フロイント

ねこうさぎしゃ

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ラングリンド

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 アデライデとフロイントを内側に抱いた女王の光は、ラングリンドの朝露に濡れた下草の生い茂る森にゆっくりと下りて行った。木々の間に接触した途端、光は強く大きくきらめいて、森の隅々にまでその波を広げて静かに消えた。
 瑞々しい森のなつかしい匂いに誘われ、アデライデは一歩足を踏み出し、喜びに瞳を輝かせて辺りを見回した。高く昇った太陽に次第にあたためられていく朝の冷たい空気の中、小鳥たちの鳴き声が、あるものは高く、あるものは長く、祝福の妙なる音楽のように澄んだ音色を響かせていた。
 館で過ごすうちに季節は夏を過ぎ、ラングリンドの森は豊かな秋の気配で彩られていた。幼い頃から幾度となく経験してきた森の季節の変わり目を、今また体じゅうで感じられる嬉しさに、アデライデは思わず声を上げた。
「あぁ、なんてなつかしいのかしら……!」
 興奮を抑えきれず叫んだアデライデだったが、しかしなつかしい森に帰って来た喜びはすぐに胸を過った父の横顔のために、悲しみの影を落とした。だが一抹の寂しさが心に冷たい秋の風を吹かせたことをフロイントに気取られまいとして、アデライデは無理にも父のやさしい微笑みの浮かんだ顔を打ち消し、清く新鮮な森の香りに驚嘆の吐息を漏らしているフロイントを笑顔で振り返った。
 そうして振り返って見たフロイントが、まるで遠い異国の神話の王の彫像のように秋の黄金の朝もやの中に佇んでいるのが目に飛び込んで来ると、アデライデはその神秘の香気を放つ美しい姿に思わず息を呑んだ。改めてこの奇跡に感謝の想いが込み上げて、アデライデは自然な心からの微笑でもって、ゆっくりと近づいて来るフロイントを迎えることができた。
 フロイントは森の神聖な空気とそこに満ちる光の気配に赤い目を見張りながら、美しく柔らかな微笑で自分を見守るアデライデの隣に立った。
「……森の空気とはこんなにも美味であるのか。──いや、やはりラングリンドの森ゆえのことなのだろうな。この森がこれほど素晴らしかったとは……」
 そう呟くと共に大きく息を吸った。肺に入った森の空気が、体中に生き生きとした光を広げていく。人間の体を得た今、フロイントの五感はより繊細で敏感になっているようだった。その鋭敏な感覚が、フロイントの感動をより深く、より強くして胸に迫った。
 ふと森の木々の間にきらきらと輝くものが見え、フロイントとアデライデは注意を向けた。時を置かず、いくつもの輝く光の粒子の集合体が古い木々の幹の間を縫うように滑って姿を現し、フロイントとアデライデのまわりに集まって来た。
「あぁ、森の妖精──精霊たち……!」
 アデライデは頬を上気させ、歓喜に上ずる声で言った。幼い頃から親しんできたこの森の精たちが、かつて女王と共に影の軍勢と戦い、そして自分の誕生の瞬間から常に見守り続けてくれていた光の精霊たちであると知った今、アデライデの胸には言葉では語り尽くせぬほどの感謝と感激があふれ、その想いに青い瞳は自然と潤んだ。
 森の精霊たちはアデライデとフロイントを取り巻くと、俄かにその光を強めた。精霊たちは光のヴェールの内側で、きらめきを放つ光の鎧に身を包んだ戦士の姿へと変わり、驚く二人の前に跪いた。言葉はなかったが、その様子からはラングリンドの新しい王と王妃への忠誠心が見て取れた。
 アデライデは感動のあまり言葉を失い、思わず傍らに立つフロイントを見上げた。驚きに見開かれたフロイントの瞳もまた朝露に濡れるコケモモの実のように光り、無言のうちにもさまざまな感情が波となってさざめいていた。
 フロイントの心と体は震えていた。まるで内側からフロイントを──その魂を揺さぶるような、激しい想いが炎のように燃え上がり、フロイントの全身に言葉では言い表せない熱情の嵐を巻き起こすようだった。
 かつて魔物だった自分に、光の精霊たちが跪く姿など、いったい誰が想像できただろうか──? 
 そう思って、フロイントは我知らず熱を帯びて脈打つ胸を押さえた。
 気がつくと光の精霊たちの背後には森の動物たちの姿もあった。鹿やキツネ、リスや鳥やクマ──すべての生き物がアデライデの帰還とフロイントの到着を祝って集ったように見え、アデライデは以前そうしていときとまったく変わらぬ喜びと慈しみに満ちた眼差しを送って微笑んだ。
 精霊たちと動物たちは、左右に分かれてアデライデとフロイントのために道を作った。二人は手を取り合ってその道を進んだ。


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