フロイント

ねこうさぎしゃ

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六つめの願い

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 フロイントは泣き続けるアデライデに静かに言った。
「アデライデ、以前にも言ったことだが、俺はおまえの涙を見るのが辛いのだ。だが今のおまえの涙が俺のためのものであると思うと、喜びを感じるのも正直な気持ちではある。アデライデ、俺は今この瞬間、ほんとうに素晴らしい幸福を味わっているのだ。だからそんなに泣かないでくれ。……アデライデ、もうあまり時間がないのだ。魔王の使者に渡された書状には、今夜、夜明けを迎える前に、処刑者がやって来ると記されていた」
 大きく体を震わせたアデライデに、フロイントは静かに話し続けた。
「おまえにラングリンドに帰ることを望むならそう願っていいと言ったのは、おまえの言う通り、そう言わねばならなかったからだ。俺が死罪になってしまえば、おまえがこんな寂しい荒野の館にいなくてはならない理由などなくなる上、この場所に留まることはおまえにとっては危険でしかない。バルトロークはもう死んだが、しかしこの先第二、第三のバルトロークが現れることは目に見えている。だから死罪が確定するまでもなく、おまえをラングリンドに帰すべきではないかと考えていた。……いや、考えるまでもない。必ずそうしなければならない。アデライデ、俺はおまえには幸せでいてほしいのだ。俺のいなくなった後も、微笑みを絶やさず生きてくれることだけが今の俺の望みなのだ……」
「あなたなしにわたしの幸せはありません……! あなたがいない人生に何の意味があるでしょうか……!」
「アデライデ、聞いてくれ。今の俺には、おまえが最初の願いをしたときの気持ちがよくわかる。おまえが父親の中から自分の記憶を消してほしいと願ったことは、けっして自己を犠牲にする行為ではなく、純然たる愛の選択──相手を深く愛するがゆえの願いだったということが、今痛いほど身にしみてわかるのだ。だから俺はおまえがそうしたように、俺もおまえの中から俺に関する記憶のすべてを消そうと思う。そうすればおまえは俺のことはもちろん、恐ろしい目に遭ったことも忘れ、再び光の中で穏やかに日々を過ごすことができる──」
 フロイントが言い終わらないうちに、アデライデは勢いよく顔を上げた。泣き腫らしたその青い瞳は燃えるように光っていた。フロイントはその強い光を宿した瞳に思わず言葉をのみ込んだ。
「わたしがあなたを忘れられると!? いいえ、そんなことはあり得ません。どんなに強い魔力で忘却の術をかけられたとしても、わたしがあなたを忘れることは絶対にありません。わたしはわたしの魂であなたを愛したのです……! 魂に刻まれた愛を、そんなにも簡単に忘れられるとお思いですか……!?」
 どんなときにも控えめで慎み深かったアデライデから迸る強く激しい愛は、フロイントの全身を勢いよく駆け巡った。フロイントは言葉を失い、茫然とアデライデを見つめた。目の前で自分を見上げる涙に濡れたその顔は、紛れもなくアデライデのものだったが、フロイントの目にはまるで違う次元に存在する聖なる光そのもののように映っていた。実際、アデライデの魂は今までの輝きをはるかに凌駕して光を放っていた。フロイントの目には、アデライデの魂が燃えているのがはっきりと映っていた。
「フロイント、わたしの居場所はあなたのいるところ。それ以外に、もうわたしが居るべき場所はありません。だからフロイント、あなたが行くところに、どうかわたしも連れて行ってください」
 フロイントはアデライデの言葉に我に返ると、アデライデの美しく燃える青い瞳を覗き込むようにして言った。
「アデライデ、俺の話を聞いていなかったのか? 俺は極刑に──死刑に処されるのだ。もう間もなく、夜が明けるまでのところで、刑の執行者が来る。だからそれまでに、俺はおまえをラングリンドに帰してやりたいのだ。ラングリンドは光の守護の強い国だ。そこに戻れば、バルトロークのような悪しき魔物に付け狙われるようなこともない。だから──」
 アデライデは決然とした表情でフロイントを遮った。
「いいえフロイント。あなたこそわたしの申し上げたことをわかってくださっていないのですか? わたしはあなたのいない人生を生きるつもりはありません。わたしはあなたと一緒にいます。そしてあなたと運命を共にします」
 フロイントは驚き、思わず大声で言った。
「何を言うのだ! そんなことは──!」
「あなたにそのおつもりがなくても、わたしはもう覚悟を決めたのです。もしどうしてもおそばにいさせてくださらないとおっしゃるなら、わたしは今この場で命を絶ちます」
 アデライデはいきなりフロイントの手を両手で掴んで持ち上げ、その鋭い爪の先を自分の喉にあてがった。
「何を、アデライデ……!」
 フロイントは動転して手を引っ込めようとしたが、アデライデは思いがけないほど強い力でフロイントの手を握りしめ、その白く細い喉元をフロイントの爪の先にぴったりとつけたまま離そうともしなかった。動揺のあまりフロイントの手は震えたが、そのわずかな動きにもアデライデの喉を傷つけそうで呼吸すらできなかった。
「フロイント、あなたが選んでください。生きたままのわたしをそばに置いて運命を共にさせてくださるか、亡骸となったわたしにあなたのお供をさせてくださるか──」
 固い意思を響かせて、アデライデは燃えるような瞳でフロイントに迫った。フロイントはかすれる声で言った。
「──いいか、よく聞くのだアデライデ。魔界の処刑者がふるう大鎌はどんなに往生際の悪い魔物をも一刀両断するべく、魔王の火で精錬された特別な鋼でできている。それは魔物には絶大な威力を発揮するものだが、人間にはかすり傷ひとつ負わせることはできない。だからたとえおまえが俺の腕の中にいたとしても、大鎌は俺の首だけを刎ね、おまえの体はすり抜けてしまうのだ」
 アデライデは愕然と目を見開いた。

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