透明令嬢は暗殺公爵の箱庭で愛でられる

腐ったバナナ

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3話

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 昨夜の熱情が嘘のように、箱庭には静かな朝の光が差し込んでいた。

「……あ」

 天蓋付きのベッドで目を覚ました私は、自分の腕を見て息を呑んだ。 白磁のような肌の上に、赤紫色の鮮やかな痕がいくつも散らされている。レオンハルト様が「ここにお前がいる証だ」と、夜通し執拗に刻みつけた独占の証拠。

 不思議と嫌悪感はなかった。むしろ、鏡を覗き込むと、いつもは霧のようだった自分の輪郭が、今朝ははっきりと映っている。彼の魔力で満たされたおかげで、私は今、たしかにこの世界に「存在」していた。

 コンコン、と控えめなノックの音が響く。

「エリス様、お目覚めでしょうか。お召し替えに参りました」

 扉を開けて入ってきたのは、数人の侍女たちだった。彼女たちは私を見ると、迷うことなくその場に跪き、深く頭を垂れた。

「……! 私が、見えているのですか?」 

「もちろんでございます。閣下より、命よりも重い『最優先事項』としてお預かりしておりますので」

 彼女たちはレオンハルト様が厳選した、魔力探知に長けた特殊な使用人たちだった。 生まれて初めて、他人から向けられる敬意。丁寧な手つきで髪を解かれ、最高級の香油を塗られる。 私は「透明な空気」ではなく、一人の「人間」として扱われていた。

 一方その頃、私を捨てたローウェル伯爵家では、異変が起きていた。

「おい! エリスはどこだ! 早くあいつを連れてこい!」

 父である伯爵が、苛立ちを隠せずに怒鳴り散らしていた。 彼らが私を舞踏会へ連れて行ったのは、慈悲ではない。ローウェル家の屋敷の地下にある、古代の魔力源を安定させるには、代々「認識阻害の魔力を持つ女」を近くに置く必要があったのだ。

 家畜以下の扱いで私を繋ぎ止めていた彼らは、私がレオンハルト様に奪われたことさえ気づいていない。ただの「家出」か、あるいは「どこかで野垂れ死んだ」程度にしか考えていなかった。

 しかし、私が邸から消えたことで、魔力源のバランスが崩れ始めていた。 屋敷の壁には亀裂が走り、家宝の魔道具は次々と音を立てて砕けていく。

「……まずい。このままでは、我が家は帝室からの信用を失う。エリスを、あの出来損ないをすぐに見つけ出せ!」

 彼らはまだ知らない。 自分たちが「無価値」だと切り捨てた娘が、今や帝国最強の男の腕の中で、世界で最も過保護に愛でられていることを。 そして、その男が、エリスを泣かせたすべての人間に「死以上の絶望」を与える準備を終えていることを。

 その日の午後。 箱庭に戻ってきたレオンハルト様は、豪奢な椅子に座る私の足元に跪いた。

「気分はどうだ、エリス。……顔色が良くなったな。やはり、俺の魔力が足りていたようだ」

 彼は私の足首に繋がれた「見えない鎖」を愛おしげに撫で、その指先に口づけを落とす。

「お前の家族が、お前を探し回っているらしい。……どうする? 望むなら、今すぐあの家を地図から消してやってもいいが」

 穏やかな微笑みを浮かべながら、彼は恐ろしいことを口にする。 その黄金の瞳には、私以外のすべてを焼き尽くしても構わないという、狂気的な独占欲が渦巻いていた。
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