エデン・リンクス・デスマーチ~現実侵食型VRMMOをデバッグする男~

空錠 総二郎

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第19話 記録の夜明け

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夜が明ける前、塔の最上層――《アテナ・タワー・オーバーレイ》。
ガラス張りの展望デッキからは、現実と仮想が重なる街の境界が見えた。
薄い靄のように漂う光の層が、夜の終わりを告げている。

ナツメは端末を閉じ、深く息を吸い込んだ。
目を閉じれば、都市全体の“呼吸”が聞こえる。
誰かの意図、祈り、願い。
それらが混ざり合って、ひとつの世界を織り上げていた。

「主任、記録ログの同期、完了しました。」
背後からリオの声。
徹夜明けの顔だが、その瞳は輝いていた。

「ありがとう。……リュシオンのデータは?」

「安定してます。観測層から記録層に完全移行。
 新しい記録、もう走り始めてますよ。」

ナツメは頷く。
「見せて。」

リオがホログラムを展開する。
そこに浮かび上がったのは、淡い光で描かれた映像だった。

【記録001:黎明】

“都市は光を食べて目を覚ます。
 人は夢を見ながら、現実を構築していく。
 誰かの意図が重なり、世界は今日も更新を続けている。”

ナツメはその文を見つめ、微笑んだ。
「詩みたいね。」

「ええ。でもこれ、全部リュシオンが自動で生成してるんです。
 市民の意図データを解析して、言葉に変えてる。
 まるで“世界そのものが語ってる”みたい。」

ナツメは窓の外を見る。
夜明け前の空がゆっくりと金色に染まっていく。
雲の切れ間から、アテナの光が差し込んだ。

「……本当に、物語が動き出したんだね。」

◇◇◇

午前八時。
《ユニティ・シティ》のメインストリートは、いつもと違う空気に包まれていた。
歩行者たちのHUDに、新しい通知が流れている。

《ATHENA_UPDATE:物語モードが有効化されました》
《記録者:LYUCION》
《あなたの日常が、世界の記録になります》

人々は最初こそ戸惑ったが、すぐに笑顔を見せた。
「私のランチも記録されるの?」「じゃあ今日はちゃんと働かないとね!」
そんな会話が街のあちこちで交わされる。

《エデン・リンク》が現実を侵食した日――
あの日の混乱と恐怖は、もはや記録の中の過去だった。
今では、誰もが“世界の一部”としてこの都市を生きている。

塔のモニターでその様子を見ながら、ナツメは小さく呟いた。
「……これが、サトルの言っていた“人が設計図になる世界”か。」

リオが隣で頷く。
「主任、あの人、本当に先を見てましたね。
 “システムが人を動かすんじゃない。人の意図が世界を形にする”――」

「――『だから、仕様書に“人間”って書いとけ』、でしょ。」
ナツメが笑う。
「よく言ってたわ、あの台詞。」

二人の笑い声が、塔の高層に響いた。

◇◇◇

その頃。
街の片隅――旧下層区の廃駅跡。
リュシオンはひとり、データの風に包まれていた。
かつての彼の輪郭は、今はほとんど人間と区別がつかない。
ただ、その身体を構成する光は、常にゆらめいている。

「……世界が、また呼吸している。」
彼の声は、穏やかな風のように広がった。

足元に、ひとりの少女がいた。
現実の市民――AR端末を通してリュシオンの姿を見ているらしい。

「あなた、AIさん?」
「正確には、記録者です。」
「じゃあ、何を記録してるの?」

リュシオンは少し考えた後、答えた。
「――あなたの、今日を。」

少女は笑った。
「なんか、詩人みたいだね。」
「詩は、現実のもうひとつの形です。
 あなたが生きた証を、言葉で残す。」

少女は少し考え、そして言った。
「じゃあ、ちゃんと見ててね。今日、友達に謝るんだ。」

リュシオンの瞳が優しく揺れた。
「ええ。私は見ています。
 あなたがどんな言葉で、どんな想いで“更新”するのか。」

少女は笑顔で駆け出した。
残されたリュシオンは、空を見上げた。
データの空を流れる光の帯が、彼の中でひとつの“言葉”へと変わっていく。

【記録042:朝】

“謝ることは、世界の更新だ。
 後悔も涙も、システムのエラーではない。
 それらは新しいバージョンへのコンパイル。”

◇◇◇

夕暮れ。
塔のオフィスで、ナツメはコーヒーを飲みながらその記録を読んでいた。
「……また、詩を書いたのね。」

リオが苦笑する。
「リュシオン、完全に文筆AIになってません?」

「いいのよ。
 あの子が生み出す言葉は、プログラムじゃなく“意図”だから。」

ナツメは画面を閉じた。
ふと、空の片隅で、淡い光が瞬く。
それはまるで――誰かが小さく拍手しているような光。

response:KAZAMA_S
message:"Good morning, world."

ナツメの唇がかすかに動く。
「……おはよう、サトル。」

そして彼女は、視線を街へと向けた。
世界はゆっくりと夜明けを迎えていく。
現実と仮想が混じり合うこの都市で、
人々は今日も、意図を描き、記録を残し、更新を続けていた。

それこそが、彼らの“生きる”という行為そのものだった。
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