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一年目 ~移民の歌~
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しかし、そうは行っても本当の探偵ではないし、そもそも探偵の捜査方法なんか知らないから、僕らは結局午後五時まで歩き回ってしまった。
「小山さんも戸田も、もう終わりか?」
アパートの前で、丁度仕事を終えて帰宅した戸田に遭遇した。紺色のジーンズに白いワイシャツ姿の戸田は、やはり絵になる。
「全然見つけられなくてねえ、とりあえず一回帰ってきたんだよお」
「とりあえず飯でも食って、夜の部にでも出かけるか」
戸田がスーパーマーケットの袋に入った人参を掲げながら言った。どうして大きめの人参ばかり五本も買ったのだろう、という疑問は口にしなかった。
「どうせなら一緒に食べるか?」
戸田が言うので僕らふたりはお言葉に甘えることにした。まさか晩飯が人参だけ、ということもないだろう。
戸田の今日の晩御飯は人参の炒め物と野菜スティック(人参のみ)だった。人参以外は野菜スティックに付ける特製ソースだけで、いくら戸田でもそれはないとどこか高をくくっていた僕に、「戸田とは」という引っ越し当初に感じて答えが出なかった疑問を思い出させた。
「戸田とは」。答えなんかない。あるとすれば、「戸田」だ。でも、それだけでいいのが戸田なのだ。
僕ら三人は無言で人参をむさぼり続けた。僕と小山さんはともかく、人参だけ大量に買ってきた戸田だけでも明るくいてもらいたいものだが、小さく「人参しかないのか」と呟いたきり、何も言わない。
人参を食べ終わった僕らは、夜の捜索大作戦を練ることにした。探偵気分が抜けていない小山さんと、小山さんに話を聞いて探偵気分が芽生えた戸田、特にアイデアもない僕は、ひたすら「街を同探索するか」を話していた。
「もう八時か」
時計を見た戸田が、不意にベランダに向け、「あれ?」と声を漏らした。
「なんだこれは」
戸田は立ち上がり、ベランダのドアに近づいた。住人すらなんだか分からないものは総じて怖いものである。小心者の僕はいつでも逃げられるように腰を浮かした。すると僕に、なにやら重いものが乗っかった。小山さんの手だ。小山さんは僕の手を踏んづけたことに気づくと、「いやん」と言って手を引っ込めた。
僕も多少恥ずかしかったけれど、それは不意に手が触れ合ったからとかではなくて、何の躊躇もなく逃げようとした自分の行動に対してだ。僕が俯くと、小山さんが「だよねえ」と僕に囁いた。たぶん、違うと思う。
戸田が何かを抱えて姿を現した。
「あっ!」
僕と小山さんが同時に声をあげた。それもそのはず、戸田が抱えているのはまぎれもないタマちゃんだ。戸田に抱きかかえられて、犬とは思えない無防備さで眠りこけている。
「戸田が誘拐したのか」
「戸田君が黒幕なんだねえ」
僕らが言うと、戸田が頭をかいて口を開いた。
「ベランダ伝いに俺の部屋に来たのかな。名前だけじゃなくて行動も猫らしい」
「探しても見つからないわけだねえ」
「戸田の部屋にいたんですもんね」
「何事もなくひと安心だねえ」
「これでゆきちゃんも安心ですね」
「マキさんも喜ぶな」
戸田が意地悪そうな笑みを浮かべて僕の方を向いた。僕はとぼける為に口笛を吹こうとしたが、震えて奇妙な音が鳴っただけだった。戸田は相変わらず不気味な笑みを浮かべて僕を見ている。
それにしても。マキさんみたいな素敵な人がいつも近くにいて、このふたりはなんとも思わないのだろうか。ふとそんなことを考えると、奇妙な不安が僕の中に芽生えた。
「そんな狭いところ、よく伝ってこれたね」
僕が慌てて言うと、戸田が「根性だろうね」と、意地悪な笑みを浮かべたまま言った。
僕と戸田のせめぎ合いをよそに、小山さんがベランダに出た。気まずい雰囲気に呑まれた僕が続き、ひとりになった戸田が最後にベランダに来た。
「あれ、何だろう」
小山さんがアパートの門のあたりを指差すと三つの人影が見えた。どうやらひとりがふたりに挟み撃ちにされているらしい。目を凝らしてみると、囲まれているのはどうやら松井さんで、囲んでいるのはオーナーの吉川さんと相方のマキさんのようだ。
「ちょっと行ってみよう」
戸田が部屋を出たので、僕と小山さんも戸田に続いた。
階段を降りたあたりで声が聞こえてきた。どうやら三人はお怒りらしい。
「どこに行っていたの!ゆきちゃんほったらかして!」
吉川さんが凄い形相で叫んだ。恐ろしい。
「ゆきちゃん、とっても心配していたんですよ?」
マキさんが困った顔で叱った。お美しい。
「どうしたんですかあ?」
小山さんが大きな声で呼びかけた。松井さんはふたりに叱られて小さくなっている。近づくにつれて、松井さんのスーツが汚れているのが分かった。
「ボロボロじゃないですか。吉川さん、暴力はいかんですよ」
戸田はどうやら吉川さんが殴ったと決めつけているらしい。
「わたしゃ誰も殴ったりしないよ」
と言いながら戸田の肩を力強く叩いた。なかなか大きい音がしたが、叩かれた戸田は全く意に介していないようだ。どうやら戸田に対する暴力は暴力として認識されていないようだ。戸田自身も認識していないので、別に構わないのかもしれない。
「小山さんも戸田も、もう終わりか?」
アパートの前で、丁度仕事を終えて帰宅した戸田に遭遇した。紺色のジーンズに白いワイシャツ姿の戸田は、やはり絵になる。
「全然見つけられなくてねえ、とりあえず一回帰ってきたんだよお」
「とりあえず飯でも食って、夜の部にでも出かけるか」
戸田がスーパーマーケットの袋に入った人参を掲げながら言った。どうして大きめの人参ばかり五本も買ったのだろう、という疑問は口にしなかった。
「どうせなら一緒に食べるか?」
戸田が言うので僕らふたりはお言葉に甘えることにした。まさか晩飯が人参だけ、ということもないだろう。
戸田の今日の晩御飯は人参の炒め物と野菜スティック(人参のみ)だった。人参以外は野菜スティックに付ける特製ソースだけで、いくら戸田でもそれはないとどこか高をくくっていた僕に、「戸田とは」という引っ越し当初に感じて答えが出なかった疑問を思い出させた。
「戸田とは」。答えなんかない。あるとすれば、「戸田」だ。でも、それだけでいいのが戸田なのだ。
僕ら三人は無言で人参をむさぼり続けた。僕と小山さんはともかく、人参だけ大量に買ってきた戸田だけでも明るくいてもらいたいものだが、小さく「人参しかないのか」と呟いたきり、何も言わない。
人参を食べ終わった僕らは、夜の捜索大作戦を練ることにした。探偵気分が抜けていない小山さんと、小山さんに話を聞いて探偵気分が芽生えた戸田、特にアイデアもない僕は、ひたすら「街を同探索するか」を話していた。
「もう八時か」
時計を見た戸田が、不意にベランダに向け、「あれ?」と声を漏らした。
「なんだこれは」
戸田は立ち上がり、ベランダのドアに近づいた。住人すらなんだか分からないものは総じて怖いものである。小心者の僕はいつでも逃げられるように腰を浮かした。すると僕に、なにやら重いものが乗っかった。小山さんの手だ。小山さんは僕の手を踏んづけたことに気づくと、「いやん」と言って手を引っ込めた。
僕も多少恥ずかしかったけれど、それは不意に手が触れ合ったからとかではなくて、何の躊躇もなく逃げようとした自分の行動に対してだ。僕が俯くと、小山さんが「だよねえ」と僕に囁いた。たぶん、違うと思う。
戸田が何かを抱えて姿を現した。
「あっ!」
僕と小山さんが同時に声をあげた。それもそのはず、戸田が抱えているのはまぎれもないタマちゃんだ。戸田に抱きかかえられて、犬とは思えない無防備さで眠りこけている。
「戸田が誘拐したのか」
「戸田君が黒幕なんだねえ」
僕らが言うと、戸田が頭をかいて口を開いた。
「ベランダ伝いに俺の部屋に来たのかな。名前だけじゃなくて行動も猫らしい」
「探しても見つからないわけだねえ」
「戸田の部屋にいたんですもんね」
「何事もなくひと安心だねえ」
「これでゆきちゃんも安心ですね」
「マキさんも喜ぶな」
戸田が意地悪そうな笑みを浮かべて僕の方を向いた。僕はとぼける為に口笛を吹こうとしたが、震えて奇妙な音が鳴っただけだった。戸田は相変わらず不気味な笑みを浮かべて僕を見ている。
それにしても。マキさんみたいな素敵な人がいつも近くにいて、このふたりはなんとも思わないのだろうか。ふとそんなことを考えると、奇妙な不安が僕の中に芽生えた。
「そんな狭いところ、よく伝ってこれたね」
僕が慌てて言うと、戸田が「根性だろうね」と、意地悪な笑みを浮かべたまま言った。
僕と戸田のせめぎ合いをよそに、小山さんがベランダに出た。気まずい雰囲気に呑まれた僕が続き、ひとりになった戸田が最後にベランダに来た。
「あれ、何だろう」
小山さんがアパートの門のあたりを指差すと三つの人影が見えた。どうやらひとりがふたりに挟み撃ちにされているらしい。目を凝らしてみると、囲まれているのはどうやら松井さんで、囲んでいるのはオーナーの吉川さんと相方のマキさんのようだ。
「ちょっと行ってみよう」
戸田が部屋を出たので、僕と小山さんも戸田に続いた。
階段を降りたあたりで声が聞こえてきた。どうやら三人はお怒りらしい。
「どこに行っていたの!ゆきちゃんほったらかして!」
吉川さんが凄い形相で叫んだ。恐ろしい。
「ゆきちゃん、とっても心配していたんですよ?」
マキさんが困った顔で叱った。お美しい。
「どうしたんですかあ?」
小山さんが大きな声で呼びかけた。松井さんはふたりに叱られて小さくなっている。近づくにつれて、松井さんのスーツが汚れているのが分かった。
「ボロボロじゃないですか。吉川さん、暴力はいかんですよ」
戸田はどうやら吉川さんが殴ったと決めつけているらしい。
「わたしゃ誰も殴ったりしないよ」
と言いながら戸田の肩を力強く叩いた。なかなか大きい音がしたが、叩かれた戸田は全く意に介していないようだ。どうやら戸田に対する暴力は暴力として認識されていないようだ。戸田自身も認識していないので、別に構わないのかもしれない。
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