『冷徹公爵との【愛なし契約結婚】は、溺愛の家族愛に変わりました~「地味で何の価値もない」と捨てた実家は、もう遅い

腐ったバナナ

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6話

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 エミリアが献立の助言を始めてから、公爵邸の食卓には明らかに温かい変化が起こっていた。公爵は以前より穏やかになり、アルフレッドもまた、エミリアの献立をベースにした料理なら、完食することが増えていた。

 しかし、アルフレッドは依然として公爵を恐れ、公爵もまた、アルフレッドへの愛し方が分からずにいた。

 ある日の午後。エミリアがハーブの整理をしていると、公爵が珍しく自らエミリアの部屋の棟にやってきた。彼は、手袋をはめたまま、簡素な椅子に腰掛けた。

「エミリア。君の料理の知識について、もう少し聞きたい」

 公爵は、本題に入る前に、沈痛な面持ちで語り始めた。

「君がアルフレッドに温かく接してくれるのを見て、私から話すべきことがあると思った」

 公爵は、彼の心の声が語る「深い自責の念」とともに、過去を語った。

「アルフレッドは、私の前妻の連れ子だ。彼女は、王都の貴族だったが、金を目的として私に近づき、結婚後も浪費を続けた。そして、アルフレッドに愛情を装いながら、私への復讐のために手を上げた。アルフレッドは、私が戦争で留守にしている間に、その虐待と、前妻の裏切りを目の当たりにした」

 公爵は、その記憶に苦しむように、拳を握りしめた。

「アルフレッドの食が進まないのは、前妻が『お前が食べ過ぎると公爵様が怒る』と脅していたからだ。そして、彼は、私に似た女性を極端に恐れている。私は、彼の傍にいながら、守ってやることができなかった。だから、もう二度と、彼を女性の裏切りで傷つけたくない。それが、契約で君に『干渉禁止』を命じた理由だ」

 公爵の心の声:(私は、愛し方を知らない。エミリア。君のような優しい温もりは、いつか私を裏切るのではないか、という恐怖が消えない)

 エミリアは、公爵の深いトラウマと、その根底にある「愛を諦めた孤独」を理解した。彼は、冷酷なのではなく、裏切りを恐れて心を閉ざしているだけなのだ。

「公爵様」

 エミリアは、公爵の前に立ち、静かに言った。

「わたくしは、あなた様を裏切りません。アルフレッド様にも、強制的な愛は与えません。ただ、安心感だけをそっと届けたいのです」

 エミリアは、公爵の了承を得て、アルフレッドの部屋の棟へ、「お見舞いの品」として、自ら作った料理を届けることを許可された。

 その日の午後。エミリアは、アルフレッドの私室の前まで行き、侍女にトレイを預けた。トレイの上には、一口サイズの小さな温かいパイが乗っていた。

 エミリアの心の声が、アルフレッドの部屋にそっと届く。

(これは、「誰にも邪魔されない、貴方だけの温かい場所」の味です。怖がらないで、アルフレッド様)

 数分後。エミリアは、部屋の中から「喜び」の心の声を聞いた。アルフレッドは、誰にも取られない「自分だけの温かいパイ」に、心を安堵させていた。

 そして、その夜。公爵がエミリアの部屋の前で立ち止まる時間が、以前より長くなっていることに、エミリアは気づいた。公爵の心の声は、温もりへの渇望を、より強く示していた。

 エミリアは、契約を破らずに、公爵とアルフレッドの「家族の絆」という、最大の壁を溶かし始める糸口を見つけたのだった。
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