Reセカイ

月乃彰

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第105話 Dead zone

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 ギーレの隠れ蓑は森林の中にあった。
 そして今、そこは切り拓かれた。一般攻撃魔術によって木々が消し飛ばされたのだ。
 が、肝心の魔術師は無傷だった。
 イアは人間への擬態をやめて、自身の背丈より長い翼を一対、展開していた。目はより紅くなっていた。

「第三、第四、第五拘束術式、解放──」

 イアの魔圧がより大きくなったのをネイフェルンは感じ取った。あれでさえ拘束された魔力だった。

「これが本来の⋯⋯」

 ネイフェルンは永い時を生きた大魔族だ。故に莫大な魔力量を保有する。
 自らに匹敵する者は勿論、その半分に達する者さえネイフェルンは見たことがない。

「⋯⋯私の三分の二はあるわね」

 魔力量を視たネイフェルンはイアを対等以上の実力者だと判断した。いや、元よりそうだと感じていた。それが確証になっただけだ。
 まずは出方を見る、とネイフェルンは思い、イアの動きを注視した。
 そして瞬間──時でも止められたみたいに速く、迫って来ていた。
 前面に防御魔術を展開。イアは魔力強化を施した身体能力によって拳を突き出す。
 鈍い音が響く。防御魔術に波紋が立つ。

「ははっ。硬っ」

 イアは軽く笑った。ネイフェルンは目を細めた。
 ただのパンチだ。ただのパンチなのに、二度か三度叩き込まれると割れそうなくらいの威力だった。
 カウンターに攻撃魔術を足元を起点に行使。イアはそれを避ける。
 そのまま翼で一気に後方に飛びつつ、幾つもの攻撃魔術陣を展開した。
 ネイフェルンはその全ての魔術をジャストガードした。

「やれやれ⋯⋯とんでもない魔力出力ね」

 イアは飛行し、ネイフェルンに接近し、ドロップキックを叩き込む。ネイフェルンはその脚を掴み、握り潰し、投擲した。
 そしてその先で魔力を爆散させ、イアの脚を吹き飛ばす。
 
「⋯⋯ふーん」

 イアは片脚がないのに、まるであるかのように体制を直し、立っていた。そして骨が作られ、筋肉繊維が編まれ、皮が伸びるように再生する。

「どうやって私の防御を⋯⋯」

 イアはそう呟いた。

「防御? ああ、その小賢しい遅延魔術ね? ⋯⋯知りたい? なら言うべき言葉があるはずね」

「会話ならな」

 への返答は暴力。これは戦いでなく害獣駆除。
 小手調べなど疾うに終えた。イアは固有の魔術式を記憶より呼び覚ます。
 イアは指先をネイフェルンに向けて、指向性を確定する。
 回路術式Ⅴ──、

「──〈時間跳躍ヴァニッシュ〉」

 ヤバイ、と直感したネイフェルンは全力で導線からその身を離脱させた。体を無理に動かしてしまったせいで痛むが、その魔術の影響からは何とか逃れられたようだ。
 不可視の何か。恐ろしい圧を感じる何か。異質な魔力を発する何か。それはネイフェルンに命中せずに、後方にあった木に当たった。
 そして、木は瞬時に消え去った。

「⋯⋯何。何が起こったの⋯⋯?」

 分からなかった。
 イアの固有魔力は時間を操る力だ。時の加速、減速、逆行、停止。物質を消滅させるような力は持たないはずだ。
 動揺、鈍化。そんな暇はない。ひと目で分からないものに割くことのできる思考のリソースはない。
 迫り来るイアに対応しなくてはならない。

「──来る」

 紅い目の残光が線を描いている。、距離を詰められていた。
 既に攻撃の準備は完了しており、反応なんて許されていない。
 故に、ネイフェルンが展開した防御魔術は予め使っていたものだ。
 ネイフェルンは魔力強化が施された吸血鬼の腕力を、多重展開した防御魔術によって受け止めた。が、衝撃までは消すことができなかった。
 吹き飛ばされた──背後、大魔術陣が展開していた。
 ネイフェルンはイアの最大出力の攻撃魔術をもろに受けた。

「⋯⋯⋯⋯」

 焼け焦げたネイフェルンがそこに立っている。

 ──魔力防御だ。

 だがネイフェルンは大ダメージを受けている。意識が一瞬途切れてしまった。
 この殺し合いにおいて、一瞬とは致命的な隙でしかない。

「心核結界〈壊れた幻想ブロークン・レヴァリエ〉」

「っ! ──心核結界、〈無顕亡落〉!」

 一節。たったそれだけの遅れ。しかし確実に後手となる心核結界の展開。カウンターとしては遅すぎる。
 ネイフェルンは、一節分の時間、〈壊れた幻想〉の影響域に滞在してしまった。
 魔族への効力は人間に比べて弱い。しかし誤差でしかない。ネイフェルンほどの大魔族であろうと──、

「──。────。──────」

 脳への深刻なダメージは、免れなかった。
 魔力回路が麻痺していようと、魔力強化くらいはできる。イアの筋力と魔力操作技術があれば、無防備な大魔族くらい一撃で殺すことができた。
 いつ、ネイフェルンが復活するかも分からない。
 一切の油断も、躊躇もなく、瞬時にネイフェルンの首を刎ねて心臓を潰すのみ。魔族の弱点はその二つだ。

「──まともに受けていれば、死んでいたわ」

 イアは側頭部を光線によって射抜かれる。血がぶちまけられた。

「心核結界のカウンターが間に合わないと判断した時点で、私は同時に脳を魔力で守った。それでも多少なりとも影響を受けたけれど、一瞬よ。その一瞬のおかげで生死を分けた」

 イアは倒れていない。頭の空いた穴は塞がりつつある。
 全くとんでもない生命力と再生力だ。これが吸血鬼の力なのか、とネイフェルンは驚いた。
 それでも致命傷だ。

(⋯⋯頭がフラフラする⋯⋯魔力が⋯⋯練れない⋯⋯)

 あの光線によって、イアの魔力回路は完全に破壊されてしまった。
 魔力回路の分野はブラックボックスとなっている。
 大まかに脳のとの部分にあるかは分かっていても、詳細な場所は不明だし、現代医学において、完全破壊された魔力回路の治療は不可能とされている。
 イアはその生命を保つことはできても、魔力回路の修復はできない。

「魔力が消えたわね。もう貴女は魔族を殺すことができなくなった。⋯⋯貴女は強かったわ、イア・スカーレット。せめてもの慈悲として⋯⋯痛み無く殺してあげるわ」

 ネイフェルンは勝利を確信した。魔術が使えない魔術師など取るに足らない。魔族を殺すことができる手段がなければ、それは一方的な虐殺だ。

「────」

 魔術を起動し、イアにトドメの一撃を放った。
 防御魔術は勿論、魔力による防御もできやしない。
 その身を全て消し飛ばせば、いくら吸血鬼でも死に至る。

 ──ただし、当たればの話だ。

 ────第六拘束術式、解放。

 特級魔術師、イア・スカーレットにグルーヴ家が施した拘束術式は合計六つ。一から五までの拘束術式によって抑制されているものは吸血鬼としての筋力や魔力量、魔力出力などであり、第五拘束術式が解放された時点で彼女に枷はなくなっている。
 では、第六号拘束術式とは何か。

「⋯⋯なにかしら、その姿は?」

 シルエットこそ変わらない。しかし、その身は殆どが『影』になっている。
 『影』には無数の目や牙などが蠢いており、まるで折の中に居る猛獣を見ているようだ。いや正しくそうなのだ。
 吸血鬼という種族は、並外れたパワーを持ち、不死身の再生能力を持ち、そして無数の使い魔を持つ夜の帝王。
 第六拘束術式とは、イアの吸血鬼としてのある力を封印する役目を担っていた。

姿

 イアの影が蠢く。そこから獣が顔を覗かせる。
 獣はネイフェルンに襲い掛かった。
 魔力もないのに通用するはずがない。そう油断したから、ネイフェルンは片腕を持っていかれたのだ。

「なに!?」

 痛みなんてものは殆ど感じないが、驚きはあった。ネイフェルンはイアから距離を取り、腕を生やしながら警戒する。

「おいおい。避けも防ぎもしないなんて舐められたものだ。⋯⋯闘争はここからだ。久し振りにこの姿を見せたんだ。さあ! やろうじゃないか! 『無名』の大魔族! ネイフェルンっ!」

 目がより紅くなっている。翼が大きくなっている。プレッシャーが強まっているのが分かる。
 そして⋯⋯魔力を感じた。

「⋯⋯なぜ魔力が? 魔力回路はさっき、確実に破壊したはず⋯⋯こんな短期間で再生はできないわ⋯⋯」

「ん? ああ⋯⋯」

 イアは自らの頭部と心の臓腑を魔力により爆破し、木端微塵に破壊した。
 それまでの彼女なら、死んでいる。どんなに高度な回復魔術師が居ても、即死している。
 しかし、今のイアは、そんな状態からでさえ再生していた。

「私は今まで食らってきただけ命を持っている。だから蘇るのさ。ご理解頂けたかな?」

 ただでさえ不死身と言えるだけの再生能力に加えて、例え殺しても生き返ることができる能力が解放されている。
 その命のストックがどれだけあるのかは分からないが、少なくとも、デモンストレーションするくらいの余裕はあった。

「じゃあ再開しよう。夜はこれからだ」

「⋯⋯化物め」

 影から無数の獣の口が表れる。ネイフェルンは全面に防御魔術を展開。噛み付きを受け止め、開いた喉に魔術光線を撃つ。
 跳躍し、狂喜的な笑顔を見せるイアに対し、ネイフェルンもいよいよ奥の手を出すことにした。

「──ほう」

 イアは一瞬、動きが止められた。というより体の魔力を固定されたのだ。それによる肉体の操作。
 一瞬と言えど二人にとっては長い時間だった。ネイフェルンは一般攻撃魔術をいくつも展開し、弱点を破壊するために放つ。

「今のがお前の固有魔術か? 否。お前は魔術陣を展開していなかった。原理的にそれは可笑しい」

 魔術陣を展開せずに魔術を行使することは一般論では不可能とされる。それはOSが無いPCでアプリケーションを起動するようなものだ。
 勿論例外もある。ホタルは魔術陣無しで魔術を使っている。だがこれは彼女の魔術性質が心核結界に依ったものであることが関係している。
 ネイフェルンのそれは、これとはまた違う。そもそも彼女のその技術は、魔術ではないのだから。

「鑑みるに⋯⋯魔力操作だな。それも他者の魔力を直接操る異能。理論上でもできん。神業という表現ですら足りない技能だ」

「はは。まさか一発で看破されるなんてね。普通は理解できずに死んでいくのに、潔く」

 イアは魔術を起動する。

「〈時間停止ストップ〉」

 しかし魔術は不具合を起こし、発動しなかった。

「なるほど。妨害もできるのか」

 カウンターに光線が叩き込まれる。イアは敢えて回避を選んだ。

「厄介だな。最初から全力で来られていたら負けていたのは私だったかもしれない」

 ネイフェルンの他者の魔力操作は、魔術行使にも影響を及ぼす。高度な術式であればあるほど、崩しやすい。
 かといってⅠクラスの回路術式ならば問題ないかといえば、そういうわけでもない。
 イアは魔術光線を放つことには成功したが、光線がネイフェルンに届く頃には威力が殆ど掻き消されていた。

「そうね。私も珍しく後悔しているわ。どうして貴女に最初からこうして挑まなかったんだろう、って。⋯⋯貴女にその力を使わせてはいけなかったわ」

 ネイフェルンは棒立ちになる。構えていない。魔力が恐ろしく静寂だ。大魔族ではなく、植物や小動物と変わらない魔圧しか発していない。
 これを『本気』だと捉えることはできても、無意識がそれに反応することはできなかった。
 通常、上位者となればなるほど、対魔族、対魔術師だと魔力を読むことを重視する傾向にある。なぜならそれは魔術行使のタイミングは勿論、肉体的な動きとリンクしているからだ。単純に物理的な動きだけを見るよりも情報量が多いから。
 なればこそ、こう考える者もいる。『魔力の流れを隠せば、動きが読まれにくくなる』と。
 ネイフェルンはただでさえ速い。イアでも余裕で反応できるわけではない。限りなく同格に近い超越者だ。
 が、見ることはできたはずだ。なのに今のネイフェルンの動きには反応すらできなかった。

「かはっ⋯⋯」

 後ろから心臓をひと突き。そのまま臓腑を引抜かれ、握り潰される。残機が一つ減った。
 カウンターに裏拳を叩き込むも、既にそこにネイフェルンは居ない。
 真正面、下。懐に化物は潜っている。その手の平には膨大な魔力の塊があり、瞬間、破裂する。
 衝撃がイアを吹き飛ばした。

「さっきまでの素早さはどこにいったのかしら? もっと色んな方法考えてたのだけれど、普通に殺せそうね」

「それが例え何百万の後でもか?」

 イアの肉体が修復を完了する。

「気分が良いからお前に一つ教えてやる。化物の闘争というものを」

 そのヴァンパイアは両手を広げた。
 すると月が紅くなった。

「⋯⋯⋯⋯は」

 空気が重い。血の匂いがする。辺りの色が紅み掛かっている。
 環境の変化? イアがそんな魔術を使えることは知らないし、ありえない。なぜなら彼女の魔術は時を操るものなのだから。
 だとすればこれは何だ?
 いいや、これは──。
 そんな思考が、そんな考えだけが、それだけしか、なかった。
 最期に覚えた感情は、きっと、恐怖だった。

 ◆◆◆

 イア・スカーレットが
 それだけなら、そう、ただ強いだけなら、まだ良かった。
 なぜ彼女がグルーヴ家の魔術によってその力を制御されているのか。
 どうして今まで、勘違いしていたのだろう。

「⋯⋯なるほどね。特級魔術師である彼女でさえ、枷の掛かった状態だった。⋯⋯あんなもの、まさに化物だ」

 遠くで気配を隠して、ネイフェルンとイアの戦いを見ていたギーレは、愚痴を吐いた。
 ギーレは勘違いしていた。イア・スカーレットは特級魔術師である前にヴァンパイアだった。
 最強の魔術師という肩書は、その一端でしかない。

「吸血鬼。財団が指定するところのアノマリー。化物らしい化物はこの世界にはいくらでもいる。けれど単純な暴力において、私が知る限り最悪のアノマリーだ、アレは」

 かつてRDC財団に潜入していた頃、ギーレはこの世界には夥しい存在が数多くいることを知った。
 魔族や魔獣だけではない。この世界には理を揺るがす化物などいくらでも居るのだ、と。

「だがそうなると⋯⋯まだ、やりようはある。⋯⋯いい殺し合いだったよ、ネイフェルン。大魔族で一番強い君だったからこそ、イアからそこまでの情報を引き出せた」

 ネイフェルンは死ぬだろう。魔術戦において、ネイフェルンとイアは互角だった。でも、それでイアには勝てない。
 これからネイフェルンは死ぬだろう。吸血鬼によって殺されるだろう。その血を啜られ、理不尽に、抹殺されるだろう。

「⋯⋯さて、作戦を練り直そうか」

 吸血鬼、イア・スカーレットに殺されるネイフェルンを見て、終えた後、ギーレはその姿を消した。
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