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第111話 九人目のレベル6
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──上空より降ってきた超巨大質量の氷塊は、大魔族を押し潰した。
数刻前、認知阻害フィールドの消失を確認した。
カーテナはギーレから受け取ったアノマリーアイテムを解除し、そのデメリットの増大を止めた。
よって使用時間に応じたデメリットが、今、上空より降ってきたのだ。
『大魔族だ。注意しろ、月宮』
この程度の質量攻撃で大魔族が死ぬとは思えない。大魔族を何体か屠ったことのあるアルターだからこそ、それらの強大さを知っている。
これで勝てるなら、真正面からの戦いで勝てないわけがない。大魔族を殺したのは、いつだって不意打ちとギミックだった。
しかし、これが一切通用しないとも思わなかった。
『──なるほど。そういうことか』
イアが敵に回る可能性。それは見事に的中していた。そしてその理屈も、アルターは一目見て理解した。
大魔族、カーテナが手に付けている白い手袋には赤色の術陣が刻まれていた。その構成要素から察するに何かしらの封印、抑制、制御系の術式だ。
つまりそれが拘束術式。イアの精神と肉体をコントロールしているものだ。
『月宮、勝利条件は二つに一つ。一つは拘束術式を奪い返すこと。見えるか? あの大魔族の手に付いているものだ。そしてもう一つはイアを気絶させること』
(まって。一つ目はともかく、二つ目無理じゃない?)
『まあ安心しろ。どうやらイアもイアで支配に抵抗しているみたいだ。魔力が震えているし、そんな気がする。足取りが重そうだ』
(なんで抵抗できているの?)
『イア・スカーレット、だからかな。嫌いな奴に支配されたらそりゃ抵抗する』
(何それ。でも、言えてる)
なんでも、イアは一時、あのギーレの封印魔道具にも抵抗したらしい。ならば拘束術式にも抵抗できていても、何らおかしくない話だ。
「何キミ。いきなりとんでもない魔術攻撃仕掛けてくれたね!」
氷塊が粉々に粉砕された。アイスダストが漂う中、カーテナはその潰れかけた体を再生させていた。
「それはどうも。ところでそこの女の子を返してほしいんだけど?」
この言葉の合間に、カーテナは体を再生しきっていた。
イアはそもそもダメージを負っていなかった。アルターの言うとおりだ。
「無理だね。無理無理。あそうだ! 折角だしキミで実験してみるか!」
カーテナは手袋を構える。すると、術陣が発光する。
そして次の瞬間、イアがリエサに襲い掛かってきた。
速い。速かったが、しかし、見きれないわけではなかった。リエサはイアの爪の薙ぎ払いを何とか避けた。
『Accel Edit』の出力を許容上限最大まで引き上げ、肉体のあらゆる速度──つまり反応速度を研ぎ澄ましていた。
それもあるが、一番大きな要因はやはりイア自身が拘束術式に抵抗しており、魔力出力が低下している点にあるだろう。
今のイアは本来の実力より何段階も下がっている。
「⋯⋯ふーむ。拘束術式の支配効果に抗っているのね。前あった時より滅茶苦茶弱くなってる⋯⋯抑えている」
カーテナはようやく、イアの状態を把握した。
しかし、戦力としては申し分ない。今は特に指示出しはしていなかったからだ。ただ、目の前の少女を殺せと命じただけ。
「イア・スカーレット。魔術を使ってその少女を殺して」
こうして命じることで、拘束術式はより強力な支配権限を発揮する。
選択した魔術は一般攻撃魔術。出力は弱めているものの、一級魔術師でも直撃すれば即死。防御に全リソースを割いて何とか防ぐことができる程度。
「っ!」
なら避ければいい。
「⋯⋯? なんで今の避けれるの? キミの身体能力でかすりもしないのはいくらなんでもおかしい」
「力量を見誤っているんじゃない? 私のさ」
ウソだ。
リエサは今の魔術攻撃に反応して避けたわけではない。アルターの指示で避けた。
『イアの魔力の起こりは、直前までほぼ見えない。魔力を読んで回避することは、少なくとも僕にも君にも不可能だ。だが、イアが魔術を使うタイミングは分かる』
アルターは、かつてイアに魔術を教えた先生だったらしい。彼女の戦い方、戦闘における癖、魔術を使うタイミング。それは良く知っている。
『でも油断は禁物だ。僕が彼女に魔術戦のイロハを教えたのは何年も前だし、そもそもスペックからして違う。僕の指示を待って戦うことには固執するな。中から見ているだけの僕じゃ、そこの空気感は分からない』
(分かってる。回避に集中して、隙を見て拘束術式を奪う⋯⋯)
イアは自身を弱体化させており、なんとかリエサでも対抗できる程度になっている。
カーテナはこちらを舐めているか、この戦いを試運転の一環だと思っているようだ。それか両方。一切、手を出してくる素振りを見せない。
しかし一度でも拘束術式を奪う素振りを見せたり、拮抗している様子を見せれば油断はなくなるだろう。
イアの魔術が炸裂する。
しかし、魔力陣が起動した時点でリエサはその対処動作に移っていた。
イアの魔術光線を、リエサは氷結晶で受け止める。勿論、破壊されたがそれは想定内だ。
アイスダストが太陽光を反射し、イアは視界を失う。
「⋯⋯⋯⋯」
目が見えずとも、視ることはできる。
魔力感知を強化し、リエサの位置を特定する。アイスダストに紛れていても、その動きは視えた。
リエサの魔力反応は、イアの目の前。跳躍し、そこに居る。
「───」
魔砲は、それを穿いた。
穿いた、が、しかし、穿いたのはリエサ本人ではない。
魔力を込めた氷結晶だ。しかもそれはリエサ本人の魔力反応と全く同じ。
「やっぱり魔術師なら魔力を視ると思ったわ!」
超能力と魔術を使えるリエサだからこそ、イアに通じた。彼女の戦闘センスだからこそ、即興で実行に移せた。
魔力を込めた全力全開の氷結晶のライフル弾。背後に周り、心臓を狙う。
確実に、リエサにとってはチャンスを掴みにいく渾身の一撃だった。
「────」
だが、悲しきかな。
単純明快に、実力差があり過ぎた。
対魔力能力に、吸血鬼としての物理的な防御力。
魔力出力が低下しているイアだから、傷はついたが、逆に言えばその程度だ。
魔圧が生じてリエサは地面に押し付けられる。ほとんど死に体。生きている方がおかしな状態。
「うーん。最強の魔術師がこんな人間相手にここまで手こずるなんて。やっぱり反抗されてるよね。じゃなきゃこうはならない」
少しの戦闘だったが、イアの今の実力を測るにはそれで十分だった。
もう、カーテナはリエサに試験石としての価値はないとし、即刻の処理を考えた。
「流石に期待しすぎたかなぁ。まあいいや。無力化できた時点で作戦続行に支障はなかったんだし。何より足止めくらになら使えるし」
カーテナはさっさとリエサを殺すべく、彼女に近づく。下手にイアに命令するよりは自分でやったほうがいいと判断したのだ。
──カーテナは、彼女が使ったアノマリー、ギーレから教えられたA-5-3090の効果をそこまで危惧していなかった。
それはマリア・ヒューズ博士が作った切り札であり、対終末論的アノマリー。
しかし代償として、最悪の事態を受け入れる必要がある。
マリアはその代償を実質的に踏み倒すことができる状況下での使用を想定していたが、カーテナは異なる。
まだ、カーテナに降り掛かる最悪の事態は終わっていなかった。
『⋯⋯月宮。⋯⋯何が⋯⋯?』
──レベル6への能力進化条件は、十分な素質を持った上での肉体的な臨死体験を経ること。
リエサはレベルこそ4だが、それは能力の研究価値がなかったから。
これはついこないだ見直しが行われ、彼女は正式にレベル5として認定される予定だった。
つまり、彼女には十分な土壌があり、そして今、条件を達した。
星華ミナのそれとは違う。他のレベル6たちとも違う。
臨死体験に伴う精神の錯乱及び能力の急激な変化による暴走がない。
異例の、そして順当なレベル6への進化。
「⋯⋯死が、起きた。そして私は、私自身の力によって⋯⋯その死を克服した」
死ぬこと。そして生き返ること。
死を一種の状態異常のようなものだとして、認識すること。それが、そういう思い込みが、ゆえに、現実への見方を変える。
「⋯⋯全く分からない。分からない。超能力なんてもの魔族には分からない。でもこれだけは分かる。今キミはここで殺さなくちゃあいけない生き物だっ!」
『冥白結晶』、レベル6。
単純な出力、範囲、許容値等の上昇は勿論のこと、その解釈と応用力が広まった。
死を克服することがもう一つのレベル6への進化条件である。よって、そうなった時点で逆説的に証明されている。
既に、リエサは次の段階へと進んでいるのだ、と。
鎖が飛ぶ。魔砲が発射される。なりふり構っていられない。だが、それらは等しく止められた。
「⋯⋯はぁ」
特に近くに居たイアは、その全身が凍り付いていた。これではしばらく動けないだろうし、拘束術式に抵抗していた彼女がこんな好機を逃すことはない。
リエサは、白い息を吐く。体温の低下を感じる。クリスタルを創っていないのに、何が彼女から体温を奪ったのか?
答えは目に見えている。鎖と魔砲は、止められた。止められた状態で、そこに、ある。
まるで凍結でもされたように。
『⋯⋯魔力がない。込められていないのに、なぜ、魔術を無力化できる、対抗できる? ⋯⋯いや、そういうものなのか? 月宮。君の、力は』
リエサが生み出すクリスタルは、周囲の熱を際限なく奪い続ける性質を持っていた。彼女はこの性質の解釈を広げた。
エネルギーを奪い尽くし、止める。
それが何であれ、そこにあろうとする力を奪い、停止させる。
ありとあらゆるものを凍結させる能力。ありとあらゆるもののエネルギーを奪う能力。
リエサの超能力は、そう、進化した。
「⋯⋯っ!」
カーテナは心核結界を行使する。
魔術師として、リエサは未だ素人同然。しかし魔術使いとして、彼女は脅威足り得る。
大魔族カーテナ・カエリは、本気でリエサを殺しに掛かる。
結界が瞬時に構築され、不可避の攻撃が行われる。
だが、心核結界は展開されていなかった。
「──は?」
『──何が起きた?』
意味がわからなくて、カーテナは頭が真っ白になった。その油断は『Accel Edit』を持つリエサを相手にする上で一番してはならなかった。
一瞬の空白を狙って、リエサはカーテナに一気に近づき、そして唱える。
「『Accel Edit』──〈零下〉」
急冷、絶対零度まで。直後、温度は反転する。
温度は事実上の上限値まで跳ね上がり、その熱量全てがカーテナを襲う。
大魔族であろうと防御に徹しなければならない超火力技であることは、ギーレとの戦いで知っている。
カーテナはあろうことか、それを防御せず、直撃を受けた。
心臓や頭は勿論、膝から下を除いて消し飛ぶ。
『月宮!』
リエサの肉体の大部分が凍り付いていた。〈零下〉に加えて、ナニカを行っていた。
その反動でリエサは意識を失いかけていた。
『まだだ! 奴は死んでいない!』
少なからず残った膝下の断面から、骨が生え、筋肉が編まれ、皮膚が貼り付く。
再生は三秒掛からず終了する。カーテナはリエサを見ているが、動こうとしていない。警戒しているのだ。
「⋯⋯なんでっ! 今ので死なないのよ⋯⋯っ!」
リエサは混濁としていた意識を無理に覚醒させた。
「ボクを他の魔族と一緒にしないで欲しいね。⋯⋯キミは危険だ。ボクこそ聞きたいね。⋯⋯何をした。今何が起きた?」
「は、はは⋯⋯さぁね。体が勝手に動いてた。どういう理屈かなんて知らない」
「そう」
大魔族から油断と慢心が消えた。そうなってしまえば、人間である限り勝つことはできない。
たった十五年生きてきた超能力者と、何百年も生きてきた魔族。二者には、覆すことのできない差があった。
⋯⋯でも。それでも。例え勝つことができなくても。
ここで、ミナなら諦めた?
「⋯⋯そんなわけ、ないね」
「⋯⋯⋯⋯」
死にたくない。それもあるけれど、何より、ミナの隣に立ちたい。だから死ぬわけには、いかない。
まだ、何かできるはずだ。まだ、力は残っているはずだ。死ぬその瞬間まで、足掻き続けないと、駄目だ。
大魔族には人間では勝てない。そう云われている。
「──なら。まずはその幻想を打ち砕く」
リエサの両目が、黄金に光る。
脳に負荷が掛かっているのを実感できる。これは超能力だ。
理屈じゃない。感覚。超能力が、『冥白結晶』が、リエサに力の使い方を教えてくれているようだ。
リエサは息を吐く。白い、白い息を。そして超能力を、魔力回路を起動する。
「融疑結界──」
「⋯⋯だから人間ってのは興味深い」
「──〈極零氷結世界〉」
瞬間、リエサを中心とした直径五十メートル。そこに時間概念ごと停止した世界が展開された。
その中で唯一動くことができるのはただ一人。
「はぁ⋯⋯」
リエサ、のみ。
『⋯⋯心核結界⋯⋯か? いや、閉じられていないし、『Accel Edit』にできる範疇を超えている⋯⋯』
「⋯⋯融疑結界。『冥白結晶』と『Accel Edit』を混ぜた、心核結界に似ただけの疑いもの」
どうやら、レベル6の超能力の権能と、魔術の最奥である心核結界はよく似た性質を持っているらしい。
でも、リエサはよく理解せずに実行した。
「⋯⋯だからこそ、心核結界じゃあ完璧には防ぎ切ることはできない。アルター、私は何をすればいい?」
カーテナもイアも凍結している。いつ動き出してもおかしくない状況だから、できることは限られる。
カーテナの手にはめてある拘束術式は、彼女ごと凍結している。
「多分、この時間凍結は不安定なもの。もしくは、魔術的に言えば『縛り』で成り立っているものだと思う。少しでも相手に触れれば、その時間凍結は解かれてしまう」
つまり、一撃でカーテナを仕留めなければ、反撃で殺されるだけ。そして心核結界同様に、今のリエサには、補助以上の魔術行使はできない。超能力にも限界が来ている。何より肉体の疲労とダメージの蓄積がもう限界だ。
立っているのが奇跡なレベル。それが今のリエサであった。
『その様子だと待つこともできないようだな』
リエサは頷き、返す。
『⋯⋯なら、拘束術式を壊すしかない。尤も⋯⋯それで問題が解決するわけじゃない。だが、ここでできる最善であることには変わりない』
イアを操っているのは拘束術式。それを解くか壊すとなれば、結果はそれぞれで異なる。
拘束術式を破壊した場合、おそらくイアは動かなくなる。
なぜならば、イアに命令する端末がなくなるからだ。言うなればリモコンがないラジコン機器のようなものである。
ただし、イアが拘束術式に抵抗しているというイレギュラーがあるため、これがどう影響するか分からない。
最悪、暴走の危険性もあるため、ここは賭けとなるだろう。
「⋯⋯わかった。拘束術式を破壊する」
『それから逃げる、な。カーテナもかなり消耗しているし、こちらの増援の可能性も考えるはずだ。深追いはしてこないだろう』
リエサはできるだけ魔力回路の回復を待ってから、『Accel Edit』を起動し、自身の速度を現段階で可能な最大速度まで引き上げた。
それから、大質量の氷結晶を生み出し、拘束術式を破壊しつつ、カーテナにそれを激突させた。
魔力を消耗しきったリエサを魔力感知で捉えることは難しくらアイスダストがスモークのような役割を果たしたこともあり、カーテナは完全に彼女を見失った。
「⋯⋯⋯⋯見逃した。まさか逃げられるなんて。それに⋯⋯」
カーテナは一切動かなくなったイアに目をやる。それから一瞬、ボロボロに破壊された拘束術式を一瞥した。
「制御を失い自由行動ができなくなったってところね。ニュートラルな支配状態と同一と考えるべき。つまり反撃はしてくるはず。⋯⋯ここは何もせずに退散しよう」
カーテナもその場を離れた。
そして、身動き一つ取らなくなったイアが、ただ一人、そこに残されたのだった。
数刻前、認知阻害フィールドの消失を確認した。
カーテナはギーレから受け取ったアノマリーアイテムを解除し、そのデメリットの増大を止めた。
よって使用時間に応じたデメリットが、今、上空より降ってきたのだ。
『大魔族だ。注意しろ、月宮』
この程度の質量攻撃で大魔族が死ぬとは思えない。大魔族を何体か屠ったことのあるアルターだからこそ、それらの強大さを知っている。
これで勝てるなら、真正面からの戦いで勝てないわけがない。大魔族を殺したのは、いつだって不意打ちとギミックだった。
しかし、これが一切通用しないとも思わなかった。
『──なるほど。そういうことか』
イアが敵に回る可能性。それは見事に的中していた。そしてその理屈も、アルターは一目見て理解した。
大魔族、カーテナが手に付けている白い手袋には赤色の術陣が刻まれていた。その構成要素から察するに何かしらの封印、抑制、制御系の術式だ。
つまりそれが拘束術式。イアの精神と肉体をコントロールしているものだ。
『月宮、勝利条件は二つに一つ。一つは拘束術式を奪い返すこと。見えるか? あの大魔族の手に付いているものだ。そしてもう一つはイアを気絶させること』
(まって。一つ目はともかく、二つ目無理じゃない?)
『まあ安心しろ。どうやらイアもイアで支配に抵抗しているみたいだ。魔力が震えているし、そんな気がする。足取りが重そうだ』
(なんで抵抗できているの?)
『イア・スカーレット、だからかな。嫌いな奴に支配されたらそりゃ抵抗する』
(何それ。でも、言えてる)
なんでも、イアは一時、あのギーレの封印魔道具にも抵抗したらしい。ならば拘束術式にも抵抗できていても、何らおかしくない話だ。
「何キミ。いきなりとんでもない魔術攻撃仕掛けてくれたね!」
氷塊が粉々に粉砕された。アイスダストが漂う中、カーテナはその潰れかけた体を再生させていた。
「それはどうも。ところでそこの女の子を返してほしいんだけど?」
この言葉の合間に、カーテナは体を再生しきっていた。
イアはそもそもダメージを負っていなかった。アルターの言うとおりだ。
「無理だね。無理無理。あそうだ! 折角だしキミで実験してみるか!」
カーテナは手袋を構える。すると、術陣が発光する。
そして次の瞬間、イアがリエサに襲い掛かってきた。
速い。速かったが、しかし、見きれないわけではなかった。リエサはイアの爪の薙ぎ払いを何とか避けた。
『Accel Edit』の出力を許容上限最大まで引き上げ、肉体のあらゆる速度──つまり反応速度を研ぎ澄ましていた。
それもあるが、一番大きな要因はやはりイア自身が拘束術式に抵抗しており、魔力出力が低下している点にあるだろう。
今のイアは本来の実力より何段階も下がっている。
「⋯⋯ふーむ。拘束術式の支配効果に抗っているのね。前あった時より滅茶苦茶弱くなってる⋯⋯抑えている」
カーテナはようやく、イアの状態を把握した。
しかし、戦力としては申し分ない。今は特に指示出しはしていなかったからだ。ただ、目の前の少女を殺せと命じただけ。
「イア・スカーレット。魔術を使ってその少女を殺して」
こうして命じることで、拘束術式はより強力な支配権限を発揮する。
選択した魔術は一般攻撃魔術。出力は弱めているものの、一級魔術師でも直撃すれば即死。防御に全リソースを割いて何とか防ぐことができる程度。
「っ!」
なら避ければいい。
「⋯⋯? なんで今の避けれるの? キミの身体能力でかすりもしないのはいくらなんでもおかしい」
「力量を見誤っているんじゃない? 私のさ」
ウソだ。
リエサは今の魔術攻撃に反応して避けたわけではない。アルターの指示で避けた。
『イアの魔力の起こりは、直前までほぼ見えない。魔力を読んで回避することは、少なくとも僕にも君にも不可能だ。だが、イアが魔術を使うタイミングは分かる』
アルターは、かつてイアに魔術を教えた先生だったらしい。彼女の戦い方、戦闘における癖、魔術を使うタイミング。それは良く知っている。
『でも油断は禁物だ。僕が彼女に魔術戦のイロハを教えたのは何年も前だし、そもそもスペックからして違う。僕の指示を待って戦うことには固執するな。中から見ているだけの僕じゃ、そこの空気感は分からない』
(分かってる。回避に集中して、隙を見て拘束術式を奪う⋯⋯)
イアは自身を弱体化させており、なんとかリエサでも対抗できる程度になっている。
カーテナはこちらを舐めているか、この戦いを試運転の一環だと思っているようだ。それか両方。一切、手を出してくる素振りを見せない。
しかし一度でも拘束術式を奪う素振りを見せたり、拮抗している様子を見せれば油断はなくなるだろう。
イアの魔術が炸裂する。
しかし、魔力陣が起動した時点でリエサはその対処動作に移っていた。
イアの魔術光線を、リエサは氷結晶で受け止める。勿論、破壊されたがそれは想定内だ。
アイスダストが太陽光を反射し、イアは視界を失う。
「⋯⋯⋯⋯」
目が見えずとも、視ることはできる。
魔力感知を強化し、リエサの位置を特定する。アイスダストに紛れていても、その動きは視えた。
リエサの魔力反応は、イアの目の前。跳躍し、そこに居る。
「───」
魔砲は、それを穿いた。
穿いた、が、しかし、穿いたのはリエサ本人ではない。
魔力を込めた氷結晶だ。しかもそれはリエサ本人の魔力反応と全く同じ。
「やっぱり魔術師なら魔力を視ると思ったわ!」
超能力と魔術を使えるリエサだからこそ、イアに通じた。彼女の戦闘センスだからこそ、即興で実行に移せた。
魔力を込めた全力全開の氷結晶のライフル弾。背後に周り、心臓を狙う。
確実に、リエサにとってはチャンスを掴みにいく渾身の一撃だった。
「────」
だが、悲しきかな。
単純明快に、実力差があり過ぎた。
対魔力能力に、吸血鬼としての物理的な防御力。
魔力出力が低下しているイアだから、傷はついたが、逆に言えばその程度だ。
魔圧が生じてリエサは地面に押し付けられる。ほとんど死に体。生きている方がおかしな状態。
「うーん。最強の魔術師がこんな人間相手にここまで手こずるなんて。やっぱり反抗されてるよね。じゃなきゃこうはならない」
少しの戦闘だったが、イアの今の実力を測るにはそれで十分だった。
もう、カーテナはリエサに試験石としての価値はないとし、即刻の処理を考えた。
「流石に期待しすぎたかなぁ。まあいいや。無力化できた時点で作戦続行に支障はなかったんだし。何より足止めくらになら使えるし」
カーテナはさっさとリエサを殺すべく、彼女に近づく。下手にイアに命令するよりは自分でやったほうがいいと判断したのだ。
──カーテナは、彼女が使ったアノマリー、ギーレから教えられたA-5-3090の効果をそこまで危惧していなかった。
それはマリア・ヒューズ博士が作った切り札であり、対終末論的アノマリー。
しかし代償として、最悪の事態を受け入れる必要がある。
マリアはその代償を実質的に踏み倒すことができる状況下での使用を想定していたが、カーテナは異なる。
まだ、カーテナに降り掛かる最悪の事態は終わっていなかった。
『⋯⋯月宮。⋯⋯何が⋯⋯?』
──レベル6への能力進化条件は、十分な素質を持った上での肉体的な臨死体験を経ること。
リエサはレベルこそ4だが、それは能力の研究価値がなかったから。
これはついこないだ見直しが行われ、彼女は正式にレベル5として認定される予定だった。
つまり、彼女には十分な土壌があり、そして今、条件を達した。
星華ミナのそれとは違う。他のレベル6たちとも違う。
臨死体験に伴う精神の錯乱及び能力の急激な変化による暴走がない。
異例の、そして順当なレベル6への進化。
「⋯⋯死が、起きた。そして私は、私自身の力によって⋯⋯その死を克服した」
死ぬこと。そして生き返ること。
死を一種の状態異常のようなものだとして、認識すること。それが、そういう思い込みが、ゆえに、現実への見方を変える。
「⋯⋯全く分からない。分からない。超能力なんてもの魔族には分からない。でもこれだけは分かる。今キミはここで殺さなくちゃあいけない生き物だっ!」
『冥白結晶』、レベル6。
単純な出力、範囲、許容値等の上昇は勿論のこと、その解釈と応用力が広まった。
死を克服することがもう一つのレベル6への進化条件である。よって、そうなった時点で逆説的に証明されている。
既に、リエサは次の段階へと進んでいるのだ、と。
鎖が飛ぶ。魔砲が発射される。なりふり構っていられない。だが、それらは等しく止められた。
「⋯⋯はぁ」
特に近くに居たイアは、その全身が凍り付いていた。これではしばらく動けないだろうし、拘束術式に抵抗していた彼女がこんな好機を逃すことはない。
リエサは、白い息を吐く。体温の低下を感じる。クリスタルを創っていないのに、何が彼女から体温を奪ったのか?
答えは目に見えている。鎖と魔砲は、止められた。止められた状態で、そこに、ある。
まるで凍結でもされたように。
『⋯⋯魔力がない。込められていないのに、なぜ、魔術を無力化できる、対抗できる? ⋯⋯いや、そういうものなのか? 月宮。君の、力は』
リエサが生み出すクリスタルは、周囲の熱を際限なく奪い続ける性質を持っていた。彼女はこの性質の解釈を広げた。
エネルギーを奪い尽くし、止める。
それが何であれ、そこにあろうとする力を奪い、停止させる。
ありとあらゆるものを凍結させる能力。ありとあらゆるもののエネルギーを奪う能力。
リエサの超能力は、そう、進化した。
「⋯⋯っ!」
カーテナは心核結界を行使する。
魔術師として、リエサは未だ素人同然。しかし魔術使いとして、彼女は脅威足り得る。
大魔族カーテナ・カエリは、本気でリエサを殺しに掛かる。
結界が瞬時に構築され、不可避の攻撃が行われる。
だが、心核結界は展開されていなかった。
「──は?」
『──何が起きた?』
意味がわからなくて、カーテナは頭が真っ白になった。その油断は『Accel Edit』を持つリエサを相手にする上で一番してはならなかった。
一瞬の空白を狙って、リエサはカーテナに一気に近づき、そして唱える。
「『Accel Edit』──〈零下〉」
急冷、絶対零度まで。直後、温度は反転する。
温度は事実上の上限値まで跳ね上がり、その熱量全てがカーテナを襲う。
大魔族であろうと防御に徹しなければならない超火力技であることは、ギーレとの戦いで知っている。
カーテナはあろうことか、それを防御せず、直撃を受けた。
心臓や頭は勿論、膝から下を除いて消し飛ぶ。
『月宮!』
リエサの肉体の大部分が凍り付いていた。〈零下〉に加えて、ナニカを行っていた。
その反動でリエサは意識を失いかけていた。
『まだだ! 奴は死んでいない!』
少なからず残った膝下の断面から、骨が生え、筋肉が編まれ、皮膚が貼り付く。
再生は三秒掛からず終了する。カーテナはリエサを見ているが、動こうとしていない。警戒しているのだ。
「⋯⋯なんでっ! 今ので死なないのよ⋯⋯っ!」
リエサは混濁としていた意識を無理に覚醒させた。
「ボクを他の魔族と一緒にしないで欲しいね。⋯⋯キミは危険だ。ボクこそ聞きたいね。⋯⋯何をした。今何が起きた?」
「は、はは⋯⋯さぁね。体が勝手に動いてた。どういう理屈かなんて知らない」
「そう」
大魔族から油断と慢心が消えた。そうなってしまえば、人間である限り勝つことはできない。
たった十五年生きてきた超能力者と、何百年も生きてきた魔族。二者には、覆すことのできない差があった。
⋯⋯でも。それでも。例え勝つことができなくても。
ここで、ミナなら諦めた?
「⋯⋯そんなわけ、ないね」
「⋯⋯⋯⋯」
死にたくない。それもあるけれど、何より、ミナの隣に立ちたい。だから死ぬわけには、いかない。
まだ、何かできるはずだ。まだ、力は残っているはずだ。死ぬその瞬間まで、足掻き続けないと、駄目だ。
大魔族には人間では勝てない。そう云われている。
「──なら。まずはその幻想を打ち砕く」
リエサの両目が、黄金に光る。
脳に負荷が掛かっているのを実感できる。これは超能力だ。
理屈じゃない。感覚。超能力が、『冥白結晶』が、リエサに力の使い方を教えてくれているようだ。
リエサは息を吐く。白い、白い息を。そして超能力を、魔力回路を起動する。
「融疑結界──」
「⋯⋯だから人間ってのは興味深い」
「──〈極零氷結世界〉」
瞬間、リエサを中心とした直径五十メートル。そこに時間概念ごと停止した世界が展開された。
その中で唯一動くことができるのはただ一人。
「はぁ⋯⋯」
リエサ、のみ。
『⋯⋯心核結界⋯⋯か? いや、閉じられていないし、『Accel Edit』にできる範疇を超えている⋯⋯』
「⋯⋯融疑結界。『冥白結晶』と『Accel Edit』を混ぜた、心核結界に似ただけの疑いもの」
どうやら、レベル6の超能力の権能と、魔術の最奥である心核結界はよく似た性質を持っているらしい。
でも、リエサはよく理解せずに実行した。
「⋯⋯だからこそ、心核結界じゃあ完璧には防ぎ切ることはできない。アルター、私は何をすればいい?」
カーテナもイアも凍結している。いつ動き出してもおかしくない状況だから、できることは限られる。
カーテナの手にはめてある拘束術式は、彼女ごと凍結している。
「多分、この時間凍結は不安定なもの。もしくは、魔術的に言えば『縛り』で成り立っているものだと思う。少しでも相手に触れれば、その時間凍結は解かれてしまう」
つまり、一撃でカーテナを仕留めなければ、反撃で殺されるだけ。そして心核結界同様に、今のリエサには、補助以上の魔術行使はできない。超能力にも限界が来ている。何より肉体の疲労とダメージの蓄積がもう限界だ。
立っているのが奇跡なレベル。それが今のリエサであった。
『その様子だと待つこともできないようだな』
リエサは頷き、返す。
『⋯⋯なら、拘束術式を壊すしかない。尤も⋯⋯それで問題が解決するわけじゃない。だが、ここでできる最善であることには変わりない』
イアを操っているのは拘束術式。それを解くか壊すとなれば、結果はそれぞれで異なる。
拘束術式を破壊した場合、おそらくイアは動かなくなる。
なぜならば、イアに命令する端末がなくなるからだ。言うなればリモコンがないラジコン機器のようなものである。
ただし、イアが拘束術式に抵抗しているというイレギュラーがあるため、これがどう影響するか分からない。
最悪、暴走の危険性もあるため、ここは賭けとなるだろう。
「⋯⋯わかった。拘束術式を破壊する」
『それから逃げる、な。カーテナもかなり消耗しているし、こちらの増援の可能性も考えるはずだ。深追いはしてこないだろう』
リエサはできるだけ魔力回路の回復を待ってから、『Accel Edit』を起動し、自身の速度を現段階で可能な最大速度まで引き上げた。
それから、大質量の氷結晶を生み出し、拘束術式を破壊しつつ、カーテナにそれを激突させた。
魔力を消耗しきったリエサを魔力感知で捉えることは難しくらアイスダストがスモークのような役割を果たしたこともあり、カーテナは完全に彼女を見失った。
「⋯⋯⋯⋯見逃した。まさか逃げられるなんて。それに⋯⋯」
カーテナは一切動かなくなったイアに目をやる。それから一瞬、ボロボロに破壊された拘束術式を一瞥した。
「制御を失い自由行動ができなくなったってところね。ニュートラルな支配状態と同一と考えるべき。つまり反撃はしてくるはず。⋯⋯ここは何もせずに退散しよう」
カーテナもその場を離れた。
そして、身動き一つ取らなくなったイアが、ただ一人、そこに残されたのだった。
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