無実の罪で追放された神官令嬢は、最強大公に拾われました。

4話

　リリアンが大公城で暮らし始めて数週間が経った。彼女の清らかな治癒の力は、アシュトン大公の闇の魔力を安定させるだけでなく、城全体の空気にも徐々に影響を与え始めていた。

　大公城の多くの使用人や騎士たちは、長年、大公の強大な闇の魔力に晒され、常に心身の疲弊を感じていた。しかし、リリアンが城にいるだけで、その清らかな光が闇の魔力を中和し、彼らの体調が目に見えて改善し始めた。

「最近、夜よく眠れるようになった」 

「大公様のお傍にいるだけで、なぜか心が穏やかになる……」

　リリアンは、大公に仕える者たちから尊敬と感謝を集め始めた。彼女の優しさと、惜しみなく使われる清らかな力は、城の冷たい雰囲気を少しずつ溶かしていった。

　この状況を、大公アシュトンは冷徹な監視者として見つめていた。リリアンの力が他者に向けられるたび、彼の闇の魔力は微かに波打ち、激しい独占欲が湧き上がった。

　ある日、リリアンは訓練中に軽傷を負った騎士の手当をしていた。リリアンが騎士の傷に触れ、清らかな力を流し込む。治癒を終えた騎士は、深く感謝してリリアンに礼を述べた。

　その光景を遠くから見ていたアシュトンは、即座にリリアンを執務室に呼び出した。

「リリアン。貴様は、その清らかな力を、私以外に無駄に使うなと言ったはずだ」

　アシュトンは立ち上がり、リリアンとの距離を一気に詰めた。彼の金色の瞳には、抑えきれない嫉妬が宿っていた。

「大公様。城の者たちが健康であることは、貴方の安定にも繋がります。彼らが病に伏せれば、貴方の公務が滞り、闇の魔力の制御に集中できなくなるでしょう」

「建前はよせ」

　アシュトンは、リリアンの手首を掴み、強く引き寄せた。

「貴様の清らかな光は、私の闇を安定させるために存在する。貴様が他の者に優しさを向けるたび、私の闇の魔力は貴様を引き裂きたい衝動に駆られる」

　彼の言葉には、冷酷な命令だけでなく、彼女を失うことへの根源的な恐怖が混じっていた。

「貴様は、私の所有物だ。貴様の心も力も、全て私に独占される。他の者などに、その光を分け与えるな」

　リリアンは、彼の情熱的で歪んだ独占欲に、恐怖よりも先に哀れみを感じた。彼は最強の権力者でありながら、その闇の力ゆえに誰にも愛されず、彼女の光に依存せざるを得ない孤独な存在なのだ。

「大公様、承知いたしました。貴方にとっての最優先事項は、私の光を独占することですね。私は、貴方だけの光でいることを誓います」

　リリアンは、アシュトンの冷たい頬に、そっと自分の手を添え、清らかな力を流し込んだ。

　彼女の優しさと一途な誓いに、アシュトンの金色の瞳が微かに揺らいだ。彼は、リリアンの手を強く握りしめ、愛する対象としてではなく、何よりも大切な「鍵」を扱うように、彼女を抱きしめた。

「ああ、リリアン。貴様がいてくれれば、私は王国の全てを意のままに支配できる。貴様こそが、私の真の力だ」

　リリアンの清らかな力は、アシュトンの闇の王としての力と、個人的な愛情を同時に満たし始めていた。