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第104話 GMC襲撃
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23:34、GMCルーグルア支部にて。
男は事務所で交代の人員に引き継ぎを行い、帰宅の準備に取り掛かっていた。
なんてことのない警備業務。モニターと魔術的警報装置を常時監視し、一時間ごとに外回りをする仕事。
今日も支部は安全に終えた。そしてこれから明日が始まる。
帰りにハンバーガーでも買って帰ろうか。男はそう思っていた。
──しかし、そんな思考は、突然けたたましく鳴り響く警報音によって掻き消された。
「なんだ!?」
この支部は都市の郊外の山中にある。門への経路は一つのみであり、森に囲まれている立地だ。
勿論、森の中にも警報装置が魔術的なものを含む相当な数が設置されている。
どの位置にて警報が発令されたか、男はそれを確認した。
「⋯⋯なんだと。正面堂々、侵入してきたッ!? それにこの反応パターンは魔族か!?」
男はただちに支部内に、侵入者の迎撃を発令する。
すぐさま施設は戦闘体制へと移行した。
『──大魔族だ! 大魔族二体が──』
門にて警備を行っていた警備員からの緊急連絡が飛んできた。が、すぐさま砂嵐の音がした。
同時に爆発音が聞こえる。いや、施設の外壁が破壊された音だ。
男はライフル型の魔導銃器を手に取り、現場に走った。
「おい一体何が起きている!?」
道中、同僚や帰ってきた魔術師たちと合流する。
「警報内容の通りだ! 大魔族二体が施設内に侵入した!」
「大魔族だと!?」
魔力感知能力が高かろうが低かろうが、関係なくそれは感知できる程に大きな魔圧。
最早、監視カメラで確認する必要もない。気配が、殺気が、圧が、敵の居場所を教えてくれる。
男は彼らと相対する。
「⋯⋯ッ!」
既に第一陣は突破されていた。
エントランスホールには大量の死体が転がっていた。直視するのも憚られるくらい、残酷に引き裂かれ、穿かれ、捻じ曲げられ、砕かれている。
同僚だったモノたちが、そこら中に巻き散らかされている。
それを殺ったのは誰でもない二体。
緑髪の青年と白髪の少女。ただしどちらも大魔族という害獣だ。
「FUCK! FUCK! FUCK!」
男は魔導銃を乱射する。冷静さに事欠いた状態でも、日頃の訓練が彼の体に正確無比な射撃技術を叩き込んでいるため、一発も外れることなく大魔族に命中した。
その銃器が発射する弾丸は魔術礼装の一種だ。魔力が込められており、一級魔族にも通用するほどの破壊力を有している。
少なくとも火力面においては必要十分だ。
しかしそれは、普通の魔族を相手取るなら、の話だ。
「ふぅん。銃か。今の人間って面白いこと考えるねっ!」
銃弾は全て魔圧によってはたき落とされた。
「でもそんなの通じるわけないじゃん!」
鎖の音がした。目の前に防御魔術が──男のものではない──展開された。
が、しかし、そんなもの関係ないと言わんばかりに鎖は防御魔術を砕いていた。
──あ。死ぬ。
走馬灯なんてものは流れず、ただ、最期に、それだけ、思った。
◆◆◆
警報が鳴ったと同時に、ホタルは駆け出していた。
身の毛がよだつ。嫌な予感がする。肌を刺すような悍ましい魔力を感じる。
そして到着した。
既に死体の山ができあがっている。知り合いの顔がそこら中にある。
大魔族が二体、居る。
そこに、居た。
「────」
躊躇などしてられない。
──ホタルの姿が変化した。
ホワイトブロンドはブラックに。目はより赤く。
口角は上がり、雰囲気が急変する。
「⋯⋯⋯⋯」
レジアとカーテナはその様子を見て、警戒する。
「⋯⋯嬉しいよ。嬉しいよ、ハル。君が私を頼ってくれるなんて」
何かおかしなことを言ったかと思えば、次の瞬間、カーテナの目前にロアは迫り、右手によってその顔面を掴もうとしていた。
即座にカーテナは無詠唱心核結界を展開。ロアを迎撃した。
鎖はロアに命中する前に塵になって消えた。
「⋯⋯ボクの鎖を⋯⋯?」
対象には完全破壊耐性を得る鎖が破壊されたことなど、今まで一度たりともない。
何か根底から覆されているような。そんな感覚だった。
レジアはロアに向かって無数の木の杭を撃ち込む。
防御魔術を使わず、当たる前に全て消え去った。
「⋯⋯なるほど。物理的な干渉ではないな。ただ破壊されたわけじゃあない。消された。⋯⋯推し量るに、お前のそれは⋯⋯第四魔法だな?」
「おお。最近の魔術師といい、魔族といい、物知りな奴が多いな? 正解だ、魔族」
「はぇ。第四魔法。終焉の魔法使いか! となるとあの破壊は⋯⋯。ならこれはどうっ!?」
カーテナは魔術に空白のメモリ領域を作り、行使する。
鎖はオート破壊領域を貫通し、ロアの片腕に結び付く。そしてそのまま引っ張り寄せたところに最大出力の一般攻撃魔術を叩き込む。
が、ロアは光線を受けながらカーテナを木刀によって殴打した。
カーテナは腕がへし折れる。
「丈夫だな?」
飛んできた木の杭をロアは回避し、大魔族たちから距離を取る。その間にカーテナは腕を治していた。
「強いね魔法使いってのは。でもまだ何とかなりそうだぁね」
鎖は魔術陣という門から射出される。カーテナはその門を無詠唱でできる限り、最大限、開く。
その数、千門。
鎖の全てが意思を持っているように動き蠢きロアを襲う。同時、レジアがその弾幕の中を突っ走ってきていた。彼にはまるで当たる気配がない。とんだ精密動作性だ。
「やるか!」
レジアは植物の長手の両刃斧を作り出して握り、振り払う。ロアはそれを躱しつつ、鎖の対処も行う。
オート発動の終焉魔法だと、空白のメモリに取り込まれ無効化される。本来この魔法に出力は必要ではないが、出力を上げるという操作自体は可能だった。
出力を上げたマニュアル発動の終焉魔法なら、通用する。
ロアは鎖とレジアの直接攻撃を同時に対処しなくてはならない。防戦に追い込まれた。
ならここで一気に追い込む。そう判断したカーテナは身体の魔力強化倍率を常用の倍近く引き上げた。
鎖を手に巻きつけ、腕力で鞭のように振り払った。
「──はは」
「⋯⋯っ! カーテナ下がれッ!」
ロアは鎖を掴んだ。それより早くレジアは叫んでいたが、遅すぎた、警告は。
鎖は引っ張られ、カーテナはバランスを崩した状態でロアの射程範囲に引き込まれた。
──第四魔法。最も単純にして、最も凶悪とされる魔法。終焉を司るその魔法の本質は、破壊である。
屋内だったそこは、屋外となった。エントランスホールが消し飛んだのだ。
それだけならまだ、理解できる。結果だけなら、簡単に真似できる。問題はその過程だ。
「⋯⋯これが、魔法使い⋯⋯か」
破壊? そんな生易しいものではない。消滅ですら手緩い。
終わらせる。それを目で見て肌で感じて直感で理解した。
「⋯⋯はぁ⋯⋯おっそろしいねぇ⋯⋯」
カーテナは何とか生き残っていた。体の前半分が消し飛んでいたが、大魔族の生命力ならそれでも生きていられるし、再生もできる。
「⋯⋯終焉の魔法。まさに法外の力だぁね。今のでボクの最大魔力量が減ったんだけど。しかも結構な量」
「なに⋯⋯?」
魔族の体は魔力により構成されている。肉体を再生するとは、魔力を肉体に再構築し、補完することを言う。
今、再生に使ったのと同じ量の魔力が、カーテナから消え去った。消耗したのではない。無くなった、のだ。
「些細なことすぎて気が付かなかったけど消された魔術に使った分も消えてる。⋯⋯はぁ。やってられないねぇ」
「⋯⋯なるほど」
全方位への無制限の第四魔法行使。カーテナは間一髪のところで致命傷は避けられたが、その代償は大きかった。
そしてその当の本人は、というと、
「アレを使ったのは初めてとは言え、まさか避けられるとは思わなんだ」
無傷だ。自爆ですらなかったようだ。それであの破壊規模。
しかし、ロアの顔から余裕が消えた。
(⋯⋯今のハルだと、潜在能力を発揮してもこの大魔族二体を相手にして勝つことはできない。この私のスペックはあくまでハルと同じ⋯⋯)
この状態のロアにできることは、ホタルにもできること。逆に言えば、ホタルのスペック的にできないことは、魔法使いたるロアにもできない。
ロア本人の肉体ならばともかく、魔法が通用しなくなった今、ここからはじわじわと追い詰められてしまう。
もっとハルを造ったときにスペックを上げておけばよかった、という後悔をしつつ、作戦を考える。
(⋯⋯この魔族共を殺すことは諦めるしかないな。何とかして凌ぎながら、増援を待つことにしよう。特級魔術師一人くらい来れるだろう)
既にホタルは救難要請を出していた。イアはともかく、シュラフトなら来ることができるはずだ。
ロアは魔術陣を展開する。その術式は心核結界のそれだ。
カーテナは勿論、これに対抗するための魔術を行使する。
「〈消え往く夢〉」
「────」
名称のみの短文詠唱行使に対し、カーテナは完全無詠唱行使で対抗する。
その結果は、相殺。出力による破壊と技術による崩壊が全く同時に完了した。
「ボクに対してのそれは命取りだよ!」
カーテナはロアに鎖を伸ばそうとした。
「なんだ。お前もそうなのか」
だが、発動しない。魔術陣が光を散らして壊れてしまった。
一瞬の動揺の隙に、ロアはカーテナに急接近し、回し蹴りを頭部に食らう。
脳が震えるほどの衝撃。反応が遅れていれば首が飛んでいたかもしれない。
二撃目が来る前にレジアがロアを植物の根で捕らえ、投げ飛ばした。ロアは受け身を取り、体制を立て直した。
「⋯⋯なるほどそうか」
魔力回路が麻痺したわけではない。直接、回路にダメージを与えてきたのだ。終焉の魔法が組み込まれた心核結界に触れることは、棘のある花を素手で触るようなものだった。
「カーテナ、下がっていろ。奴はまずお前を殺したいらしい。さっきから俺のことは無視してばっかりだ」
「みたいだね」
はっきり言ってレジアはロア、というよりホタルの上位互換のような存在だ。似た固有魔力を持っているのに、単純な出力や魔力量はレジアのほうが上。撃ち合えば確実にホタルが負ける。
(だからカーテナを狙い、レジアにはパワープレイをさせないようにしてきた。⋯⋯が、流石にそろそろ学習してくるな)
レジアが前に出てきた。そしてカーテナは下がった。
こうなると厄介だ。魔術の撃ち合いはジリ貧で負けてしまう。何とかして崩そうにも、カーテナのサポートが邪魔でしかない。
魔術光線を避け、魔性植物を的確に壊し、凌ぐ。
背後から鎖の音がした。防御魔術で一瞬受け止め、茨を使って自身を投げ飛ばし、その場から離れる。
断続的に続く攻撃魔術の数々をロアは捌き、耐える。
(そろそろ魔力が切れそうだ)
この戦闘の最中にも、何人か魔術師が助けに来ている。だが大魔族と魔法使いの戦闘に参加できるような人物は限られており、巻き添えで呆気なく死ぬか逃げるしかなかった。肉壁にすらならなかった。
(──しまっ)
一撃一撃が即死の魔術。そんなものをいつまでも捌ききれるはずがない。
本当に一瞬の判断ミスが即座に命に直結した。回避も防御もできないタイミングで、レジアの刃物のような形をした魔性植物が襲い掛かってくる。
それは確実に、ロアの喉を掻っ切る軌道だった。
──だが、瞬間、魔性植物たちは死滅する。
「⋯⋯ホタル一級魔術師⋯⋯要請に応じ⋯⋯参じた」
黒いローブを身に纏い、青い双眸が垣間見える、背の高い老人。その人物は片手で大剣を持ち、いつの間にかロアの前に居た。
彼こそが特級魔術師、シュラフトその人だ。
「⋯⋯いや⋯⋯お主、ホタル一級魔術師か⋯⋯?」
「私はロア・イリサールだ。この子の生みの親みたいなもの。訳あって体を借りている」
「そう、か⋯⋯まあよい⋯⋯」
今、細かいことを気にしていられる余裕はない。
期待の増援が来たが、戦力としてはこれでようやく勝ち目があるかどうか。それも勝算は低い。
「シュラフト、か。今度は油断せんぞ」
レジアはあからさまにシュラフトを警戒している。魔族特有の慢心が無くなっている。
「⋯⋯君、あの魔族に何しでかした⋯⋯?」
「一度殺した」
大魔族から慢心が無くなれば、人の身である限り勝つことはできないとされる。それだけの基礎性能の差があるのだ。
魔族を殺してきたのはいつだって油断を突いたからだ。
「⋯⋯⋯⋯そうか」
どちらにせよ今のロアでは戦力として不十分。シュラフトという魔術師は必要不可欠であることに変わりはない。
シュラフトは大剣を構え、ロアは魔術陣をいくつか展開。そして直後、先制する。
術式展開──〈万緑都〉
後出しの魔術行使だったがそれは無詠唱だ。
食虫植物のようなものが、ロアの放った魔術光線を捕食し、消化する。
シュラフトは特に足に魔力を流し、移動速度を向上させる。そしてカーテナに急接近した。
「速いねぇ。こんな重いもの持ってよく走れるよ!」
カーテナは腕を鎖で巻き、小手のようにしてから、片手で大剣を受け止めた。
動かない。あんなに細い腕、しかも片方だけだというのに、斬ることはおろか叩き潰すこともできないでいる。
「ボクが近接戦苦手だと思った? 間違っちゃぁいないけれどキミたち人間に遅れを取るほどじゃあないんだよね!」
大剣に鎖が巻き付く、そしてそれごと投げ飛ばされる。
シュラフトは体制を直し、追撃を警戒する。が、
「シュラフトそこから離れろっ!」
ロアの叫ぶ声がした。
反射的に彼は飛び退く。瞬間、茨が彼の居たところを襲った。
「⋯⋯何」
「チッ⋯⋯!」
あの茨は、〈穿ち引裂く死の茨〉だ。ロアはこの魔術でレジアに応戦していた。しかし、
「俺の魔術はお前のそれの上位互換だ。少なくとも、万緑都の中ではな」
レジアはロアの使った魔術の制御を奪ったのだ。抵抗していて威力は弱まっているだろうが、無効化は不可能だった。
「⋯⋯さて。次はどんな手札を見せてくれるんだ? 魔法使い、ロア。特級魔術師、シュラフト」
舐められている。遊ばれている。大魔族レジアは、二人との戦いで学んでいるのだ。いかにして弱者が、強者に対抗しているのかを。
男は事務所で交代の人員に引き継ぎを行い、帰宅の準備に取り掛かっていた。
なんてことのない警備業務。モニターと魔術的警報装置を常時監視し、一時間ごとに外回りをする仕事。
今日も支部は安全に終えた。そしてこれから明日が始まる。
帰りにハンバーガーでも買って帰ろうか。男はそう思っていた。
──しかし、そんな思考は、突然けたたましく鳴り響く警報音によって掻き消された。
「なんだ!?」
この支部は都市の郊外の山中にある。門への経路は一つのみであり、森に囲まれている立地だ。
勿論、森の中にも警報装置が魔術的なものを含む相当な数が設置されている。
どの位置にて警報が発令されたか、男はそれを確認した。
「⋯⋯なんだと。正面堂々、侵入してきたッ!? それにこの反応パターンは魔族か!?」
男はただちに支部内に、侵入者の迎撃を発令する。
すぐさま施設は戦闘体制へと移行した。
『──大魔族だ! 大魔族二体が──』
門にて警備を行っていた警備員からの緊急連絡が飛んできた。が、すぐさま砂嵐の音がした。
同時に爆発音が聞こえる。いや、施設の外壁が破壊された音だ。
男はライフル型の魔導銃器を手に取り、現場に走った。
「おい一体何が起きている!?」
道中、同僚や帰ってきた魔術師たちと合流する。
「警報内容の通りだ! 大魔族二体が施設内に侵入した!」
「大魔族だと!?」
魔力感知能力が高かろうが低かろうが、関係なくそれは感知できる程に大きな魔圧。
最早、監視カメラで確認する必要もない。気配が、殺気が、圧が、敵の居場所を教えてくれる。
男は彼らと相対する。
「⋯⋯ッ!」
既に第一陣は突破されていた。
エントランスホールには大量の死体が転がっていた。直視するのも憚られるくらい、残酷に引き裂かれ、穿かれ、捻じ曲げられ、砕かれている。
同僚だったモノたちが、そこら中に巻き散らかされている。
それを殺ったのは誰でもない二体。
緑髪の青年と白髪の少女。ただしどちらも大魔族という害獣だ。
「FUCK! FUCK! FUCK!」
男は魔導銃を乱射する。冷静さに事欠いた状態でも、日頃の訓練が彼の体に正確無比な射撃技術を叩き込んでいるため、一発も外れることなく大魔族に命中した。
その銃器が発射する弾丸は魔術礼装の一種だ。魔力が込められており、一級魔族にも通用するほどの破壊力を有している。
少なくとも火力面においては必要十分だ。
しかしそれは、普通の魔族を相手取るなら、の話だ。
「ふぅん。銃か。今の人間って面白いこと考えるねっ!」
銃弾は全て魔圧によってはたき落とされた。
「でもそんなの通じるわけないじゃん!」
鎖の音がした。目の前に防御魔術が──男のものではない──展開された。
が、しかし、そんなもの関係ないと言わんばかりに鎖は防御魔術を砕いていた。
──あ。死ぬ。
走馬灯なんてものは流れず、ただ、最期に、それだけ、思った。
◆◆◆
警報が鳴ったと同時に、ホタルは駆け出していた。
身の毛がよだつ。嫌な予感がする。肌を刺すような悍ましい魔力を感じる。
そして到着した。
既に死体の山ができあがっている。知り合いの顔がそこら中にある。
大魔族が二体、居る。
そこに、居た。
「────」
躊躇などしてられない。
──ホタルの姿が変化した。
ホワイトブロンドはブラックに。目はより赤く。
口角は上がり、雰囲気が急変する。
「⋯⋯⋯⋯」
レジアとカーテナはその様子を見て、警戒する。
「⋯⋯嬉しいよ。嬉しいよ、ハル。君が私を頼ってくれるなんて」
何かおかしなことを言ったかと思えば、次の瞬間、カーテナの目前にロアは迫り、右手によってその顔面を掴もうとしていた。
即座にカーテナは無詠唱心核結界を展開。ロアを迎撃した。
鎖はロアに命中する前に塵になって消えた。
「⋯⋯ボクの鎖を⋯⋯?」
対象には完全破壊耐性を得る鎖が破壊されたことなど、今まで一度たりともない。
何か根底から覆されているような。そんな感覚だった。
レジアはロアに向かって無数の木の杭を撃ち込む。
防御魔術を使わず、当たる前に全て消え去った。
「⋯⋯なるほど。物理的な干渉ではないな。ただ破壊されたわけじゃあない。消された。⋯⋯推し量るに、お前のそれは⋯⋯第四魔法だな?」
「おお。最近の魔術師といい、魔族といい、物知りな奴が多いな? 正解だ、魔族」
「はぇ。第四魔法。終焉の魔法使いか! となるとあの破壊は⋯⋯。ならこれはどうっ!?」
カーテナは魔術に空白のメモリ領域を作り、行使する。
鎖はオート破壊領域を貫通し、ロアの片腕に結び付く。そしてそのまま引っ張り寄せたところに最大出力の一般攻撃魔術を叩き込む。
が、ロアは光線を受けながらカーテナを木刀によって殴打した。
カーテナは腕がへし折れる。
「丈夫だな?」
飛んできた木の杭をロアは回避し、大魔族たちから距離を取る。その間にカーテナは腕を治していた。
「強いね魔法使いってのは。でもまだ何とかなりそうだぁね」
鎖は魔術陣という門から射出される。カーテナはその門を無詠唱でできる限り、最大限、開く。
その数、千門。
鎖の全てが意思を持っているように動き蠢きロアを襲う。同時、レジアがその弾幕の中を突っ走ってきていた。彼にはまるで当たる気配がない。とんだ精密動作性だ。
「やるか!」
レジアは植物の長手の両刃斧を作り出して握り、振り払う。ロアはそれを躱しつつ、鎖の対処も行う。
オート発動の終焉魔法だと、空白のメモリに取り込まれ無効化される。本来この魔法に出力は必要ではないが、出力を上げるという操作自体は可能だった。
出力を上げたマニュアル発動の終焉魔法なら、通用する。
ロアは鎖とレジアの直接攻撃を同時に対処しなくてはならない。防戦に追い込まれた。
ならここで一気に追い込む。そう判断したカーテナは身体の魔力強化倍率を常用の倍近く引き上げた。
鎖を手に巻きつけ、腕力で鞭のように振り払った。
「──はは」
「⋯⋯っ! カーテナ下がれッ!」
ロアは鎖を掴んだ。それより早くレジアは叫んでいたが、遅すぎた、警告は。
鎖は引っ張られ、カーテナはバランスを崩した状態でロアの射程範囲に引き込まれた。
──第四魔法。最も単純にして、最も凶悪とされる魔法。終焉を司るその魔法の本質は、破壊である。
屋内だったそこは、屋外となった。エントランスホールが消し飛んだのだ。
それだけならまだ、理解できる。結果だけなら、簡単に真似できる。問題はその過程だ。
「⋯⋯これが、魔法使い⋯⋯か」
破壊? そんな生易しいものではない。消滅ですら手緩い。
終わらせる。それを目で見て肌で感じて直感で理解した。
「⋯⋯はぁ⋯⋯おっそろしいねぇ⋯⋯」
カーテナは何とか生き残っていた。体の前半分が消し飛んでいたが、大魔族の生命力ならそれでも生きていられるし、再生もできる。
「⋯⋯終焉の魔法。まさに法外の力だぁね。今のでボクの最大魔力量が減ったんだけど。しかも結構な量」
「なに⋯⋯?」
魔族の体は魔力により構成されている。肉体を再生するとは、魔力を肉体に再構築し、補完することを言う。
今、再生に使ったのと同じ量の魔力が、カーテナから消え去った。消耗したのではない。無くなった、のだ。
「些細なことすぎて気が付かなかったけど消された魔術に使った分も消えてる。⋯⋯はぁ。やってられないねぇ」
「⋯⋯なるほど」
全方位への無制限の第四魔法行使。カーテナは間一髪のところで致命傷は避けられたが、その代償は大きかった。
そしてその当の本人は、というと、
「アレを使ったのは初めてとは言え、まさか避けられるとは思わなんだ」
無傷だ。自爆ですらなかったようだ。それであの破壊規模。
しかし、ロアの顔から余裕が消えた。
(⋯⋯今のハルだと、潜在能力を発揮してもこの大魔族二体を相手にして勝つことはできない。この私のスペックはあくまでハルと同じ⋯⋯)
この状態のロアにできることは、ホタルにもできること。逆に言えば、ホタルのスペック的にできないことは、魔法使いたるロアにもできない。
ロア本人の肉体ならばともかく、魔法が通用しなくなった今、ここからはじわじわと追い詰められてしまう。
もっとハルを造ったときにスペックを上げておけばよかった、という後悔をしつつ、作戦を考える。
(⋯⋯この魔族共を殺すことは諦めるしかないな。何とかして凌ぎながら、増援を待つことにしよう。特級魔術師一人くらい来れるだろう)
既にホタルは救難要請を出していた。イアはともかく、シュラフトなら来ることができるはずだ。
ロアは魔術陣を展開する。その術式は心核結界のそれだ。
カーテナは勿論、これに対抗するための魔術を行使する。
「〈消え往く夢〉」
「────」
名称のみの短文詠唱行使に対し、カーテナは完全無詠唱行使で対抗する。
その結果は、相殺。出力による破壊と技術による崩壊が全く同時に完了した。
「ボクに対してのそれは命取りだよ!」
カーテナはロアに鎖を伸ばそうとした。
「なんだ。お前もそうなのか」
だが、発動しない。魔術陣が光を散らして壊れてしまった。
一瞬の動揺の隙に、ロアはカーテナに急接近し、回し蹴りを頭部に食らう。
脳が震えるほどの衝撃。反応が遅れていれば首が飛んでいたかもしれない。
二撃目が来る前にレジアがロアを植物の根で捕らえ、投げ飛ばした。ロアは受け身を取り、体制を立て直した。
「⋯⋯なるほどそうか」
魔力回路が麻痺したわけではない。直接、回路にダメージを与えてきたのだ。終焉の魔法が組み込まれた心核結界に触れることは、棘のある花を素手で触るようなものだった。
「カーテナ、下がっていろ。奴はまずお前を殺したいらしい。さっきから俺のことは無視してばっかりだ」
「みたいだね」
はっきり言ってレジアはロア、というよりホタルの上位互換のような存在だ。似た固有魔力を持っているのに、単純な出力や魔力量はレジアのほうが上。撃ち合えば確実にホタルが負ける。
(だからカーテナを狙い、レジアにはパワープレイをさせないようにしてきた。⋯⋯が、流石にそろそろ学習してくるな)
レジアが前に出てきた。そしてカーテナは下がった。
こうなると厄介だ。魔術の撃ち合いはジリ貧で負けてしまう。何とかして崩そうにも、カーテナのサポートが邪魔でしかない。
魔術光線を避け、魔性植物を的確に壊し、凌ぐ。
背後から鎖の音がした。防御魔術で一瞬受け止め、茨を使って自身を投げ飛ばし、その場から離れる。
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(そろそろ魔力が切れそうだ)
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(──しまっ)
一撃一撃が即死の魔術。そんなものをいつまでも捌ききれるはずがない。
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それは確実に、ロアの喉を掻っ切る軌道だった。
──だが、瞬間、魔性植物たちは死滅する。
「⋯⋯ホタル一級魔術師⋯⋯要請に応じ⋯⋯参じた」
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「⋯⋯いや⋯⋯お主、ホタル一級魔術師か⋯⋯?」
「私はロア・イリサールだ。この子の生みの親みたいなもの。訳あって体を借りている」
「そう、か⋯⋯まあよい⋯⋯」
今、細かいことを気にしていられる余裕はない。
期待の増援が来たが、戦力としてはこれでようやく勝ち目があるかどうか。それも勝算は低い。
「シュラフト、か。今度は油断せんぞ」
レジアはあからさまにシュラフトを警戒している。魔族特有の慢心が無くなっている。
「⋯⋯君、あの魔族に何しでかした⋯⋯?」
「一度殺した」
大魔族から慢心が無くなれば、人の身である限り勝つことはできないとされる。それだけの基礎性能の差があるのだ。
魔族を殺してきたのはいつだって油断を突いたからだ。
「⋯⋯⋯⋯そうか」
どちらにせよ今のロアでは戦力として不十分。シュラフトという魔術師は必要不可欠であることに変わりはない。
シュラフトは大剣を構え、ロアは魔術陣をいくつか展開。そして直後、先制する。
術式展開──〈万緑都〉
後出しの魔術行使だったがそれは無詠唱だ。
食虫植物のようなものが、ロアの放った魔術光線を捕食し、消化する。
シュラフトは特に足に魔力を流し、移動速度を向上させる。そしてカーテナに急接近した。
「速いねぇ。こんな重いもの持ってよく走れるよ!」
カーテナは腕を鎖で巻き、小手のようにしてから、片手で大剣を受け止めた。
動かない。あんなに細い腕、しかも片方だけだというのに、斬ることはおろか叩き潰すこともできないでいる。
「ボクが近接戦苦手だと思った? 間違っちゃぁいないけれどキミたち人間に遅れを取るほどじゃあないんだよね!」
大剣に鎖が巻き付く、そしてそれごと投げ飛ばされる。
シュラフトは体制を直し、追撃を警戒する。が、
「シュラフトそこから離れろっ!」
ロアの叫ぶ声がした。
反射的に彼は飛び退く。瞬間、茨が彼の居たところを襲った。
「⋯⋯何」
「チッ⋯⋯!」
あの茨は、〈穿ち引裂く死の茨〉だ。ロアはこの魔術でレジアに応戦していた。しかし、
「俺の魔術はお前のそれの上位互換だ。少なくとも、万緑都の中ではな」
レジアはロアの使った魔術の制御を奪ったのだ。抵抗していて威力は弱まっているだろうが、無効化は不可能だった。
「⋯⋯さて。次はどんな手札を見せてくれるんだ? 魔法使い、ロア。特級魔術師、シュラフト」
舐められている。遊ばれている。大魔族レジアは、二人との戦いで学んでいるのだ。いかにして弱者が、強者に対抗しているのかを。
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