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2話
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極寒の小屋での夜は、地獄だった。
夜明け前、凍える体で目を覚ましたアリアは、まず暖炉に火を入れようとしたが、薪一つない。彼女に残された唯一の希望は、腰に提げた薬草の袋だけだった。
「生き延びるために、まず火を…」
アリアは小屋の外へ出た。幸いにも、この森は薬草の宝庫だった。彼女は日が高く昇るまで、慣れない手つきで枯れ枝や燃えやすい樹皮を集め、同時に周囲の薬草を探索した。
アリアの治癒魔法は微弱すぎて役に立たないとされていたが、彼女には植物の生命力を引き出すという、家族も気づかなかった特殊な能力があった。
それは、魔力とは異なり、植物の成長を促したり、薬効を最大限に引き出したりする、地味だが確かな力だった。
(この森は、生命の力が強い。薬草も、王都で見たものよりずっと力強いわ)
彼女が薬草の根に触れると、微かな光が手のひらから伝わり、植物が少しだけ活力を取り戻すのが分かった。
この隠された能力と、幼い頃から独学で培った薬学知識のおかげで、アリアは寒さを凌ぐための発熱効果のある薬草と、飢えを凌ぐための食用可能な植物の根を見つけることができた。
火を起こし、煎じた薬草を口にしたアリアは、ようやく人間らしい温かさを感じた。
「これで、なんとか生き延びられる…」
しかし、孤独は容赦なく彼女を苛んだ。誰も助けに来ない。誰も私を必要としていない。自分がこの世から消えても、誰も気にしないだろうという絶望が、アリアの心を氷のように冷やした。
その日の午後、食料を求めて森のさらに奥深くへと足を踏み入れたとき、それは起こった。
アリアは、異様な血の匂いと、低く唸るような獣の唸り声を聞いた。彼女の心臓は激しく鼓動したが、王都で学んだ薬学の知識が未知の生命体への興味を掻き立てた。
茂みをそっと覗き込むと、目に飛び込んできたのは、息を呑む光景だった。
そこには、体長2メートルを超える巨大な銀色の狼が倒れていた。その毛並みは、陽光を受けて銀色に輝き、神々しささえ放っている。しかし、その脇腹には、魔獣との争いによるものと思われる深く抉られた傷があり、辺りの地面を血で濡らしていた。
(これは…伝説の聖獣か、それともただの魔獣の王か…)
アリアは激しい恐怖に襲われたが、同時に、その銀狼が持つ威厳と、死に瀕している弱々しさに、強烈に惹きつけられた。
彼女は、自分を裏切ったレイモンド様や家族と同じように、この銀狼も魔獣に討ち取られてしまうのだろうか、と想像した。その姿が、追放された自分自身の姿と重なった。
「見捨てるなんて、できない」
アリアはそう呟くと、意を決した。この銀狼が聖獣であろうと、魔獣であろうと、目の前で命が消えるのを見過ごすことは、彼女の良心が許さなかった。それに、もしこれが聖獣なら、助けることで何か変わるかもしれないという微かな希望も抱いた。
アリアは、荷物の中にあった最も貴重な止血作用のある薬草と、滅菌した布を取り出した。
「動かないでね。私、あなたを助けたいだけなの」
彼女はそっと銀狼に近づいた。その瞬間、銀狼は重い瞼をわずかに開き、金色の瞳でアリアを睨みつけた。その目には、警戒と、諦めの色が混じっていた。
しかし、アリアは怯まなかった。
「大丈夫。もう、誰もあなたを傷つけさせないわ」
アリアは、冷たい銀狼の毛皮にそっと触れると、自身の微弱な治癒魔法と生命力操作の能力を、その傷口に向けて全力で注ぎ込んだ。
彼女の能力では、傷を瞬時に治すことはできない。だが、この行為が、聖獣の頑なな心を少しずつ溶かし始めていることに、アリアはまだ気づいていなかった。
夜明け前、凍える体で目を覚ましたアリアは、まず暖炉に火を入れようとしたが、薪一つない。彼女に残された唯一の希望は、腰に提げた薬草の袋だけだった。
「生き延びるために、まず火を…」
アリアは小屋の外へ出た。幸いにも、この森は薬草の宝庫だった。彼女は日が高く昇るまで、慣れない手つきで枯れ枝や燃えやすい樹皮を集め、同時に周囲の薬草を探索した。
アリアの治癒魔法は微弱すぎて役に立たないとされていたが、彼女には植物の生命力を引き出すという、家族も気づかなかった特殊な能力があった。
それは、魔力とは異なり、植物の成長を促したり、薬効を最大限に引き出したりする、地味だが確かな力だった。
(この森は、生命の力が強い。薬草も、王都で見たものよりずっと力強いわ)
彼女が薬草の根に触れると、微かな光が手のひらから伝わり、植物が少しだけ活力を取り戻すのが分かった。
この隠された能力と、幼い頃から独学で培った薬学知識のおかげで、アリアは寒さを凌ぐための発熱効果のある薬草と、飢えを凌ぐための食用可能な植物の根を見つけることができた。
火を起こし、煎じた薬草を口にしたアリアは、ようやく人間らしい温かさを感じた。
「これで、なんとか生き延びられる…」
しかし、孤独は容赦なく彼女を苛んだ。誰も助けに来ない。誰も私を必要としていない。自分がこの世から消えても、誰も気にしないだろうという絶望が、アリアの心を氷のように冷やした。
その日の午後、食料を求めて森のさらに奥深くへと足を踏み入れたとき、それは起こった。
アリアは、異様な血の匂いと、低く唸るような獣の唸り声を聞いた。彼女の心臓は激しく鼓動したが、王都で学んだ薬学の知識が未知の生命体への興味を掻き立てた。
茂みをそっと覗き込むと、目に飛び込んできたのは、息を呑む光景だった。
そこには、体長2メートルを超える巨大な銀色の狼が倒れていた。その毛並みは、陽光を受けて銀色に輝き、神々しささえ放っている。しかし、その脇腹には、魔獣との争いによるものと思われる深く抉られた傷があり、辺りの地面を血で濡らしていた。
(これは…伝説の聖獣か、それともただの魔獣の王か…)
アリアは激しい恐怖に襲われたが、同時に、その銀狼が持つ威厳と、死に瀕している弱々しさに、強烈に惹きつけられた。
彼女は、自分を裏切ったレイモンド様や家族と同じように、この銀狼も魔獣に討ち取られてしまうのだろうか、と想像した。その姿が、追放された自分自身の姿と重なった。
「見捨てるなんて、できない」
アリアはそう呟くと、意を決した。この銀狼が聖獣であろうと、魔獣であろうと、目の前で命が消えるのを見過ごすことは、彼女の良心が許さなかった。それに、もしこれが聖獣なら、助けることで何か変わるかもしれないという微かな希望も抱いた。
アリアは、荷物の中にあった最も貴重な止血作用のある薬草と、滅菌した布を取り出した。
「動かないでね。私、あなたを助けたいだけなの」
彼女はそっと銀狼に近づいた。その瞬間、銀狼は重い瞼をわずかに開き、金色の瞳でアリアを睨みつけた。その目には、警戒と、諦めの色が混じっていた。
しかし、アリアは怯まなかった。
「大丈夫。もう、誰もあなたを傷つけさせないわ」
アリアは、冷たい銀狼の毛皮にそっと触れると、自身の微弱な治癒魔法と生命力操作の能力を、その傷口に向けて全力で注ぎ込んだ。
彼女の能力では、傷を瞬時に治すことはできない。だが、この行為が、聖獣の頑なな心を少しずつ溶かし始めていることに、アリアはまだ気づいていなかった。
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