Reセカイ

月乃彰

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第103話 追跡

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 あの歯茎の怪物に襲われたあと、エドワードはロッカーの中で目を覚ました。
 御丁寧に外側から施錠された状態だったため、即座に破壊し彼は脱出した。

「ここは⋯⋯更衣室、か?」

 ロッカーがいくつも立ち並んでいることから、エドワードは更衣室に連れ込まれたことを把握した。
 廃工場のマップに更衣室の位置は記載されていなかったため、現在地は不明だ。だから今どこに居るのかを把握しないといけない。
 能力を使えば壁くらい登ることができる。手っ取り早く、建物の屋上から周囲を見渡そうと考えたエドワードは、外に出ようとした。
 その時だ。

「⋯⋯外に出ちゃ駄目!」

 エドワードを静止する女子の声がした。
 振り返ると、制服を着た女子生徒が居た。ロッカーに隠れていたのだろう。近くのロッカーが開いている。

「⋯⋯お前、攫われた生徒か」

 どこの学校の制服なのか、エドワードは知らないが、生徒の失踪事件の被害者であることには変わりない。まさか生きているとは思わなかったが。

「⋯⋯あなたも?」

「生憎様。だが本来は攫われることなくここに来るつもりだった。手間が省けたってやつだ。⋯⋯とりあえず、ここからお前を逃がす。ついてこい」

「いや、外に出ちゃいけない。せめて夜が明けるのを待たないと⋯⋯」

「⋯⋯何か理由でもあるのかよ?」

「うん。外には化け物がいっぱい居るの。信じてもらえないかもしれないけど⋯⋯それだけの数から逃げて脱出できるとは、到底思えない」

 エドワードは耳を澄ませる。確かに、複数の足音が近くからする。彼女の言っていることは本当だろう。

「朝になるまで待ってはいられねぇ。だがお前をここに放置しておくのも危険だ。悪いが、連れ出させてもらう。その代わり、必ず守ってやるから安心しろ」

「⋯⋯わ、わかった。⋯⋯ねぇ、名前を聞いてもいい? 私はエマ。エマ・ローレンス」

「⋯⋯エドワード・ベーカー」

 名を名乗ってから、エドワードは外へと飛び出す。
 周囲を確認、敵影をいくつか確認した。その数は、耳による索敵の結果とは異なる。視認した数のほうが少ない。
 エドワードは射程距離内の対象すべてに電撃を放つ。大ダメージを与えるが、殺った感触がない。
 しかしそれでも移動は困難な状態となっている。再生までに猶予は十分ある。

「落ちるなよ!」

「えっ」

 エドワードはエマを抱え、走った。
 体に電流を流し、身体強化した彼の速度はレベル5でも最速だ。
 電光石火の如く、大通りを駆け抜けていく。
 走りながらエドワードは地形を確認し、現在位置を把握した。幸いにも出口は近い。
 目前、ゾンビの群れが現れる。迂回できるが、そうすれば入り組んだ道を通ることになる。

(一人ならともかく、人抱えて狭い所は走れねぇ。ここは、突っ切るっ!)

 電流を流すことによって発生する力場を利用し、エドワードは自身を電磁砲の要領で加速させる。
 勢い良く跳躍し、群れの上を飛び抜く。
 そのままの勢いで閉鎖されていた門も飛び越える。
 ──が、

「触手──」

 エドワードの足を、触手が捉えた。
 まずい。このままではエマと一緒に死んでしまう。

(ならせめて、人助けて死んでやるよ!)

 エドワードは腕の力だけでエマを門の外に投げ飛ばした。少々痛い目に遭ってもらうが、その後すぐに走れるはずだ。
 これで遺恨はない。
 己が出せる最大出力で、せめてゾンビ共の数を減らす。

「大丈夫だ、エドワード」

 ──しかしそうするより遥かに早く、ゾンビたちが崩れ落ちた。
 伝播する破壊。それを行ったのは誰でもない。

「白石委員長!」

「暴れ過ぎだ、エドワード。⋯⋯だがよくやった」

 ユウカはエドワードと一緒に門の外のエマの目前にテレポートする。
 エマはエドワードに投げ飛ばされたが、ユウカのサイコキネシスによって無傷で着地していた。

「ここは危険だ。直に助けが来るはずだから、それまでここで待っていてくれ」

「は、はい」

「それと、エドワード。お前は彼女を守るためにここで待機していろ。その後は私たちと合流するように」

「了解しました」

 ユウカは廃工場内に戻った。

「⋯⋯さて」

 ここには無数のゾンビを始めとした、様々なノースが居る。純粋な魔族や魔獣と比べればまだ超能力が通用するが、やはり、魔力を込めたほうが貫通力は高まる。

(どうも魔術は使いづらい。超能力とは真逆の脳の使い方をしているようだ。⋯⋯だが)

 ユウカの『完全複製オール・コピー』によってコピーした固有魔力を使った際は、全く同じ効果を持った超能力として出力、処理される。
 ユウカはその経験を元に、自分自身の魔力を使い、純粋な魔術を行使できるようになった。
 もっとも、彼女に固有魔力はない。魔術師としての才能はお世辞にもあるとは言えなかった。

(超能力に、魔力を乗せる⋯⋯)

 超能力『切断スラッシュ』に、自身の魔力を纏わせ、行使する。
 それは容易く、襲ってきたゾンビの胴体を真っ二つにした。切断力が上がっている、というより、減衰するはずの威力がいくらか戻った、という感触だ。

(中々に難しいな。あの二人はよくこんなことができる)

 ミナとリエサは、超能力に魔力を乗せるという技術を簡単にやってみせた。
 ましてやここから魔力による強化術など、一長一短で身に付くものではない。今、ユウカがしているのはあくまで魔力による補助。威力の強化はできていない。

(⋯⋯というかできるのか? 多分、いや確実に何か重要なコツを見逃している感じだ)

 あの二人にコツを聞いても、帰ってきた答えは「よくわからない」だ。ミナ感覚派はともかく、リエサ理論派でもそうなのだから、自分で何とかするしかないようだ。

「まあいいか。これだけ騒ぎを起こしたんだ。そろそろ出てくるだろう。⋯⋯どうも私以外はそうするつもりなかったようだが」

 ミライもエルネストも、騒ぎは起こさず隠密行動に徹しているようだった。そのせいでユウカは二人を見つけるのに手間取ったくらいだ。
 しかし、そんな手緩いことを、白石ユウカがするはずはない。

「⋯⋯居た」

 彼女の最大索敵範囲は、廃工場のほぼ全域に及んでいる。目立った行動をすれば一瞬で分かる。
 怪しげな三人が、ユウカから可能な限り離れて逃亡しようとしている様子が千里眼によって把握できた。

「──君たちが、事件の犯人かね?」

 『転送スキップ』によって、ユウカはその三人組の前に現れた。
 超能力者ではない。おそらく魔術使い。警戒こそすれど、対等な相手じゃない。

「⋯⋯白石、ユウカ⋯⋯」

 男二人、女一人。背丈も顔も、全員目立ったものではない。威圧感、強者特有のオーラも、何もない。
 一対三で即座に襲い掛かってきていないのが良い証拠だ。人数配分を間違えたかもしれない。

「やはり、魔術師の力量を正しく測ることはできないな。直接見ても⋯⋯よく分からん。が⋯⋯」

 衝撃波が飛び、三人は見事に壁に叩きつけられる。骨をいくらかやったようだ。動けば激痛が走る。
 体内の魔力操作で痛みを鈍化させる。

「⋯⋯ああ、なるほど。君たちは、つまりあれか。ギーレに手を貸し、ここで攫った人たちを怪物に変えている、と。方法は魔道具を使ったもの⋯⋯魔力流すだけのお手軽怪物化装置、ね。なるほど、なるほど⋯⋯」

「なっ⋯⋯心が、読めるのか!? 聞いていた超能力と違うぞ!」

「だろうな。私の超能力は秘匿されている。それとも、君たちのような下っ端には知らされていないだけなのか。どちらでもいいか。用済みだ」

 生憎、ユウカは催眠系の超能力をコピーしていない。
 殺すことはしない。物理的に気絶してねむってもらった。

「次は怪物化装置の回収と⋯⋯何か手掛かりが見つかればいいんだが。あと、あの歯茎の化物を始末しないと」

 ユウカは廃工場内の探索に戻った。
 その後、ミライ、エルネスト、そしてエドワードと合流し、廃工場内のゾンビたちを一掃、歯茎の化物も討伐した。
 探索の結果、これと言った手掛かりはなかった。証拠は残らないように処理されていた。

 ◆◆◆

 翌日。
 ユウカたちからの報告を受けて、ミナとリエサは廃工場に向かった。

「──白石先輩が魔術師⋯⋯魔詛使いの記憶を読んだら、直接ギーレと会って会話している様子があったんだって。だから、もしかしたら、と思ったんだ」

 廃工場内を探索しつつ、ミナはそんなことを言った。

「特に魔術師とか魔族は、非術師より魔力が多いし、何ていうんだろ⋯⋯濃い? 純粋? とにかく魔力の質がいいんだよね。そう、

 ミナの目は、魔力を捉える能力が高いらしい。自覚するまで機能していなかったが、魔力を操る技術を覚えたあたりから無意識に色々と視ることができるようになったと彼女は言っていた。

「⋯⋯つまり、ミナは、もしかすればギーレの魔力の残痕があるかもしれない、と思っているの?」

「そう。それで、その予想は当たっていたよ。⋯⋯ほらここ、魔力の残痕がある」

 リエサは目を凝らす。もちろん、分からない。何も見えないが、ミナには何か見えているらしい。

(アルター、ミナの言ってること分かる?)

『分からん。魔力が見えるというのが共感覚なのか、そうとしか言い表せないのか、文字通り見えているのか⋯⋯。だとすれば⋯⋯まさかな。⋯⋯まあいい。どちらにせよ言えるのは、君の友人は魔力を感知する能力がとんでもなく高いということだ』

(あなたの悪いところって、思ってること全部言わないとことね)

『⋯⋯⋯⋯。⋯⋯君に魔眼がどうとか言っても理解できるか?』

(なるほど。私の魔術知識に合わせた発言だったわけね。またあとで教えて頂戴)

『ああ』

 今ではアルターとの会話も、精神世界であるということを利用して、現実時間では一秒も経たずに行うことができるようになった。
 魔術師から直接魔術について指導を受けているため、ここ数日でリエサの魔術学力はぐんぐんと伸びている。
 閑話休題。
 ミナはどうやらギーレの魔力の残痕を見つけたようだ。
 これを辿っていけば、ギーレの居場所に辿りつくだろう。

「とりあえずアレンさんにこのこと言ってから、ホタルさんたちと一緒に魔力を追跡するべきかなぁ」

「それからギーレの居場所を特定。そして急襲⋯⋯ね」

 上手く行けば、あの大魔族ギーレを被害ほぼゼロで討伐できる。ただ油断は禁物だ。
 こちらから追跡できるということは、相手からも探知できるということ。ギーレに悟られることなく、作戦を実行しなければならない。
 ミナたちはメディエイトに戻り、アレンにそのことを報告した。
 すぐにでも追跡することになり、その日のうちに居場所を特定するため、専門の捜索隊が結成された。
 ミナが魔力を辿っていくうちに到着したのは都市『リューゼ』。GMCのルーグルア支部がある場所だった。
 正確な居場所が特定されたあと、そこへ襲撃する人員への連絡が行われた。
 その人物こそ、特級魔術師がひとり、イア・スカーレット。単独にて大魔族を討伐するのなら、これ以上にない魔術師だ。

 ──そして時間は現在へと巻き戻る。

「⋯⋯大魔族が二匹も居る。聞いていたのと違うんだけど」

「⋯⋯イア・スカーレット⋯⋯」

「ギーレは分かるんだけど、お前は? 報告に上がってた『無名』って奴?」

 ネイフェルンはイアと対峙したとき、真っ先に思ったことが一つある。
 それは、この魔術師は危険な存在である、ということだ。
 未来が見えるわけではない。けれど、それでも思う。

「⋯⋯私たち大魔族は、魔族と人間のバランサー。だから、貴女は他の何より先に潰さないといけないわね」

「何を言うかと思えば、突然、何だ? か弱い化物と、人間は違う。バランサー? 戯言だな」

 ネイフェルンはギーレになんて目もくれず、イアに向かって多数の魔術を行使した。
 本気ではなく、全力。ギーレに対して使った魔術なんかより、より高出力で高密度で高練度。もはや一つ一つが大魔術の域に達している術式。それらの応酬。

「⋯⋯次元が違うねぇ。やってられるか⋯⋯」

 ギーレはその場から逃走しようとした。だが、その瞬間、イアがギーレの背後に現れ、その心臓を腕で穿く。

「くはっ⋯⋯!」

「逃がすわけ無いだろう」

 そして直後、そこに極太の高密度魔力砲が放たれる。
 一瞬で地面が蒸発し、百メートル近い陥没穴が出来上がった。
 勿論直撃すれば即死。イア・スカーレットその人を除き。

「⋯⋯チッ⋯⋯お前のせいで取り逃したな」

 足元の地面は丸々無くなったが、イアはそこに浮遊している。背中のコウモリのような翼で飛んでいるというわけでもなさそうだ。

「⋯⋯貴女ごと焼き払ったつもりなのだけれど」

「普通ならな。だが奴は⋯⋯いやいいか。これから死ぬお前に教えても、なんの意味もない」

「そう。貴女、酷いわね」

 イアの周囲を囲むように多数の魔術陣が展開された。

「じゃあ貴女を殺してから考えようかしら、ね」
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