Reセカイ

月乃彰

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第101話 無色の魔術師

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 『白神降臨イベント』は計画上、必須級のものだった。
 このイベント自体はGMCとRDC財団、および世界連合が共同し、対応すれば阻止できる。いくらクラスA神格実体であろうと、世界を滅亡させることはできない。
 ただし、GMCも財団も、機能不全となることは確定的だ。特級魔術師はイアを除き全滅していてもおかしくない。レベル6はアンノウンくらいしか生き残らなかっただろう。
 大魔族だって、もしかすれば全滅していたかもしれない。
 そうなれば、ギーレは自らが持つ全ての資源リソースをイア・スカーレットにぶつけ、勝利をもぎ取ることができた。ここまで持っていけば、勝率は限りなく百パーセントに近くなっていた。

「だが現実はそうならなかった。イベントは阻止された。GMCと財団は過去の蟠りを流し、協力体制を取っている。今や魔族を殺せるのは、魔術師だけではないだろう⋯⋯」

 GMCのルーグルア支部がある都市『リューゼ』に、ギーレは隠れ蓑を持っていた。あえて魔術的隠蔽措置は取っていない。
 そこはとある山岳の洞窟内である。人が住むには劣悪な環境だが、大魔族のギーレにとっては問題はない。
 その洞窟内で、ギーレは計画を練り直していた。
 今はとりあえずノースたちを解き放ったり、興味本位で作ったゾンビを使って撹乱しているが、時間稼ぎでしかない。何か本格的な対抗策を考えなければ、ギーレは目標を達成することはできない。
 イアを殺すための手段の布石はもう既に打っているが、芽吹くかどうかは分からない。

「⋯⋯協力者、か」

 ギーレを信奉したり、協力したいという人間や魔族は居る。実際に接触したこともあるし、その最たる例がシャフォン教だ。

「やはり私一人では無理なのか。自らの可能性はその程度⋯⋯ふふ。計画が頓挫したというのに、なぜ、今、私はこれほどまでに⋯⋯」 

 千年間、いつもそうだ。ギーレが計画したものはいつもどこかで破綻する。何かに遮られる。何かに妨げられる。
 それはいつも、ギーレが一人でやってきたからかもしれない。他者を利用することはあっても、他者と協力することはなかったからかもしれない。
 GMCと財団が協力した。だから『白神降臨イベント』は阻止されたのだ。

「と、なれば私も協力というものをしなければ。魔族は駄目だ。自分のことしか考えない。人間と協力するべきだ」

 宛はある。今からでも会いに行こう。そう決めたギーレは洞窟から、出ていく。
 ──その時だった。

「──なッ!?」

 突然、ギーレを襲う者が居た。
 ギーレは既のところで避けられたが、彼が居た場所はクレーターができている。そして一人の少女が立っている。
 イアか? 否。彼女ならば時を操る魔術を使っている。こんな物理的な破壊ではないはずだし、そもそも接近にも気がつけた。

「⋯⋯私の魔力感知をすり抜けられる者は限られている。⋯⋯君か、ネイフェルン」

 水色の長髪。額から生える一本の白い角。普遍的な少女らしい格好をした、儚げな印象を受けるだけの大魔族。
 『無名』であるがゆえに、ギーレは彼女を警戒していた。
 それと無防備に相対している。はっきりいって最悪だ。

「どうやって私の居場所を見つけたのか、なんて聞かないさ。⋯⋯要件を聞こうか? 丁度、協力者が、欲しかったところなんだけどね?」

「貴方の命よ、ギーレ。貴方は私たちにとって都合の悪いことばかりやってきた。だから殺す」

「そう、か。そんなことしていいのかな? 大魔族が二体、同じ場所に居る。ここで戦って魔力反応なんか出してしまえば、GMCに補足されるよ?」

「私が独りだとでも? GMCは今頃私の友人が襲撃している頃だよ。つまり⋯⋯何も、問題はないわ」

 ギーレは舌打ちする。なんてことだ。それが本当だとすれば、時間稼ぎとしてこれ以上にないだろう。

(ネイフェルンの強さは分からない。⋯⋯が、確実にここで戦うべきでは──)

 ギーレは誓って、瞬き一つしていないと言える。ネイフェルンの一挙手一投足を見ていたし、思考しつつも余所見した覚えはない。

「──消え」

 真後ろ。ネイフェルンは右手を前に突き出し、そこに魔力を圧縮していた。
 それは解き放たれる。よって、ギーレは吹き飛ばされた。

(速いっ!?)

 速かった。
 ギーレはイアとの戦闘で、強くなったことを自覚している。格上との戦闘。それによるポテンシャルの開花と成長。
 だから、分かる。分かってしまう。

(イア・スカーレット⋯⋯魔術を使った『最強の魔術師』と同等のスピード⋯⋯! それを⋯⋯単なる魔力強化術と操作術だけで⋯⋯っ!)

「今のを避けるなんて。腐っても大魔族ね。レジア、カーテナに任せなくて良かったわ。万が一にでも死なれたら哀しいもの」

(『暗翠』と『白銀』⋯⋯友人とやらがその二人か? だとすれば⋯⋯不味いなんてものじゃないぞ⋯⋯)

 ギーレより上の大魔族の名を二つも挙げられた。片方だけならまだ何とかできるが、両方は無理だ。

(いや今はそんなこと考えている暇はない! ネイフェルンからどうにかして逃げなくては⋯⋯)

 瞬間、ギーレの周りに超圧縮魔力の塊が複数出現する。
 先程のものと全く同じだ、と判断したギーレは即座に最大出力の防御魔術を全方位に展開。魔力爆発を防ぐことに全力を注いだ。

「⋯⋯⋯⋯」

 爆発によって巻き上げられた煙から、百足のような魔獣が幾体も飛び出してきた。
 それら百足の魔獣は、ネイフェルンの魔圧によって地面に叩きつけられるどころか、そのまま圧死させられる。
 ギーレがひと呼吸置いて煙から飛び出していた。そしてネイフェルンに攻撃を仕掛ける。
 特級魔道武具『断骨』による直接攻撃。それをネイフェルンはただの防御魔術で止めた。
 防御と同時にネイフェルンは攻撃魔術を起動。魔力の塊が爆発し、ギーレに確実にダメージを与える。

(⋯⋯魔力出力はイアと同等かそれ以上。魔力量は私でも測りきれないほど多いが⋯⋯少なくとも私の倍以上はある⋯⋯)
 
 圧倒的な魔力出力と魔力量から放たれる単純な魔術。
 確実にギーレの防御を貫通し、ダメージを蓄積させている。
 その超火力はそのまま防御力にもなっており、『断骨』による直接攻撃ですら完璧に、易易と防がれている。

「化物め⋯⋯っ!」

化物である事それはお互い様でしょう?」

 ネイフェルンはギーレの目の前に現れる。

 ──体に違和感が生じた?
 
 その指先には魔力が圧縮されている。ただし、それは、

「わた、しの──」

 ──ギーレは吹き飛ばされた。途中、何もないはずのところで叩きつけられ、地面に倒れる。

「⋯⋯どうして、みんな、?」

 ギーレの体は端から霧散していっている。これは魔族が死ぬとき、体を保てなくなり消えていく現象だ。
 ネイフェルンはギーレを殺したと確信し、その場を立ち去ろうとした。
 が、ネイフェルンの首が、次の瞬間刎ねられる。

「⋯⋯君の魔力は⋯⋯いいや、異能チカラ⋯⋯は、他者の魔力を操る、だね」

 ネイフェルンは頭を片手で押さえつけ、首の切断を逃れる。いくら魔族といえど、首を完全に失えば即死する。

「⋯⋯ふーん」

 ギーレに対してネイフェルンは魔力爆発を叩き込み、無理矢理に離す。
 即座に首を繋ぎ、再生しようとした。

(⋯⋯治りが遅い。武器が違うわね。いつ? いやそんなことどうでもいい⋯⋯今は⋯⋯)

 ギーレはネイフェルンの魔力爆発を完璧に防いでいた。

「力? それは私固有の魔力じゃないわよ。ただの魔力操作」

「⋯⋯それは異能、だよ。固有魔力か超能力だと思ったけど、自覚がないのなら異能しかない」

「⋯⋯そう。どうでもいい」

「そうだね。心底、どうでもいいだろう、君は⋯⋯ただ⋯⋯」

 ネイフェルンの周りに超圧縮魔力が出現する。ネイフェルンは防御術式を展開。爆発を防ぐ。

「なるほど単純な魔術だ。いくら汎用術式と言えど、最早ただの魔力操作でも似たようなことができそうだね」

 ギーレは片手で手印を結ぶ。それは心核結界の合図だ。

「君に固有魔力はない。それが弱点だ」

 心核結界は固有魔力を付与して完成する。心象風景を投影するイメージがあるからこそ、セカイは創られる。
 固有魔力を付与しない結界術はあれど、そのどれもが所詮は支配の域を出ない。創る、ということは決してできない。
 これはあまり知られていないか、あるいは知っていても気にされない知識だ。
 だがそれを知っていて、覚えて理解しているからこそ、ギーレは勝負を仕掛けた。
 それは間違った判断ではなかった。

「心核結界──〈魔胎生窟〉」

 真っ暗闇に包まれた薄気味悪い、静かで不気味な洞窟が具現化される。
 闇の中には無数の魔獣が既に蔓延っていた。

「──『昏き、堕つ。万象、光を呑む。妬み、狂ふ事勿れ。此処に奈落を現ずる』」

 間違った判断では、決してなかった。
 ギーレは冷や汗をかく。
 まさか、そんなことが、ありえるのか?
 なんとしてでもコレを止めなくてはならなかった。その詠唱を阻止しなくてはならなかった。
 無数の魔獣がネイフェルンを襲う。だが、総て、悉く魔圧で叩き落とされた。

「──心核結界〈無顕亡落〉」

 ──無色の世界が、創られた。
 ────そして直後、世界は解体された。

「⋯⋯流石ね。結界術式に関しては私の負けを認めなくてはならないわ」

「⋯⋯⋯⋯心核結界を即座に破壊することを縛りとした強度と出力の強化。有利な環境を捨て去ることは縛り足り得る。⋯⋯それは、いい。それは理解できるね⋯⋯でも、なんだ、その結界術は⋯⋯」

 ギーレの脳裏に浮かぶのは『エラー』という単語のみ。
 有り得ない。そんなことは有り得ない。固有魔力、即ち心象風景そのものを付与しない心核結界の展開など、不可能だ。できるはずがない。
 だってそれは前提から間違っている。誤っている。
 なのにそれを、ギーレは明確に心核結界として認識してしまっている。

「私は『  空白』を具現化した。ただ、それだけ」

 発想力からして違う。魔術師としてではない。生物として、ネイフェルンは一線を画している。

「⋯⋯くくく。面白いね。実に、面白い。そんなものを魅せられたら、さ」

 ただ強いだけでは駄目だ。ただ強いだけだと、それは想像できてしまう。理解できてしまう。納得できてしまう。
 でも目の前に居るのは、ギーレにとって想像できず、理解できず、納得できない大魔族だ。魔術師だ。

「だが尚更だよ。尚更、この世界に期待できなくなる。君くらいじゃないと可能性は生まれない。私の想像を超えてくれない。ネイフェルン、君くらいしか、この世界に私の期待に応えてくれる者はいないんだ。少なくとも今この瞬間だけは、ね」

「何を言っているのかしら?」

「理解できなくて構わない。魔族とはそういう生き物だ」

「分からないわ。貴方は同族であるはずの私でさえ理解できない。人間の気持ちはわからずとも、魔族の気持ちを理解できないなんてことはなかったのに」

「答えは言っているじゃないか」

「⋯⋯は? ⋯⋯もういいわ。どうせ貴方は死ぬのだから。もう、どうでもいい」

 今度こそ、ネイフェルンはギーレにトドメを刺す。今はどちらも魔力回路が麻痺している。魔術は使えない。が、魔力を操作することはできる。
 ネイフェルンの魔術は魔力操作でも再現できるものだ。多少火力は下がるかもしれないが、今この状況でそれはさしたる問題にはならない。
 魔力爆発を起こす──が、その瞬間、ネイフェルンは魔力操作を止め、自身の身を守るために警戒状態へと移行する。
 理由は至って単純明快。

「⋯⋯大魔族が二匹も居る。聞いてたのと違うんだけど」

 場が一瞬で支配される。緊張感が高まっていくのを感じる。
 魔力とはまた違う威圧感。存在圧とでも形容すべきか。
 何にせよネイフェルンに緊張が走る、自らと同格の相手の存在に。

「⋯⋯イア・スカーレット⋯⋯」

「ギーレは分かるけど、お前は? 報告に上がっていた『無名』って奴?」

 ここに、頂点に立つ真逆の魔術師が二者、現る──。
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