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16話
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皇都が黄金の光に焼かれ、第1皇子と共に「透明な令嬢」の噂が虚無へ消えてから、数年の月日が流れました。
禁忌の森の最奥にある離宮。 そこは、もはやこの世界の理から切り離された異界となっていました。
「……ん、……レオンハルト、様……」
薄暗い寝室。私は、心地よい重みに目を覚ましました。 私の体は、数年前よりもさらに「人」としての実体を失いつつあります。今の私は、レオンハルト様が私を抱きしめ、その濃密な魔力を注ぎ込んでくれている間だけ、美しい令嬢の姿を保つことができる「魔力の精霊」のような存在になっていました。
「……起きたか、エリス」
背後から、低く、甘い声が降ってきます。 レオンハルト様は数年前と変わらぬ、いえ、さらに鋭利で美しい死神の貌で、私の首筋に鼻先を寄せました。
「また少し、体が透けていたぞ。……俺がいない間に消えてしまおうなどと、無駄なことは考えるなと言っただろう」
「……ふふ、そんなことしませんわ。貴方がいなければ、私は息をすることさえ忘れてしまいますもの」
私は、背中から生えた光り輝く「羽」を、彼に擦り寄せるように動かしました。 この羽は、もはや物理的な器官ではなく、純粋な魔力の結晶。これによって、私はレオンハルト様が邸のどこにいても、その心拍や体温を、自分のことのように感じることができました。
私たちだけの完璧な世界。 けれど、その平穏に、小さな「綻び」が生じ始めていました。
「……閣下。森の境界に、また『鼠』が紛れ込みました」
レオンハルト様が、私の肩を抱いたまま、冷たい声で虚空に問いかけました。 影の中から、彼の忠実な配下――数少ない「エリスを認識できる」暗殺者の一人が現れます。
「今度の鼠は、かつての皇子の残党ではありません。……隣国の聖教国が放った『審問官』です。彼らは、この森に『魂を喰らう魔女』が潜んでいると信じ込んでいるようです」
「魔女、か。……エリスをそのように呼ぶのなら、相応の対価を支払わせねばな」
レオンハルト様の瞳に、久しく見せていなかった残虐な光が宿ります。 彼は私の額に優しく口づけを落とすと、ベッドサイドにある、私の感覚をさらに鋭敏にする「新たな枷」――細い金の鎖がついた指輪を、私の指に嵌めました。
「エリス。少しの間だけ、地下の隠し部屋で待っていてくれ。……すぐに、お前を汚そうとする不浄な者たちを、一欠片も残さず消してくる」
「はい。……お気をつけて、私のレオンハルト様」
私は微笑んで彼を見送りました。 けれど、私の背中の羽は、今まで感じたことのない「奇妙な共鳴」に震えていました。
隣国の審問官たちが持ち込んだのは、かつての皇子が使った魔道具よりも、さらに厄介な「神の奇跡」と呼ばれる力。 それは、エリスの認識阻害を暴くのではなく、エリスの存在そのものを「浄化(消滅)」させようとする光でした。
静まり返った地下室で、私は自らの紋章が、不吉な黒い光を帯びて明滅するのを見つめていました。 それは、この幸せな監禁生活に訪れる、新たな嵐の予兆でした。
禁忌の森の最奥にある離宮。 そこは、もはやこの世界の理から切り離された異界となっていました。
「……ん、……レオンハルト、様……」
薄暗い寝室。私は、心地よい重みに目を覚ましました。 私の体は、数年前よりもさらに「人」としての実体を失いつつあります。今の私は、レオンハルト様が私を抱きしめ、その濃密な魔力を注ぎ込んでくれている間だけ、美しい令嬢の姿を保つことができる「魔力の精霊」のような存在になっていました。
「……起きたか、エリス」
背後から、低く、甘い声が降ってきます。 レオンハルト様は数年前と変わらぬ、いえ、さらに鋭利で美しい死神の貌で、私の首筋に鼻先を寄せました。
「また少し、体が透けていたぞ。……俺がいない間に消えてしまおうなどと、無駄なことは考えるなと言っただろう」
「……ふふ、そんなことしませんわ。貴方がいなければ、私は息をすることさえ忘れてしまいますもの」
私は、背中から生えた光り輝く「羽」を、彼に擦り寄せるように動かしました。 この羽は、もはや物理的な器官ではなく、純粋な魔力の結晶。これによって、私はレオンハルト様が邸のどこにいても、その心拍や体温を、自分のことのように感じることができました。
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「……閣下。森の境界に、また『鼠』が紛れ込みました」
レオンハルト様が、私の肩を抱いたまま、冷たい声で虚空に問いかけました。 影の中から、彼の忠実な配下――数少ない「エリスを認識できる」暗殺者の一人が現れます。
「今度の鼠は、かつての皇子の残党ではありません。……隣国の聖教国が放った『審問官』です。彼らは、この森に『魂を喰らう魔女』が潜んでいると信じ込んでいるようです」
「魔女、か。……エリスをそのように呼ぶのなら、相応の対価を支払わせねばな」
レオンハルト様の瞳に、久しく見せていなかった残虐な光が宿ります。 彼は私の額に優しく口づけを落とすと、ベッドサイドにある、私の感覚をさらに鋭敏にする「新たな枷」――細い金の鎖がついた指輪を、私の指に嵌めました。
「エリス。少しの間だけ、地下の隠し部屋で待っていてくれ。……すぐに、お前を汚そうとする不浄な者たちを、一欠片も残さず消してくる」
「はい。……お気をつけて、私のレオンハルト様」
私は微笑んで彼を見送りました。 けれど、私の背中の羽は、今まで感じたことのない「奇妙な共鳴」に震えていました。
隣国の審問官たちが持ち込んだのは、かつての皇子が使った魔道具よりも、さらに厄介な「神の奇跡」と呼ばれる力。 それは、エリスの認識阻害を暴くのではなく、エリスの存在そのものを「浄化(消滅)」させようとする光でした。
静まり返った地下室で、私は自らの紋章が、不吉な黒い光を帯びて明滅するのを見つめていました。 それは、この幸せな監禁生活に訪れる、新たな嵐の予兆でした。
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