2人の秘密はにがくてあまい

羽衣野 由布

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餌を狙う猛獣

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 月曜日。いつものように登校し、碧乃が席について少し経った時、後ろから大音量の藤野の声が近付いてきた。

 「あーーーー!!碧乃っちなんで元に戻ってるの?!」

 「な、なんでって…」

 キーンとする耳を押さえつつ、隣まで来た藤野の方を向いた。

 「いや…もう良いかなって…」

 「良くない!!下ろしてた方が絶対可愛い!」

 「どしたの?そんなに騒いで」

 登校してきた山内が、驚きつつ自分の席にかばんを置いた。

 「碧乃っちが髪型元に戻しちゃったのー!」

 「ああ、それで」

 「別にどっちだって変わんな…」

 「変わるのっ!!」

 碧乃の言葉に食い気味に返されてしまった。

 「山内君もそう思うでしょ?」

 「んー、まぁ、確かに?」

 「……」

 同意しないでよ。

 「ほらー。はい、じゃあこれ没収ー」

 藤野は碧乃に覆いかぶさるように、後ろに手を伸ばしてきた。

 「え!?ちょっ!待って、なんで…痛たたた!」

 抱きつきながら、碧乃の髪を括っていたヘアゴムを外した。

 「やっぱりこっちの方が可愛いー。触り放題だし」

 「っひゃっ!」

 髪ごとくしゃっと首筋を触られ、思わず肩をすくめた。

 「ふふふー」

 「うう…」

 触られた箇所をかばいつつ、藤野を睨んだ。

 やっぱり不純な理由じゃないか!

 「もう持ってない?」

 碧乃の両手首をガシッと掴んだ。

 「持ってない!」

 「よし。じゃあずっとそのままねー。体育の時だけ返してあげるー」

 言いながら、藤野は自分の席へと去っていった。

 「……」

 「いやー、朝っぱらから実に刺激的だねぇー」

 碧乃は、後ろの席で頬杖をつくニヤけ顔をギッと睨んだ。



 §



 1限目が終わってすぐ、圭佑は斉川に話しかけた。

 「なぁ、斉川」

 「ん?…何?」

 斉川はこちらを振り返った。

 「あんた、あいつに何かしたのか?」

 「え?」

 「1限目から起きてんの、初めて見たんだけど」

 そう言いつつ、チラッと光毅の方を見やった。

 今彼は、授業中に起きているのが辛かったのか、机に突っ伏して仮眠を取っているようだった。

 「あと昨日電話したら、なんかすげー疲れてる感じだったし」

 昨晩は光毅に『明日こそ行動を起こせ』と煽るために電話をかけたのだが、力なく『俺やっぱ無理かも』と言われてしまったのだ。理由を問い詰めても全く教えてくれず、2人がまた一緒に勉強をする事になったのを聞き出せただけだった。一緒にいられて嬉しいはずなのに、なぜそんな反応をしているのかさっぱり分からなかった。

 「ふーん、そうなんだ…」

 斉川はかすかに笑みを浮かべた。

 「……やっぱ何かしたろ」

 1拍ほど間を置いて、彼女はクスリと笑った。

 「……別に?」

 「!」

 その笑顔に黒さを感じて、背筋がゾクリとした。

 え、怖っ!!何?何したの、この人?!

 「…うーん、あそこまで無理しなくて良いんだけどなぁ」

 黒い笑みをふっと消し、斉川は苦笑いで光毅の方を見た。

 「え?」

 すると彼女はかばんからスマホを取り出し、何やら操作をし始めた。

 「…何やってんの?」

 「ん?…メール」

 「誰に?」

 「あそこで寝てる人」

 「…は?直接言えよ」

 「え、やだ。面倒くさい」

 「なんでだよ」

 「私なんかが話しかけちゃいけない人だから」

 「…え?」

 メールの送信が終わったのか、斉川はスマホを持つ手を下ろし、こちらを向いた。

 「私とあの人が一緒にいるのは、違和感があり過ぎるよ。だからあの写真も騒ぎになった。今回は何もされずに済んだけど、次何かあったら私は絶対目をつけられる。それが分かってるのに、話しかける訳ないでしょ」

 「いや、まぁ…それは…」

 彼女の言う事は、残念ながら正論だ。自分もその違和感を感じてしまった1人だったし。

 「…まぁ、向こうから話しかけてくるのは、今のところは大丈夫だと思うけど」

 「?なんでだ?」

 「今私は、親友の側に座ってるただのクラスメイトだから」

 「…ああ、そういう事ね」

 光毅がメールを見て嬉しそうにこちらを向くのを確認すると、彼女は持っていたスマホをかばんにしまった。

 「…なんて送ったんだ?」

 「ノート貸すから無理しないで寝たら?って」

 「ふーん。じゃあ次は寝るな」

 「そうだね」

 2人の視線を受けた光毅は、訝るような表情をした。

 「…そのノート、持ってってやるから俺も見て良い?」

 「え?ああ、うん。良いよ」

 「やったね!じゃあ俺も寝ちゃおっかなぁ?」

 「ふふっ。好きにすれば?」

 「……」

 「え…何?」

 「…やっぱり、もうちょっと前髪をさぁー」

 「いいってば!」

 伸ばしかけた手を止めふと見やると、光毅が鬼になりかけていた。

 どうせならと彼に笑顔で手を振り、鬼を完成形にしておいた。いつもながら単純な奴だ。

 前に向き直ってしまった斉川の後ろ姿を見て、圭佑はため息をついた。

 この2人が一緒になるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 それまで何事もないと良いんだが…。



 §



 授業の合間。碧乃はトイレから戻るため、1年生の教室が並ぶ廊下を1人で歩いていた。

 「あーおーのちゃん」

 突然の声にビクッとして、思わず立ち止まってしまった。

 きた…。

 どうせいつか来るだろうと思ってはいたが、やはりできれば会いたくなかった。

 恐れを抱きつつ振り返ると、谷崎涼也が笑顔でこちらに近付いてきていた。

 「こんにちは。昨日はどうも」

 碧乃のすぐ側まで来ると、ニコッと笑いかけた。

 「……」

 かすかに寒気を感じ、うんざりした顔で前に向き直る。

 すると谷崎がすかさず回り込んで、行く手を阻んだ。

 「!」

 「あの後、ちゃんと無事に帰れた?」

 「だ、大丈夫です…」

 「なら良かった。心配してたんだよ?暗いのに、女の子1人で帰らせちゃったから」

 「……」

 まだ言うか。

 昨日はどうにも逃げられず、結局同じ電車に乗ってしまった。彼は散々質問攻めにした挙句、家まで送ろうかとまで言い出した。碧乃はそれを苛立つままに断固拒否したのだった。電車は谷崎の方が先に降りたので、碧乃が降りる駅を知られる事はなかった。

 「てか敬語。やめようって言ったじゃん。俺の事いろいろ教えてあげたんだから、もう知らない人じゃないでしょ?」

 「……」

 そっちが勝手にベラベラ喋ってただけでしょうが。

 こちらの警戒心を解こうと、彼は自分の話を休むことなく延々と話し続けていた。合間合間に必ず『碧乃ちゃんは?』と訊きながらだったので、警戒心はむしろ強まっていった。教えないの一点張りで通したが、あまりのしつこさに危うく心が折れる所だった。彼の話は、二度と鉢合わせることがないようサッカー部という情報だけは取り込んでおいた。

 「あ、むしろ一緒に帰った仲なんだから、もうお友達?」

 「違います」

 「えー即答ー?そんなにきっぱり言われたら俺泣いちゃーう。これでも結構繊細なのよ?」

 「知りません。授業始まるので戻ります」

 碧乃は谷崎の横をすり抜けようとした。…が、またしても行く手を阻まれた。

 「なっ…!」

 「今日の放課後、どっか遊びに行かない?俺、碧乃ちゃんの事もっと知りたいなぁー」

 「行きません」

 「部活なら一緒にサボろうよー。1日くらいどうって事ないって」

 「嫌です。そういうの嫌いなんで」

 この男の言動全てにイライラする。

 「真面目さんだなぁー。じゃあ、いつなら空いてる?」

 「空いてません。そこ通してください」

 「えー、誘いを受けてくれないなら通せないなぁー。アドレス教えてくれるなら別だけど」

 谷崎はニコッと笑った。

 「教えません」

 「やっぱりね。んじゃ空いてる日教えてくれないと」

 「嫌です」

 「じゃあずっとこのままだねー。サボるの嫌いって言ったのにねぇ?」

 碧乃は苦虫を噛み潰し、ギリギリと両拳を握りしめた。

 この人、本当嫌い。

 しばし考えを巡らせ、渋々言葉を発した。

 「……来週の金曜日」

 「えー来週ー?もっと近い日ない?」

 「…そこしか空いてません」

 「そっかぁー。ま、教えてくれただけ良しとするか。じゃあ来週の金曜ね。放課後玄関で待ってる。楽しみだなぁー、碧乃ちゃんとデート」

 語尾にハートマークが付いていそうな言い方に、ゾワッと鳥肌が立った。

 「じゃあねー」

 手をヒラヒラ振りながら、谷崎は自分の教室へ戻っていった。

 「……」

 碧乃は、今まで谷崎が立っていた場所を睨みつけた。

 まさかここまでとは…。

 とりあえず2週間の猶予を得た。その間に、『デート』などという恐ろしいものが実現しないよう、何とか策を講じなければ。

 ……絶対逃げ切ってやる。
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