【R18】呪いを解けと皇弟が迫ってきますが、処女なので無理です

白岡 みどり

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「き、嫌いに、なりますよ」

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 部屋を飛び出したウォルフリートの肩や背中からは、見たこともない怒りが噴き出していた。その怒りは呪いを解けと迫ってきた時の比ではない。

 触れたら火傷しそうな怒気を目のあたりにして、怖くないと言えば嘘になる。けれどそれ以上に、このまま村長の家を去るのは、まずい。
 ばしばしと手の届く範囲を叩いた。

「ウォル、お願いです! 止まってください!」

 叫ぶように頼んで、男はやっと足を止めてくれる。その時点で二人はすでに村長の自宅の玄関を出たところだった。近くにいた村人が何事かと覗き込んでくるが、そんなのは構っていられない。

「なんだ」
「なんだじゃありません! まず、下ろしてください」

 男は下ろす気がないと言わんばかりに、フィルエシュカを拘束する手に力を込める。手首を怪我した時も思ったが、ウォルフリートがその気になれば自分の骨なんて簡単に砕けてしまうのだろう。
 震えそうな声に気づかれないよう、深呼吸してから腹筋に力を入れた。

「き、嫌いに、なりますよ」
「ーーっ」

 こんな脅しにもならない言葉がまさか効くとは思わなかったが、男は体をぎくりと固まらせた。そして躊躇うように視線を泳がせたあと、渋々ながらも下ろしてくれた。
 眉間の皺が既に峡谷のようになっている。

「何故だ」

 彼は本当に分からないらしい。どうやらはっきりと言わなければ伝わらないとみた。
 これは自分の生存に関わる話だ。

「……村長さん達に、あんな失礼なことをするからです。こんな喧嘩別れみたいなことしたら、私がこの先困るって考えませんでしたか」

 自分が非力で、生活能力に欠けていることは知っていた。
 だからこそ村とは多少嫌なことがあったとしても我慢して付き合ってきた。村だって魔女のまじないがあるから、こんなにも余裕がある。お互い持ちつ持たれつの関係。
 そこにこの男は土足で踏み込んで、亀裂を入れてしまった。

「あなたは、呪いが解けたらここを去ります。いくら険悪になったって平気でしょう。でも、私は違います。村に、村長さんに助けて貰えなくなれば、一冬ひとふゆも越えられません」

 それは偽らざる本音だ。
 じっと見上げる先の男は押し黙っていて、答えようとしない。
 それに苛立って、つい声が刺々しくなってしまう。

「ウォル」
「ーーそれでもお前を、あんな風に言うなんて、俺は許せない。黙っていられない。剣があれば、抜いていたと思う」

(あ……)

 ウォルフリートは出会った時からぶっきらぼうだし、表情の変化にも乏しい男だ。
 けれどいま彼は怒っている。
 自分自身のためではなくて、フィルエシュカの為に。そのことに気づいた途端、顔に血が集まるのを感じた。

「あ、あんなの、大したことありません」

 村長の妻には昔から嫌われている。
 それはもう長い間だ。フィルエシュカがこの村に来た日からだから、今更気にはしない。同じ部屋に入った途端「臭い」と言われるのなんて慣れっこだ。

 でもそれに対して初めて怒ってくれたのが、この人だった。

(ーーだめ)

 数日おきにエリンジャの葉を森で摘み、乾燥させ、他の薬効を持つ薬草と合わせてすり潰し。それを冷たい川の水で洗って干した布で包んで、自分の腕に巻く。
 何も言わなくても男は毎朝毎晩それを繰り返してくれた。
 手当てをしてくれる、男らしい、肉厚の、少しカサついた手を急に思い出してしまう。
 
 振り払わなければどこまでも付き纏ってきそうな幻影だった。

「暴力さえ振るわれなければ、なんてことありませんから」
「……振るわれたことがあるのか?」

 真っ直ぐに問いただしてくる男の目に、笑顔で答えることしかできない。ここは、村長の家の前で村人の目がある。非難に聞こえる言葉は、口にできない。
 
「帰ったら説明します。とりあえず、戻りましょう?」
「……」

 沈黙を肯定と受け取り、向き合っている男の背後にある扉へ向かおうとした。だが横をすり抜ける間際、男に腕を取られる。

「俺が行く。だからお前は戻るな」
「でも」
「その間、村の連中にまじないでも掛けていればいい。それなら、早く帰れるだろう」

 森から村まではかなり距離がある。あまりゆっくりしていては日暮れの早いこの時期、明るいうちに小屋に帰れないのも事実だ。
 その提案は有り難いが、一抹の不安が胸を過ぎる。

「もう喧嘩しませんか?」
「ああ」
「私のことを貶されたり、馬鹿にされても怒りませんか?」
「……今日は我慢する」

(とりあえず今日だけ我慢してくれれば、まぁいいか)

 まじないをしてまわる間、傍に張り付かれるのもむず痒いし、今日は他にも目的がある。
 その目的は何となくこの男には言わない方が良い気がして黙っていた。だから二手に分かれるのは自分としても都合が良い。

「じゃあ、用が終わったらここに戻ってきますから。あまりうろちょろしちゃ、駄目ですよ?」
「お前に言われたくない」

 そして村長の家の中に戻っていく男を見送り、魔女を待っている村民の元へと、足を向けたのである。



 ***

 村の人のほとんどが、呪いの魔女の訪れを首を長くして待っていたらしい。全てまわり終える頃にはフィルエシュカはヘトヘトになっていた。
 最後の家で少し休んでいけば良いと言われ、腰を下ろしたところでほっと一息をつく。

「フィルカ、今年もご苦労さん。これ持ってお行き」
「わぁ! これまさか蜂蜜ですか? 良いんですか? こんなもの……」

 ウォルフリートと別れたあとは、村の各戸に獣避けのまじないをしてまわった。
 その最後の家で渡されたのは、掌に乗るくらいの小さな壺。
 蓋をそっと開けると、甘さの中にほんの少しハーブのような苦味を含む良い匂いがした。
 恰幅のいいおばさんは、椅子に座ったままお腹を揺らして笑う。

「ああ、今年もあんたのおかげで畑が一度も荒らされなかったからね! ところで収穫祭はどうすんだい? あんたもう成人してるだろ?」
「うーん、どうしましょう……」

 この村の収穫祭は雪が降る季節の直前、満月の夜と決まっている。
 日が暮れると同時に村の中心に大きな篝火を灯し、それを囲みながら大人達は飲んで食べて騒ぐのだ。そして祭りの大切な役割がもう一つ。

「何言ってんのさ。あんたもそろそろ家庭を持つ年頃だろう?」
「うぅ……」

 収穫祭が迫ると、村の未婚の若者はそわそわし始める。なぜならこの祭は必ず男女で参加するのが慣わしだからだ。
 結婚したい相手を連れて行けば結婚お披露目になるし、まだ恋人のいない人は意中の相手を祭に誘うことで気持ちを伝えることができる。
 一人で参加することは出来ないのでゾフィのように急拵えで相手を探す人もいる。自分もどちらかと言えば友人と同じだった。

「あとは誰が余ってたかねぇ……ロイドのとこの次男坊はもう決めちまったらしいし、アビーの息子は去年売れただろ? あとは」

 ひぃふぅみぃ、と指を折ってうんうん唸るおばさんは、どうにかして自分を村の誰かとくっつけたいらしい。
 苦笑しながらそれを眺める。自分には、結婚願望はないからだ。

 魔女だから結婚できないなどということはもちろんないが、それでも生涯独り身でいたいと思っていた。
 しかし独り身となるとそれはそれで問題が浮上する。一番大きな問題が、魔女になるための条件だ。
 
 魔女になるための最後の条件。
 それは、処女でなくなること。
 実のところ今日は時間と機会さえあれば、村で達成してしまおうと思っていたのである。

(処女じゃなくなるって具体的にどうするのか分からないけど、男の人なら分かるだろうし)

 誰かに聞けば教えてくれるか、そのまま達成させてくれるだろう。そう思っていた。
 昔、村の大人の女性に聞いた時は具体的には教えてもらえず、でも好きな人を相手にすると良いと言われた。たいていは結婚すれば男の人が勝手に終わらせてくれるとも。
 なので結婚したくない自分は、好きだと思える男性が現れるのを待っていたが、どうやら縁がないらしい。

 今更だが少し、そのことに焦っていた。
 理由は、突如として現れたあの男にある。

 ウォルフリートは呪いが解けない限り、お城に帰れない。それは気の毒なので早く解いてあげたい。その為にも早く一人前になる必要がある。
 この際、誰でもいいので抱いて貰えさえすれば、一人前の魔女にはなれる。早く呪いが解けて家に帰れるのだからウォルフリートも喜ぶだろう。

 問題は森の奥にはその誰かがいないことである。

 だから今日は絶好の日和だったのに、村長の家で起きたゴタゴタのせいで時間が足りなくなってしまった。
 
「ーーああ! そうだ! 三件隣のミゲルのところ! あそこは長男のマーカスが何年か前の収穫祭で、隣村から嫁さんを貰ったんだけどさ、去年の暮れに、可哀想に死んじまったんだよ。どうだい?」
「どうって」
「まだマーカスには子供もいなかったんだ。あんたぼうっとしてるし、少し歳上くらいが良いって。そうとなりゃ、ちょいと聞いてきてやろう」
「お、おばさん!?」

 引き留める間もなく、意気揚々と出て行こうとする女性に慌てた。
 止めなければ。このままでは今日中に、自分の夫が決まってしまうかもしれない。
 
「おばさん待ってーー」

 既に出て行ってしまった女性を追いかけ扉を開けたそこには、しかし予想外の人間がいた。

「やぁ! エリンダおばさん!」
「あれまぁ村長のとこの」

 その人物は、良い笑顔をしたディルクだった。
 ディルクは女性の家から出てきた自分を見つけ、笑みを深める。


「ごめんおばさん。僕、フィルカと収穫祭の打ち合わせがあるんだ。借りても良いかな?」
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