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押井さんのご主人が、最近変な集会に参加している。
そんな噂が俺の耳にも届いたのは日曜日のことだった。二週間に一回、大きな鞄を持って出かける俺を見て怪しいと思っていたのは嫁だけではなかったのだ。
噂を貪って生きている近所のおばちゃんたちなどは疑うだけでは止まらず、俺が出かけるのを見る度に井戸端会議を臨時召集し、お互いの意見を交換していた。
見ました?押井さんとこのご主人、あれ、絶対浮気ですわよ。まあ、あんなおとなしそうな人がねえ。何言ってるの、近頃はああいうのが一番怪しいんだから。キャバクラなんかに入れ込んで、そこの女にひっかけられてマンションまで買わされるのはああいうタイプなのよ。でもそんなお金どこにあるのかしら。何言ってるの、あの人公務員よ。何年も前だけど、神戸なんかじゃ地方公務員が七千万も横領してたんだから、マンションの一個や二個安いもんよ。最低よね、押井さんも、嫌んなっちゃう。奥さんも大人しい人だから何も言えないのよ、きっと。ねえねえ、私たちが浮気現場を突きとめて奥さんに教えてあげましょうよ。そうよ、そうしてやりましょ。写真も撮って本人に突きつけてやりましょうよ。そうよ、そうしてやりましょ。
霊長類ヒト科おばちゃん目なる生命体にとって、それは純粋な親切なのである。誰がなんと言おうと、そして真実がどうであろうと、彼女らにとっては間違いなく親切なのである。どこまでもゴーイング・マイ・ウェイなその生き方は突きぬけていて、それでいて迷いがない。彼女らが親切だと言えばそれは親切なのだ。黒だと言えば黒なのだ。どこか任侠道にも通じるその井戸端哲学は、彼女らの生き様だ。そしてそれは、とてつもなく迷惑だ。
そんなわけで井戸端会議参謀、貝塚清美が俺を尾行し始めて三日、早くもフィーエルヤッペンの現場を目撃したというわけだ。貝塚清美がその時の様子をどう伝えたかは知らないし、知りたくもない。えらくでかい尾ひれがついた噂は尾腐れ病のグッピーのような姿で井戸端をさまよったことだろう。そして貝塚清美の目撃談は光よりも早い速度で伝わり、祐子の耳に入ったということだ。
けたたましい笑い声が聞こえたかと思うと、祐子がやってきて言った。
「ねえ、あなた、怪しい儀式に入れ込む新興宗教団体の構成員にされちゃってるわよ」
そう言う祐子の口角はひきつり、肩は震えていた。笑うだけ笑ってから来たのだろうが、まだ笑い足りていないように見える。横っ腹も痛そうだ。いや、それよりも。ひきつっている祐子の腕の中でにやついているパグ野郎が癪に障る。俺はとりあえずパグ犬にでこピンをくれてやり、言った。
「理解しかねるのだが?」
「ほら、あなた何か公園でやっているじゃない。えーと、何だっけ?」
「フィーエルヤッペン」
「そう、そのなんとかヤッペン。みんなで仲良くスポーツしているんだから、私はまったく咎めないんだけど、知らない人から見たら何をやっているか分からないんじゃないかしら。この前パソコンで映像を見たんだけど、知っている私でもよく分からなかったもん」
祐子の言う事も一理ある。俺だって初めて見た時は何をやっているのか分からなかった。始めてみたら、楽しいけどやっぱり何なのか分からなかった。今でもたまに分からない。
「そうかもしれない。でも、誰から聞いたんだよ、そんなこと」
「小笠原先生の奥さん」
!
結婚しているのか、あのつるんぺたんは。申し訳ないが、見ためと行動から独身だと思い込んでいた。しかも三歳になる娘までいるという。一瞬頭をもたげたよからぬ想像を打ち消して、俺は祐子に聞いてみた。
「何で小笠原先生の奥さんが知ってるんだよ」
「さあ。あ、でも、小笠原先生の奥さん、幸子さんって言うんだけど、幸子さんは一度やってみたいそうなのよ、その何とかヤッペン」
二度びっくりである。今日の祐子はどうも心臓によろしくない。
「面白そうなんだって」
「何やっているのか分からないって言ったじゃないか」
「それは私の意見」
「俺としては、その意見を幸子さんが持って、おもしろそうという意見を君に持ってほしい」
「無理な要求ね」
相変わらず手厳しい祐子である。まあいいさ。とりあえず、幸子さんだけでなく、小笠原先生も呼ぶことが出来れば、山下への対抗馬が一人増えるのだ。心強い。小笠原先生、やっぱりあんたは俺の見込んだ通り、漢だ。
早速次の日の昼休みに職員室で小笠原先生に話すと、彼もすでに知っていて、嫁が面白そうだと言っていた、僕もぜひ参加したい、というようなことを、つるんぺたんしながら言った。
「じゃあ今週の日曜日、公園まで来てくださいよ」
「うん、行くよ行くよ。面白そうだ。実はね、僕はそのフィーエルヤッペンについて、少しは知ってるんだよ。テレビで見たんだ」
小笠原先生は嬉しそうに言った。どうせ「世界びっくりスポーツ」だとか、「世界珍百景」などで見たんだろうと思ったが、やっぱりそのようで、小笠原先生はフィーエルヤッペンの他に、足で車を運転するタクシードライバーだの、口から入れたロープを鼻から出して結ぶ男の話をした。俺は少なからずガッカリしたが、これも対山下戦へ望む新体制を整えるためだ。戦局を挽回せしめ、奴の高校の屋上に勝利の旗を立ててやる。殺すは易し、生かすは難し。俺はいつでも易い道をゆく。鬨の声をあげよ、我が復讐の時は来た。
そんな噂が俺の耳にも届いたのは日曜日のことだった。二週間に一回、大きな鞄を持って出かける俺を見て怪しいと思っていたのは嫁だけではなかったのだ。
噂を貪って生きている近所のおばちゃんたちなどは疑うだけでは止まらず、俺が出かけるのを見る度に井戸端会議を臨時召集し、お互いの意見を交換していた。
見ました?押井さんとこのご主人、あれ、絶対浮気ですわよ。まあ、あんなおとなしそうな人がねえ。何言ってるの、近頃はああいうのが一番怪しいんだから。キャバクラなんかに入れ込んで、そこの女にひっかけられてマンションまで買わされるのはああいうタイプなのよ。でもそんなお金どこにあるのかしら。何言ってるの、あの人公務員よ。何年も前だけど、神戸なんかじゃ地方公務員が七千万も横領してたんだから、マンションの一個や二個安いもんよ。最低よね、押井さんも、嫌んなっちゃう。奥さんも大人しい人だから何も言えないのよ、きっと。ねえねえ、私たちが浮気現場を突きとめて奥さんに教えてあげましょうよ。そうよ、そうしてやりましょ。写真も撮って本人に突きつけてやりましょうよ。そうよ、そうしてやりましょ。
霊長類ヒト科おばちゃん目なる生命体にとって、それは純粋な親切なのである。誰がなんと言おうと、そして真実がどうであろうと、彼女らにとっては間違いなく親切なのである。どこまでもゴーイング・マイ・ウェイなその生き方は突きぬけていて、それでいて迷いがない。彼女らが親切だと言えばそれは親切なのだ。黒だと言えば黒なのだ。どこか任侠道にも通じるその井戸端哲学は、彼女らの生き様だ。そしてそれは、とてつもなく迷惑だ。
そんなわけで井戸端会議参謀、貝塚清美が俺を尾行し始めて三日、早くもフィーエルヤッペンの現場を目撃したというわけだ。貝塚清美がその時の様子をどう伝えたかは知らないし、知りたくもない。えらくでかい尾ひれがついた噂は尾腐れ病のグッピーのような姿で井戸端をさまよったことだろう。そして貝塚清美の目撃談は光よりも早い速度で伝わり、祐子の耳に入ったということだ。
けたたましい笑い声が聞こえたかと思うと、祐子がやってきて言った。
「ねえ、あなた、怪しい儀式に入れ込む新興宗教団体の構成員にされちゃってるわよ」
そう言う祐子の口角はひきつり、肩は震えていた。笑うだけ笑ってから来たのだろうが、まだ笑い足りていないように見える。横っ腹も痛そうだ。いや、それよりも。ひきつっている祐子の腕の中でにやついているパグ野郎が癪に障る。俺はとりあえずパグ犬にでこピンをくれてやり、言った。
「理解しかねるのだが?」
「ほら、あなた何か公園でやっているじゃない。えーと、何だっけ?」
「フィーエルヤッペン」
「そう、そのなんとかヤッペン。みんなで仲良くスポーツしているんだから、私はまったく咎めないんだけど、知らない人から見たら何をやっているか分からないんじゃないかしら。この前パソコンで映像を見たんだけど、知っている私でもよく分からなかったもん」
祐子の言う事も一理ある。俺だって初めて見た時は何をやっているのか分からなかった。始めてみたら、楽しいけどやっぱり何なのか分からなかった。今でもたまに分からない。
「そうかもしれない。でも、誰から聞いたんだよ、そんなこと」
「小笠原先生の奥さん」
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結婚しているのか、あのつるんぺたんは。申し訳ないが、見ためと行動から独身だと思い込んでいた。しかも三歳になる娘までいるという。一瞬頭をもたげたよからぬ想像を打ち消して、俺は祐子に聞いてみた。
「何で小笠原先生の奥さんが知ってるんだよ」
「さあ。あ、でも、小笠原先生の奥さん、幸子さんって言うんだけど、幸子さんは一度やってみたいそうなのよ、その何とかヤッペン」
二度びっくりである。今日の祐子はどうも心臓によろしくない。
「面白そうなんだって」
「何やっているのか分からないって言ったじゃないか」
「それは私の意見」
「俺としては、その意見を幸子さんが持って、おもしろそうという意見を君に持ってほしい」
「無理な要求ね」
相変わらず手厳しい祐子である。まあいいさ。とりあえず、幸子さんだけでなく、小笠原先生も呼ぶことが出来れば、山下への対抗馬が一人増えるのだ。心強い。小笠原先生、やっぱりあんたは俺の見込んだ通り、漢だ。
早速次の日の昼休みに職員室で小笠原先生に話すと、彼もすでに知っていて、嫁が面白そうだと言っていた、僕もぜひ参加したい、というようなことを、つるんぺたんしながら言った。
「じゃあ今週の日曜日、公園まで来てくださいよ」
「うん、行くよ行くよ。面白そうだ。実はね、僕はそのフィーエルヤッペンについて、少しは知ってるんだよ。テレビで見たんだ」
小笠原先生は嬉しそうに言った。どうせ「世界びっくりスポーツ」だとか、「世界珍百景」などで見たんだろうと思ったが、やっぱりそのようで、小笠原先生はフィーエルヤッペンの他に、足で車を運転するタクシードライバーだの、口から入れたロープを鼻から出して結ぶ男の話をした。俺は少なからずガッカリしたが、これも対山下戦へ望む新体制を整えるためだ。戦局を挽回せしめ、奴の高校の屋上に勝利の旗を立ててやる。殺すは易し、生かすは難し。俺はいつでも易い道をゆく。鬨の声をあげよ、我が復讐の時は来た。
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