訳あり未亡人と、年下の騎士様 ~私はもう、恋なんてしないはずでした~

腐ったバナナ

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 ヴァレンティノ侯爵城の執務室は、秋の冷たい空気に満ちていた。

 窓の外は落ち葉が舞い、城の財政状況をそのまま映しているかのように荒涼としている。侯爵夫人であるフィオナ・ヴァレンティノ(28歳)は、膨大な借用書と領地経営の帳簿に囲まれて座っていた。

「侯爵様が亡くなって三ヶ月。残されたのは、侯爵夫人という空虚な称号と、巨額の負債だけ、というわけね」

 フィオナは静かに息を吐いた。亡き夫は、フィオナを愛することはなかったが、代わりに虚栄心と浪費だけを残してくれた。

 フィオナの心は、もう長い間凍り付いたままだった。夫との孤独な結婚生活、そして夫の死後も続く親族の陰湿な嫌がらせ。愛を信じるなど、もう二度とない。今の彼女の目的はただ一つ、侯爵家を維持し、静かな一人暮らしを取り戻すことだけだった。

「夫人、ユーリウス様がまたいらっしゃいました。領地の賃貸契約について、すぐに署名しろと」

 古参の執事、セバスチャンが疲れた顔で報告する。ユーリウスは亡き夫の弟で、フィオナを追い出して侯爵位を継ごうと画策している最大の敵だった。

「ユーリウス様には、お帰りいただいて。契約は弁護士を通して行うと伝えてください」

「しかし、彼は『夫人は侯爵家の恥だ』と大声で……」

 フィオナは静かに立ち上がった。

「その侮辱に耐えるための最終手段を、今日、実行する番です」

 数時間後、執務室には一人の若き騎士が立っていた。

 名をクロード・ランバート(24歳)。

 彼は王都の貧民街出身の騎士団長で、その実力は王都でも知れ渡っていた。彼の漆黒の鎧は傷一つなく磨き上げられ、静かに立つ姿はまるで鋼の彫像のようだった。

 フィオナは、手持ちの最後の資産を投じ、彼を侯爵家の私兵隊長として雇い入れた。彼の目的は「侯爵家の維持」、フィオナの目的は「外部の脅威からの保護」。

 フィオナは、クロードの若すぎる容姿と、彼から発せられる強すぎる威圧感に内心で息を飲んだが、表情には出さなかった。

「クロード殿。契約は確認しましたね。貴方の報酬は破格ですが、その代わり、私に絶対的な忠誠を尽くしていただきます」

 クロードは、フィオナの疲弊した眼差しと、その奥に隠された強い決意をまっすぐに見つめた。彼の目は、フィオナの前に立つ騎士団員たちの誰よりも熱い炎を宿していた。

「フィオナ様。私は、この契約期間、貴女の剣となることを誓います」

 彼の声は低く、力強かった。

 フィオナは契約書に署名するよう促し、最後に釘を刺した。

「貴方はあくまで私兵。侯爵家の外の人間です。私的な関わりは一切不要。貴方に必要なのは、実力と、職務の遂行だけです」

「貴方個人の感情は、私の侯爵家には必要ありません」

 フィオナは、愛を信じない冷たい理性でそう言い放った。

 クロードは、フィオナの言葉に一切動じなかった。彼は契約書に力強く署名し、フィオナの前に跪いた。

「かしこまりました。私の感情は、貴女の命令の外に置きます」

「ただし、フィオナ様。私の忠誠は、貴女の理性の外にあることをご承知おきください」

 クロードは静かに立ち上がると、フィオナの執務室の隅に立ち、まるで巨大な番犬のように、彼女の存在を護り始めた。

 フィオナは、彼の熱すぎる眼差しと強すぎる忠誠心に、内心で戸惑いながらも、これで当面はユーリウスの脅威から守られるだろう、と安堵した。

 しかし、フィオナはまだ知らなかった。この年下の騎士の「忠誠心」が、「冷たい理性」で凍り付いた彼女の心を、いかに情熱的に溶かしていくかを。
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