1 / 15
1話
しおりを挟む
ヴァレンティノ侯爵城の執務室は、秋の冷たい空気に満ちていた。
窓の外は落ち葉が舞い、城の財政状況をそのまま映しているかのように荒涼としている。侯爵夫人であるフィオナ・ヴァレンティノ(28歳)は、膨大な借用書と領地経営の帳簿に囲まれて座っていた。
「侯爵様が亡くなって三ヶ月。残されたのは、侯爵夫人という空虚な称号と、巨額の負債だけ、というわけね」
フィオナは静かに息を吐いた。亡き夫は、フィオナを愛することはなかったが、代わりに虚栄心と浪費だけを残してくれた。
フィオナの心は、もう長い間凍り付いたままだった。夫との孤独な結婚生活、そして夫の死後も続く親族の陰湿な嫌がらせ。愛を信じるなど、もう二度とない。今の彼女の目的はただ一つ、侯爵家を維持し、静かな一人暮らしを取り戻すことだけだった。
「夫人、ユーリウス様がまたいらっしゃいました。領地の賃貸契約について、すぐに署名しろと」
古参の執事、セバスチャンが疲れた顔で報告する。ユーリウスは亡き夫の弟で、フィオナを追い出して侯爵位を継ごうと画策している最大の敵だった。
「ユーリウス様には、お帰りいただいて。契約は弁護士を通して行うと伝えてください」
「しかし、彼は『夫人は侯爵家の恥だ』と大声で……」
フィオナは静かに立ち上がった。
「その侮辱に耐えるための最終手段を、今日、実行する番です」
数時間後、執務室には一人の若き騎士が立っていた。
名をクロード・ランバート(24歳)。
彼は王都の貧民街出身の騎士団長で、その実力は王都でも知れ渡っていた。彼の漆黒の鎧は傷一つなく磨き上げられ、静かに立つ姿はまるで鋼の彫像のようだった。
フィオナは、手持ちの最後の資産を投じ、彼を侯爵家の私兵隊長として雇い入れた。彼の目的は「侯爵家の維持」、フィオナの目的は「外部の脅威からの保護」。
フィオナは、クロードの若すぎる容姿と、彼から発せられる強すぎる威圧感に内心で息を飲んだが、表情には出さなかった。
「クロード殿。契約は確認しましたね。貴方の報酬は破格ですが、その代わり、私に絶対的な忠誠を尽くしていただきます」
クロードは、フィオナの疲弊した眼差しと、その奥に隠された強い決意をまっすぐに見つめた。彼の目は、フィオナの前に立つ騎士団員たちの誰よりも熱い炎を宿していた。
「フィオナ様。私は、この契約期間、貴女の剣となることを誓います」
彼の声は低く、力強かった。
フィオナは契約書に署名するよう促し、最後に釘を刺した。
「貴方はあくまで私兵。侯爵家の外の人間です。私的な関わりは一切不要。貴方に必要なのは、実力と、職務の遂行だけです」
「貴方個人の感情は、私の侯爵家には必要ありません」
フィオナは、愛を信じない冷たい理性でそう言い放った。
クロードは、フィオナの言葉に一切動じなかった。彼は契約書に力強く署名し、フィオナの前に跪いた。
「かしこまりました。私の感情は、貴女の命令の外に置きます」
「ただし、フィオナ様。私の忠誠は、貴女の理性の外にあることをご承知おきください」
クロードは静かに立ち上がると、フィオナの執務室の隅に立ち、まるで巨大な番犬のように、彼女の存在を護り始めた。
フィオナは、彼の熱すぎる眼差しと強すぎる忠誠心に、内心で戸惑いながらも、これで当面はユーリウスの脅威から守られるだろう、と安堵した。
しかし、フィオナはまだ知らなかった。この年下の騎士の「忠誠心」が、「冷たい理性」で凍り付いた彼女の心を、いかに情熱的に溶かしていくかを。
窓の外は落ち葉が舞い、城の財政状況をそのまま映しているかのように荒涼としている。侯爵夫人であるフィオナ・ヴァレンティノ(28歳)は、膨大な借用書と領地経営の帳簿に囲まれて座っていた。
「侯爵様が亡くなって三ヶ月。残されたのは、侯爵夫人という空虚な称号と、巨額の負債だけ、というわけね」
フィオナは静かに息を吐いた。亡き夫は、フィオナを愛することはなかったが、代わりに虚栄心と浪費だけを残してくれた。
フィオナの心は、もう長い間凍り付いたままだった。夫との孤独な結婚生活、そして夫の死後も続く親族の陰湿な嫌がらせ。愛を信じるなど、もう二度とない。今の彼女の目的はただ一つ、侯爵家を維持し、静かな一人暮らしを取り戻すことだけだった。
「夫人、ユーリウス様がまたいらっしゃいました。領地の賃貸契約について、すぐに署名しろと」
古参の執事、セバスチャンが疲れた顔で報告する。ユーリウスは亡き夫の弟で、フィオナを追い出して侯爵位を継ごうと画策している最大の敵だった。
「ユーリウス様には、お帰りいただいて。契約は弁護士を通して行うと伝えてください」
「しかし、彼は『夫人は侯爵家の恥だ』と大声で……」
フィオナは静かに立ち上がった。
「その侮辱に耐えるための最終手段を、今日、実行する番です」
数時間後、執務室には一人の若き騎士が立っていた。
名をクロード・ランバート(24歳)。
彼は王都の貧民街出身の騎士団長で、その実力は王都でも知れ渡っていた。彼の漆黒の鎧は傷一つなく磨き上げられ、静かに立つ姿はまるで鋼の彫像のようだった。
フィオナは、手持ちの最後の資産を投じ、彼を侯爵家の私兵隊長として雇い入れた。彼の目的は「侯爵家の維持」、フィオナの目的は「外部の脅威からの保護」。
フィオナは、クロードの若すぎる容姿と、彼から発せられる強すぎる威圧感に内心で息を飲んだが、表情には出さなかった。
「クロード殿。契約は確認しましたね。貴方の報酬は破格ですが、その代わり、私に絶対的な忠誠を尽くしていただきます」
クロードは、フィオナの疲弊した眼差しと、その奥に隠された強い決意をまっすぐに見つめた。彼の目は、フィオナの前に立つ騎士団員たちの誰よりも熱い炎を宿していた。
「フィオナ様。私は、この契約期間、貴女の剣となることを誓います」
彼の声は低く、力強かった。
フィオナは契約書に署名するよう促し、最後に釘を刺した。
「貴方はあくまで私兵。侯爵家の外の人間です。私的な関わりは一切不要。貴方に必要なのは、実力と、職務の遂行だけです」
「貴方個人の感情は、私の侯爵家には必要ありません」
フィオナは、愛を信じない冷たい理性でそう言い放った。
クロードは、フィオナの言葉に一切動じなかった。彼は契約書に力強く署名し、フィオナの前に跪いた。
「かしこまりました。私の感情は、貴女の命令の外に置きます」
「ただし、フィオナ様。私の忠誠は、貴女の理性の外にあることをご承知おきください」
クロードは静かに立ち上がると、フィオナの執務室の隅に立ち、まるで巨大な番犬のように、彼女の存在を護り始めた。
フィオナは、彼の熱すぎる眼差しと強すぎる忠誠心に、内心で戸惑いながらも、これで当面はユーリウスの脅威から守られるだろう、と安堵した。
しかし、フィオナはまだ知らなかった。この年下の騎士の「忠誠心」が、「冷たい理性」で凍り付いた彼女の心を、いかに情熱的に溶かしていくかを。
0
あなたにおすすめの小説
「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」
歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。
「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは
泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析
能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り
続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。
婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
婚約破棄の慰謝料として『王国の半分』を要求したら、本当にくれたので、今日から私があなたの女王様です
唯崎りいち
恋愛
婚約破棄の慰謝料に
「王国の半分」を要求したら、
ゴミみたいな土地を押し付けられた。
ならば――関所を作りまくって
王子を経済的に詰ませることにした。
支配目当ての女王による、
愛なき(?)完全勝利の記録。
【完結】男運ゼロの転生モブ令嬢、たまたま指輪を拾ったらヒロインを押しのけて花嫁に選ばれてしまいました
Rohdea
恋愛
──たまたま落ちていた指輪を拾っただけなのに!
かつて婚約破棄された過去やその後の縁談もことごとく上手くいかない事などから、
男運が無い伯爵令嬢のアイリーン。
痺れを切らした父親に自力で婚約者を見つけろと言われるも、なかなか上手くいかない日々を送っていた。
そんなある日、特殊な方法で嫡男の花嫁選びをするというアディルティス侯爵家のパーティーに参加したアイリーンは、そのパーティーで落ちていた指輪を拾う。
「見つけた! 僕の花嫁!」
「僕の運命の人はあなただ!」
──その指輪こそがアディルティス侯爵家の嫡男、ヴィンセントの花嫁を選ぶ指輪だった。
こうして、落ちていた指輪を拾っただけなのに運命の人……花嫁に選ばれてしまったアイリーン。
すっかりアイリーンの生活は一変する。
しかし、運命は複雑。
ある日、アイリーンは自身の前世の記憶を思い出してしまう。
ここは小説の世界。自分は名も無きモブ。
そして、本来この指輪を拾いヴィンセントの“運命の人”になる相手……
本当の花嫁となるべき小説の世界のヒロインが別にいる事を───
※2021.12.18 小説のヒロインが出てきたのでタグ追加しました(念の為)
『婚約破棄されたので北の港を発展させたら
ふわふわ
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。
公爵令嬢アリアベルは、王太子カルディオンから突然の婚約破棄を告げられる。
「真実の愛を見つけた」
そう言って王太子が選んだのは、涙を流す義妹ヴィオレッタだった。
王都から追い出され、すべてを失った――
はずだった。
アリアベルが向かったのは、王国の北にある小さな港町。
しかし彼女の手腕によって港は急速に発展し、やがて王国最大の交易港へと変わっていく。
一方その頃、王太子と義妹は王都で好き勝手に振る舞っていたが――
やがてすべてが崩れ始める。
王太子は国外追放。
義妹は社交界から追放され修道院送り。
そして気づいた頃には、北の港こそが王国の中心になっていた。
「私はもう誰のものでもありません」
これは、婚約破棄された令嬢が自分の人生を取り戻し、
王国の未来を変えていく物語。
そして――
彼女の隣には、いつしか新しい王太子の姿があった。
婚約破棄から始まる、逆転ざまぁロマンス。✨
婚約破棄されたので頑張るのをやめました 〜昼寝と紅茶だけの公爵令嬢なのに、なぜか全部うまくいきます〜あ
鍛高譚
恋愛
王太子から婚約破棄された衝撃で階段から落ちた公爵令嬢シャル・ド・ネ・アルベール。
目覚めた彼女は、なんと前世の記憶——ブラック企業で働き詰めだったOL・佐伯ゆかりとしての人生を思い出してしまう。
無理して働いた末に過労死した前世の反省から、シャルは決意する。
「もう頑張らない。今度の人生は“好き”と“昼寝”だけで満たしますわ!」
貴族としての特権をフル活用し、ワイン造りやスイーツ作りなど“趣味”の延長でゆるゆる領地改革。
気づけば国王にも称賛され、周囲の評価はうなぎのぼり!?
一方、彼女を見下していた王太子と“真実の愛()”の令嬢は社交界で大炎上。
誰もざまぁされろなんて言ってないのに……勝手に転がり落ちていく元関係者たち。
本人はただ紅茶とスコーンを楽しんでいるだけなのに――
そんな“努力しない系”令嬢が、理想の白い結婚相手と出会い、
甘くてふわふわ、そしてちょっぴり痛快な自由ライフを満喫する
ざまぁ(他力本願)×スローライフ×ちょっと恋愛な物語です♪
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
ヒロインは辞退したいと思います。
三谷朱花
恋愛
リヴィアはソニエール男爵の庶子だった。15歳からファルギエール学園に入学し、第二王子のマクシム様との交流が始まり、そして、マクシム様の婚約者であるアンリエット様からいじめを受けるようになった……。
「あれ?アンリエット様の言ってることってまともじゃない?あれ?……どうして私、『ファルギエール学園の恋と魔法の花』のヒロインに転生してるんだっけ?」
前世の記憶を取り戻したリヴィアが、脱ヒロインを目指して四苦八苦する物語。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる