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1 転生前の記憶
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「きゃあああっ!」
「キャロライン様!」
ローズピンクの髪の毛が宙を舞う。公爵令嬢キャロラインは、階段から転げ落ちた。
「キャロライン様!」
「医者だ!医者を呼べ!」
◆
(う……頭、痛い……)
ハッ!と美しい紫水晶色の瞳が開く。キャロラインは頭に包帯を巻かれ、ベッドに寝ていた。
(私、生きてる?確か、階段から落ちて……)
そう記憶を辿ろうとした時、ふと走馬灯のように別世界の別の人間の記憶が頭の中に流れ込んできた。
それは、まさにキャロラインの転生前の記憶だった。
(え、え、待って、そんな、嘘よね)
キャロラインは起き上がってベッドから降りる。そして鏡を見て驚愕した。
(そう、私はキャロライン。公爵令嬢キャロライン・レギウス。そうなのだけど、キャロラインは確か、小説の中のキャラクターのはず)
キャロラインは転生前に読んでいた小説のキャラクターの一人だ。その可憐で美しい見た目に反してわがままで傲慢、悪女として名高く小説内では悪役令嬢、作中でラスボスである公爵家次男、クローク・レギウスの妻だ。
(嘘、なんで小説の世界のキャラクターになってるの?でも、ちゃんと私はキャロラインなのだわ、だってキャロラインとして生きてきた記憶があるもの)
キャロラインは鏡台に突っ伏して動けなくなる。一体どうしてこうなっているのかわからず、混乱したままだ。
のろのろとベッドへまた入り込みうなだれていると、コンコン、とドアがノックされる。
「はい」
「入るぞ」
そう声がして、一人の男性が部屋に入ってきた。
(ひっ、クローク様本人!?)
艶のある黒髪、宵の空のような濃い紺色と翡翠色のオッドアイ、誰もが羨望の眼差しを向けるであろう甘く美しい顔立ちなのに、視線はいつも冷ややかで恐ろしく、近寄りがたい雰囲気を全身から醸し出している。
(綺麗なのに、もったいない)
前世の記憶を思い出してしまったからなのだろうか。怖いはずなのに、そのあまりの美しさについ見惚れてしまう。
ジッとクロークを見つめていると、キャロラインの近くまで来て、スラリとした手足をもてあますようにしながらベッドの端に腰掛けた。
「起きれるようになったんだな」
「えっと、はい、先程目が覚めました」
キャロラインが答えると、クロークは相変わらず冷ややかな眼差しを向けている。
「そうか。それならいい。君の様子を見に行けとレオに言われて仕方なく来ただけだ。無事ならそれでいい」
そう言って、クロークは立ち上がりまたドアの方へ向かう。
(クローク様がお見舞いに来るなんてありえないと思ったけど、レオに言われたなら納得だわ)
レオはクロークの側近であり、唯一クロークが心を許している男だ。
「あ、あの」
キャロラインが思わず声をかけると、クロークは立ち止まって振り返った。綺麗なオッドアイがキャロラインを見つめるが、やはり冷たいままだった。
「来てくださってありがとうございました」
そう言って小さくお辞儀をすると、クロークの眉間に皺が盛大に寄り、訝しげにキャロラインを見る。
「頭を打っておかしくなってしまったのか?君はそんな愁傷なことを言うような人間ではないはずだが」
そう言って踵を返し、そのまま部屋から出ていった。
部屋が静寂に包まれる。
(こ、こ、こ、怖かったあぁぁ!!!)
クロークは小説の中でラスボスだ。この国ではオッドアイは呪われた子だと言い伝えられており、そのせいでクロークは家の中でも外でも忌み嫌われてきた。頭もキレ、剣の技術も魔力も申し分ないのに、オッドアイというだけで誰からも愛されることなく育っていく。
ヒロインと出会いヒロインの心の美しさに救われヒロインに恋をするが、ヒロインがヒーローであるクロークの双子の兄に惹かれていってしまうため、それを妨害しようとする。
元々、誰からも愛を受け取ることのなかったクロークは、愛の向け方をわからない。そのせいで暴走し、ヒロインを無理矢理自分のものにしようとするが、結果ヒーローである兄に殺されてしまうというキャラクターだ。
(愛を知らないがゆえに愛し方も愛され方も不器用で、勘違いされてしまう悲しいキャラクターなのよね)
転生前、小説を読んでいた頃はクロークのことを不憫だな、と思っていた。もしも愛を知っていたら、このキャラクターはどんな風だったのだろう。ヒーローに殺されることなく、幸せに生きることができたのだろうか。
(何より、キャロラインはクロークに殺される……)
悪女であり悪役令嬢でもあるキャロラインは自由奔放わがままし放題、しかもヒーローを好きになってしまいヒロインに嫌がらせをしまくり、その結果クロークの逆鱗に触れ惨殺されてしまうのだ。
(殺されるのだけは勘弁してほしい……!)
何がどうなって小説の中の世界に来てしまったのか、なぜキャロラインに転生してしまったのかさっぱりわからない。
だだ、キャロラインとして生を受けこうして生きている以上、死にたくはない。絶対に。
(なんとしてでもクローク様に殺されないようにしないと)
両手をグーにして、キャロラインはふんす!と意気込んだ。
◆
「どうでした、キャロライン様は」
キャロラインの様子を見に行って帰ってきたクロークに、レオが尋ねる。少しふわりとした金髪、やや垂れ目がちでペリドットのような美しい黄緑色の瞳をした男で、クロークより年齢は少し上だ。
「普通に起きていた。問題なく話もできてるし大丈夫だろう」
「もう少し興味を持ってもいいのでは?」
レオの言葉に、クロークは嫌そうな顔をしてレオを睨みつける。
「あの女にか?家同士が決めた結婚でなければ絶対にしなかったし、あの女自体も俺に興味がない。そんな人間にわざわざ興味を持つ必要はないだろう」
「まぁ、それはそうでしょうけど」
クロークは二十七歳、いい加減結婚しろと親にうるさく言われるが、何せオッドアイ。どんなに見た目が良くても誰も近寄らない。キャロラインも見た目は良いがあまりの我儘ぶりと自由奔放さで縁談がことごとく潰れていた。
両家共に貰い手のない子供をくっつけることでなんとか世間体を保とうとした結果、クロークとキャロラインは一年前に婚約し、つい最近結婚したばかりだ。
「あの女に俺が愛されることもなければ、俺があの女を愛することも絶対にない」
クロークは冷ややかな瞳をレオへ向け、きっぱりと言い切った。
◆
「ありがとうございました」
自室のベットで上半身を起こしたまま軽い診察を終えたキャロラインは、医師と看護師に笑顔でお礼を言った。そんなキャロラインを、医師も看護師も口をあんぐりと開け驚いた顔で見つめている。
(あ、これはそんな事言うなんてありえないって顔ですよね、そうよね、わかりますわかります)
頭を打つ前のキャロラインであれば、診察が長いだのやぶ医者だのと悪態をついたであろう。自覚している。
だが、転生前の記憶を思い出し、ここが小説の中の世界だとわかってしまった以上、悪女キャロラインのままでいるつもりはない。
(そのままじゃ、クローク様に殺されてしまうもの……!)
何より、キャロラインとして転生する前の性格は平和主義者だ。争いを好まず、できれば目の前の人の良いところを見つけたい、そう思って生きていた。
医者や看護師だけでなく、近くにいたメイドたちも驚いた顔でキャロラインを見つめている。
「あ、あの、私らしくないって思っているんでしょう?わかってる。頭を打つ前の私はこう……とにかくひどい人間だったもの。でも、頭を打って気づいたの。私はもうそんな風に生きたくない。みんなと仲良く平和に暮らしたいの」
キャロラインの言葉に、その場にいる誰もが目を落っことしそうなほど丸くしている。
「謝ったところで今までのことを帳消しにできるなんて思ってない。それにきっと時間はかかると思うのだけど、でも、これから挽回させてほしいと思っているの。だから、……どうかよろしくお願いします」
そう言ってキャロラインは頭をさげた。その瞬間、部屋の中でヒッと息を飲む悲鳴に近い音がいくつも聞こえてきた。
(これは……なかなか難しそう)
わかりきっていたことだけど、頑張るしかないのだ。頭をさげたまま、キャロラインは自分にかかっているリネンをきゅっと握りしめた。
「キャロライン様!」
ローズピンクの髪の毛が宙を舞う。公爵令嬢キャロラインは、階段から転げ落ちた。
「キャロライン様!」
「医者だ!医者を呼べ!」
◆
(う……頭、痛い……)
ハッ!と美しい紫水晶色の瞳が開く。キャロラインは頭に包帯を巻かれ、ベッドに寝ていた。
(私、生きてる?確か、階段から落ちて……)
そう記憶を辿ろうとした時、ふと走馬灯のように別世界の別の人間の記憶が頭の中に流れ込んできた。
それは、まさにキャロラインの転生前の記憶だった。
(え、え、待って、そんな、嘘よね)
キャロラインは起き上がってベッドから降りる。そして鏡を見て驚愕した。
(そう、私はキャロライン。公爵令嬢キャロライン・レギウス。そうなのだけど、キャロラインは確か、小説の中のキャラクターのはず)
キャロラインは転生前に読んでいた小説のキャラクターの一人だ。その可憐で美しい見た目に反してわがままで傲慢、悪女として名高く小説内では悪役令嬢、作中でラスボスである公爵家次男、クローク・レギウスの妻だ。
(嘘、なんで小説の世界のキャラクターになってるの?でも、ちゃんと私はキャロラインなのだわ、だってキャロラインとして生きてきた記憶があるもの)
キャロラインは鏡台に突っ伏して動けなくなる。一体どうしてこうなっているのかわからず、混乱したままだ。
のろのろとベッドへまた入り込みうなだれていると、コンコン、とドアがノックされる。
「はい」
「入るぞ」
そう声がして、一人の男性が部屋に入ってきた。
(ひっ、クローク様本人!?)
艶のある黒髪、宵の空のような濃い紺色と翡翠色のオッドアイ、誰もが羨望の眼差しを向けるであろう甘く美しい顔立ちなのに、視線はいつも冷ややかで恐ろしく、近寄りがたい雰囲気を全身から醸し出している。
(綺麗なのに、もったいない)
前世の記憶を思い出してしまったからなのだろうか。怖いはずなのに、そのあまりの美しさについ見惚れてしまう。
ジッとクロークを見つめていると、キャロラインの近くまで来て、スラリとした手足をもてあますようにしながらベッドの端に腰掛けた。
「起きれるようになったんだな」
「えっと、はい、先程目が覚めました」
キャロラインが答えると、クロークは相変わらず冷ややかな眼差しを向けている。
「そうか。それならいい。君の様子を見に行けとレオに言われて仕方なく来ただけだ。無事ならそれでいい」
そう言って、クロークは立ち上がりまたドアの方へ向かう。
(クローク様がお見舞いに来るなんてありえないと思ったけど、レオに言われたなら納得だわ)
レオはクロークの側近であり、唯一クロークが心を許している男だ。
「あ、あの」
キャロラインが思わず声をかけると、クロークは立ち止まって振り返った。綺麗なオッドアイがキャロラインを見つめるが、やはり冷たいままだった。
「来てくださってありがとうございました」
そう言って小さくお辞儀をすると、クロークの眉間に皺が盛大に寄り、訝しげにキャロラインを見る。
「頭を打っておかしくなってしまったのか?君はそんな愁傷なことを言うような人間ではないはずだが」
そう言って踵を返し、そのまま部屋から出ていった。
部屋が静寂に包まれる。
(こ、こ、こ、怖かったあぁぁ!!!)
クロークは小説の中でラスボスだ。この国ではオッドアイは呪われた子だと言い伝えられており、そのせいでクロークは家の中でも外でも忌み嫌われてきた。頭もキレ、剣の技術も魔力も申し分ないのに、オッドアイというだけで誰からも愛されることなく育っていく。
ヒロインと出会いヒロインの心の美しさに救われヒロインに恋をするが、ヒロインがヒーローであるクロークの双子の兄に惹かれていってしまうため、それを妨害しようとする。
元々、誰からも愛を受け取ることのなかったクロークは、愛の向け方をわからない。そのせいで暴走し、ヒロインを無理矢理自分のものにしようとするが、結果ヒーローである兄に殺されてしまうというキャラクターだ。
(愛を知らないがゆえに愛し方も愛され方も不器用で、勘違いされてしまう悲しいキャラクターなのよね)
転生前、小説を読んでいた頃はクロークのことを不憫だな、と思っていた。もしも愛を知っていたら、このキャラクターはどんな風だったのだろう。ヒーローに殺されることなく、幸せに生きることができたのだろうか。
(何より、キャロラインはクロークに殺される……)
悪女であり悪役令嬢でもあるキャロラインは自由奔放わがままし放題、しかもヒーローを好きになってしまいヒロインに嫌がらせをしまくり、その結果クロークの逆鱗に触れ惨殺されてしまうのだ。
(殺されるのだけは勘弁してほしい……!)
何がどうなって小説の中の世界に来てしまったのか、なぜキャロラインに転生してしまったのかさっぱりわからない。
だだ、キャロラインとして生を受けこうして生きている以上、死にたくはない。絶対に。
(なんとしてでもクローク様に殺されないようにしないと)
両手をグーにして、キャロラインはふんす!と意気込んだ。
◆
「どうでした、キャロライン様は」
キャロラインの様子を見に行って帰ってきたクロークに、レオが尋ねる。少しふわりとした金髪、やや垂れ目がちでペリドットのような美しい黄緑色の瞳をした男で、クロークより年齢は少し上だ。
「普通に起きていた。問題なく話もできてるし大丈夫だろう」
「もう少し興味を持ってもいいのでは?」
レオの言葉に、クロークは嫌そうな顔をしてレオを睨みつける。
「あの女にか?家同士が決めた結婚でなければ絶対にしなかったし、あの女自体も俺に興味がない。そんな人間にわざわざ興味を持つ必要はないだろう」
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(あ、これはそんな事言うなんてありえないって顔ですよね、そうよね、わかりますわかります)
頭を打つ前のキャロラインであれば、診察が長いだのやぶ医者だのと悪態をついたであろう。自覚している。
だが、転生前の記憶を思い出し、ここが小説の中の世界だとわかってしまった以上、悪女キャロラインのままでいるつもりはない。
(そのままじゃ、クローク様に殺されてしまうもの……!)
何より、キャロラインとして転生する前の性格は平和主義者だ。争いを好まず、できれば目の前の人の良いところを見つけたい、そう思って生きていた。
医者や看護師だけでなく、近くにいたメイドたちも驚いた顔でキャロラインを見つめている。
「あ、あの、私らしくないって思っているんでしょう?わかってる。頭を打つ前の私はこう……とにかくひどい人間だったもの。でも、頭を打って気づいたの。私はもうそんな風に生きたくない。みんなと仲良く平和に暮らしたいの」
キャロラインの言葉に、その場にいる誰もが目を落っことしそうなほど丸くしている。
「謝ったところで今までのことを帳消しにできるなんて思ってない。それにきっと時間はかかると思うのだけど、でも、これから挽回させてほしいと思っているの。だから、……どうかよろしくお願いします」
そう言ってキャロラインは頭をさげた。その瞬間、部屋の中でヒッと息を飲む悲鳴に近い音がいくつも聞こえてきた。
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