生徒会長は不登校!?

中村健一

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久園寺こはる

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 このアパート、時雨荘しぐれそうは家賃1万5000円という破格の六畳間だ。

 部屋に戻った俺は、昼飯の支度をすることにした。

 テレビでも観て待ってるように飾莉にいうと、「うん」とつぶやき、旧式のブラウン管テレビのつまみをガチャガチャと回してアニメ番組に合わせた。

 俺は冷蔵庫を開けて食材を取り出し、料理開始。
 時雨荘は造りは古いが設備はしっかりしており、台所の火力は十分。
 中華鍋に油を引き、冷やしておいたご飯を入れてよくほぐしながら、卵、刻んだネギ、そして小さく角切りにした豚肉を入れる。
 片手で鍋を振るい、そろそろ出来上がったチャーハンを皿に移そうとしたところで、気付く。

 そろそろゴミ袋溜まってきたな……。

「悪い、飾莉。ゴミ捨てに行ってきてくれ」
「はーい」

 飾莉はテレビのスイッチを消すと、大きなゴミ袋を一つ抱えてよたよたと玄関を出た。

 火を弱火にして、チャーハンを皿に移しているところで、飾莉が戻ってきた。

「にーちゃん」
「ん?」
「死体あった」
「……うん?」

 玄関に立つ飾莉の方を二度見してしまう。

 俺は火を消して玄関を出ると、そこには廊下に倒れている女の子の姿があった。
 こちらにお尻を向けて前のめりにうずくまってる女子生徒。

 あれって……。

「ぎえぴ~……」

 久園寺さん、だよな?

「大丈夫ですか?」

 近寄って、声をかけてみる。

「……だ、大丈夫です。少しお腹が空いてるのと、直射日光がまぶしいのと、少しお腹がすいてるのと」

 っていうか、ここ俺んちのアパート、こんなところで何してんの。

 彼女は立ち上がろうとすると、「あれれ~」と言って今度は仰向けに倒れて始めた。
 目を渦巻きにしてバテてしまっている。

「にーちゃん、このひと、おなかすいてるって」
「そうだな……しかし」

 すごく白い肌だった。
 それに、綺麗な金髪──
 小柄な身体に、整った顔立ち。
 なんていうか、作り物の人形みたいだ。

「どうしたものかな」

 病気とかではなさそうだけど、ここに放置しておくわけにはいかないしなあ……。

「飾莉、俺たちの部屋まで運ぶぞ」

「……りょーかい」

 飾莉と協力して腕と足を持ち、若干引きずりながら部屋に運ぶ。


「……あうう~」


***


「むしゃむしゃむしゃむしゃ」

 それにしても……。

「むしゃむしゃむしゃむしゃ」

 よく食べること、食べること……。
 あまりの空腹だったのか、久園寺さんは活発にスプーンを動かし、皿の上をたいらげると、満足そうにお腹をさすった。


「ごちそうさまでした。こんな栄養のあるものを食べたのは久しぶりですっ!」

 と、評価を貰った。

「えっと、生徒会長の久園寺さん……だよね? なんでこのアパートで倒れてたの?」

 すると、彼女は人差し指をもじもじとさせながら、さくらんぼみたいな口をすぼめて言った。

「……私、太陽の光に弱いんです」

 何を言っているんだろう、この子は。

「ちょっと言っている意味がわからないけど、昼間が苦手ってこと?」
「はい、光を浴びると焼けて死にます」

 にっこりと微笑んだ。
 ドラキュラかよ。

 そうなんだ、はは……と笑い、六畳間の中央に置かれたちゃぶ台を三人で囲んでいるこの状況を客観的に捉えてみる。

 飾莉は、黙ったままスプーンを口に運んでいる。
 ニコニコ顔でこちらを見る久園寺さん。

 ……誰かこの状況を説明してくれ。

「それにしても凄いですね、あれ!!」

 久園寺さんは窓際に置かれたブラウン管テレビを指差した。

「リモコンのないテレビって初めて見ました! 斬新ですねっ」

 嫌味かよ。

 ……と思ったが、久園寺家なら最新型の大型テレビに慣れているのだろうし、ゴミ捨て場で拾った旧式のテレビは逆に新鮮に見えるのかもしれない。

 これ、どうやってチャンネル変えるんですか?と好奇心満々に飾莉に話しかけている。
 人見知りの飾莉は、何を喋っていいのかわからず、といった表情でうつむいている。

「えっと、久園寺さんって、どの辺に住んでるの?」

 助け舟を出すように、俺は話題を変える。

「隣に住んでます!」

「は」

 にっこり──と微笑む。

「隣の、6号室に住んでる久園寺こはるです、よろしくお願いします」

 そういって、畳に両手をつけて深々とおじぎをする。

「いや、隣って……久園寺さんの家って超お金持ちだよね? どうしてこんなボロアパートに」

 家賃1万5000円だぞ。
 しかも風呂なしの。

 すると、彼女はとても言いにくそうに、口をすぼめると──

「家出です」

 とだけ言った。

「……そうなんだ」
「はい、そうなんです」

 俺はそれ以上聞かないことにした。
 人の家庭には色々な事情がある、それを深く詮索するのは良くないことだと知っているから。
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