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「……わたしも……ころ、すの?」
しおりを挟む連れ込まれた部屋、いや牢の中でマイシャがまずされたこと。
それは壁と鎖で繋がった足枷を、その左足首に嵌められることだった。
足枷を嵌める為に、寝台の上のマイシャから革靴を剥ぎ取った子爵は、懐かしさに感じ入っていた。
「揃いで集められるなんて思わなかった。ありがとう、マイシャ」
いそいそと元から牢の中に置いてあった革靴とマイシャの靴を並べる背に、問いかけた。
「……その、その靴の、ひとは……?」
五年前に行方不明になったという娘。
子爵はきっと探してなどいなかったのだろう。
「ん? もう会っただろう?」
会ったーーというのは、まさか。
歯の根がカチカチと合わさる音がする。体が震えていた。
マイシャの嫌な予感は当たっていた。
「通路、の……?」
「そうだよ。一番右端に座らせてたはずなんだが、会えたかい?」
こちらからは子爵の背中しか見えてない。
子爵はマイシャから奪った靴を、丁寧に手入れしているようだ。
「あの子も、君ほどじゃないけれど綺麗な黒髪だった……惜しいことをした」
そう言いながら振り向いた子爵が、一歩また一歩と近寄ってくる。
寝台の上で、力の入らない体を必死に動かして距離を取ろうとした。
足枷から伸びる鎖の音が、耳障りだ。
「……わたしも……ころ、すの?」
自分も、冷たくなってあの通路に並べられるのだろうか。
ところが子爵はきょとんとした顔をしている。
「何故? 殺すわけがない」
「じゃあ、なんで、あんなにっ……」
骨は一人分ではなかった。
頭の数を数えただけでも、五、六人はいた。
「誰も死なせたくなどはなかったよ。けれど私はどうも飼うのが下手みたいなんだ。短い子だと数ヶ月、長くても一年くらいしか保たなくてね。でもマイシャは体力があるし、私も今度は頑張るから」
この男の言っている意味が理解できない。
分かったのは、常識が通じないということだけ。
これは優しい人の皮を被った化け物だ。
「……料理長は? どうして、あんな……」
白い調理服の胸を真っ赤にした、無惨な骸が脳裏を過ぎった。
「料理長を死なせたのは彼の好奇心だ。私ではない」
子爵は困ったように笑った。
その顔が、この城に連れてこられたばかりの頃、少しも人に慣れなかったマイシャに向けられたものと重なった。
マイシャにもう一度人を信じさせてくれた人は、始めからどこにもいなかった。
思い出がどんどん壊れていく。
壊されていく。
寝台に子爵が乗ってきた。
石の壁に追い詰められたマイシャに手が伸びる。
「あの子達もみんないい子達だったけど、君には遠く及ばない。私の女は、君で最後にすると決めていた」
「こないで……」
そしてマイシャの足首を掴んだ男は、壁際で震える体を強い力で引きずり寄せた。
「やだっ……!」
子爵の手がお仕着せの腰紐を解く。
紐を解いてしまえば、あとは中のシャツとワンピースだけ。
「ーーやっ!! あぁあ!!」
脱がせながらマイシャの体を弄っていく男の手に、体が勝手に反応する。声が止まらない。
「好きなだけ叫びなさい。ここは子爵家の当主しか知らない場所だ。誰も来やしない」
媚薬はまだ強く作用していた。
投与されてから相当な時間が経っているにも、関わらず。
「ーーや、ん、あ……やぁっ」
快楽に抗いたいのに、抗えない。
そんなマイシャを、子爵は嘲笑った。
シャツを剥ぎ取りながら。
「下から入れるのが随分気に入ったようだから、次もそうしてあげよう。まだたくさんある。遠慮はいらない」
そう言って、子爵は露わにしたマイシャの胸の先端にしゃぶりつく。
「ーーっ!! ーーっ!!」
声を上げる前に体が痙攣して、視界が真っ白になった。
(たすけて……ルカ……)
こんな風に身勝手に好き放題されるくらいなら、彼のものになりたかった。
もう今更、遅いけれど。
子爵が胸に指を埋めるたび、先端を口の中で転がすたび。
脇を舐め、腹をくすぐり、背中に噛み付くたび。
マイシャは泣きながら嬌声を上げさせられた。
体は腹からのぼる熱に支配されていた。
「ぁあ!! いやぁ!! あっ、あ……!」
子爵はまるで飢えた獣のようだった。
痕が残るようにマイシャの肌を吸い、噛んでいく。
痛みを感じるはずの行為さえ、媚薬が快楽に書き換えてゆく。
(ルカ……あいたい……)
気が遠くなるほど、その時間は長く感じられた。
上体を起こした子爵は、ぐったりとしたマイシャの細い両足を割り開き、その間を覗き込む。
指で足の間の黒い下草を愛しげに遊ばせていた。
「この媚薬は男の精を注ぐまではずっと効果が続く。一日でも一週間でも」
「……?」
喘ぎ疲れた喉は、まともに声を発することさえ出来なくなっていた。
子爵の指が、マイシャの入り口をなぞる。
そこは既にじんじんと痛むほど、熱を持っていた。
「っ!!」
くるりと、時には軽く引っ掛けるように指は行き来する。
それだけでまた、マイシャは思考が真っ白になる。
「~~ん!! ~~っ!!」
「きちんと強請れたら、楽にしてあげよう。それまではこのままだ」
男の精を注ぐまで、この苦しいのが永遠に続く。
(さい……てい……)
自分の白い胸が上下した。
その向こうに、マイシャの降伏を待つ子爵の顔がある。
ーー絶対に屈しない。
マイシャがその意思を持って子爵を睨みつければ、睨まれるなどと思ってもいなかったのか、意外そうな顔をする。
「初めてだよ。ここまでして強請らない子は」
「ぜっ……たい、……いや……」
「そうかそうか」
子爵はマイシャの足の間から退いた。
(おわっ……た……?)
だが戻ってきた、その手には。
またあの小瓶が握られていた。
子爵はその冷たい瓶でマイシャの身体をなぞった。
指とは違う瓶特有の冷たさに、マイシャの身体は否応なしに跳ねた。
「ひ、あ、やめて……もう、いらなっ……」
「好きなだけ君に付き合おう。何本目まで正気でいられるかな」
ーー時間はたくさんある。
そう耳に囁かれたマイシャは、栓の開く音に悲鳴した。
***
ルクレツィオが階段を一番下まで降りた時見つけたのは、証言通りの骨と料理長の死体だ。
床には土埃が被っており、いくつか最近の足跡がある。
その中の一つにルクレツィオは目をつけた。
無論、マイシャの革靴の跡だ。
マイシャのことならば、ほくろの位置から靴の底の形まで全て記憶してある。
(一度外に出て……戻ってきた)
マイシャと共に歩いただろう靴跡は、行きと帰りで違う。
行きは子爵の婚約者。帰りは。
引きずられたような、覚束ないその帰りの足跡を見落とさぬよう追いかける。
地下通路には建築時の絡繰りで外の光が入ってくる。
それでも目を凝らさなければ足跡を見失いそうだった。
一度広い空間に出た。
マイシャの足跡は、ここで途切れている。
床には空いた小瓶が二本、それからマイシャの下穿きが無造作に落ちていた。
何が起きたかなど、考えなくても分かる。
(絶対に、殺す)
自分以外の男が今もマイシャに触れている。
そう考えただけで、その男に対して激しい殺意が湧いた。
道中の人骨分の人間と料理長を殺した者がマイシャを連れて行ったのならば、どのみち死刑だ。
この空間から先は埃が比較的少なく、足跡を辿るのは困難だった。
だが、その床には水滴が落ちていた。
点々と。
まだ乾いてはいない。
その水滴を辿り、ルクレツィオは足を動かす。
蟻の巣のような複雑な道に舌打ちしながら進むうち、悲鳴が耳に届いた。
聞き間違いなどあり得ない。
それは、マイシャの声だった。
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