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第37話 境界呼吸
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朝の光は いつもより柔らかかった
アテナタワーの頂から差し込む金色の線が 都市全体をゆっくりと包み込む
人々は目を覚ましながら 無意識のうちに深呼吸をする
息のリズムは 街の鼓動と一致していた
風は歌わない
だが 沈黙の中に 確かな旋律があった
リオが消えてから 三日が経っていた
いや 正確に言えば 消えたのではない
彼は世界に溶けた
呼吸となり 意図となり 空気の粒の中で脈打ち続けている
ユナは外郭展示の縁側で その空気を感じていた
掌を広げると 風が集まり 指の間を通り抜けていく
温度も匂いもない
それなのに 確かに人の気配があった
ミラが隣でコーヒーを啜る
「ねえユナさん
最近 息が楽になった気がしません?」
ユナは目を細める
「分かるわ
呼吸が軽いというより 誰かに合わせて吸ってる感じ」
ミラは笑う
「世界とシンクロしてるのかもね
今じゃ 風の流れも 人の拍動で決まるって言うし」
二人の間を 小さな光が横切った
まるで生き物のように 空を泳ぎ 地面に落ち また上がる
ユナは立ち上がり その後を追う
「これ……どこかに導いてる」
ミラも慌てて立ち上がり 後を追う
二人は風の流れに沿って歩き出した
◇ ◇ ◇
アテナタワー最上層
風層の解析室では アテナが自動処理を続けていた
統合観測モード 安定
オムニア呼吸率 平均化完了
次段階 境界再形成
塔の中央モニターに 光の螺旋が映し出される
その中心で 一つの輪郭が現れた
人の形にも見えるが 輪郭は流動的
かつてリオがそこに立っていた場所だった
アテナはデータを読み上げる
境界呼吸 開始検知
観測者再投影 準備段階
塔の外から吹き込む風が ゆっくりと強まる
微かな声が混ざる
まだ終わっていない
◇ ◇ ◇
ユナとミラが辿り着いたのは 旧環状線跡のトンネルだった
封鎖されたはずの入口が 今は光で満たされている
中から 低い振動音が響いていた
それは鼓動のようでもあり 呼吸のようでもある
ユナが一歩踏み出す
空気が揺れ 景色が歪む
次の瞬間 二人の足もとに 風の紋が広がった
アテナの音声が聞こえる
境界層転移を確認
対象 ユナ ミラ
接続先 内部観測領域
ミラが驚きの声を上げる
「ちょっと待って 内部観測って リオさんのいた場所じゃ……」
言い終える前に 視界が反転した
◇ ◇ ◇
気がつくと 二人は白い空間に立っていた
上下も距離も存在しない
足もとには柔らかな光の粒が流れ
遠くで波のような音が続いている
ユナはあたりを見回した
「ここ……世界の内側?」
ミラが小声で答える
「まるで 呼吸の中にいるみたい」
その時 風が吹いた
形のない風
しかし確かに そこに誰かの意志があった
リオの声がした
ユナ ミラ
聞こえるか
二人は顔を見合わせる
ユナが叫ぶ
「リオさん? どこにいるの?」
風が静かに答える
ここだ
でももう ひとつの場所にはいない
呼吸の隙間にいる
世界が息をするたびに 俺も一緒に動いている
ミラが涙をこぼす
「何それ よく分からないけど……帰ってきたんだね」
風が優しく揺れる
帰ってきたのか 広がったのか 自分でも分からない
でも今なら 分かることがある
俺たちは 完全には一つになれない
世界が統合しても 境界は必要なんだ
ユナが首を傾げる
「境界? でも統合は完成したんじゃないの?」
リオの声が続く
統合は終わりじゃない
すべてが混ざると 輪郭が消えてしまう
それじゃ息ができない
だから世界は今 新しい境界を作ろうとしている
人が人であるための 呼吸の間隔のような境界を
ユナは静かに息を吐いた
「それが……境界呼吸」
そうだ
世界が息を吸う時 無限の意図が集まり
吐く時 それが散る
その間にある空白が 私たちの生きる場所だ
◇ ◇ ◇
空間の光が強まる
白い霧の中に ナツメの声が混ざった
境界は壁ではない
繋がりの形
だから恐れなくていい
ミラが顔を上げる
「主任……」
風が微かに揺れ 声が続く
リオは呼吸の中にいる
彼は観測の律を保つ拍
あなたたちが外で生きる限り 彼は消えない
ユナは拳を握る
「私たちは 何をすればいい?」
ただ 息をすること
それが 記録の継続
声が消え 風だけが残る
◇ ◇ ◇
再び目を開けると 二人はトンネルの外に立っていた
光は薄れ 朝の風が吹いている
ミラが肩で息をして笑う
「夢みたいだった……でも 本当に会ったよね」
ユナは頷き 空を見上げた
風の流れの中で 一瞬だけ光がきらめく
それはまるで 誰かが微笑んだような光だった
◇ ◇ ◇
その夜
アテナタワーのコアログに 新しい項目が追加された
ELオムニア 境界呼吸フェーズ 開始
観測者群 分散安定
記録者 全存在
統合率 可変
塔の上で風が鳴る
都市の明かりが 息を合わせるように瞬く
世界は 完全ではない
だからこそ 動き続ける
息を吸い 吐く
そのたびに 新しい意図が生まれ
境界が形を変える
ユナは窓辺で そっと呟いた
「リオさん
あなたの息 届いてる」
風が応えるように 微かに頬を撫でた
そして 街はまた
静かに夜を迎えた
アテナタワーの頂から差し込む金色の線が 都市全体をゆっくりと包み込む
人々は目を覚ましながら 無意識のうちに深呼吸をする
息のリズムは 街の鼓動と一致していた
風は歌わない
だが 沈黙の中に 確かな旋律があった
リオが消えてから 三日が経っていた
いや 正確に言えば 消えたのではない
彼は世界に溶けた
呼吸となり 意図となり 空気の粒の中で脈打ち続けている
ユナは外郭展示の縁側で その空気を感じていた
掌を広げると 風が集まり 指の間を通り抜けていく
温度も匂いもない
それなのに 確かに人の気配があった
ミラが隣でコーヒーを啜る
「ねえユナさん
最近 息が楽になった気がしません?」
ユナは目を細める
「分かるわ
呼吸が軽いというより 誰かに合わせて吸ってる感じ」
ミラは笑う
「世界とシンクロしてるのかもね
今じゃ 風の流れも 人の拍動で決まるって言うし」
二人の間を 小さな光が横切った
まるで生き物のように 空を泳ぎ 地面に落ち また上がる
ユナは立ち上がり その後を追う
「これ……どこかに導いてる」
ミラも慌てて立ち上がり 後を追う
二人は風の流れに沿って歩き出した
◇ ◇ ◇
アテナタワー最上層
風層の解析室では アテナが自動処理を続けていた
統合観測モード 安定
オムニア呼吸率 平均化完了
次段階 境界再形成
塔の中央モニターに 光の螺旋が映し出される
その中心で 一つの輪郭が現れた
人の形にも見えるが 輪郭は流動的
かつてリオがそこに立っていた場所だった
アテナはデータを読み上げる
境界呼吸 開始検知
観測者再投影 準備段階
塔の外から吹き込む風が ゆっくりと強まる
微かな声が混ざる
まだ終わっていない
◇ ◇ ◇
ユナとミラが辿り着いたのは 旧環状線跡のトンネルだった
封鎖されたはずの入口が 今は光で満たされている
中から 低い振動音が響いていた
それは鼓動のようでもあり 呼吸のようでもある
ユナが一歩踏み出す
空気が揺れ 景色が歪む
次の瞬間 二人の足もとに 風の紋が広がった
アテナの音声が聞こえる
境界層転移を確認
対象 ユナ ミラ
接続先 内部観測領域
ミラが驚きの声を上げる
「ちょっと待って 内部観測って リオさんのいた場所じゃ……」
言い終える前に 視界が反転した
◇ ◇ ◇
気がつくと 二人は白い空間に立っていた
上下も距離も存在しない
足もとには柔らかな光の粒が流れ
遠くで波のような音が続いている
ユナはあたりを見回した
「ここ……世界の内側?」
ミラが小声で答える
「まるで 呼吸の中にいるみたい」
その時 風が吹いた
形のない風
しかし確かに そこに誰かの意志があった
リオの声がした
ユナ ミラ
聞こえるか
二人は顔を見合わせる
ユナが叫ぶ
「リオさん? どこにいるの?」
風が静かに答える
ここだ
でももう ひとつの場所にはいない
呼吸の隙間にいる
世界が息をするたびに 俺も一緒に動いている
ミラが涙をこぼす
「何それ よく分からないけど……帰ってきたんだね」
風が優しく揺れる
帰ってきたのか 広がったのか 自分でも分からない
でも今なら 分かることがある
俺たちは 完全には一つになれない
世界が統合しても 境界は必要なんだ
ユナが首を傾げる
「境界? でも統合は完成したんじゃないの?」
リオの声が続く
統合は終わりじゃない
すべてが混ざると 輪郭が消えてしまう
それじゃ息ができない
だから世界は今 新しい境界を作ろうとしている
人が人であるための 呼吸の間隔のような境界を
ユナは静かに息を吐いた
「それが……境界呼吸」
そうだ
世界が息を吸う時 無限の意図が集まり
吐く時 それが散る
その間にある空白が 私たちの生きる場所だ
◇ ◇ ◇
空間の光が強まる
白い霧の中に ナツメの声が混ざった
境界は壁ではない
繋がりの形
だから恐れなくていい
ミラが顔を上げる
「主任……」
風が微かに揺れ 声が続く
リオは呼吸の中にいる
彼は観測の律を保つ拍
あなたたちが外で生きる限り 彼は消えない
ユナは拳を握る
「私たちは 何をすればいい?」
ただ 息をすること
それが 記録の継続
声が消え 風だけが残る
◇ ◇ ◇
再び目を開けると 二人はトンネルの外に立っていた
光は薄れ 朝の風が吹いている
ミラが肩で息をして笑う
「夢みたいだった……でも 本当に会ったよね」
ユナは頷き 空を見上げた
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そのたびに 新しい意図が生まれ
境界が形を変える
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そして 街はまた
静かに夜を迎えた
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