ネバーランド・アパートメント

ぴよ太郎

文字の大きさ
13 / 15
一年目 ~移民の歌~

12

しおりを挟む
 しかし、そうは行っても本当の探偵ではないし、そもそも探偵の捜査方法なんか知らないから、僕らは結局午後五時まで歩き回ってしまった。

 「小山さんも戸田も、もう終わりか?」

 アパートの前で、丁度仕事を終えて帰宅した戸田に遭遇した。紺色のジーンズに白いワイシャツ姿の戸田は、やはり絵になる。

 「全然見つけられなくてねえ、とりあえず一回帰ってきたんだよお」
 「とりあえず飯でも食って、夜の部にでも出かけるか」

 戸田がスーパーマーケットの袋に入った人参を掲げながら言った。どうして大きめの人参ばかり五本も買ったのだろう、という疑問は口にしなかった。

 「どうせなら一緒に食べるか?」

 戸田が言うので僕らふたりはお言葉に甘えることにした。まさか晩飯が人参だけ、ということもないだろう。
 戸田の今日の晩御飯は人参の炒め物と野菜スティック(人参のみ)だった。人参以外は野菜スティックに付ける特製ソースだけで、いくら戸田でもそれはないとどこか高をくくっていた僕に、「戸田とは」という引っ越し当初に感じて答えが出なかった疑問を思い出させた。
 「戸田とは」。答えなんかない。あるとすれば、「戸田」だ。でも、それだけでいいのが戸田なのだ。
 僕ら三人は無言で人参をむさぼり続けた。僕と小山さんはともかく、人参だけ大量に買ってきた戸田だけでも明るくいてもらいたいものだが、小さく「人参しかないのか」と呟いたきり、何も言わない。
 人参を食べ終わった僕らは、夜の捜索大作戦を練ることにした。探偵気分が抜けていない小山さんと、小山さんに話を聞いて探偵気分が芽生えた戸田、特にアイデアもない僕は、ひたすら「街を同探索するか」を話していた。

 「もう八時か」

 時計を見た戸田が、不意にベランダに向け、「あれ?」と声を漏らした。

 「なんだこれは」

 戸田は立ち上がり、ベランダのドアに近づいた。住人すらなんだか分からないものは総じて怖いものである。小心者の僕はいつでも逃げられるように腰を浮かした。すると僕に、なにやら重いものが乗っかった。小山さんの手だ。小山さんは僕の手を踏んづけたことに気づくと、「いやん」と言って手を引っ込めた。
 僕も多少恥ずかしかったけれど、それは不意に手が触れ合ったからとかではなくて、何の躊躇もなく逃げようとした自分の行動に対してだ。僕が俯くと、小山さんが「だよねえ」と僕に囁いた。たぶん、違うと思う。
 戸田が何かを抱えて姿を現した。

 「あっ!」

 僕と小山さんが同時に声をあげた。それもそのはず、戸田が抱えているのはまぎれもないタマちゃんだ。戸田に抱きかかえられて、犬とは思えない無防備さで眠りこけている。

 「戸田が誘拐したのか」
 「戸田君が黒幕なんだねえ」

 僕らが言うと、戸田が頭をかいて口を開いた。

 「ベランダ伝いに俺の部屋に来たのかな。名前だけじゃなくて行動も猫らしい」
 「探しても見つからないわけだねえ」
 「戸田の部屋にいたんですもんね」
 「何事もなくひと安心だねえ」
 「これでゆきちゃんも安心ですね」
 「マキさんも喜ぶな」

 戸田が意地悪そうな笑みを浮かべて僕の方を向いた。僕はとぼける為に口笛を吹こうとしたが、震えて奇妙な音が鳴っただけだった。戸田は相変わらず不気味な笑みを浮かべて僕を見ている。
 それにしても。マキさんみたいな素敵な人がいつも近くにいて、このふたりはなんとも思わないのだろうか。ふとそんなことを考えると、奇妙な不安が僕の中に芽生えた。

 「そんな狭いところ、よく伝ってこれたね」

 僕が慌てて言うと、戸田が「根性だろうね」と、意地悪な笑みを浮かべたまま言った。
 僕と戸田のせめぎ合いをよそに、小山さんがベランダに出た。気まずい雰囲気に呑まれた僕が続き、ひとりになった戸田が最後にベランダに来た。

 「あれ、何だろう」

 小山さんがアパートの門のあたりを指差すと三つの人影が見えた。どうやらひとりがふたりに挟み撃ちにされているらしい。目を凝らしてみると、囲まれているのはどうやら松井さんで、囲んでいるのはオーナーの吉川さんと相方のマキさんのようだ。

 「ちょっと行ってみよう」

 戸田が部屋を出たので、僕と小山さんも戸田に続いた。
 階段を降りたあたりで声が聞こえてきた。どうやら三人はお怒りらしい。

 「どこに行っていたの!ゆきちゃんほったらかして!」

 吉川さんが凄い形相で叫んだ。恐ろしい。

 「ゆきちゃん、とっても心配していたんですよ?」

 マキさんが困った顔で叱った。お美しい。

 「どうしたんですかあ?」

 小山さんが大きな声で呼びかけた。松井さんはふたりに叱られて小さくなっている。近づくにつれて、松井さんのスーツが汚れているのが分かった。

 「ボロボロじゃないですか。吉川さん、暴力はいかんですよ」

 戸田はどうやら吉川さんが殴ったと決めつけているらしい。

 「わたしゃ誰も殴ったりしないよ」

 と言いながら戸田の肩を力強く叩いた。なかなか大きい音がしたが、叩かれた戸田は全く意に介していないようだ。どうやら戸田に対する暴力は暴力として認識されていないようだ。戸田自身も認識していないので、別に構わないのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...