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妖精女王
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女王は穏やかな声でフロイントに語りかけた。
「確かに難事であることはわかっています。あなたが不安を感じるのも無理からぬことです。けれど不安を感じていることこそ、あなたがこの運命を受け入れるにふさわしい者であることを示しているのです。懼れる必要はありません──あなたはこの道をひとりで行くのではないのですから」
フロイントの胸に手を置いていたアデライデが、青い瞳をきらめかせて静かに言った。
「ラングリンドの民はきっとあなたを受け入れ、支えます。……それに、もし仮に誰もがあなたに背を向けるようなことがあったとしても、わたしがいます。どんなときにも、あなたの隣にはわたしがいます──」
その気高く美しい瞳とやさしい手のぬくもりが、フロイントの胸に力強く熱を帯びた勇気を湧き起こすように感じた。フロイントは自分の胸に手を置くアデライデの手をそっと片手で包み込むと、目を閉じて自分の鼓動に耳を澄ました。
鼓動の奥に、ふときらめく魂の光を見た気がして、フロイントはゆっくりと目を開けてアデライデを見た。まっすぐに自分を見上げる青い瞳の向こうにこれまで過ごしてきた永い日々を思い起こすうち、自分がひとつの大いなる意思の輪の中に存在しているということを認めないわけにはいかない思いが芽生え始め、懼れのために固く縮むようだった心を開いていった。
にわかに強い意思を赤い瞳に宿し、フロイントはアデライデに微笑みかけた。アデライデも美しく輝く顔を花開かせて応えた。フロイントとアデライデは体を寄せ合ったまま、ゆっくりと女王に向き直った。
光の妖精女王は二人の魂が放っている光のうねりを見ると、柔らかな微笑に喜びをたたえて両手を広げた。
「あなた達に感謝を──」
ゆっくりと腰を折って頭を下げた女王に、フロイントとアデライデも手をつないだまま深く頭を垂れた。
大気にゆらゆらと漂う袖をひるがえしながら体を起こした女王は、にっこりと二人に微笑みかけ、
「さぁ、それでは早速ですが、あなた達をラングリンドへと送り届けましょう。──でも、光の宮殿にはゆっくりといらっしゃい。ラングリンドの森を歩いて来るといいでしょう」
女王は胸の前で片方の掌を上向けた。そこには小さな光の塊が乗っていた。女王がその光に向かってふっと息を吹きかけると、光の塊はフロイントとアデライデに向かってふわふわと飛びながら近づいてきた。そして目の前までやって来ると、光は大きく広がってふたりの体を包んだ。アデライデは思わずフロイントの胸にぴったりと身を寄せ、フロイントはその体をしっかりと抱いた。
ふたりを内包したまま、光は静かに宙へと浮き上がると、そのままラングリンドに向かってゆっくりと飛びはじめた。それを確認した女王の全身からは、ひときわ眩い光が放たれ、女王の姿は空に消えた。
アデライデは遠ざかっていく館と美しい緑の園へと姿を変えた荒野を見おろしながら、この場所で過ごした短くも濃密な日々を思い出し、胸にあふれる名状しがたい想いを潤んだ吐息と共に吐き出した。アデライデの様子を見ていたフロイントも、やはり熱い想いで胸をいっぱいにしながら、静かにアデライデの名を囁いた。
「アデライデ……」
アデライデはそっとフロイントを見上げ、光を映して輝く瞳を微笑ませた。
「こんなことが起こるなんて思ってもいませんでした……。まるで夢のような──いいえ、夢よりも素晴らしいことが……。あぁ、フロイント……わたし達の前途にはもしかすると幾多の困難が待ち受けているかもしれません……。けれど今のわたしは、夢よりももっと美しいに違いない現実を、あなたと一緒に生きることのできる幸福で胸がいっぱいなのです……」
フロイントは思わずアデライデを腕に抱き寄せ、目を閉じた。
「確かに難事であることはわかっています。あなたが不安を感じるのも無理からぬことです。けれど不安を感じていることこそ、あなたがこの運命を受け入れるにふさわしい者であることを示しているのです。懼れる必要はありません──あなたはこの道をひとりで行くのではないのですから」
フロイントの胸に手を置いていたアデライデが、青い瞳をきらめかせて静かに言った。
「ラングリンドの民はきっとあなたを受け入れ、支えます。……それに、もし仮に誰もがあなたに背を向けるようなことがあったとしても、わたしがいます。どんなときにも、あなたの隣にはわたしがいます──」
その気高く美しい瞳とやさしい手のぬくもりが、フロイントの胸に力強く熱を帯びた勇気を湧き起こすように感じた。フロイントは自分の胸に手を置くアデライデの手をそっと片手で包み込むと、目を閉じて自分の鼓動に耳を澄ました。
鼓動の奥に、ふときらめく魂の光を見た気がして、フロイントはゆっくりと目を開けてアデライデを見た。まっすぐに自分を見上げる青い瞳の向こうにこれまで過ごしてきた永い日々を思い起こすうち、自分がひとつの大いなる意思の輪の中に存在しているということを認めないわけにはいかない思いが芽生え始め、懼れのために固く縮むようだった心を開いていった。
にわかに強い意思を赤い瞳に宿し、フロイントはアデライデに微笑みかけた。アデライデも美しく輝く顔を花開かせて応えた。フロイントとアデライデは体を寄せ合ったまま、ゆっくりと女王に向き直った。
光の妖精女王は二人の魂が放っている光のうねりを見ると、柔らかな微笑に喜びをたたえて両手を広げた。
「あなた達に感謝を──」
ゆっくりと腰を折って頭を下げた女王に、フロイントとアデライデも手をつないだまま深く頭を垂れた。
大気にゆらゆらと漂う袖をひるがえしながら体を起こした女王は、にっこりと二人に微笑みかけ、
「さぁ、それでは早速ですが、あなた達をラングリンドへと送り届けましょう。──でも、光の宮殿にはゆっくりといらっしゃい。ラングリンドの森を歩いて来るといいでしょう」
女王は胸の前で片方の掌を上向けた。そこには小さな光の塊が乗っていた。女王がその光に向かってふっと息を吹きかけると、光の塊はフロイントとアデライデに向かってふわふわと飛びながら近づいてきた。そして目の前までやって来ると、光は大きく広がってふたりの体を包んだ。アデライデは思わずフロイントの胸にぴったりと身を寄せ、フロイントはその体をしっかりと抱いた。
ふたりを内包したまま、光は静かに宙へと浮き上がると、そのままラングリンドに向かってゆっくりと飛びはじめた。それを確認した女王の全身からは、ひときわ眩い光が放たれ、女王の姿は空に消えた。
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「アデライデ……」
アデライデはそっとフロイントを見上げ、光を映して輝く瞳を微笑ませた。
「こんなことが起こるなんて思ってもいませんでした……。まるで夢のような──いいえ、夢よりも素晴らしいことが……。あぁ、フロイント……わたし達の前途にはもしかすると幾多の困難が待ち受けているかもしれません……。けれど今のわたしは、夢よりももっと美しいに違いない現実を、あなたと一緒に生きることのできる幸福で胸がいっぱいなのです……」
フロイントは思わずアデライデを腕に抱き寄せ、目を閉じた。
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