら分かると思うぜ。痔じゃなくてタマちゃんの方な。ふわふわじゃねえから顔うずめても気持ちよくなさそうなのがアレだけどな」
「そんな趣味があるんですか」
「ガキの頃、飼ってた猫でよくやったもんさ。猫は嫌らしいんだけどな。結構ひっかかれちまうんだよ、ほれ」
そう言って左目の横の傷跡を指差した。
「それって猫にひっかかれた傷だったんですか」
「そうだよ。ヤンチャなヤツでよお。可愛かったなあ」
竹村さんは懐かしむように遠い目をしたが、そこにノスタルジックな雰囲気はなく、ただにやつく中年男性の笑顔があるだけだった。
「なんじゃい。わしはてっきり出入りの時にドスでやられたもんじゃあ思うちょったぞ」
突然ひとりの老人が元気いっぱいに言うと、ロビーにいた老人たちから一斉にブーイングが飛び出した。「こんなも、どんな性根でその凶悪ヅラ下げとるんじゃ」「おいどんはガッカリしもっそ」「まったくじゃ。いつも出しよるコーヒーは冷たいしのお」「そりゃアイスコーヒーじゃ」「患者のわしらを騙しとったんか。許せんのお」「おう竹村、どげんするんな」「ここは診療代は今後一切タダっちゅうことで手打ちにしてやってもええぞ」「ほうじゃのお、それがええのお」
静かだったロビーは突如似非広島弁で埋め尽くされた。
「やっぱり仁義なき戦いがダメなんですって」
「名作じゃねえかよ」
「名作ですけど、病院で流す映画じゃないですもん」
ブーイングしている老人たちは、妙に凶悪な顔になっている。極道映画の効果に違いない。
「でもこれ流さねえと、ジジババどもが満足しねえんだよ」
「診療で満足させてあげてくださいよ」
「若い衆が生意気言うじゃないの」
竹村さんも若干仁義なき戦い口調になっている。
「二作目もいいんだよねえ。千葉真一」
小山さんがのんびりした口調で横から言った。
「しょうがねえんだよ。怒って血圧上げられたら困るのは俺だ。それによ、怪我だって原因自体は同じじゃねえか。切り傷だよ。人間にやられたか猫にやられたかってだけだろうよ」
全然違うと思う。
「でも、結構な深さですね、その傷」
僕の実家も猫を飼っていて、じゃれ合っている時にひっかかれたりしたことはあったけれど、爪を全開に出して本気でひっかかれたことは一度もない。竹村さんが飼っていた猫は随分と武闘派のようだ。
「どっちにせよ、タマちゃんを見たら連絡してやるよ。小山と後藤田、どっちに連絡すりゃいいんだ?」
「どちらでも大丈夫です」
「狼煙でいいか」
「電話でお願いします」
ここではこれ以上何も得られそうにない、というよりそもそも何も得ていないのだけれど、僕と小山さんは竹村さんにお礼を言って医院を辞去しようとした時、うしろから賀真田さんの声が追いかけてきた。
「あすこらへんはな、気を、つけんと、あー・・・、いかん、のだよ」
追いかけてきたはいいが、このスピードなので僕は追いつくのを待たなければならない。
「何かあるんでしょうか」
「あすこにはね、盗賊がね、出る・・・のだよ」
出ないと思う。
僕は竹村さんに助けを求めるように視線を送ったが、竹村さんはにやにやしながら僕を見返すだけだ。僕の横にいる小山さんも同じような反応だが、こちらはただにこにこしているだけだろう。仕方ない。
「盗賊、ですか」
そうだ、と賀真田さんは力強く頷いた。鼻息も荒い。
「しかもだよ、あとふじた君。盗賊どもは、背後から、襲ってくる訳では、ないからね。あー・・・気を付けようが、ないものなのだよ」
「そうなんですね。あと、ごとうだですけど、 でも何でもいいです」
「どうだ。怖いだろう?そうだとも。怖いんだよ・・・。あたしはね、怖いんだ・・・。もちろん君も・・・、怖い」
申し訳ないが、あまり怖くない。でも、その盗賊どもはどこから襲ってくるというのだろう。後ろからではないなら前から堂々と襲ってくるのだろうか。僕はホラー映画に出てくるゾンビを思い浮かべた。ホラー映画が苦手な僕でも怖くないのがゾンビなのだ。
賀真田さんはぶるんぶるんと首を振る。
「彼らはね、盗賊どもはね、木の上から、突然。あー・・・、落ちてくるのだよ」
見たことがないくらい胡散臭い笑みを浮かべている。
「茨城の肛門科だ。とにかくすげえぞ。その医者の前じゃ、どんな痔もひれ伏しちまうんだ」
「水戸、肛門科とか言うんじゃないでしょうね」
僕が恐ろしくくだらないギャグを恐る恐る口にすると、竹村さんはふふんと鼻息を鳴らし、「理解の遅えやろうだぜ」と言った。
「ま、お前のケツはともかく、タマちゃんは見てねえな。お前のケツも見てねえけど」
「見せませんよ」
そもそも、僕は賀真田さんに聞きたかったのだけれど。いや、その前に賀真田さんに聞けと言ったのは竹村さんではなかったか。竹村さんが突然くだらないギャグをぶち込んできたおかげで、賀真田さんはすでに興味を失っているらしく、他の人たちと一緒に「仁義なき戦い」に夢中になっている。
「まあ見たら分かると思うぜ。痔じゃなくてタマちゃんの方な。ふわふわじゃねえから顔うずめても気持ちよくなさそうなのがアレだけどな」
「そんな趣味があるんですか」
「ガキの頃、飼ってた猫でよくやったもんさ。猫は嫌らしいんだけどな。結構ひっかかれちまうんだよ、ほれ」
そう言って左目の横の傷跡を指差した。
「それって猫にひっかかれた傷だったんですか」
「そうだよ。ヤンチャなヤツでよお。可愛かったなあ」
竹村さんは懐かしむように遠い目をしたが、そこにノスタルジックな雰囲気はなく、ただにやつく中年男性の笑顔があるだけだった。
「なんじゃい。わしはてっきり出入りの時にドスでやられたもんじゃあ思うちょったぞ」
突然ひとりの老人が元気いっぱいに言うと、ロビーにいた老人たちから一斉にブーイングが飛び出した。「こんなも、どんな性根でその凶悪ヅラ下げとるんじゃ」「おいどんはガッカリしもっそ」「まったくじゃ。いつも出しよるコーヒーは冷たいしのお」「そりゃアイスコーヒーじゃ」「患者のわしらを騙しとったんか。許せんのお」「おう竹村、どげんするんな」「ここは診療代は今後一切タダっちゅうことで手打ちにしてやってもええぞ」「ほうじゃのお、それがええのお」
静かだったロビーは突如似非広島弁で埋め尽くされた。
「やっぱり仁義なき戦いがダメなんですって」
「名作じゃねえかよ」
「名作ですけど、病院で流す映画じゃないですもん」
ブーイングしている老人たちは、妙に凶悪な顔になっている。極道映画の効果に違いない。
「でもこれ流さねえと、ジジババどもが満足しねえんだよ」
「診療で満足させてあげてくださいよ」
「若い衆が生意気言うじゃないの」
竹村さんも若干仁義なき戦い口調になっている。
「二作目もいいんだよねえ。千葉真一」
小山さんがのんびりした口調で横から言った。
「しょうがねえんだよ。怒って血圧上げられたら困るのは俺だ。それによ、怪我だって原因自体は同じじゃねえか。切り傷だよ。人間にやられたか猫にやられたかってだけだろうよ」
全然違うと思う。
「でも、結構な深さですね、その傷」
僕の実家も猫を飼っていて、じゃれ合っている時にひっかかれたりしたことはあったけれど、爪を全開に出して本気でひっかかれたことは一度もない。竹村さんが飼っていた猫は随分と武闘派のようだ。
「どっちにせよ、タマちゃんを見たら連絡してやるよ。小山と後藤田、どっちに連絡すりゃいいんだ?」
「どちらでも大丈夫です」
「狼煙でいいか」
「電話でお願いします」
ここではこれ以上何も得られそうにない、というよりそもそも何も得ていないのだけれど、僕と小山さんは竹村さんにお礼を言って医院を辞去しようとした時、うしろから賀真田さんの声が追いかけてきた。
「あすこらへんはな、気を、つけんと、あー・・・、いかん、のだよ」
追いかけてきたはいいが、このスピードなので僕は追いつくのを待たなければならない。
「何かあるんでしょうか」
「あすこにはね、盗賊がね、出る・・・のだよ」
出ないと思う。
僕は竹村さんに助けを求めるように視線を送ったが、竹村さんはにやにやしながら僕を見返すだけだ。僕の横にいる小山さんも同じような反応だが、こちらはただにこにこしているだけだろう。仕方ない。
「盗賊、ですか」
そうだ、と賀真田さんは力強く頷いた。鼻息も荒い。
「しかもだよ、あとふじた君。盗賊どもは、背後から、襲ってくる訳では、ないからね。あー・・・気を付けようが、ないものなのだよ」
「そうなんですね。あと、ごとうだですけど、 でも何でもいいです」
「どうだ。怖いだろう?そうだとも。怖いんだよ・・・。あたしはね、怖いんだ・・・。もちろん君も・・・、怖い」
申し訳ないが、あまり怖くない。でも、その盗賊どもはどこから襲ってくるというのだろう。後ろからではないなら前から堂々と襲ってくるのだろうか。僕はホラー映画に出てくるゾンビを思い浮かべた。ホラー映画が苦手な僕でも怖くないのがゾンビなのだ。
賀真田さんはぶるんぶるんと首を振る。
「彼らはね、盗賊どもはね、木の上から、突然。あー・・・、落ちてくるのだよ」
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