Reセカイ

月乃彰

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第102話 廃工場にて

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 時刻はGMCに二体の大魔族が襲撃する日より二日遡る。
 学園都市三大学校が一つ、ファインド・スクールにて。
 放課後、ミライはエルネストに呼び出されたため、委員会室に向かっていた。
 到着し、扉を開ける。勿論、エルネストを始めとした自治委員会のメンバーが居たが、今日はまた別の生徒たちも居た。

「⋯⋯エヴォ総合学園の風紀委員会?」

 部屋にはエヴォ総合学園の学生服を着た生徒が三人。それぞれ、ユウカ、アイリス、エドワードだ。
 学園間でのチームアップは何も珍しいことではないものの、風紀委員会のような大規模な組織がするとは、ミライは思わなかった。

「君が剣野ミライか。君のことは良く知っている。今回、ここに来た理由には君の存在もある」

 ユウカのその言葉に、ミライは少なからず動揺する。別にやましいことは何もしていないが、流石に風紀委員会のトップにそんなこと言われれば身構えてしまう。

「さて。人も集まったことだし、早速だが要件を話そうか」

 ユウカは、風紀委員会が近頃調査している事件について話した。
 それは『動く死体』の件に近い内容だった。ファインド・スクール自治区内にて正体不明の怪奇現象、生徒の失踪事件が多発している、というもの。

「──風紀委員会私たちがファインド・スクール自治区内を調査しているのは、エヴォ総合学園自治区内でも似たようなことがあり、その原因を調査していくうちに、だ。おそらく、原因はファインド・スクール自治区内にある。もしくは居るだろう」

 事件の発生件数はファインド・スクール自治区内に近づくにつれて多くなっている。
 風紀委員会はファインド・スクール自治区内にその原因があると見ており、これの調査をするためにも、ミライたちの元を訪ねた、というわけだ。

「これは学園都市全体の問題になり得る。だから私たちもこの事件の調査、解決に協力したい。どうだろうか?」

 風紀委員会の手を除ける必要性はない。寧ろ歓迎だ。エルネストは元よりそのつもりである。

「⋯⋯自分も是非、協力したいですが⋯⋯その、白石さんは自分に何を?」

 ユウカが最初に言っていた言葉だ。彼女はミライを目的にここに訪れた、と。

「何、そう構えないでくれ。君の超能力『死の祝福デス・ゴスペル』⋯⋯それが必要なんだ」

 ユウカはその理由について語る。
 彼女らが遭遇したのは『動く死体』の他にも色々と居た。そしてこれらに共通するものは、通常の攻撃手段では殺害することが不可能である、ということ。
 傷を付けたりすることも難しい上、殺すことは決してできない。ユウカは何とかその問題は解決できるらしいが、その他のメンバーでは精々サポートが限界であり、戦力不足も甚だしいのだ。

「聞くところによると『動く死体』を殺すことができるらしいじゃないか? アレも私以外では殺すことができなかった」
 
「⋯⋯なるほど」

 疑問も晴れた。聞きたいことはもう特に何もない。
 ここからは事件の調査方法について話していかなくてはならない。
 調査結果について両陣営で共有し、再度情報を精査していく。
 地図に事件発生箇所を記していくと、ある特徴が見受けられた。

「やはりな」

 いくつかの地点を中心に、事件発生箇所及び数が集中している。そこから離れるにつれて、減少傾向にあった。

「どう考えても怪しい。ポイントは⋯⋯四つか」

 エルネストはそれらポイントに目印を置いた。ポイントとなる箇所はどこも人気がなく、見通しが悪い場所だ。竹林、森林、廃工場、使われなくなった港。

「ふむ⋯⋯できれば同時に全箇所調査したいところだ。もしこれが組織的犯行である場合、一か所襲撃して、他に知られて、翌日には蛻の殻だと振り出しに戻ることになる」

 ユウカはどうやら一夜に全箇所調査するつもりのようだ。

「⋯⋯あの、白石さんはこの事件が誰かの手による犯行だと、なぜ分かるんですか? 確かに自然発生だとは思いませんが⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯。⋯⋯それに関しては、そうだな。むう⋯⋯何と言えばいいか⋯⋯。⋯⋯あまり詳しくは言えない情報元があってな」

 一組織のトップともなれば、所謂、機密情報を知っていることはよくある事だ。ましてやレベル6の超能力者。財団との関わりも深いだろう。

「あまり深掘りはしないほうがよさそうですね」

「ああ、そうしてくれると助かる」

 それから、彼らは四つのポイントの襲撃メンバーを決め、手筈を整えた。
 人員は十二分。作戦も詰め切っている。あとは実行のみとなった。

 ◆◆◆

 そして、その日の日没後。
 ポイントの一つ、廃工場に襲撃を掛けるメンバーは、ユウカ、ミライ、エドワード、エルネストの四人だ。
 他のポイントは六から七人ほどで襲撃、調査することになっているが、廃工場だけは四人。
 このような少数精鋭の形を取ったのは、誰でもないユウカの提案だった。
 『千里眼』を使った彼女によると、廃工場が一番危険らしい。『何か』が居るとのこと。
 そのため少数かつ精鋭で行き、あらゆる状況に単独で対応できるメンバーが集められた。
 今はその道中だ。

「⋯⋯と、言うことだ」

 あの場では話せなかったが、という前置きでユウカが話し始めたことは驚くべきことの連続だった。
 ミース学園であったテロの真相。魔術や魔族、魔獣といった非科学的な存在。それらが、学園都市を蝕んでいるという事実。
 廃工場にはノースと呼称される化物が跋扈している。だから油断も隙もない。

「⋯⋯星華ちゃん」

 その話を聞いて、ミライは後輩のことを思い出す。まさかそんな目に遭っているとは思わなかった。
 不甲斐ない、とさえ思った。もしあの時、自分が居れば⋯⋯一人でも多く助けられたかもしれないのに。

「⋯⋯いや、もう過ぎたことを考えても仕方ない。これから、頑張るしか、ない」

 ミライは携えていた刀を握る。

「⋯⋯なあ、一つ聞きたいことがあるんだが、いいか? 白石」

「何かな?」

「お前、そこの電気っ子、剣野に戦闘力が十分あるのは理解できる。が、私の得意分野はあくまで対能力者だ。その、ノースって奴か? に通じるか、確信はないぞ。下手すればただのお荷物になるかもしれん」

 エルネストの超能力は『現実破壊ブレイク・リアリティ』。端的に言えば現実強度を低下させるというものだ。
 超能力者相手には特攻とも言える力だが、それ以外にはそこまで有効打になるとは思えなかった。

「無論、考慮している。イーライ・コリンという能力者を知っているか?」

「⋯⋯ああ」

「彼の超能力が魔術師の魔術行使を妨害した、という報告があった。原理が違うとはいえ、効果がある可能性を考えて連れてきた」

「了解した。つまり此度の作戦は検証も兼ねているわけか。超能力が、魔術とやらに通じるかどうかってのを」

 片や物理法則。片や魔術法則に則り機能する別々の力同士の干渉。それを今回確かめる。
 GMCからの情報提供だと、ものによる、としか判断できなかった。少なくとも魔族を殺すには魔力が込められていなければならないことくらいしか、確定された情報はなかった。
 今まで財団とGMCの仲が悪かった弊害だ。まともに検証、実験ができていなかったのである。だから、ここで確かめる。そうしなければ、この後に控えているであろう大魔族との生存競争が不利となる。

(⋯⋯まさか、こんなことになるとは)

 ユウカの話を聞いても、エドワードは未だに魔族の存在を信じられないでいる。
 しかし彼は見たはずだ、魔術師を。

(あの殺人鬼ほどの化物が魔族の平均じゃなければいいんだが⋯⋯)

 と、その存在について思考を巡らせつつも、エドワードは周囲の警戒を怠っていなかった。
 廃工場に近づくにつれて、嫌な気配がどんどん大きくなっていたからだ。

(⋯⋯いや、オレたちが近づいているからじゃないぞ、これ──)

 エドワードは電気を纏う。体の電気反応を自らの超能力によって強化する技だ。彼はこれを、反射的に、無意識的に行った。
 ──そして直後、エルネストと剣野の姿が消えた。

「──は」

 そこには、肉塊が居た。
 歯茎のような肉塊だ。目が幾つも付いている。特に大きな目玉は、エドワードたちを凝視していた。
 触手が何本か伸びており、それによって移動している。
 早すぎてわからなかったが、二人はおそらくこの化物に食べられた。丸呑みだろうから、救出の可能性は残っている。

「ぐ、ああ⋯⋯わ、るい、こ⋯⋯ほ、ご⋯⋯」

「言葉──」
 
 恐ろしく、速かった。
 反応はできても、体が動かなかった。動揺、恐怖によって体が硬直したからだ。エドワードも呆気なく食べられた。
 そして残るユウカは、目を細めた。

「⋯⋯なるほど」

 ユウカは、あえて化物に食べられることを選んだ。

 ◆◆◆

 次に目を覚ましたときには、真っ暗闇に居た。

「何も、見えない⋯⋯」

 剣野は普段から目をバンダナで隠している。が、何も見えないわけではない。自身の能力の都合上、あらゆるものが認識できるのだ。
 にも関わらず何も見えないということは、どこか閉鎖的な空間に閉じ込められている、ということなのだろう。
 ならば、問題は何もない。剣野は刀を握っていることを確認し、それによって無闇矢鱈に周りを斬る。
 すると、ようやく周囲が見えるようになった。

「コンテナ⋯⋯ここに閉じ込められていたんだ」

 ミライはコンテナから外に出て、周囲を確認した。
 どうやら、ここは目的の廃工場のようだ。行く手間が省けた、と楽観視することはできない。
 『感覚』では、近くにエルネストたちを認識できない。逸れてしまった。
 ここは敵地だ。まず優先的に彼女らと合流しなければならない。

「⋯⋯とりあえず、電話しよ」

 スマートフォンを取り出し、エルネストに電話を掛けようとした。
 だが、できない。圏外だ。

「山奥というわけでもないのに⋯⋯電波障害でもあるのかな? 歩いて合流するしかないね」

 手っ取り早いのは、目立つことだ。しかしそんなことすれば敵にもバレる。
 ミライは隠密行動に徹しつつ、廃工場内を歩き回ることにした。
 気が付いた場所は河港だ。おそらく廃工場でも端の方だろう。しらみつぶしに探索していけば、何かしらの手掛かりが見つかるはずだ。
 大通りを歩きつつ、『感覚』を研ぎ澄ませる。

「⋯⋯!」

 見つけた、が、仲間ではない。
 飛び掛かってきたのは、腐敗している死体だ。ゾンビだ。
 ミライは振り返りながら刀を払い、ゾンビを断頭する。

「⋯⋯マズイなぁ」

 まさか、刀を振り払った音でゾンビたちが活性化したわけではない。おそらく血だ。血が流れ、その臭いが生じたことで、ゾンビたちが活性化した。
 周囲のゾンビ、全てがミライの居る場所に向かって来きている。
 いくら何でも数が多すぎる。全部倒していてはキリがない。
 ミライは近くの工場内に逃げ込んだ。

「暗いけど⋯⋯多分、夜目くらい効くよね⋯⋯」

 屋内は月明かりが届かず、外よりも暗かった。普通の人間なら何も見えないだろうが、ミライなら問題はない。そしてゾンビたちも暗闇だろうがお構いなしに、ミライを追跡しようとしている。
 廃棄された設備群はまるで迷路のようで、追手を撒くには丁度良い。ゾンビたちの機動力は大したものではない。ミライは簡単にゾンビたちを撒き、再び隠密する。

「うーん⋯⋯しかし、どうしよう」

 外はゾンビたちが徘徊している。一匹にでも見つかれば、百匹くらいが追加で現れるだろう。
 できれば外には出たくない。出るとしても誰かと合流してからだ。
 よってミライは工場内を探索することにした。
 工場内の設備は、当然ながら停止している。電源が通っていることもなく、万が一にも動き出すことはないだろう。

「⋯⋯っ」

 歩き回っていると、ミライは、子供の死体を見つけた。
 死後、二週間程度は経っているのだろう。体が腐敗し、骨などが露出している。腐敗臭が鼻につく。
 子供だと分かったのは、服があったからだ。子供用の柄物シャツ。血に汚れたそれが、死体を覆っていた。
 常人なら吐いていてもおかしくない状態だ。ミライでも、気分が悪くなった。

「せめて土葬でもしてあげたいけど⋯⋯」

 おそらくだが、このような死体は至る所にあると思われる。
 子供の失踪事件の犯人は、あの化物だ。あの化物が子供、生徒を拉致し、この工場に監禁している。
 だがその仮設が正しいのなら、一点、気になるところがある。それは、

「⋯⋯まあ、そういうことだよね」

 ──死体が、うごいた。
 ゾンビになったということではない。内側に何かが潜んでおり、それが皮膚下で蠢いているのだ。
 その死体には蠅が集っていない。通常であれば、蠅の苗床になっていて然るべき死体であるというのに、どうしてそう成って、果てていないのか。
 答えは一つ。そこに先客が居たからだ。

「うっ⋯⋯!?」

 死体が跳ねると、腹が裂け、そこから昆虫の羽が露出する。そして黒い虫がゆっくりと羽化する。
 全長一メートル程度の蠅のような見た目をした化物だ。口の部分だけは昆虫らしくなく、人間のようだった。

「か、かか。おか。おかあ、さん。たたすけけて」

 子供の声。蠅の化物は人間の、子供の声を発していた。ただそれは声を真似ただけだ。意味はない。抑揚は滅茶苦茶。壊れたスピーカーに発音させているようだ。ノイズ混じりの気味の悪い声だった。
 たすけて、と言いながら化物はミライに襲い掛かってきた。速かったが、目で追える。両断など容易かった。

「⋯⋯最悪だ。なんて、最低なことを⋯⋯」

 もしこれが人為的なものであるとすれば、犯人は唾棄すべき極悪人である。
 ミライは、必ずこの事件を止めてやると決意した。
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