フロイント

ねこうさぎしゃ

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バルトロークの城

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「あの日、そなたを見つけた日のことだ。ラングリンドの女王が不在であることを、このわたしが気づかぬはずがないだろう。わたしはあれより先にラングリンドに侵入していたのだよ。なに、噂に名高い光の王国に、ひとつ遊山としゃれたわけだが、しかし聞きしに勝る迂愚うぐぶりに反吐が出るようだったな。民は女王の加護に胡坐をかいてただ安穏と呆け腐って暮らし、妖精どもも下らぬ人間なんぞのご機嫌を取って、かつての聖なる光などないも同然。まったく虫唾が走るような国だ」
 バルトロークは小刻みに震えるアデライデを見つめ、愉悦に浸った甘い声を響かせて歌うように言った。
「だがまさかあの古い森で、そなたを見つけようとはな。まさに運命の出逢い──そうだとも、アデライデ。そなたはわたしの運命。そなたを一目見るなり、わたしは激しい愛に胸を貫かれたのだ」
 バルトロークは大げさな身振りでそう語り終えると、また深く長椅子に身を預け、青白い炎を瞳に映しながら葡萄酒を啜った。
「──忌々しきはあの森の精霊たちだ。わたしがそなたに近づくことを阻んだ。年経てなおわたしの邪魔だてをするだけの力を有していようとはな。しかし何より許しがたきはあの下等の魔物ごときに先を越されたことだ。……だがまぁ、それももう済んだこと。思えばあのように無能な魔物だ。精霊たちが認識できるほどの魔力の波動もなかったのであろう」
 アデライデはフロイントにさらわれた日のことを思い出した。あの日、ラングリンドの古い妖精たちが奇妙に怖れを掻き立てる視線から守ってくれたが、あの蜘蛛の巣のように絡みつく視線は、やはり目の前のバルトロークであったのだという事実に、アデライデは固く目を閉じた。
 バルトロークは黒い唇の端を吊り上げ、欲望のたぎる瞳でアデライデをじっと見た。
「そうだとも、アデライデ。そなたとて気づいていたはず。あの日あのラングリンドの森で、そなたを見つめていたわたしの視線に──。あれの館においても、わたしがじっとそなたを見ていたこと、気づいていたであろう?」
 アデライデは唇を噛みしめた。アデライデには、ずっと誰かに付け狙われているような予感があったのだ。それなのに恐ろしい現実を直視する勇気がなかったばかりに、このような事態を招いてしまったのだ。もしもっと早くに恐ろしさと向き合っていれば、フロイントがあのような目に遭わされることもなく、アデライデは今もフロイントの隣にいられたかも知れない。アデライデの固く閉じた瞳から、涙がこぼれた。
 バルトロークはその涙を見ると、いかにも欣々きんきんたる表情を浮かべ、アデライデの気持ちを見透かすように言った。
「我が愛しき花嫁アデライデ。そなたがどこに隠れようとも、いかな手段を講じようとも、わたしは必ずそなたを手中にしていたとも。ましてあんな無能の輩と共にいて、わたしの目から逃れることができるなどと本気で信じているわけではあるまい、アデライデ?」
 アデライデは瞼を開け、絶望の涙が揺れる瞳でバルトロークを見た。バルトロークは美しい顔を莞爾かんじさせ、蜘蛛の糸にかかった獲物に触手を伸ばすように、低い声で言った。
「そなたは実に美しい。わたしはね、アデライデ。もっと早くにそなたをあの館から連れ去ることだってできたのだ。しかしわたしはそんな真似をして、そなたの心を閉ざしたくはなかった。そう、わたしはそなたの心が欲しかったのだ。ゆえに鳥の姿でそなたに近づき、そなたの信頼と愛を得ようとしたのだ。わかるか、アデライデ。このわたしが、そうまでしてそなたの愛を乞うているのだぞ。そなたとて、低能な魔物のもとに留まるよりは、このわたしと共に時を過ごす方が幸せであろう? 言うなれば、わたしはそなたをあのむさくるしくおぞましい魔物から救い出してやったも同然だ」
 アデライデはとうとう顔を覆って泣き出した。激しい後悔と罪悪感が鋭い剣となって心臓を突き刺すようだった。


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