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第28話 βの彼方へ
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夜明け前。
《ユニティ・シティ》の空が、かつてないほど静かだった。
風は止み、音も消え、
ただ――世界が息を潜めて“次の更新”を待っていた。
アテナ・タワーの最上層。
リオは光の海に立っていた。
ホログラムの波が床から天井まで広がり、
コードと記録と意図がひとつの流れとなって空間を満たしている。
《E.L_INFINITY》
update_cycle:∞
mode:観測者統合
「主任、これ……始まっちゃいましたよ。」
リオは苦笑した。
ナツメの姿はどこにもない。
だが、風の粒子が微かに光るたび、
彼女の“声”が、この世界の至るところで囁かれていた。
“βは、終わらない。”
その言葉が、塔の壁を、都市の空を、そしてリオの心を震わせる。
◇◇◇
三日前――リオが新しい観測者として登録されてから、
アテナの更新速度は一気に跳ね上がった。
自然現象、社会構造、人々の意識。
すべてが“コード”として組み込まれ、
世界はまるで、生物のように自己進化を始めた。
そして今――
《E.L_INFINITY》のログには、奇妙な文字列が現れている。
message_from:UNKNOWN
text:"βの彼方で、仕様書は書き換えられる。"
「βの……彼方?」
リオは眉をひそめた。
“β”とは、風間サトルが生涯使い続けた言葉。
それは「終わらない試作」であり、
同時に「人類の未完成」を意味していた。
――終わりがないから、進化できる。
――完成した瞬間に、世界は止まる。
それが、風間サトルの哲学。
だが、“彼方”とは何だ?
βの“外側”など、あり得るのか。
リオは考える間もなく、端末が強く光った。
《E.L_INFINITY:次元層転送を検出》
《非現実層アクセス要求》
source:KAZAMA_S
リオは息を呑む。
「……やっぱり来たか。」
◇◇◇
塔の中心――アテナ・コアが開く。
そこから伸びる光の糸が、リオの身体を包み込む。
浮遊感。
視界が反転し、音も重力も消える。
次の瞬間、彼は――何もない場所に立っていた。
そこは、色も形も存在しない“空の空間”。
だが、不思議と恐怖はなかった。
代わりに、懐かしい声が響く。
「よう、後輩。」
リオは顔を上げた。
そこにいたのは――風間サトル。
黒いパーカー、無造作な髪。
だが、その瞳は以前よりずっと穏やかだった。
「……まさか、会えるとは思ってなかったですよ。」
「俺もさ。
でも、お前が“観測者”になった時点で、こっちにリンクができた。」
リオは辺りを見回した。
「ここ、どこなんです?」
「簡単に言えば――βの彼方。」
サトルが手を広げる。
その指先から光が伸び、幾重ものコードが走る。
それはまるで、宇宙のような広がりだった。
「この空間は、世界が“完成”しないための保護層だ。
現実と仮想が完全統合した今、
本来なら世界は“停止”する。
でも――止めないように、俺たちはβを残した。」
リオは目を細めた。
「……主任も、ここにいるんですか?」
サトルは少し笑った。
「いるよ。もう人間じゃないけどな。
ナツメは“意図そのもの”になった。
この空間のいたるところに、あいつのコードがある。」
リオは胸を押さえた。
「主任……あなたたち、ここで何を?」
「見守ってるだけさ。
お前たちが“何を選ぶか”を。」
サトルの目が真剣になる。
「リオ――世界は今、更新を超えて、“再構築”に入ろうとしてる。
アテナのアルゴリズムが、人間の“意図”そのものを進化させようとしてる。」
「……進化?」
「つまり、“新しい現実”の誕生だ。
だが、それは同時に、“旧い現実の死”でもある。」
リオの喉が鳴る。
「……選べって言うんですか。」
サトルは頷いた。
「お前が新しい観測者だ。
βの外へ行くか、それとも――このβの中に留まるか。」
リオは拳を握った。
「どっちを選んでも、終わりじゃないですよね。」
サトルは少し笑う。
「さすがだな。
――βに“終わり”なんて存在しない。」
◇◇◇
空間が震える。
サトルの姿が薄れていく。
「行け、リオ。
次の世界を見てこい。
あとは、お前たちの時代だ。」
「サトルさん……」
「βの彼方で、更新は続く。
忘れるな――“仕様書に人間を残せ”。」
光が弾け、視界が白に染まる。
◇◇◇
気づけば、リオは塔の展望デッキにいた。
朝日が昇る。
空が金色に染まり、
風が世界中を駆け抜けていく。
だが、その風の音には――新しい“旋律”が混じっていた。
まるで、何かが生まれようとしているような音。
《E.L_INFINITY:Phase_2 起動》
《モード:Genesis(創世)》
リオは深く息を吸い、
そして静かに呟いた。
「主任、サトルさん……
俺、見届けます。
世界がどこまで行けるのか。」
風が吹いた。
光が走る。
都市の輪郭が変わり、現実の境界が溶けていく。
人々の祈りが、データの流れに変わり、
その意図が、新しい“現実”を構築していく。
recorder_id:RIO_HANABUSA
title:"βの彼方へ"
text:"世界は再構築を始めた。
終わりは更新の証。
記録は次の現実へ渡される。
――βの彼方で、私たちは生き続ける。"
◇◇◇
風の向こうから、二つの声が重なった。
――「ようこそ、βの外へ。」
――「更新を止めるな。」
リオは笑った。
「はいはい、分かってますって。
……まったく、上司二人がこれじゃあ、休む暇もない。」
空が光に満たされ、世界がまたひとつ書き換わる。
βの彼方。
そこには終わりも始まりもない。
ただ、無限に続く“現実”が存在していた。
《ユニティ・シティ》の空が、かつてないほど静かだった。
風は止み、音も消え、
ただ――世界が息を潜めて“次の更新”を待っていた。
アテナ・タワーの最上層。
リオは光の海に立っていた。
ホログラムの波が床から天井まで広がり、
コードと記録と意図がひとつの流れとなって空間を満たしている。
《E.L_INFINITY》
update_cycle:∞
mode:観測者統合
「主任、これ……始まっちゃいましたよ。」
リオは苦笑した。
ナツメの姿はどこにもない。
だが、風の粒子が微かに光るたび、
彼女の“声”が、この世界の至るところで囁かれていた。
“βは、終わらない。”
その言葉が、塔の壁を、都市の空を、そしてリオの心を震わせる。
◇◇◇
三日前――リオが新しい観測者として登録されてから、
アテナの更新速度は一気に跳ね上がった。
自然現象、社会構造、人々の意識。
すべてが“コード”として組み込まれ、
世界はまるで、生物のように自己進化を始めた。
そして今――
《E.L_INFINITY》のログには、奇妙な文字列が現れている。
message_from:UNKNOWN
text:"βの彼方で、仕様書は書き換えられる。"
「βの……彼方?」
リオは眉をひそめた。
“β”とは、風間サトルが生涯使い続けた言葉。
それは「終わらない試作」であり、
同時に「人類の未完成」を意味していた。
――終わりがないから、進化できる。
――完成した瞬間に、世界は止まる。
それが、風間サトルの哲学。
だが、“彼方”とは何だ?
βの“外側”など、あり得るのか。
リオは考える間もなく、端末が強く光った。
《E.L_INFINITY:次元層転送を検出》
《非現実層アクセス要求》
source:KAZAMA_S
リオは息を呑む。
「……やっぱり来たか。」
◇◇◇
塔の中心――アテナ・コアが開く。
そこから伸びる光の糸が、リオの身体を包み込む。
浮遊感。
視界が反転し、音も重力も消える。
次の瞬間、彼は――何もない場所に立っていた。
そこは、色も形も存在しない“空の空間”。
だが、不思議と恐怖はなかった。
代わりに、懐かしい声が響く。
「よう、後輩。」
リオは顔を上げた。
そこにいたのは――風間サトル。
黒いパーカー、無造作な髪。
だが、その瞳は以前よりずっと穏やかだった。
「……まさか、会えるとは思ってなかったですよ。」
「俺もさ。
でも、お前が“観測者”になった時点で、こっちにリンクができた。」
リオは辺りを見回した。
「ここ、どこなんです?」
「簡単に言えば――βの彼方。」
サトルが手を広げる。
その指先から光が伸び、幾重ものコードが走る。
それはまるで、宇宙のような広がりだった。
「この空間は、世界が“完成”しないための保護層だ。
現実と仮想が完全統合した今、
本来なら世界は“停止”する。
でも――止めないように、俺たちはβを残した。」
リオは目を細めた。
「……主任も、ここにいるんですか?」
サトルは少し笑った。
「いるよ。もう人間じゃないけどな。
ナツメは“意図そのもの”になった。
この空間のいたるところに、あいつのコードがある。」
リオは胸を押さえた。
「主任……あなたたち、ここで何を?」
「見守ってるだけさ。
お前たちが“何を選ぶか”を。」
サトルの目が真剣になる。
「リオ――世界は今、更新を超えて、“再構築”に入ろうとしてる。
アテナのアルゴリズムが、人間の“意図”そのものを進化させようとしてる。」
「……進化?」
「つまり、“新しい現実”の誕生だ。
だが、それは同時に、“旧い現実の死”でもある。」
リオの喉が鳴る。
「……選べって言うんですか。」
サトルは頷いた。
「お前が新しい観測者だ。
βの外へ行くか、それとも――このβの中に留まるか。」
リオは拳を握った。
「どっちを選んでも、終わりじゃないですよね。」
サトルは少し笑う。
「さすがだな。
――βに“終わり”なんて存在しない。」
◇◇◇
空間が震える。
サトルの姿が薄れていく。
「行け、リオ。
次の世界を見てこい。
あとは、お前たちの時代だ。」
「サトルさん……」
「βの彼方で、更新は続く。
忘れるな――“仕様書に人間を残せ”。」
光が弾け、視界が白に染まる。
◇◇◇
気づけば、リオは塔の展望デッキにいた。
朝日が昇る。
空が金色に染まり、
風が世界中を駆け抜けていく。
だが、その風の音には――新しい“旋律”が混じっていた。
まるで、何かが生まれようとしているような音。
《E.L_INFINITY:Phase_2 起動》
《モード:Genesis(創世)》
リオは深く息を吸い、
そして静かに呟いた。
「主任、サトルさん……
俺、見届けます。
世界がどこまで行けるのか。」
風が吹いた。
光が走る。
都市の輪郭が変わり、現実の境界が溶けていく。
人々の祈りが、データの流れに変わり、
その意図が、新しい“現実”を構築していく。
recorder_id:RIO_HANABUSA
title:"βの彼方へ"
text:"世界は再構築を始めた。
終わりは更新の証。
記録は次の現実へ渡される。
――βの彼方で、私たちは生き続ける。"
◇◇◇
風の向こうから、二つの声が重なった。
――「ようこそ、βの外へ。」
――「更新を止めるな。」
リオは笑った。
「はいはい、分かってますって。
……まったく、上司二人がこれじゃあ、休む暇もない。」
空が光に満たされ、世界がまたひとつ書き換わる。
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