飛ぶことと見つけたり

ぴよ太郎

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 日曜日は快晴だった。鵜殿さんも鎌田さんも、新しい仲間が二人も増えると聞いて上機嫌だった。

 「いやあ、嬉しいなあ。合同練習でもないのに五人もいるなんて」

 そう言ってにこにこしているのは鵜殿さんだ。鎌田さんも横で同じような表情を浮かべている。
俺は早速新しいメンバーを紹介し、身振り手振りを交えながらフィーエルヤッペンの説明をした。小笠原先生も奥さんの幸子さんも楽しそうに聞いている。俺はなんだか嬉しくなって必死に説明した。幸子さんの横に座っている娘の美代ちゃんは、俺が説明している最中だというのに、ずっと「なにそれー!」と言っていた。

 「最初は棒を掴んで倒れるだけで精いっぱいですが、だんだん慣れてきたらよじ登ったり遠くに飛んだりできるようになります」

 説明する俺のボルテージもどんどん上がり、説明を受ける二人も熱心に聞いている。
 思えば教職に就いている割に、随分長い間教える喜びから遠ざかっていた。学ぶことに喜びを見いだせない生徒たちを前に、俺は自分が被害者のような気がして勝手にやる気をなくしていた。俺が情熱を持って授業をすれば、今の小笠原夫婦のように嬉々として学んでくれるのだろうか。今からでも遅くはないのだろうか。俺は、熱血教師になれるのだろうか。

 「つまり、三段跳びみたいなものだね」

 小笠原先生が言った。学ぶ喜びを感じられるかどうかと、理解してもらえるかどうかは別なようだ。合っているような全然違うような。
 俺はちょっとしたいたずら心を出して、鵜殿さんや鎌田さんと同じように「理論より感覚」と、一度飛んでみないかと提案した。幸子さんは「最近運動してないから」と断ろうとしたが、小笠原先生は幸子さんが言い終わる前に棒を握っていた。ほくほくした顔で桟橋に駆け寄る小笠原先生の笑顔に、鵜殿さんは親指を立てて答えた。
 申し訳ないが、小笠原先生には難しいのではないだろうか。美術担当だからというわけではないが、彼のぽってりお腹からは運動している姿を想像するのは無理な話だった。
 彼は桟橋に棒を立てかけて戻ってくると、にこにこしながら「飛んでみるよ」と言い、クラウチングスタートの姿勢をとった。何かが違う。違うが、何かが妙にしっくりくる。
 鵜殿さんが楽しそうな表情を浮かべ「よーい・・・・・」と言うと、なんだかへっぴり気味にぴょこんと尻を上げた。「ドン」の合図でひょこひょこと走り出した小笠原先生の背中はどことなく愛嬌があって、俺はなんだか妙に穏やかなような、癒されたような気分になった。
 彼は跳躍地点まで来ると、いかにも「えいや」という感じで棒に飛びついた。棒はそのまま斜めにバランスを崩し、川はぼちょんと言う音を立て彼を飲みこんだ。幸子さんは楽しそうにそんな様子を眺めていた。いい夫婦だ。
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