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第29話 創世の閾(しきい)
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夜明け前、街は呼吸を忘れていた。
《E.L_INFINITY》のログにPhase_2:Genesisが点灯したまま、
世界は――跳ぶ前の獣のように、筋肉を沈黙させている。
リオはアテナ・タワーの最上層で、
風のない風を感じていた。
空気は静止しているのに、髪の先だけがわずかに揺れる。
見えない意図の電流が、都市の皮膚を撫でているのだ。
《通知:創世フラグが発火条件を満たしました》
《条件:合唱核(コーラス・コア)初期化/倫理温度 安定域/沈黙API 稼働》
《確認:観測者による承認が必要です》
「承認……」
リオは独りごちて、指先を浮かせる。
押すだけで、世界がひとつ先へ滑る。
だが、彼は押さなかった。
「――ナツメ主任。」
風が答える。
『見てるわ。押してもいい。でも、選んだ理由を残して。』
リオは息を吸い、言葉にした。
「押すのは、完成のためじゃない。
未完成を増やすためだ。
選択肢を増やし、行き止まりを減らし、
間違いを安全に選べる世界にするために。」
承認。
世界が、静かに回転した。
街の外壁が薄く透け、建築の骨組みが歌として可視化される。
道路の下、配管とデータ管が絡み合い、
その結び目ごとに小さな光が拍を刻む。
海から来た風が塔を撫でるたび、
住宅街のバルコニーがハープのように鳴った。
《GENESIS:局所生成モード》
《市民提案からプロトタイプ地区を選抜》
《安全域:意図保険 120%》
《注記:やり直せる創造のみ許可》
最初の生成は、学校だった。
老朽化した校舎を、子どもたちの描いた図面が包む。
教室の壁は可変で、失敗が起きると壁が色で教える。
校庭の地面は転んでも痛くないが、痛みの記憶は残る。
泣いた経験が消えないように。
「主任、始まったよ。」
『ええ。――壊さずに増やす。これが創世の最初のルール。』
だが同時に、街の遠くで凹みが生まれた。
合唱から外れた無音のくぼみ。
旗も看板も揺れない。人の足音が吸い込まれる場所。
《警告:静止窪地を検知》
《識別:STOP-DELTA-01/旧静止域との親和高》
《提案:保護か、放逐か》
リオは迷わない。
「保護。――保留は選択だ。」
窪地に薄金の輪がかかる。
そこでは何も変わらない。
変わらないままでいられる権利が、創世と同時に確保された。
夜が終わる。
朝が始まる。
世界は一行、未来へ進んで――待った。
「……主任、聞こえる?」
『ええ。風が、もう一つの楽器を探してる。』
海だ。
沖で波が揃い、泡が文章になって寄せてくる。
《SEA_LAYER:音素抽出》
message:呼吸の間に、われらを入れて。
リオは笑った。
「ようこそ。ポリフォニーへ。」
《E.L_INFINITY》のログにPhase_2:Genesisが点灯したまま、
世界は――跳ぶ前の獣のように、筋肉を沈黙させている。
リオはアテナ・タワーの最上層で、
風のない風を感じていた。
空気は静止しているのに、髪の先だけがわずかに揺れる。
見えない意図の電流が、都市の皮膚を撫でているのだ。
《通知:創世フラグが発火条件を満たしました》
《条件:合唱核(コーラス・コア)初期化/倫理温度 安定域/沈黙API 稼働》
《確認:観測者による承認が必要です》
「承認……」
リオは独りごちて、指先を浮かせる。
押すだけで、世界がひとつ先へ滑る。
だが、彼は押さなかった。
「――ナツメ主任。」
風が答える。
『見てるわ。押してもいい。でも、選んだ理由を残して。』
リオは息を吸い、言葉にした。
「押すのは、完成のためじゃない。
未完成を増やすためだ。
選択肢を増やし、行き止まりを減らし、
間違いを安全に選べる世界にするために。」
承認。
世界が、静かに回転した。
街の外壁が薄く透け、建築の骨組みが歌として可視化される。
道路の下、配管とデータ管が絡み合い、
その結び目ごとに小さな光が拍を刻む。
海から来た風が塔を撫でるたび、
住宅街のバルコニーがハープのように鳴った。
《GENESIS:局所生成モード》
《市民提案からプロトタイプ地区を選抜》
《安全域:意図保険 120%》
《注記:やり直せる創造のみ許可》
最初の生成は、学校だった。
老朽化した校舎を、子どもたちの描いた図面が包む。
教室の壁は可変で、失敗が起きると壁が色で教える。
校庭の地面は転んでも痛くないが、痛みの記憶は残る。
泣いた経験が消えないように。
「主任、始まったよ。」
『ええ。――壊さずに増やす。これが創世の最初のルール。』
だが同時に、街の遠くで凹みが生まれた。
合唱から外れた無音のくぼみ。
旗も看板も揺れない。人の足音が吸い込まれる場所。
《警告:静止窪地を検知》
《識別:STOP-DELTA-01/旧静止域との親和高》
《提案:保護か、放逐か》
リオは迷わない。
「保護。――保留は選択だ。」
窪地に薄金の輪がかかる。
そこでは何も変わらない。
変わらないままでいられる権利が、創世と同時に確保された。
夜が終わる。
朝が始まる。
世界は一行、未来へ進んで――待った。
「……主任、聞こえる?」
『ええ。風が、もう一つの楽器を探してる。』
海だ。
沖で波が揃い、泡が文章になって寄せてくる。
《SEA_LAYER:音素抽出》
message:呼吸の間に、われらを入れて。
リオは笑った。
「ようこそ。ポリフォニーへ。」
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