89 / 114
ラングリンド
*
しおりを挟む
アデライデとフロイントを内側に抱いた女王の光は、ラングリンドの朝露に濡れた下草の生い茂る森にゆっくりと下りて行った。木々の間に接触した途端、光は強く大きくきらめいて、森の隅々にまでその波を広げて静かに消えた。
瑞々しい森のなつかしい匂いに誘われ、アデライデは一歩足を踏み出し、喜びに瞳を輝かせて辺りを見回した。高く昇った太陽に次第にあたためられていく朝の冷たい空気の中、小鳥たちの鳴き声が、あるものは高く、あるものは長く、祝福の妙なる音楽のように澄んだ音色を響かせていた。
館で過ごすうちに季節は夏を過ぎ、ラングリンドの森は豊かな秋の気配で彩られていた。幼い頃から幾度となく経験してきた森の季節の変わり目を、今また体じゅうで感じられる嬉しさに、アデライデは思わず声を上げた。
「あぁ、なんてなつかしいのかしら……!」
興奮を抑えきれず叫んだアデライデだったが、しかしなつかしい森に帰って来た喜びはすぐに胸を過った父の横顔のために、悲しみの影を落とした。だが一抹の寂しさが心に冷たい秋の風を吹かせたことをフロイントに気取られまいとして、アデライデは無理にも父のやさしい微笑みの浮かんだ顔を打ち消し、清く新鮮な森の香りに驚嘆の吐息を漏らしているフロイントを笑顔で振り返った。
そうして振り返って見たフロイントが、まるで遠い異国の神話の王の彫像のように秋の黄金の朝もやの中に佇んでいるのが目に飛び込んで来ると、アデライデはその神秘の香気を放つ美しい姿に思わず息を呑んだ。改めてこの奇跡に感謝の想いが込み上げて、アデライデは自然な心からの微笑でもって、ゆっくりと近づいて来るフロイントを迎えることができた。
フロイントは森の神聖な空気とそこに満ちる光の気配に赤い目を見張りながら、美しく柔らかな微笑で自分を見守るアデライデの隣に立った。
「……森の空気とはこんなにも美味であるのか。──いや、やはりラングリンドの森ゆえのことなのだろうな。この森がこれほど素晴らしかったとは……」
そう呟くと共に大きく息を吸った。肺に入った森の空気が、体中に生き生きとした光を広げていく。人間の体を得た今、フロイントの五感はより繊細で敏感になっているようだった。その鋭敏な感覚が、フロイントの感動をより深く、より強くして胸に迫った。
ふと森の木々の間にきらきらと輝くものが見え、フロイントとアデライデは注意を向けた。時を置かず、いくつもの輝く光の粒子の集合体が古い木々の幹の間を縫うように滑って姿を現し、フロイントとアデライデのまわりに集まって来た。
「あぁ、森の妖精──精霊たち……!」
アデライデは頬を上気させ、歓喜に上ずる声で言った。幼い頃から親しんできたこの森の精たちが、かつて女王と共に影の軍勢と戦い、そして自分の誕生の瞬間から常に見守り続けてくれていた光の精霊たちであると知った今、アデライデの胸には言葉では語り尽くせぬほどの感謝と感激があふれ、その想いに青い瞳は自然と潤んだ。
森の精霊たちはアデライデとフロイントを取り巻くと、俄かにその光を強めた。精霊たちは光のヴェールの内側で、きらめきを放つ光の鎧に身を包んだ戦士の姿へと変わり、驚く二人の前に跪いた。言葉はなかったが、その様子からはラングリンドの新しい王と王妃への忠誠心が見て取れた。
アデライデは感動のあまり言葉を失い、思わず傍らに立つフロイントを見上げた。驚きに見開かれたフロイントの瞳もまた朝露に濡れるコケモモの実のように光り、無言のうちにもさまざまな感情が波となってさざめいていた。
フロイントの心と体は震えていた。まるで内側からフロイントを──その魂を揺さぶるような、激しい想いが炎のように燃え上がり、フロイントの全身に言葉では言い表せない熱情の嵐を巻き起こすようだった。
かつて魔物だった自分に、光の精霊たちが跪く姿など、いったい誰が想像できただろうか──?
そう思って、フロイントは我知らず熱を帯びて脈打つ胸を押さえた。
気がつくと光の精霊たちの背後には森の動物たちの姿もあった。鹿やキツネ、リスや鳥やクマ──すべての生き物がアデライデの帰還とフロイントの到着を祝って集ったように見え、アデライデは以前そうしていときとまったく変わらぬ喜びと慈しみに満ちた眼差しを送って微笑んだ。
精霊たちと動物たちは、左右に分かれてアデライデとフロイントのために道を作った。二人は手を取り合ってその道を進んだ。
瑞々しい森のなつかしい匂いに誘われ、アデライデは一歩足を踏み出し、喜びに瞳を輝かせて辺りを見回した。高く昇った太陽に次第にあたためられていく朝の冷たい空気の中、小鳥たちの鳴き声が、あるものは高く、あるものは長く、祝福の妙なる音楽のように澄んだ音色を響かせていた。
館で過ごすうちに季節は夏を過ぎ、ラングリンドの森は豊かな秋の気配で彩られていた。幼い頃から幾度となく経験してきた森の季節の変わり目を、今また体じゅうで感じられる嬉しさに、アデライデは思わず声を上げた。
「あぁ、なんてなつかしいのかしら……!」
興奮を抑えきれず叫んだアデライデだったが、しかしなつかしい森に帰って来た喜びはすぐに胸を過った父の横顔のために、悲しみの影を落とした。だが一抹の寂しさが心に冷たい秋の風を吹かせたことをフロイントに気取られまいとして、アデライデは無理にも父のやさしい微笑みの浮かんだ顔を打ち消し、清く新鮮な森の香りに驚嘆の吐息を漏らしているフロイントを笑顔で振り返った。
そうして振り返って見たフロイントが、まるで遠い異国の神話の王の彫像のように秋の黄金の朝もやの中に佇んでいるのが目に飛び込んで来ると、アデライデはその神秘の香気を放つ美しい姿に思わず息を呑んだ。改めてこの奇跡に感謝の想いが込み上げて、アデライデは自然な心からの微笑でもって、ゆっくりと近づいて来るフロイントを迎えることができた。
フロイントは森の神聖な空気とそこに満ちる光の気配に赤い目を見張りながら、美しく柔らかな微笑で自分を見守るアデライデの隣に立った。
「……森の空気とはこんなにも美味であるのか。──いや、やはりラングリンドの森ゆえのことなのだろうな。この森がこれほど素晴らしかったとは……」
そう呟くと共に大きく息を吸った。肺に入った森の空気が、体中に生き生きとした光を広げていく。人間の体を得た今、フロイントの五感はより繊細で敏感になっているようだった。その鋭敏な感覚が、フロイントの感動をより深く、より強くして胸に迫った。
ふと森の木々の間にきらきらと輝くものが見え、フロイントとアデライデは注意を向けた。時を置かず、いくつもの輝く光の粒子の集合体が古い木々の幹の間を縫うように滑って姿を現し、フロイントとアデライデのまわりに集まって来た。
「あぁ、森の妖精──精霊たち……!」
アデライデは頬を上気させ、歓喜に上ずる声で言った。幼い頃から親しんできたこの森の精たちが、かつて女王と共に影の軍勢と戦い、そして自分の誕生の瞬間から常に見守り続けてくれていた光の精霊たちであると知った今、アデライデの胸には言葉では語り尽くせぬほどの感謝と感激があふれ、その想いに青い瞳は自然と潤んだ。
森の精霊たちはアデライデとフロイントを取り巻くと、俄かにその光を強めた。精霊たちは光のヴェールの内側で、きらめきを放つ光の鎧に身を包んだ戦士の姿へと変わり、驚く二人の前に跪いた。言葉はなかったが、その様子からはラングリンドの新しい王と王妃への忠誠心が見て取れた。
アデライデは感動のあまり言葉を失い、思わず傍らに立つフロイントを見上げた。驚きに見開かれたフロイントの瞳もまた朝露に濡れるコケモモの実のように光り、無言のうちにもさまざまな感情が波となってさざめいていた。
フロイントの心と体は震えていた。まるで内側からフロイントを──その魂を揺さぶるような、激しい想いが炎のように燃え上がり、フロイントの全身に言葉では言い表せない熱情の嵐を巻き起こすようだった。
かつて魔物だった自分に、光の精霊たちが跪く姿など、いったい誰が想像できただろうか──?
そう思って、フロイントは我知らず熱を帯びて脈打つ胸を押さえた。
気がつくと光の精霊たちの背後には森の動物たちの姿もあった。鹿やキツネ、リスや鳥やクマ──すべての生き物がアデライデの帰還とフロイントの到着を祝って集ったように見え、アデライデは以前そうしていときとまったく変わらぬ喜びと慈しみに満ちた眼差しを送って微笑んだ。
精霊たちと動物たちは、左右に分かれてアデライデとフロイントのために道を作った。二人は手を取り合ってその道を進んだ。
0
あなたにおすすめの小説
#アタシってば魔王の娘なんだけどぶっちゃけ勇者と仲良くなりたいから城を抜け出して仲間になってみようと思う
釈 余白(しやく)
児童書・童話
ハアーイハロハロー。アタシの名前はヴーゲンクリャナ・オオカマって言ぅの。てゆうか長すぎでみんなからはヴーケって呼ばれてる『普通』の女の子だょ。
最近の悩みはパパが自分の跡継ぎにするって言って修行とか勉強とかを押し付けて厳しいことカナ。てゆうかマジウザすぎてぶっちゃけやってらンない。
てゆうかそんな毎日に飽きてるンだけどタイミングよく勇者のハルトウって子に会ったのょ。思わずアタシってば囚われの身なのってウソついたら信じちゃったわけ。とりまそんなン秒でついてくよね。
てゆうか勇者一行の旅ってばビックリばっか。外の世界ってスッゴク華やかでなんでもあるしアタシってば大興奮のウキウキ気分で舞い上がっちゃった。ぶっちゃけハルトウもかわいくて優しぃし初めての旅が人生の終着点へ向かってるカモ? てゆうかアタシってばなに言っちゃってンだろね。
デモ絶対に知られちゃいけないヒミツがあるの。てゆうかアタシのパパって魔王ってヤツだし人間とは戦争バッカしてるし? てゆうか当然アタシも魔人だからバレたら秒でヤラレちゃうかもしンないみたいな?
てゆうか騙してンのは悪いと思ってるょ? でも簡単にバラすわけにもいかなくて新たな悩みが増えちゃった。これってぶっちゃけ葛藤? てゆうかどしたらいンだろね☆ミ
VTuberデビュー! ~自分の声が苦手だったわたしが、VTuberになることになりました~
柚木ゆず
児童書・童話
「君の声はすごく可愛くて、僕の描いたキャラクターにピッタリなんです。もしよろしければ、VTuberになってくれませんか?」
声が変だと同級生や教師に笑われ続けたことが原因で、その時からずっと家族の前以外では声を出せなくなっていた女の子・佐倉美月。
そんな美月はある日偶然、隣家に引っ越してきた同い年の少年・田宮翔と――SNSで人気の中学生絵師に声を聞かれたことが切っ掛けとなり、やがて自分の声に対する認識が変わってゆくことになるのでした。
あいつは悪魔王子!~悪魔王子召喚!?追いかけ鬼をやっつけろ!~
とらんぽりんまる
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞、奨励賞受賞】ありがとうございました!
主人公の光は、小学校五年生の女の子。
光は魔術や不思議な事が大好きで友達と魔術クラブを作って活動していたが、ある日メンバーの三人がクラブをやめると言い出した。
その日はちょうど、召喚魔法をするのに一番の日だったのに!
一人で裏山に登り、光は召喚魔法を発動!
でも、なんにも出て来ない……その時、子ども達の間で噂になってる『追いかけ鬼』に襲われた!
それを助けてくれたのは、まさかの悪魔王子!?
人間界へ遊びに来たという悪魔王子は、人間のフリをして光の家から小学校へ!?
追いかけ鬼に命を狙われた光はどうなる!?
※稚拙ながら挿絵あり〼
魔法少女はまだ翔べない
東 里胡
児童書・童話
第15回絵本・児童書大賞、奨励賞をいただきました、応援下さった皆様、ありがとうございます!
中学一年生のキラリが転校先で出会ったのは、キラという男の子。
キラキラコンビと名付けられた二人とクラスの仲間たちは、ケンカしたり和解をして絆を深め合うが、キラリはとある事情で一時的に転校してきただけ。
駄菓子屋を営む、おばあちゃんや仲間たちと過ごす海辺の町、ひと夏の思い出。
そこで知った自分の家にまつわる秘密にキラリも覚醒して……。
果たしてキラリの夏は、キラキラになるのか、それとも?
表紙はpixivてんぱる様にお借りしております。
【奨励賞】花屋の花子さん
●やきいもほくほく●
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 『奨励賞』受賞しました!!!】
旧校舎の三階、女子トイレの個室の三番目。
そこには『誰か』が不思議な花を配っている。
真っ赤なスカートに白いシャツ。頭にはスカートと同じ赤いリボン。
一緒に遊ぼうと手招きする女の子から、あるものを渡される。
『あなたにこの花をあげるわ』
その花を受け取った後は運命の分かれ道。
幸せになれるのか、不幸になるのか……誰にも予想はできない。
「花子さん、こんにちは!」
『あら、小春。またここに来たのね』
「うん、一緒に遊ぼう!」
『いいわよ……あなたと一緒に遊んであげる』
これは旧校舎のトイレで花屋を開く花子さんとわたしの不思議なお話……。
水色オオカミのルク
月芝
児童書・童話
雷鳴とどろく、激しい雨がやんだ。
雲のあいだから光が差し込んでくる。
天から地上へとのびた光の筋が、まるで階段のよう。
するとその光の階段を、シュタシュタと風のような速さにて、駆け降りてくる何者かの姿が!
それは冬の澄んだ青空のような色をしたオオカミの子どもでした。
天の国より地の国へと降り立った、水色オオカミのルク。
これは多くの出会いと別れ、ふしぎな冒険をくりかえし、成長して、やがて伝説となる一頭のオオカミの物語。
トウシューズにはキャラメルひとつぶ
白妙スイ@1/9新刊発売
児童書・童話
白鳥 莉瀬(しらとり りぜ)はバレエが大好きな中学一年生。
小学四年生からバレエを習いはじめたのでほかの子よりずいぶん遅いスタートであったが、持ち前の前向きさと努力で同い年の子たちより下のクラスであるものの、着実に実力をつけていっている。
あるとき、ひょんなことからバレエ教室の先生である、乙津(おつ)先生の息子で中学二年生の乙津 隼斗(おつ はやと)と知り合いになる。
隼斗は陸上部に所属しており、一位を取ることより自分の実力を磨くことのほうが好きな性格。
莉瀬は自分と似ている部分を見いだして、隼斗と仲良くなると共に、だんだん惹かれていく。
バレエと陸上、打ちこむことは違っても、頑張る姿が好きだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる