Reセカイ

月乃彰

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第110話 拘束術式

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 学園都市の隣の都市。その郊外には立派な屋敷がある。
 その屋敷では、二人の少女と使用人が数人、生活していた。
 アリストリアは今日は休みの日であり、外出していた。
 昼前に帰ってきた彼女は、車から出て、運転していた執事と共に屋敷の扉の前まで歩いて行った。
 執事は扉に手を掛け、開こうとした。が、いつものように無音で開けることなく、止まった。

「アリストリア様、お逃げください。⋯⋯何かが屋敷に侵入したようです」

 執事は年老いているが、彼はかつてGMCの凄腕の魔術師だった。
 その勘の鋭さは今尚衰えてはおらず、任務でよく留守にしがちなイアの代わりにアリストリアの護衛を務めている。
 もし、彼が今も魔術師だったとして、その等級は一級だろう。それほどの実力者だ。

「⋯⋯みんなは?」

「魔力反応がございません。もっと早くに気がつくべきでした。⋯⋯いや。⋯⋯アリストリア様⋯⋯」

「⋯⋯もう、遅かったみたいね」

 既に、アリストリアたちは結界の内側に入っていた。
 何者かが、アリストリアの居ない間にグルーヴ家を襲撃し、結界を展開して、屋敷内で待ち構えている。
 結界魔術師の家系に対して、結界を使うとは、相当な実力を持っているようだ。
 
「⋯⋯大分、複雑かつ堅牢な結界術ね。破壊しようとしたらかなり時間かかりそう」

 アリストリアは屋敷を囲うように展開された結界に触れて、破壊を試みた。しかしすぐにはできなさそうだ。
 そして破壊をしようとすれば相手にそのことが伝わるだろう。そういう効果が組み込まれている。

「結界はその維持者ないしは維持している魔道具を破壊するのが一番手っ取り早い。⋯⋯何より、私の屋敷に侵入し、使用人たちを殺しておいて、ただで返すわけにはいかない」

「そう言うと思いました、アリストリア様。⋯⋯イアお嬢様への連絡は?」

「もうした。でもここでのうのうと待っているわけにはいかない。もう既に私たちの存在は確認されていると思う。イアが来る前に片付けようとしてくるはず」

 グルーヴ家を襲撃するということは、最強の魔術師を相手にするということだ。
 もし、この対策を一切考えていないのだとすればとんだ大馬鹿者だ。どちらにせよこちらから仕掛けることが最善手となる。
 執事はゆっくりと、中の様子を伺いながら扉を開いた。
 そして、飛び込んできた蛇型の魔獣を一般攻撃魔術により撃ち落とした。
 エントランスホールには数多くの魔獣が蠢いていた。いや、既に屋敷は魔獣たちに占領されている。

「魔力感知が妨害されていますね⋯⋯」

 屋敷に入った途端、把握しきれないほどの数の魔力反応を感知した。
 まともに全部殺していれば、魔力が足りなくなるだろう。

「まずは魔力を削ごうってわけね」

 アリストリアと執事は、魔獣の群れを全滅させるべく魔術を使おうとした。
 その時だ。エントランスホール中央から二階に続く階段を、ゆっくりと降りてくる人物がいた。
 先に行くにつれて金色のグラデーションが掛かった白い髪。白を基調としたドレスを着た女。

「これはキミたちの為に用意した魔獣じゃないんだ」

 彼女の額には角が生えている。
 魔力が一切感じられない。しかし、その外見は報告に上がっていた大魔族の一匹と合致する。

「⋯⋯『聖鎖』、カーテナ・カエリ」

 カーテナの両腕にはいつの間にか鎖が巻き付けられていた。それは地面を擦り、金属音を響かせている。
 階段を降りきるまでの間、アリストリアと執事は勿論、魔獣たちですら身動きが取れなかった。
 魔力ではない。存在感が、威圧感が、他を従えていた。

「さて。ボクの目的はその拘束術式だよ。大人しく渡してくれたら苦しまず──」

 魔族の言葉に返答など必要ない。執事は容赦なく、カーテナの言葉をさえぎって魔術を放つ。
 だが、次の瞬間、執事の頭は破裂しており、その巻き添えを食らったアリストリアは壁に叩きつけられていた。
 いくらかの魔獣が魔圧の余波で叩きつぶされており、屋敷の床はめくれ上がっていた。

「ボクさ言葉を遮られるの一番嫌いなの。あーあ。一瞬で殺しちゃった」

 何が、起きた。
 アリストリアが今、生きていられているのは固有魔力による自動展開型の防御結界魔術を行使していたからだ。
 その強固な守りでさえも、直撃ですらない衝撃を打ち消し切ることはできず、壁に叩きつけられた。
 アリストリアの等級は準一級だ。なのに、反応すらできなかった。

「⋯⋯かはっ」

「苦しめて殺したいけど時間がなぁ。まいっか。気分悪いし面倒くなった」

 今度は直撃コースで鎖が飛んできた。これを予期していたアリストリアは全力全開の防御結界を前面に展開。
 結界は鎖を受け止め、破裂するが大魔族のなんてことのない一撃を防ぎきった。

「ふーん。中々やるじゃん人間の癖に。でももう限界みたいだね」

 そして再度、鎖が振り払われた。
 今度こそ、アリストリアは死ぬだろう。
 魔術師に悔いのない死などない。
 でも、最期まで足掻かない理由なんてない。

「出力最大──逆転〈反射結界〉ッ!」

 直後、カーテナの半身が吹き飛ぶ。
 それでも彼女が死ぬことはないが、たかだか人間相手にそんな傷を付けられたことが何より信じられなかった。
 既に事切れたアリストリアを見て、何が起きたのかを瞬時に理解した。
 アリストリアは鎖で死んでいない。証拠に、死体はあまりにも綺麗だった。

「反射の魔術。命を代償に本来の性能を超えた魔術を行使したってところかなぁ」

 吹き飛んだ半身を構築し治しつつ、アリストリアの最期の魔術を解析した。
 もしあれをカーテナ以外の大魔族が食らっていたら、即死していただろう。ネイフェルンでさえ致命傷は免れなかったはずだ。

「油断は大敵だって知っているはずなんだけどねぇ。いつの時代でも魔族は人間にそれで負けてる」

 カーテナは事切れたアリストリアから拘束術式を奪い、その制御の奪取と効果の発動を行う。
 その拘束術式は『無限結界』を前提に構築された魔術式であり、通常、グルーヴ家でなければ十全での使用は不可能。並外れた結界魔術の使い手であれば半分ほどの機能を使うことはできる。
 しかし、ここにいるカーテナという大魔族は、正に人外レベルの結界魔術の練度と魔力出力、魔力量で解決した。

「はい終了~」

 アリストリアは勿論、彼女の父親も一切使うことはなかったが、拘束術式にはGMCからの命令で肉体と精神の支配効果も兼ね備えられていた。
 カーテナはこの拘束対象の支配権限効力を強め、術式を起動する。
 その日、魔術界最強の魔術師、イア・スカーレットは、大魔族、カーテナ・カエリの手に堕ちた。
 カーテナはイアを目の前に喚んだ。
 イアはすぐさまそこに現れた。どういう原理なのかは全く分からないが、その目が、今は彼女が被支配者であると示していた。

「あははは! 最強の魔術師を本当に支配できるなんて! ギーレの言っていたことは本当だったね!」

 カーテナは満面の笑みを浮かべながら、その事実を噛みしめる。
 ギーレが持ってきたよく分からないオブジェクトを、この屋敷に置いておけば、呼ばれない限りイアはここに駆け付けることはないし、呼ばれても半時間は来ることができないといっていた。
 そしてアリストリアが持っている拘束術式を、カーテナならば完全に奪い、使うことができるとも。
 イア・スカーレットという最も厄介な戦力を味方にできるのならば、最早、負けはありえない。
 この戦いには勝ったも同然だ。『契約』として、イア・スカーレットをギーレに差し向けることはできないが、それにしたって十分過ぎる。

「さぁてと。早速キミの力を試そうかな! 『グリンスタッド』でのテロまでにはまだ早いけどそんな約束事どうでもいい!」

 カーテナは屋敷の外に出た。
 魔獣の群れと、最強の魔術師を連れて。
 ──しかし、その瞬間。

「⋯⋯ん? あれなんか暗い──」

「潰れろ」

 ──上空より、超大質量の氷塊が降ってきた。

 ◆◆◆

 グルーヴ家が襲撃され、イアの支配権を奪われる、その一時間前のことだ。

『⋯⋯は?』

 リエサから聞かされた緊急報告の内容について、アルターは驚きを隠せなかった。
 ──ギーレたちはイア・スカーレットの支配を目論んでいる可能性があり、アリストリア・グルーヴの保護を即時行え。
 アリストリアへの連絡は繋がらなかった。
 GMCと財団は緊急でアリストリアの救出部隊を結成している。が、現場に到着するのはどう頑張っても今から二時間後だ。
 そのため、GMCは現場近くにいる全ての関係者に救助要請を行った。

「どうする、アルター?」

 リエサは現在、学園都市の郊外に居る。今日は休みだから、お気に入りの喫茶店に行っていたのだ。
 ここからグルーヴ邸までは車で一時間半ほどの距離がある。

『⋯⋯決まってる。アリストリア・グルーヴを助けに行く。イアを敵に回せばお終いだ』

 アルターとイアの関係を、彼からこの前聞き出したリエサは、その返答を確信していた。

「そう言うと思った。それに多分、私が一番速く行けるだろうしね」

『ああ。『Accel Edit』なら車より速く走れる。その分、体力を使うが⋯⋯超能力者なら問題はない。だが気を付けろ。相手は大魔族だ』

「分かってる。アリストリアを助ける。大魔族は相手にしない。これでいいでしょ?」

 リエサの返答を、アルターは頷き返す。姿はそこにないはずだが、今は見えている彼はそうした。
 リエサは『Accel Edit』を起動し、身体速度を向上。現場に急行した。
 一時間もしないうちにリエサはグルーヴ低に到着した。
 外には高級そうな黒いセダンが止まっていた。

「帰ってきている⋯⋯あれ?」

 リエサはある違和感を覚えた。アルターも同様であり、また、その違和感を言語化できた。

『魔力を感じない⋯⋯一切。月宮、君の魔力感知能力が劣っているわけではないはずだ。いくら⋯⋯』

 魔術師が魔力を隠すことは珍しいわけではないが、常日頃からそんなことをしていることはないし、隠していたとしてもそれは正確に測定できないだけ。
 全く感じないほどとなれば、隠密に徹している場合のみ。
 何より、魔獣の魔力が感じられないはずがない。

『⋯⋯月宮、とりあえず屋敷に近づけ。調べなくてはならない』

 アルターはリエサに指示した。
 だが、リエサは動かない。

『⋯⋯月宮? ⋯⋯月宮。おい、月宮。どうした?』

 返答がない。動いていない。目は、瞬きはしている。呼吸も。けれど、意識がない。

『⋯⋯⋯⋯』

 以前、エストに掛けられた魔法のおかげで、アルターは限定的ながらもリエサの体の主導権を一時的に握ることができるようになった。
 その時に掴んだコツがある。できないと思っていたが、魔法も何もなしに、意識がないリエサであれば、その体を操ることができる。
 アルターはリエサの体を操った。

『なるほど⋯⋯』

 そして、前に進むことはせず、後ろに下がった。するとアルターの意識は弾かれ、リエサの意識が戻った。

「⋯⋯? 一体何が⋯⋯?」

『分からん。が⋯⋯何らかの阻害領域ができているようだ。そこに入れば、君は意識を⋯⋯というより、動かなくなる。僕がその影響を受けないのは、おそらく僕が霊体みたいなものだからだろうな』

「でもそれだと、私たちはあの屋敷に辿り着くことはできない。⋯⋯どうしたら⋯⋯」

『魔力反応はなし。よっぽど隠蔽に特化した結界術でもない限り、それはあり得ない。⋯⋯と、すると考え得る可能性は一つ。アノマリーだ』

「アノマリー⋯⋯?」

『⋯⋯ああ。⋯⋯まて。僕は、アノマリーという言葉をなぜ知っている? 魔術ならともかく、こんな用語は⋯⋯まだ記憶は完全に取り戻せていないのか⋯⋯。まあ、いい』

「何言ってるの?」

『いいや、気にしなくていい。記憶が混濁しているようだ。とにかく、屋敷に近づけないのはアノマリーというものが原因だろう』

 アルターはなぜか記憶にあるアノマリーという言葉の意味をリエサに説明した。

『⋯⋯つまり、長々と話してしまったが、結論は僕たちにはどうしようもできない、ということだ』

 アノマリー。RDC財団が収容ないしは破壊している異常存在や物体を指す言葉だ。
 そしてアノマリーについて全く知らない少女と、名前とその内容を少し知っている程度の男に何とかできるようなものではない。

「でも、何もしないわけにはいかない」

 おそらく、屋敷内部では恐れていたことが起きている。イアの制御権が奪われ、最強の魔術師が敵に回っているか、回ろうとしている。
 ならば⋯⋯、

『既に最悪の状態だ。敵は僕たちを出し抜いた。⋯⋯だから、被害を最小限に抑えることに徹しろ、月宮』

「わかった」
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