【R18】呪いを解けと皇弟が迫ってきますが、処女なので無理です

白岡 みどり

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「ーーそ、それ……私、です……」

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 フィルエシュカは胃のあたりを何度も撫でていた。

 ぐぅぐぅと情けない声を上げる相棒は、なだめても褒めても「いいから早く食え」と要求してくる。

 そうは言ってももう食べられるものなんてない。
 ーーないったらない。



 皇帝が治める国にある、ほどよく平和な南の領地。その領地の端っこの、更に人里から離れた森の奥深くに小さな小屋がある。
 物見の為になけなしのお金をはたいて取り付けた一枚のガラス窓以外は、木で出来た素朴な小屋。
 一見すると大雨や強風で壊れてしまいそうな素人丸出しの建て方だが、不思議なことに雨漏りひとつしない。

 それはフィルエシュカがまじないをかけているからだ。

 季節は実りの秋。
 小屋の前の小さな畑は、本来なら冬越え用の野菜と芋で大渋滞しているはずだった。
 そしてそれらは、今日の自分の胃と、空っぽの食糧庫を満たしてくれる予定だった。
 なのに。

 小屋の中からちらりと、貴重なガラス窓の外を眺める。
 掘ったて小屋だが、そのまわりは獣や盗賊避けの為にぐるりと塀を張り巡らせてある。
 普段なら寝る前に塀もきちんと戸締りしてまじないをかけるのだが、昨日の晩は、それを忘れてしまった。そのせいで。

(まだいる……)

 不思議な、青空が映り込んだガラス玉のような色合いの瞳の先。そこには無惨なまでに踏み潰され掘り起こされた茶色い土が、緑の草と混じってまだらになっていた。
 貧乏一筋の自分にとって頼みの綱だった家庭菜園の成れの果てである。

 ここは昨夜のうちに憎き猪どもの宴会場になってしまった。
 そろそろ食べられるはずだった野菜はみんな根こそぎ食われてしまったうえに畑はぼろぼろ。
 しかもそのうち一頭はまだその畑で悠々と寝ている。
 このままではこの小屋から出て、近くの村へ行くことも出来ない。

 再び腹の音がせっついてくる。
 泣きたいのはこっちだ。
 
(こんなことなら、もっと早く魔女になっておけば良かった……)

 フィルエシュカは、魔女の卵だ。

 今でも普通の人にはない不思議な力を使えるが、まだ魔女とはいえない。半人前だ。
 いくつか条件を満たすことさえ出来れば、魔女となり、今よりもっと大きな力を使えるようになる。
 そうすればあんな猪なんて、魔女じぶんの敵ではないのだがーー悲しいかな、まだそんな力はなかった。

 魔女になるためにはいくつかの条件がある。そのうち自分が満たせていない条件は、あとたった一つだけ。

 その一つについては、実は機会は何度かあった。
 だけどそのいずれも、まだ自分には早すぎる気がして、二の足を踏んでしまったのだ。
 まだ次がある、早すぎる、この人以外がいい。
 そんなワガママが今になってこの首を絞めていた。

「やるしかない……」

 重い腰を上げる。立った拍子に背中に流れる金の巻き毛が揺れた。
 そのまま窓から離れて奥の寝室へと向かう。

 粗末な小屋は玄関と台所と居間を全て兼ねた手前の空間と、薄い壁で仕切られた奥の寝室の二部屋からなっている。
 寝室の壁には弓が掛けてある。それが目的だった。

 しばらく手にすることはなかった弓だが、弦はまだ緩みなくぴんと張っていた。自身の指で確認したそれと矢筒を持って、またガラス窓まで戻ってくる。
 満腹の猪はまだ幸せな夢を見ている。ごくりと唾を飲み込んだ。

 鳥や兎と違って今日の相手は動かないうえに、大きい的だ。何とかなると信じて弓柄ゆづかを握った。

 ガラス窓の横には最近少し建て付けが悪くなってきた扉があるが、ここから出れば即、気付かれる。
 なのでその扉の右手、フィルエシュカが台所としているところのその奥の勝手口から出ることにした。

 勝手口から出ても塀の出入り口と小屋の間を猪が陣取っている。塀の出入り口はそれひとつしかなく、敷地の外へ出ることはできない。けれど、弓で狙うことはできそうだった。

 フィルエシュカは、弓が得意ではない。
 弓どころか、はっきり言って得意なことはほとんどない。
 裁縫も料理も畑仕事も、何もかもポンコツだ。
 それでも一人で生きてこられたのは、ひとえに魔女の力があってこそ。

 弓なんてたいして役に立たないけれど、何かあった時の用心として、置いてあった。絶対使うことなんてないと思っていたのにまさかこんな事が起こるとは。
 
 勝手口から出た後は音を立てないように小屋の影から狙った。矢を番え弓を引き絞る。
 それだけで全身の筋肉は早くも限界を訴えていた。
 
(当たって……!)

 願いながら射った矢は、しかし、威力が弱すぎた。
 深く硬い毛に覆われた猪の尻に浅く食い込んだそれはただの目覚ましにしかならず。

 雄叫びを上げて起き上がった獣は、何が起こったのかわからぬまま、がむしゃらに走り出す。

 フィルエシュカに向かって。
 
(あ、死ぬーー)

 短い人生が、走馬灯のように駆け巡った。


 ***

 前世の自分も魔女だった。
 泣く子も黙る『のろいの魔女』とは、フィルエシュカの前世のこと。

 この帝国に生を受けた子供ならば必ず親から聞かされるその名は、はじめの皇帝に呪いをかけた大犯罪者でもある。
 魔女にも色々いるが共通するのは、死ねば必ずまた同じ力を持った魔女として生まれ変わること。
 だから、ここで死んでもどうせ生まれ変わる。
 でも。

 せめて、一度くらいは、まっとうな魔女になりたかったーー

 目を瞑って猪の鋭い牙で突き上げられ宙に舞う自分を想像しながらその時を覚悟していた。
 しかし、いくら待っても、衝撃はやってこない。
 片目だけそうっと開けた。

「ふぇ……?」

 目を開けたそこには、倒れ伏した猪。
 その脳天にはなんと深々と矢が突き刺さっている。二本目の矢だった。
 
(二本目……なんて、撃ってない、よね)

 死を目の前にして弓の才能が開花したわけではないらしい。矢筒の中の数は減っていない。
 そもそも矢羽自体、種類が違う。
 この矢は、自分が射ったものではないということだ。では、誰が。

「生きているか?」

 混乱する耳に低すぎず高すぎない男の声が響く。
 振り向くと尻餅をついた自分の背後に弓を軽く下ろした姿の男が立っていた。

 黒々とした髪。日に焼けた肌を彩るのは、深緑の眼。きらきらした双眸はまるで生きた宝石のようだ。
 目鼻立ちがはっきりとした顔までついた偉丈夫に、ぽかんと口を開けてしまった。

「おい。生きてるのか?」

 男はどうやらフィルエシュカに話しかけているらしい。

「生きてます……」
「そうか」

 ごくりと唾を飲む。ここはフィルエシュカの家の敷地内だ。招き入れたつもりのない男に、体が勝手に逃げ腰になった。
 その姿を見た男が呆れたように手を差し出してくる。

「腰が抜けたのか? ほら掴まれ」

 差し出された大きく厚い手のひらをまじまじと見た。タコの痕がたくさんある。

「あ、あの、あなたは……」

 盗賊の類にも見えないし、何よりフィルエシュカを助けた矢を放ったのはこの男だろう。
 左親指の付け根から血が出ていた。

「俺はウォルフリート。ここへは人探しに来たんだが、まずそうな状況だったから、勝手に敷地へ失礼した。危害を加える者ではない」
「あ……そ、そうでしたか」

 その名に聞き覚えがあるような気がしたが、どこで聞いたのか思い出せない。少なくともただの村人には見えない男は、まだ手を差し出している。
 その手を借りて立ち上がり、頭を下げた。

「どうも、あ、ありがとう、ございます……」

 フィルエシュカは、ひとまず男を小屋に招き入れることにした。
 命の恩人である男の指を手当てするために。



「そ、そ、そこに座って、くださいっ」
「ああ」

 招き入れた男に一つしかない椅子を勧めた。
 自分は一人暮らしだし、客が来ることもない。だから椅子は一脚しかない。

 訪れる者のない小屋に来た久しぶりの人だ。
 会話しようとするだけで緊張で吐きそうだった。

 男は椅子に座ったまま、興味深そうに部屋の中を見回している。そして何かに気づくと、まずいという顔をした。

「……一人暮らしか?」
「は、はいっ」
「それは済まない。用が済めばすぐ出ていく」

 どうやら男はこちらが若い女の一人暮らしということを居心地悪く感じているようだ。
 相手が意識した途端こちらまで意識してしまい、薬草をすり潰す手が震えた。
 すり鉢の中では緑色の薬草とすりこぎが必死に戦っている。

「ひ、人探しって、こんな所に?」

 ここへ来た理由は確かそうだったな、と場をもたせるつもりで口にした。

「ああ。そうなんだ。呪いの魔女を探している」

 ーー呪いの魔女。

 とっさに唾と悲鳴を飲み込んだ。
 薬草をすり潰す手が止まった自分を、男は注視してくる。

「ま、まじょ?」

 声がひっくり返った。
 震える手ですり潰しすぎた薬草と、包帯代わりの布を持ち運ぶ。まだこちらをじっと見ている男の横に膝をついた。
 出来ることなら今すぐ、逃げ出したい。
 それでも手当てはちゃんとした。

「そうだ。この森に住んでいると聞いたのだが……」

 薬草を乗せて布を巻いた指を男はちらりと確認する。その眼が探るようにフィルエシュカを覗き込む。
 
「知っているか?」

 知っているも何もーー

 ガクガクと足が震えて、その場にぺたりと腰を下ろした。
 こんな状態で隠せるはずもない。
 やっぱり自分の命は、今日までという定めだったのだ。
 
「ーーそ、それ……私、です……」

 男の目が見開かれ、ぎらりと光を放った。

「なに?」
「ーーあ、あの、私が、の、呪いの魔女……です……」

 そう言った瞬間。
 猪を一矢で仕留めるほど筋肉質な男の手が、フィルエシュカの手首をがしりと捕まえた。

「お前か!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃい!!」

 森の奥の小さな小屋に、悲鳴が響いた。

 









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