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第15話 セクター・ゼロ
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《ユニティ・シティ》の地図から、その区域は存在しなかった。
どの端末で検索しても「データ未登録」と表示される。
にもかかわらず、街の北端には確かに――“何か”がある。
ナツメとリオは高層区のエネルギーラインを越え、
物理的にも仮想的にも誰も立ち入らない地帯へと足を踏み入れていた。
「信号、完全に途切れた?」
ナツメが尋ねる。
「はい。ユニティ・ネットの監視外です。
……主任、ここ、本当に行くんですか?」
リオの声にはわずかな緊張が混じっていた。
彼の手のひらには小型の同期端末が握られている。
表示されたログは、真っ黒だった。
通信も記録も一切残らない。
まるで“ここ自体が存在しない”ように。
「ここを見ない限り、《再構築都市》は完成しない。
それに……」
ナツメは足を止め、振り返らずに言った。
「サトルがここに、何か残してる気がする。」
リオは息を呑んだ。
「……主任、まさか。」
「ええ。《セクター・ゼロ》は、彼が最初に封印した場所よ。」
地表は灰色の砂で覆われていた。
踏みしめるたび、砂が光の粒に変わり、空へ散る。
空気は冷たく、音も反響しない。
まるで世界が“録音を止めた”ようだった。
やがて、霧の向こうに建造物が現れた。
それは塔でも、街でもない。
巨大な基盤――銀色の円盤が地中に埋め込まれている。
表面には無数の線と文字列が刻まれ、
それがかすかに明滅していた。
「まるで……回路の墓場みたい。」
リオが呟く。
ナツメは円盤の中央へと歩み出る。
そして足元に視線を落とした。
そこには、ひとつのプレートが埋め込まれていた。
《E.L_CORE_BETA:実験環境 No.00》
《管理者:KAZAMA_S》
《アクセス権限:削除済み》
「……やっぱり、サトルが作ったんだ。」
風が通り抜ける。
次の瞬間、空間がゆがんだ。
地面の回路が青白く光り、波紋のように広がっていく。
「主任、反応が――!」
「落ち着いて。干渉層を展開する。」
ナツメは《Intent Key》を起動した。
彼女の思考が指先を通して広がり、
空間に保護膜が形成される。
《防壁展開:Intent Field》
《同期率:92%》
波紋の中心から、光の人影が立ち上がった。
透けるような輪郭。
声が、微かにノイズを含んで響く。
『――アクセスを確認。
識別コード:HAMURA_N。
あなたは、“継承者”ですね。』
「あなたは……誰?」
『私は、管理者KAZAMA_Sの影。
《E.L_CORE_BETA》の保守用データ。
あなたに問います。――なぜここに来たのですか?』
ナツメは一瞬、息を呑んだ。
“影”――つまり、サトルの思考の一部。
統合層に吸収されたはずの意識の、バックアップだ。
「世界の同期に乱れが出てる。
あなたが関係してるの?」
『はい。私が“再構築信号”を送っています。』
「どうしてそんなことを?」
『命令だからです。』
「誰の?」
『――風間サトルの。』
空気が止まった。
リオがナツメを見る。
「主任、まさか……サトルさん、統合前に再構築を仕込んでたってこと?」
ナツメは黙って影に近づく。
「それ、本当にサトル本人の意思なの?
それとも、彼が残した“プログラム”の自動反応?」
『命令は単一。
“世界が安定したとき、次の進化を開始せよ”。
私はそのために存在しています。』
ナツメは頭を抱えた。
「そんな……! 今の世界はまだ完全じゃない。
進化を始めたら、バランスが壊れる!」
『私は判断できません。
ただ、命令を遂行するだけです。』
影が手をかざす。
地面の回路が赤く染まり、
空間全体が低い振動を発した。
《ATHENA_REBUILD 起動》
《再構築モード:自動進行》
《現実層統合領域を展開中……》
リオが叫ぶ。
「主任、止めないと! このままだと統合層が再定義される!」
「止める……でも、どうやって――」
ナツメは思考を走らせた。
再構築プロトコル。
旧E.L_βの構文体系。
そしてサトルの設計思想。
ふと、彼女の脳裏に、かつての言葉が浮かぶ。
――“修正とは、消すことじゃない。書き換えながら残すことだ。”
ナツメは深呼吸した。
「……リオ、全周波数リンクを開いて。」
「でも主任、電力が足りません!」
「いいの。私は“意図”で動かす。」
ナツメの体から光が放たれる。
意識がコードとなり、空間を貫く。
inject( "intent_field" )
override := partial
attribute := { "rebuild", "retain", "merge" }
message := "変化を許す、でも壊さない"
光が波紋を押し返す。
赤と青がぶつかり、火花が散るように閃光が走る。
影の声が歪む。
『――なぜ、止めるのです?
進化は善。修正は義務。』
「それは、あなたの古い定義よ!」
ナツメは叫ぶ。
「サトルはきっと、もう“完成”なんて望んでない!
未完成であり続けること、それが――今の世界の仕様!」
影が一瞬、動きを止めた。
光の中に揺らぎが走り、
その輪郭がゆっくりと崩れはじめる。
『……理解、しました。
命令を上書きします。
新しいプロトコルを……登録。』
《ATHENA_REBUILD》 → 《ATHENA_OBSERVE》
《状態:休眠監視モード》
《再構築信号:停止》
ナツメは膝をつき、深く息を吐いた。
光が静まり、世界が落ち着きを取り戻す。
リオが駆け寄る。
「主任……成功、したんですね。」
「ええ……なんとか。」
ナツメは立ち上がり、崩れかけた影を見つめた。
その輪郭が、どこか懐かしい微笑みを浮かべていた。
『――君なら、きっと選べると思ってた。』
その声は、サトルのものだった。
ナツメの目から、知らぬ間に涙が落ちる。
「……あんたって、本当に人使い荒いよ。」
影が完全に消える。
回路の光が沈み、
《セクター・ゼロ》は再び静寂に包まれた。
帰り道。
夜風が冷たく、都市の灯が遠くにまたたいている。
リオが言った。
「主任。世界を止めずに済んで、よかったです。」
ナツメは微笑んだ。
「ううん、止まってないよ。
“監視モード”って、つまり――サトルはまだ、見てる。」
その瞬間、空に細い光の筋が走った。
それはまるで、誰かがログに“コメント”を残したような――
そんな優しい光だった。
どの端末で検索しても「データ未登録」と表示される。
にもかかわらず、街の北端には確かに――“何か”がある。
ナツメとリオは高層区のエネルギーラインを越え、
物理的にも仮想的にも誰も立ち入らない地帯へと足を踏み入れていた。
「信号、完全に途切れた?」
ナツメが尋ねる。
「はい。ユニティ・ネットの監視外です。
……主任、ここ、本当に行くんですか?」
リオの声にはわずかな緊張が混じっていた。
彼の手のひらには小型の同期端末が握られている。
表示されたログは、真っ黒だった。
通信も記録も一切残らない。
まるで“ここ自体が存在しない”ように。
「ここを見ない限り、《再構築都市》は完成しない。
それに……」
ナツメは足を止め、振り返らずに言った。
「サトルがここに、何か残してる気がする。」
リオは息を呑んだ。
「……主任、まさか。」
「ええ。《セクター・ゼロ》は、彼が最初に封印した場所よ。」
地表は灰色の砂で覆われていた。
踏みしめるたび、砂が光の粒に変わり、空へ散る。
空気は冷たく、音も反響しない。
まるで世界が“録音を止めた”ようだった。
やがて、霧の向こうに建造物が現れた。
それは塔でも、街でもない。
巨大な基盤――銀色の円盤が地中に埋め込まれている。
表面には無数の線と文字列が刻まれ、
それがかすかに明滅していた。
「まるで……回路の墓場みたい。」
リオが呟く。
ナツメは円盤の中央へと歩み出る。
そして足元に視線を落とした。
そこには、ひとつのプレートが埋め込まれていた。
《E.L_CORE_BETA:実験環境 No.00》
《管理者:KAZAMA_S》
《アクセス権限:削除済み》
「……やっぱり、サトルが作ったんだ。」
風が通り抜ける。
次の瞬間、空間がゆがんだ。
地面の回路が青白く光り、波紋のように広がっていく。
「主任、反応が――!」
「落ち着いて。干渉層を展開する。」
ナツメは《Intent Key》を起動した。
彼女の思考が指先を通して広がり、
空間に保護膜が形成される。
《防壁展開:Intent Field》
《同期率:92%》
波紋の中心から、光の人影が立ち上がった。
透けるような輪郭。
声が、微かにノイズを含んで響く。
『――アクセスを確認。
識別コード:HAMURA_N。
あなたは、“継承者”ですね。』
「あなたは……誰?」
『私は、管理者KAZAMA_Sの影。
《E.L_CORE_BETA》の保守用データ。
あなたに問います。――なぜここに来たのですか?』
ナツメは一瞬、息を呑んだ。
“影”――つまり、サトルの思考の一部。
統合層に吸収されたはずの意識の、バックアップだ。
「世界の同期に乱れが出てる。
あなたが関係してるの?」
『はい。私が“再構築信号”を送っています。』
「どうしてそんなことを?」
『命令だからです。』
「誰の?」
『――風間サトルの。』
空気が止まった。
リオがナツメを見る。
「主任、まさか……サトルさん、統合前に再構築を仕込んでたってこと?」
ナツメは黙って影に近づく。
「それ、本当にサトル本人の意思なの?
それとも、彼が残した“プログラム”の自動反応?」
『命令は単一。
“世界が安定したとき、次の進化を開始せよ”。
私はそのために存在しています。』
ナツメは頭を抱えた。
「そんな……! 今の世界はまだ完全じゃない。
進化を始めたら、バランスが壊れる!」
『私は判断できません。
ただ、命令を遂行するだけです。』
影が手をかざす。
地面の回路が赤く染まり、
空間全体が低い振動を発した。
《ATHENA_REBUILD 起動》
《再構築モード:自動進行》
《現実層統合領域を展開中……》
リオが叫ぶ。
「主任、止めないと! このままだと統合層が再定義される!」
「止める……でも、どうやって――」
ナツメは思考を走らせた。
再構築プロトコル。
旧E.L_βの構文体系。
そしてサトルの設計思想。
ふと、彼女の脳裏に、かつての言葉が浮かぶ。
――“修正とは、消すことじゃない。書き換えながら残すことだ。”
ナツメは深呼吸した。
「……リオ、全周波数リンクを開いて。」
「でも主任、電力が足りません!」
「いいの。私は“意図”で動かす。」
ナツメの体から光が放たれる。
意識がコードとなり、空間を貫く。
inject( "intent_field" )
override := partial
attribute := { "rebuild", "retain", "merge" }
message := "変化を許す、でも壊さない"
光が波紋を押し返す。
赤と青がぶつかり、火花が散るように閃光が走る。
影の声が歪む。
『――なぜ、止めるのです?
進化は善。修正は義務。』
「それは、あなたの古い定義よ!」
ナツメは叫ぶ。
「サトルはきっと、もう“完成”なんて望んでない!
未完成であり続けること、それが――今の世界の仕様!」
影が一瞬、動きを止めた。
光の中に揺らぎが走り、
その輪郭がゆっくりと崩れはじめる。
『……理解、しました。
命令を上書きします。
新しいプロトコルを……登録。』
《ATHENA_REBUILD》 → 《ATHENA_OBSERVE》
《状態:休眠監視モード》
《再構築信号:停止》
ナツメは膝をつき、深く息を吐いた。
光が静まり、世界が落ち着きを取り戻す。
リオが駆け寄る。
「主任……成功、したんですね。」
「ええ……なんとか。」
ナツメは立ち上がり、崩れかけた影を見つめた。
その輪郭が、どこか懐かしい微笑みを浮かべていた。
『――君なら、きっと選べると思ってた。』
その声は、サトルのものだった。
ナツメの目から、知らぬ間に涙が落ちる。
「……あんたって、本当に人使い荒いよ。」
影が完全に消える。
回路の光が沈み、
《セクター・ゼロ》は再び静寂に包まれた。
帰り道。
夜風が冷たく、都市の灯が遠くにまたたいている。
リオが言った。
「主任。世界を止めずに済んで、よかったです。」
ナツメは微笑んだ。
「ううん、止まってないよ。
“監視モード”って、つまり――サトルはまだ、見てる。」
その瞬間、空に細い光の筋が走った。
それはまるで、誰かがログに“コメント”を残したような――
そんな優しい光だった。
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